海釣り編「交渉2」
全員頼めば何でも特別価格で売ってくれるという発言はかなり良い結果だと感じる。
バレルもにこやかな笑顔だし他の漁師達もニコニコしてくれている。
「お嫁さん。身が少なそうな海に帰すか帰さないかというイーゼル海老を集めたけどいるか? 6匹で3銀貨だ」
「それなら自分が買います。売っていただきたいです」
ベイリーがバレルに軽く会釈をしたけどバレルは「お嫁さんへの商売と値段だ」と嫌そうな顔をした。
「あんたなら事務官さんだからまけて6銀貨だ」
華族とか他の家ならさらに高くなるって事?
いや、そもそも売り買いの交渉すらさせてもらえないかもしれないのか。
裁判所事務官だから売る。特別価格でベイリーは1匹1銀貨。私はなぜか半額。
ベイリーと私の違いは義父が煌護省、兄がネビー、私をお嬢さんと間違えていること。この辺りの兵官の評判が良いからだから感謝だ。
ぼんやり卒業の為に考察したけど、これで合っているだろう。
「私は4匹で2銀貨ですか?」
「まあそうなるな。花カニの釣りで買えるのは知っているぞ。1銀貨増やして6匹まとめ買いなら売るってことだ」
魚屋と同じ感じ。駆け引きしないとふっかけられたり今みたいにまとめ売りされる!
「1銀貨はたまご代です。なので4匹下さい。お顔がホクホクしているので高い気がします。沢山買ったからこのウツドンを捌いて欲しいです」
「おっ、上手いな! 値下げじゃなくておまけをつけてくれか。お嬢さんがこの真冬の海、しかも岩場で釣りとは目の保養だった。でもただのお嬢さんじゃないな。だから6匹で1銀貨と1大銅貨にしてやろう。かなり小さいからな。で、そいつも捌く」
バレルは楽しそうな表情。
6匹6銀貨が1銀貨と1大銅貨。これは衝撃的。
ウツドンは刺身にしてくれるそうだ。そこから薄く切ってしゃぶしゃぶも良いと言われた。
何か入れ物はあるか? と聞かれたのでアサリを掘れたら入れようと持ってきた箱を預けた。
待ってな、と言われてウツドンはバレルに鷲掴みされて連行。さすが漁師。あんなに怖い魚が暴れているのに全く怖くなさそう。すごい。
「ベイリー君。漁師を相手にする時は自分だといくらですか? と聞いた方がええ。雑談して人となりを知ってもらってからでないとヘソを曲げられる。気に入られないと交渉すらさせてもらえないのは見ていて分かっただろう。商売に割り込んだのは悪手だ。勉強になって良かったな。農林水省に友人がいるなら学んだり今の話をした方がええ」
「学友がいるので今度学びます。先に言わなかったのは経験しろってことですよね。ガイさん、ありがとうございます。夕食後に色々教えて下さい」
ベイリーは義父にピシッとした会釈をした。義父は「おお。もちろんだ」とかなり軽い返事。
「それにしてもここまで聞かれるのは定期仕入れをしたい料理人相手とかだと思うんですけどガイさんはどう思いますか?」
他の漁師に聞こえないようにシンバは小さな声を出した。
「シンバさん。自分もそれは気になっています。花カニを売って来たと帰ってきて話を聞いてからずっと。娘は自力で好かれたようなので、下手に知識を与えると良くないかと思って余計なことは教えていないです。それでやはり気に入られたようです。隠しカニはそこまでしないと売りたくないのでしょう」
「そういう雰囲気でしたね。金を返すからカニを返せと言われるかもしれないとお嫁さんと漁師の話を聞いていました」
そうなの?
