息子が見合い結婚しました
大陸中央、煌国。
息子を立派に育て上げ、夫と同じ上級公務員にしてルーベル家が卿家として続くようにすること。それが私の役目にして人生。
3人の子どもを産んで、無事に育ったのは息子1人。大事な大事な跡取り息子。
義父母に圧をかけられながら一生懸命育てた息子は、無事に裁判所事務官になった。
大嫌いだった義父母がさっさと亡くなり天国。
同じような格の家の娘、いやいっそ可能なら華族の次女3女などを嫁に迎える。孫も上級公務員にする。それが私の第2の人生。
私が守ってきた家やルーベル家の生活を壊さず、年々手足の悪くなっている私の世話や、そのうち弱る夫の世話。
それから跡取り息子を産み、教養のある息子を育てられる娘。町内会の秩序を壊さず……と思っていたのに息子がとんでもない事を言いだした。
長屋暮らしの男の2女を嫁に迎える、である。
どこぞの馬の骨を恋人にして、さらに嫁にするなんて……と頭を抱えたけど違った。
2年も前からずっと眺めていただけ。話したこともないという。
それなのに、とにかくその馬の骨が良いという。
長屋娘だけど条件は合う。全然風邪をひかない娘。多産の母親だから血を引いて立派な子を産むだろう。姉妹が多いから子が出来なくても養子を貰い放題。子育ても家事全般も全て出来る。長屋育ちだけど淑やかで品がある。
絶対に嫁は彼女が良い。嫁取りは早いと思うが、16歳で嫁に出されてしまうから今じゃないと間に合わない。すぐに結婚を申し込むと言って聞かない。
貧乏竹細工職人の娘だから、絶対に格上の卿家に嫁にくれる。自分が彼女の嫁入りに必要なものは何もかも全部払う。その条件を提示すればまず断られない。
とにかく「リル」が良い。どちらかというと無口な息子が、祖父母にも父親にも自分にも逆らったことのない息子が、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、こう言った。
「他の娘なら、誰も嫁にもらいません。母上が家を守り続けて下さい」
体の悪い母親に一生働けとは恐ろしい脅迫文句を思いついたものだ。
自慢の息子だと思っていたのに、私は育て方を間違ったらしい。
嫁をとらなくても養子をもらって育てると言ったら「子育ての何にも関与しません」など言いそうな気迫なので折れた。腹立たしい。
せめてもの抵抗で、花嫁修行を先にさせて、結納は後からという条件を突きつけた。
幼馴染セイラが女将の旅館かめ屋で花嫁修行をさせて、嫁失格の烙印を押されたら結納させない。
そうしたら毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、こう言われた。
「花嫁修行中に気が変わったり、かめ屋勤務の誰かに横取りされます。絶対に結納が先です」と耳にタコが出来るまで、四六時中言われ続けた。
どちらかというと無口な息子なのに毎日うるさい。
夫に「あの熱量。下手すると家を出て行くぞ」と言われた。
1人息子に老後の世話をしてもらえないなど、親孝行されないなど大恥である。
夫は最初から諦めているようで、私を説得してきた。
「反対してもリルを嫁にして独立。一切この家によりつかなくなるぞ」
おそらくこれが夫が想像した息子から親への最終脅迫文句。折れるしかなかった。
顔も知らないが、リルがもう嫌いだ。かめ屋でしごいてもらい、逃げ出してもらおう。
☆
かめ屋のセイラから逐一報告してもらったら、逃げ出すどころか評価が良い。
「ぼんやりなんて聞いていたけど、しっかり考えて動いているだけよ。覚えは早いし勉強熱心で何でも丁寧。それに料理の才能がある。特に感性が良いわ。あなた多分好きよ」
