海釣り編「交渉1」
皆でお風呂へ行って、その後にバレルのところへ言って軽く買い物と決まった。
シンバとベイリーが「いくら接待が怖いと言うても、安過ぎるけど毛むじゃらカニ代です」と義父と私とジンのお風呂屋代と昼食代を出してくれることになった。
前を義父とシンバが歩いて仕事っぽい話。私はベイリーとジンに挟まれて雑談。
「リルさんが最後にカゴで釣った魚は何ですかね」
「ええ。顔が怖いし細くて長いこの魚は何でしょうか。リルちゃんが怯えてベイリーさんの後ろに隠れて岩穴に落ちかけたから肝が冷えました」
「ベイリーさん。助けてくれてありがとうございます。バチが当たらなかったのはお裾分けすると決めたからでしょう」
引き上げるのも助けてもらったけど、怖い魚の歯がカゴの隙間に挟まったのか尾がぶんぶん揺れて恐ろしくてジンに押し付けた。
カゴが岩の上に置かれた時にこちらに尻尾がブンッっときて慌てて逃げたら滑って岩穴に落下寸前。そこをベイリーに助けてもらった。
バチではなく逆。皆に毛むじゃらカニを買って良かった。
「いやいや。何もなくて良かったです。ちんまりしているから軽くてひょいって待てたけど、肩が外れたりしなくて良かったです。咄嗟でそこまで配慮出来ませんでした」
私は首を横に振った。肩も腕も大丈夫ですと動かして見せる。
「ベイリーさん。ジン兄ちゃん。蛇魚を食べられるなら捌いてもらえるか聞きます。高かったら売ります」
「蛇魚とは確かに。蛇みたいな顔付きや身体付きの魚ですね。小さい安いイーゼル海老はいますかね? 自分で買います。高くないなら食べてみたいです」
「私はイーゼル海老が高かったら海老フライ用の海老が欲しいです。後は魚。カニだらけだから魚の方がええです。色々な種類がいると毎日楽しいです」
「それならお礼に何か魚や海老を買います。海老フライは1度食べた事があるけどあれは美味いです。作れるんですか? 料理だから作れるのは分かりますけど家で作れるんですね」
「お店の人に聞いたのでもどきや試作です」
「上手くいったら作り方を教えて下さい。母が作ってくれるかは分かりませんけど」
「はい。知っていることは何でも教えます」
一昨日思ったけど白身魚のフライのサンドイッチがあるなら海老フライのサンドイッチも美味しそう。……イカは?
「ベイリーさん。イカフライは知っていますか?」
「いや、知らないです」
でも気になる。美味しい気がする。天ぷらにするものはフライに出来る気がしてならない。
「ジン兄ちゃん、魚を買ったらお裾分けするからイカを分けて。魚もイカも貝も氷蔵で預かったら普通より長持ちする」
「海釣り後の氷蔵の話は手紙で読んだ。お義母さんが有り難いって。イカだらけで頼むと思う。4人だから4匹?」
「ううん。欲しいのは1匹」
それで話題は本日大漁の赤い小さめのイカについてになった。ジンは10匹も釣り、ベイリーも5匹釣った。
私のカゴの中の餌が撒かれて寄ってきたのか? という結論に至る。
かつお節なのか、腐りかけ疑惑のワラサの小さい切り身なのか川海老なのか不明。
目的地へ到着。お風呂屋は嫁いでから初めて。周りの人達に「えっ?」という顔をされた。服装のせいだろう。荷物を盗まれないか少しヒヤヒヤ。
それで番頭に聞いてお店の女性従業員に預かってもらうことにした。こうして考えたり話しかけられるようになったから私はかなり去年の今頃より成長したと思う。
会話を聞いていると近くの女漁師か漁師の嫁達みたい。今日の波は低くて良かったとか捌くの疲れたとかそんな話。
「見ない顔だけどどこの人?」
「さっき見たけどこの方は旅人ですよ。小洒落た旅装束でした。観光地はここじゃないのに何を見に来たんですか? お風呂屋見学ですか?」
「どこから来たんですか?」
「それも気になるけど何を食べたらそんなにお胸が増えたんですか? 私は足りな過ぎるから教えてくれたものを食べます」
「食べもので変わるなんて聞いたことがない。あんたはまな板に梅干したから同じ湯でうつるとええね。あるわけないけど。あはは」
次々話しかけられて実家にいた頃みたいに沈黙。お風呂屋で胸のことを言われるのはよくあるけど嫌いな話題なので余計に人見知り。
みっともなくならないように布を巻いたりキチッと着物を着たりあせも対策など疲れるから欲しいなら千切って分けてあげたい。