私の話次第で毛むじゃらカニ没収だったのか。やはり私はぼんやりなのでベイリー以上に学ばないといけない。ベイリーの近くへ移動。
「ベイリーさん。1回目の交渉と同じで色々分かっていなかったです。毛むじゃらカニ没収の危機とは分からずぼんやりです。私もベイリーさんと夕食後に学びます」
「リルさんはそのままで良いと思います。それにしてもリルさんのお兄さんは有名人なんですね。ロイさんは推薦兵官だから結婚の後押しになったくらいしか言うていませんでしたけど驚きです。推薦兵官ってこういうことか、知識だけで本質は理解出来ていないと勉強になりました」
「旦那様も知らない話かもしれません。私もまさかここで兄ちゃんの話を聞くとは思わなかったです」
「俺もです。ネビーに聞いてみよう。あと人の話は聞けってまた言わないと。俺達高級魚のフグを食べ損ねた」
ジンの発言にうんうん、と頷く。
ベイリーは私からイーゼル海老を1匹買うということになった。1匹1銀貨と言われたから1銀貨で。
ジンに遠慮するとベイリーにバチが当たるかもしれないと言われたので了承。私は後でジンに渡そうと決めた。安いけどネビーの活躍代金。
明日ネビーにお弁当を作るしそのうち我が家でおもてなしなのでそれで良し。
ベイリーは他にムルル貝が欲しいし勉強の為にも私の商売が終わったらバレルと交渉をして買うそうだ。
「イーゼル海老の売買の交渉、駆け引き上手でしたね」とシンバに話しかけられた。
「魚屋も八百屋も基本は高値で提示してきます。お義母さんや親しくしてくれるお嫁さん達と日々研究です。苦手ですけど励まないと色々買えません」
「妻が値切った、値切れなかったとかはそういうことなんですね。ふーん、と思い続けて何十年。詳しく聞いてみます」
「母もそうやって買い物をしてくれているということですね。帰ったらお礼を言います」
「ベイリー君はお嫁さんをもらう前に母親に色々教わるべきだな。ロイは母さんの手伝いをしてくれていたから知っているけど買い物下手でぶつくさ文句を言われていた。男だから魚屋の奥さんや娘に好かれるかと思いきや人見知り中は愛想が悪くて逆効果。食費を使い過ぎだと怒られていた」
そうなんだ。義父がベイリーに「ロイよりマシだけど自分も人のことは言えない」みたいな話を開始。
魚屋も八百屋もその日の仕入れ値、売れ行き、客の評判や評価に家計と色々あるから難しい商売。
米は主食だからか値切れないし売値もどこへ行っても似た感じらしい。
「リルちゃん毛むじゃらカニは値切らなかったけど何で? あれこそ値切らないの?」
「あれは高くない気がしました。あと言い値で素直に買ったらホクホク顔になって次からおまけしてくれると思って」
バレルはまだ戻ってこないので主に義父とシンバとベイリーが話をしながら皆で木箱の中身をそれぞれのカゴへ移動。
「毛むじゃらカニって確かになんか食べたくないな。この見た目に名前」と皆で話していたらバレルが戻ってきた。
それから別の漁師もきて弟ジゼルを紹介された。
「噂のお嫁さん、このセイズとメジガロをやるから花カニをとったカゴを見せてくれるか?」
噂のお嫁さん?
ジゼルが手で尻尾を掴んでいるのは結構大きいセイズ。反対側の手に同じくらいの大きさのワラサみたいな見た目の魚。
セイズは知っている。美味しい白身魚だ。家族が全員褒めてくれたアクアパッツァをまた作れる。余った切り身も色々使えるし実家にお裾分け出来る量。
メジガロは知らない。聞いたら赤身の脂っぽい魚らしい。
2匹くれるなんて絶対に欲しいから釣り糸から外してジンが腰に下げてくれているカゴを見せた。
「高くない海老やあさりも買いたいです。カゴだけならまた父に作ってもらうので売ってもええです。新しく作る材料費くらいは欲しいです」
作ってもらう? と漁師に聞かれてジンが「義父と自分は竹細工職人です」と説明。
ジンにコソッと「新品の売り物ならいくらくらい?」と確認。最低3大銅貨と言われた。
「お嫁さん。父親さんが作ったカゴはおいくらだ?」とジゼルに問いかけられた。
「中古なので3大銅貨です。毛むじゃらカニとメジガロの食べ方を教えて下さい」
「教えるから2大銅貨でどうだ」
「それでええです」
「売値を相談してふっかけてあっさり引くのか! 材料費どころか新品で3大銅貨くらいなんだろう。俺の予想だとそのくらいのはずだ。漁師は商売人だから魚貝以外も勉強しているぞ。早朝から岩場で釣りをするし愉快なお嬢さんだな。持ってけ泥棒。4大銅貨だ!」
愉快?