「まさか。私は長屋娘なんて要らん。息子がどうしてもと言うからここで問題が無ければしぶしぶ許そうかと」
そうしたら「次男の嫁に欲しいから、嫌なら譲ってくれない?」である。
汚れ仕事も力仕事も遅寝早起きにも、何にも文句を言わない。飄々としているらしい。
そして……。
「あなたの息子、朝と夜、毎日毎日飽きもせず様子を見にくる。あれはもうぞっこんだ。反対したら駆け落ち婚だね」である。
「どうにか説得してうちの次男にちょうだい」
「駆け落ち婚なんて言ったのはあなたでしょう。セイラがそこまで言う娘を要らんとは言えん」
「そう言わず」
「結納済みです。要らんけど要ります」
駆け落ち婚なんて、貢いだ結納品の数々に、結納の日の見たこともない惚けた顔に嬉しそうな顔を見た時からヒシヒシと感じている。
それとなく聞けば5年前からリルの弁当が気になり、2年前からずっと見ていたらしい。
セイラに落第点をつけられても、息子の説得は無理。脅迫に屈して先に結納してしまった時にリルに敗北である。
花嫁修行で嫁失格の烙印を押すどころか、太鼓判を押されてしまった。大敗北ではらわた煮え繰り返った。
☆
祝言の日。挙式でも披露宴でもリルは粗相をしなかった。セイラを通して教えた卿家のしきたりをしっかり守って動いた。腹が立つ。
表立って虐めると、リルの隣でデレデレ幸福顔をしていた息子が怒りで噴火しそう。あの熱が冷めるまでは優しくする振りが必要。小言は最低限。腹が立つ。
認めるまでは家の全てを任せたりしない。
腹を決めて1から育てるしかない。と思っていたのに、疲れただろう披露宴の翌日早朝にテキパキ働いていた。文句を言おうにも言うところがない。
試しに褒めてみたら、すまし顔がニコッと愛嬌のある笑顔に変化。教えた通りに動いているし、気も利くし、可愛げがある。
お裾分けの栗をキラキラした目で見て「触ったことがない」と言う。つまり、食べたこともないのだろう。長屋娘の中でも貧乏そうとは聞いていたが栗を食べたことがないのか。
台所で背をピンと伸ばして「栗!」と万歳していたのを見た時は、思わず吹き出しそうになった。
なんか……かわゆい娘?
そして朝食。セイラの言っていたのはこれだと分かった。
飾り切りしてあるし、漬物は縞模様だし、盛り付けも美しい。私と同じで食事は味だけではなく見た目から、なのだろう。
貧乏長屋の娘なのにどうしてかしら? とはセイラ談。
そして夫から聞いた「ロイのあの熱は、弁当のたんぽぽがきっかけらしい」という話。
5年も前から他人の弁当を眺め、2年前から本人を眺め、とにもかくにも結婚と入れ込んだ。
(娘は父親のような男、息子は母親のような女に惚れるなんて言うけど、間違いではないのかもしれないねえ)
ちょいとばかし、いやかなり気分が良かった。嫁ってまあ悪いだけではないかもしれない。
☆
嫌味も小言もあまり言うところのないリルもリルだが、それより何より息子の変化がすごい。
最初くらいは……と嫁を褒めたり優しくしていたら、息子の機嫌がすごぶる良い。
「母上、茶道教室の皆さんでどうぞ。金平糖です」と滅多に買ってこない自分は嫌いな甘いものを買ってきた。
金平糖はリルのついで。
結婚初日に贈る金平糖は「永遠にお慕いします」と言う意味がある。金平糖は口の中でなかなか溶けないから、長続きとか永遠などを意味する縁起物。
昔々、結婚初日には金平糖を贈りなさいと教えたことがあるから、なぜなに少年だった息子なら絶対理由を調べて知識を得ている。
残念なのは贈られた本人は何も知らないということ。学がない嫁で憐れ。息子はそのうち嫌になるだろう。
リルに天ぷらを作ってもいいか聞かれた。作り方が間違ってないか教えて欲しいというので、これは嫌がらせ機会だと思って早口でサッサと教えた。しかし、なぜきのこの天ぷら?