「人見知りです。喋れなくてすみません。釣りにきました」
体が温まれば良いのでわりとサッと出たというか逃亡。
着込んできたので着替えるのに少し時間がかかる。お風呂屋の外に出たら私が最後だった。
「皆さんもたもたしてすみません」
「まさか。ちゃんと温まったか?」
「はい」
他の3人も気を遣って今集まったところですとか色々言ってくれた。
「では行きましょうか」
シンバが促して皆でバレルの元へ移動。ジンがまた彼の名を呼んだ。
「おお兄ちゃんにお嫁さん。親玉さん以外にも連れがいたのか」
義父、シンバ、ベイリーが軽くご挨拶。バレルに質問されてジンが妹の新しい父、同僚の方、妹の夫の同僚の方と順番に説明。
バレルはふーん、という反応だった。全員と話をしてそれぞれに何なら売るとか決めるのかな。
「お嫁さん、あれから来なかったからタコも花カニもとれなかったということか? それともまとめて持ってきたか?」
「ヤドカリと変な怖い顔の魚がとれました。蛇魚です」
ジンがバレルにカゴの中を見せた。変な怖い顔の魚はウツドンという名前だと判明。
わりと美味しい淡白な白身魚らしいけど捌くのは大変らしい。
「そのヤドカリは食うなよ。じいさんの弟に聞いたけど腹を壊すらしい。昔からそう言われているものを嘘かもしれないと食べてみるアホがいてじいさんの弟もだ。本人曰く死にかけた。じいさん曰くしばらく軽い腹痛だってよ」
「見たり歩かせたりして遊ぶのは大丈夫ですか? 妹達のお土産と思ったんですけど」
「触る分には毒はないから挟まれて痛いくらいだ。妹がいるのか。妹達か。何人だ?」
「3人です」
「隣の兄ちゃんが義兄だから5人姉妹か。そこまで女だらけとは珍しい」
私はさっき散々喋ったけど義父達やジンとお喋りはしないのかな?
それとも1人1人がこれだけ長い?
ジンが見守ってくれているということは喋る練習をしなさいってことなので励むしかない。義父の沈黙と微笑みも同じ意味だろう。
「兄が1人いて6人兄妹です。兄ちゃんは推薦兵官です。それで卿家の嫁になれました」
兵官の評判は良さそうなのでネビーの力を借りる。これが多分「権力を傘に着る」という状態だろう。
「推薦兵官? どういう兵官だ? 何に推薦されるんだ?」
傘に着るの失敗。おまけに説明しなければいけなくなった。
「剣術道場の先生2名、実家のある場所の兵官部隊の隊長さんと副隊長さんに兵官になったらしっかり働くと推薦されて煌護省が調べてくれました」
義父に聞いておいて良かった。いや、そもそもネビーは兵官ですって言えば良かった。失敗。
「親玉さん。親玉さんが調べたのか?」
バレルがようやく義父に質問した。私とお喋りはこれで終了。
ここへ再度来るまでの間に義父から順番に信用出来るかなどを探られるかもと教わった。
「自分は担当業務では無いです。兵官の試験関係の業務に関与しているので」
「推薦されると何が違うんだ? 調べてどうする」
「高等校の入学試験に必要な推薦状取得条件を下げたりします。主に学問関係です。武術系が苦手な推薦兵官は珍しいです。それから指定高等校の場合に学費免除や学費半額などの補助。指定剣術道場での手習代の補助金支給などもあります」
こういう風に聞かされるとネビーってすごいと感じる。私が垂れ衣傘を外してガッカリされるみたいに実際に会ったらガッカリされないか心配。
優しいし強い皆の親分だけど望まれて兵官になったすごい人! みたいな雰囲気は無い。
「つまり税金を使ってまで兵官にしたい奴ってことか。しっかり働くって税金泥棒ではない兵官作りってことだよな? 卿家みたいに悪さをしたら即クビとかだろう」
「その通りです。学力は最低限でも実力と人柄を見込んで贔屓や支援を行ったので当然です」
「ふーん。お嫁さん。兄ちゃんの名前は?」
義父に聞かないで私に質問。私の番は終了ではなかったみたい。
「ネビーです」
「ん? 兵官でネビーって何か聞いたことがあるな。お嫁さん、兄ちゃんがここらに来たことはあるか?」
「私とはないです。他の家族や1人の時は分かりません」
「兄ちゃんは知ってるか?」
「俺ともないです。俺もこの辺りは初めてきました」
バレルが近くにいる漁師を何名か集めて「ネビーって兵官を知っているか? 聞いたことがある気がするんだ」と質問。
漁師と売買ってここまで関係あるの?