なぜか高くなったカゴはお金と引き換えられてジゼルの手に渡った。
「それじゃあ他の売買の前に毛むじゃらカニやメジガロの食べ方を説明してやる」
毛むじゃらカニはハサミでばちばち長い毛を切ってたわしでゴシゴシ。
よく洗ったら茹でられる。塩茹で。一部が赤くなったらお鍋から出して冷たい水にさらす。そのお湯は決して使わないで潔く捨てる。冬ならその後3日くらいもつらしい。氷蔵で氷で覆えば最低10日は問題ない。
それで食べる時にまた茹でる。全部赤くなってもお線香が1本が消えるまでしっかり茹でる。その出汁は使える。美味しいから決して捨ててはいけない。
殻の剥き方や包丁の入れ方も教わった。私が料理するから義父だけ興味なさそう。
あしはカニしゃぶがおすすめ。2度茹でしないで1度茹での半生でしゃぶしゃぶ出来る。
カニ味噌? に身を混ぜたものは甲羅や土瓶で焼いてお酒と混ぜると最高らしい。お酒と混ぜなくても美味しいそうだ。
メジガロは刺身、叩いて小ネギと混ぜて酢飯で丼もの、角煮がおすすめと言われた。
他の売買と言ったのにジゼルはアサリと海老もおまけでくれた。タコが増えたからとあしをおまけまで。ジン、ベイリー、シンバの分で3本頼んだのに6本。
シンバとベイリーもジゼルと少し喋って買い物をして挨拶をして撤収。
私はその間ジンにセイズとメジガロを今日下処理してお裾分けするから明日誰か来てと打ち合わせ。義父はカゴの中の毛むじゃらカニに夢中。
「お嫁さん! また海釣りに来たら訪ねてきな! カゴ釣りは広めるなよ!」
「兄貴がいなければ俺。両方いなかったら倅のハイドかカルロを呼んでくれ」
「はい。沢山ありがとうございます」
義父に先程コソッと言われたので手を差し出した。それでバレル、ジゼルと握手。2人とも大きな大きな厚い手で驚き。
「花カニに好かれた卿家のお嫁さんと握手してしまった。あはは!」
バレルがそう口にするとジゼルも似たようなことを言って大笑いした。
「そこの兄ちゃんにたまたま声を掛けられたくせに!」
「ジゼルなんか兄貴のおこぼれの癖に!」
「うるせえ! カニの大副神様の采配だ! がはは!」
義母がお姫様と握手後に取り囲まれたのを思い出した。その前に逃げるしかない!
義父にも「リルさん。よく分からんが母さんみたいに囲まれそうだ。その前に逃げるぞ」と告げられたのでコソコソ逃亡。
お昼は海辺の食事処。ジンも私も初めて。それぞれおむすびが残っているので汁物と刺身を頼むことになった。
「お義父さん。どど汁ってなんですか?」
「リルさん。あんこうの肝を潰した汁物だ。こんな大きな魚らしい。冬しか食べられないから年に1度、釣りはそこそこでこれを食べにくる」
「自分は苦手です」
シンバは苦手であら汁、ベイリーは好みだからどど汁。私とジンは不安だから半分ずつにすることにした。
ジンはどど汁が好きで私は少々苦手。義父に「ロイは可もなく不可もないらしいけど母さんが好まないから我が家では出てこないか」と言われた。
「魚屋であんこうの何かしらって見たことがないです。隠しているかもしれないです。売ってくれるのか聞いたり作り方を聞いてみます。2人分だけ作るとか何かします」
「おお! ありがとう。シンバさん。ええ嫁だろう? クロダイに大物鮭に今日は毛むじゃらカニだからな! 漁師に気に入られるとは魚屋も気に入る。他のお嫁さん達とワラサを安く買ってきたくらいだからな。家でどど汁が食べられるかもしれん」
ワラサはクララが美人だから魚屋がメロメロだっただけ。私とエイラは「クララと買い物は安くなるから切る係やゴミ係をしよう」とまた大きな魚作戦を計画中。
義父は今回の海釣りも楽しかったようで何より。私も褒められてホクホク。