なのに夕食に出てきた天ぷらは上手に出来ていた。きのこ以外に何を揚げるのかと思ったらきのこ3種類に紅葉の天ぷらという秋の風情のあるもの。盛り付けに小さいまつぼっくりと銀杏の葉。
栗の甘露煮に感激するリルを、息子が熱視線でニコニコ眺めている食卓は痒くてならなかった。
おまけに甘い物は嫌いでも、栗の甘露煮は大好きなのに「初めて食べるならどうぞ」と譲っていた。
高等校の時、夕食後に台所に残してあったのを要らないのかと思って食べたら、翌朝滅多に怒らない息子が怒り、さらに2週間口をきかなかった。
なのに「余っていたらリルさんに食べさせてあげて欲しいです」である。
トイング家へのお礼の弁当が見事な上に息子の機嫌が良いので、しぶしぶ隠していた残りの甘露煮をリルに「朝食にも出して」と渡してしまった。
それにしても食費と炭がいつもより減らない。今日は特に。食事内容は、腹が立つことに文句の言いようがないのに。
きのこ3種類をどこでどう安く買ったんだ? 貧乏長屋の娘だからそういうことは知っている?
「母上好みの西風料理の店を見つけたので、通院の日の夕方に予約をとりました」と息子に告げられた。
これもリルのついで。リルと西風料理店へ行ったようだ。
息子と2人で外食なんてしたことがない。今からわくわくしている。何年かぶりにトキメキさえ感じる。しかしながら嫁のおかげと思うと複雑。
息子が「養殖の淡水真珠ですが、母上好みの小物かと」と髪飾りを買ってきた。誕生日以外にこういうものを貰ったことはない。
これまでは私に欲しい物を尋ねるか、私が贔屓にしている店に連れて行って「母上が選んで下さい」だったのに驚きである。
息子が私の好む物を知っていたとは知らず、贈り物がどうこうより好みを把握してくれていたということに喜びを感じた。
息子はリルに貢ぎに貢ぎそうなのに、そのリルは「一生分買ってもらった」という様子。
リルは自分に与えられた物や家族の共有物しか使わない。食器なども説明した場所の物しか使わない。
明らかに使われていない鏡台も勝手に使わなかった。謙虚な娘なのはだんだん分かってきている。つい鏡台を使え、と言ってしまった。
朝も晩も機嫌が良い息子は「リルさんに大変親切に優しく指導して下さりありがとうございます」と肩や足や腕や手を揉んでくれる頻度が増えた。
☆★
リルが階段を登る音が聞こえる。今夜もトントントンと静かで落ち着いた足音。
「釣りの次の日に大量の弁当と差し入れを作らせようなんて嫁いびりはほどほどにな」
「お父さんが誘わなければ良かったのでは? いびりではなく、まあ家の嫁ですし挨拶をさせようと思っただけです」
息子は「母上が嫁を師範や先輩友人に紹介してええと認めてくれた」とほくほくしているだろう。
作る物から詰め方まで見張って、隙があればネチネチ言うつもり。攻撃は息子の見えないところで、分かりにくくするべき。しかしリルは基本的に暖簾に腕押し。
注意も小言も「はい。すみません。覚えます」と素直に受けて次回は直してくる。
「断るかなと思うて」
「私もそう思いました」
夫はほくほく顔をしている。私も断ると思っていた。それで夫がなんだかんだ不機嫌になると予想していた。
「にっこり笑って行きたいです。ええ嫁かも知れん。母さんが楽そうで何より」
そう。そうなのだ。1から教育なんて疲れる。家を荒らされる。他人のやり方にイライラしそう。そう思っていたのに、蓋を開いたら任せてばかり。
「釣りに付き合うのを好まん私への嫌味です?」
「揚げ足を取るな。愛嬌があると言いたかっただけだ」
「確かに少しはありますね」
「あの感じで釣りかあ。想像つかんな」
「大人しいですからね」
長屋育ちなんてガサツで声の大きい女だらけ。よく言えば肝っ玉の大きい溌剌とした女。
それが、どうしてあのように成長したのだろう。生まれ持った性格? 私が他人より細かいように。
「ロイも行く言うかと思ったけど母さんの通院付き添いを優先したな。さすがに」
「当然です。はあ、息子の鼻の下が伸びてるのを毎日見させられるなんて腹立たしい」
「そうは見えんけどな。せっせとそれを進めて」
鼻を鳴らして、止めていた刺繍を再開。春の浴衣は「可愛らしいお嫁」に作ると言った。春に可愛らしい嫁かどうかは知らん。