「12月のいつだったかに荷運び桶を落としてばら撒いたアホに魚をぶっかけられた奴じゃないか? ネブだかネビって名前だった。ドサクサに紛れてフグを盗もうとした奴をすぐ捕まえた。フグを桶に入れるのを手伝って荷運びまでしてくれた若い兵官」
「フグをやると言ったら漁師や料理人でないと捌けない毒魚なんて貰っても困るから要りません。仕事をしただけですってロクに話も聞かずに去っていった。かなり足が速かった」
なんかネビーあるあるみたいな話。ジンと顔を見合わせる。ジンに「確かにネビーみたいな話だな」と耳打ちされた。
「そうそう。捌いてからやろうと思ったのにせっかちで。魚や貝もやるかと近くの屯所へ行ったら居ないと言われてどこの誰だ? って。服や装備で兵官って分かったしボーマが名前を聞いたから名前は分かったけど所属が分からん」
「足もだけど逮捕が速くて褒めたら疾風剣なんて言われています。励んでいますと自慢していた。この魚は何ですか? 変顔魚は何ですか? バカなんで分からないと自信家なのか違うのかよお分からん愉快な奴だった。フグが毒ありってことも知らなかった」
これはさらにネビーっぽい話。ジンに「ネビーなら高級魚なんて知らなそうだし変顔魚って蛇魚みたいに名前を付けるリルちゃんと同じ。ルカさんもするよな。ますますネビーっぽいな。別人なら並べたい」とまた耳打ちされた。
私が分からないものに一先ず勝手に名前を付けるのはネビーの真似というか自然と似たのだと思う。ルカ達もするし。
「そんな事をしたやつだったのか。多分同じ日だけどそのネビーって俺の家の近くで子ども達とちゃんばらしてた兵官だぞ。疾風剣はこうだ! とか。見かけない怪しい男だから身分証明書を見せてもらったら南3区6番隊何とか兵官ネビーって。夜勤だから鍛錬ついでに夕食材料探しと思ったけど釣竿を忘れたって。それで子ども達とアサリ堀りに行った」
「そいつ多分俺が見かけた子ども達とヤドカリ投げ競争をしていた不審者だ。トーマに父ちゃんが確認したから変なやつだけど変じゃないから平気って言われた。子どもらがやたら懐いてるし服で兵官って分かるから新人か? って放置した。仕事途中だったからな」
何もかもネビーあるある話。逮捕を見ていた子どもに話しかけられて遊ぶ流れになったのだろう。それで多分ホイホイ声を掛けた。私と違ってネビーは人気者。
ペラペラ喋れるとか人見知りしないとか少しくらい似れば良かったのに。
「多分兄です。疾風剣で南3区6番隊ならそうです。話の内容も兄のあるある話で人物像が似ています。時々人の話を聞かないとか、疾風剣を自慢するけどバカだからとか、子どもが集まって遊ぶのも」
ジンがバレルに話しかけた。なのにバレルは私を見て近寄ってきた。
「お嫁さん。毛むじゃらカニ6匹はどうするんだ?」
「食べます」
「そりゃあそうだ!」
バレルに大笑いされた。
「そうじゃなくて実家と今の家に3匹ずつか?」
「我が家は2匹です。1匹はご近所さんにお裾分けします。実家も2匹。他のものが買えるように1匹は2銀貨で売ります。残り2匹は色々助けてくれた同行者2人へお礼です。常日頃お義父さんや旦那様がお世話になっているのもあります」
また私ということは喉カラカラが始まってしまうのか。
「売るのか。5匹買って2銀貨を実家に渡せば良いのになぜだ?」
「漁師さんもお米を買ったりするのに現金が欲しいと思いました。売る相手はお義父さんの友人でお店をしています。お店に出すのに珍しくて美味しい隠されカニは喜ぶと思います。でも実家に2銀貨欲しいのでお裾分けではなくて2銀貨で売ります。隠しているカニだから変なヒシカニとかお義父さんが上手く言ってくれます」
「ふーん。親玉さん。そうなのか?」
「旧友で毛むじゃらカニは隠されているとか花カニ高騰も知っているだろうし、漁師との付き合い方は自分よりも理解しているので信頼して話します。裏切ったら残念ながら友人知人のあらゆるツテで潰すしかないです。卿家は仕事と信頼。裏切り旧友より我が家を含む卿家の信頼を守らんといけません」
「売る相手はそこらの商売人じゃないってことだな。大店なら漁師と揉めたらそれこそ潰れる。お嫁さんはやはり思った通りだし親玉さんも正直者だから全員イーゼル海老でも何でも好きなものを売ってやる。特別価格だ」
おお。思った通りは謎だけど励んだから交渉成立!




