海釣り編「釣り続行」
ジンと2人で釣り場へ向かって歩く。私が話さないとバレルは何も売ってくれなそうだからジンはなるべく見守っていたそうだ。
私が喋る練習にもなると思ったとも言われた。
それでお喋りが苦手なのにうんと頑張ったね、と褒めてくれた。ジンはこういう人だったのか。
ぐったりしてどんどん飲んだから水筒のお水はすっからかん。
「俺、花カニが高くて倒れるかと思った。あと卿家ってすごいんだな。関わりがないから知らなかったけど信頼されている。店の旦那にも言おうかな。難癖つけられたり不当な裁判があったら妹の旦那さんに頼むとしっかり調べてくれるって。裁判官も卿家を選べって。独立は夢だけどお店の経営って難しそう。職人としての勉強だけじゃダメだな」
こういう信頼を裏切ったら卿家全体に迷惑。だからクビとか排除される。役人はダメだ、となると国や街が大変なことになる。
教科書で昔農家が怒って漁師も参加して上流層が飢饉になった事件を学んだ。確かまだ王都が今とは違う形だった頃だ。
鎮圧しようとしてさらに怒らせて商家や奉公人に平家出身の兵官も参加して当時の皇帝陛下へ直談判。何とかの大騒動。
後押しみたいに皇居、中央区に落雷や大火事。
それで皇帝陛下を変えろとなって変わって何とかの改革で農林水省が出来た。帰ったら復習しよう。
「いつか独立するならお義父さんに沢山教わった方がええ。私もお金を2度見した」
「今日も聞いてみる。リルちゃんはすまし顔をしていたよ。しかもリルちゃん、そのまま毛むじゃらカニを6匹って。12銀貨もするのに」
大緊張していたけどすまし顔に見えたんだ。体が2つに分かれて自分を見られたら良いのに。
「我が家に2匹、ジン兄ちゃんに2匹、シンバさんとベイリーさんに1匹ずつ。ジン兄ちゃんの分は1匹かめ屋に売ろう。お米とか野菜とか色々買える」
「家に2匹⁈ いやリルちゃんの実家孝行か。かめ屋ってリルちゃんが花嫁修行をした旅館だよな。売れるの?」
「お義父さんと旦那さん、お義母さんと女将さんが仲良しだから売ってくれる。今の流行りは花カニだけど漁師さんが隠すカニを特別に手に入れたって言えば売れると思う。お義父さんに聞いてみる」
ジンが「明日はお父さんとネビーを連れてカゴ釣りだな。花カニ狙いだ」と大笑い。
「いや花カニもこの辺り、浅いところには滅多にいないから2度と釣れないかもなと言われたな。それだと単に時間の無駄になる。材料を持ってきて内職しながらは難しいし。今日は立ち乗り馬車代をいただいたけど普段は歩きだしな」
「欲張ると接待とかバチが当たるから今日だけ頑張って美味しいもので張り切って働こう」
ジンに旅行で接待をしてロイも私も疲れた話をした。
「ギャンブルに目が眩む人と同じようになるところだった。確かにお義父さんやお義母さんが良く言っている。親父やおふくろにも言われてきた。欲張るとかえって大損する。もう腹減りじゃないしな。結婚して2年はうんと苦労させると言われたけど思ったより早かった。家族が沢山いて楽しいし家事はしてもらえるし、腹減りも実家や奉公時代に時々あったし結局そんなに苦労してないんだよな」
「ルカ姉ちゃんの赤ちゃんがすくすく育つと嬉しい。そうしたら家族が増えるね。そもそも授かったのか分からないけど」
「まだ月のもの来ないって。それでたまに気持ち悪そう。だから授かっているかもしれない。無事に産まれたら実家周りで大宴会してもらおう。楽しい暮らしでついつい帰らなくて手紙で怒られてる。あはは」
そういう話をしていたら釣り場へ到着。まず義父のところへ行った。
「遅かったな。何かあったのか?」
「色々ありました。お義父さん。花カニが銀貨15枚と1大銅貨になりました」
「ぶほっ。遅いなぁと思っていたらそんなことに⁉︎」
「花カニはそんなにしないですよ。何があったんですか⁈」
義父とシルバが目を丸くしてベイリーもバッとこちらを見た。ジンが事情を説明。私が疲れているからかバレルと私のやり取りもあれこれ話してくれた。
「交渉下手でぼんやりのうっかりで身分証明書は要りますか? と聞いたからお義父さんや旦那様にとばっちりです。内助の功の逆です。迷惑は卿家全体かもしれないです。税金泥棒ではない人もです」
「そんなことになるなら交渉術というか心得をジン君やリルさんにも話しておくべきだった。根掘り葉掘りとは珍しい。しかし卿家だと家や名前を覚えるとか名指しは良くあること。意見書とまで言われるのは珍しい。これこそ内助の功だ。ありがとう。悪評にならないようにするのは卿家の男の仕事。妻や嫁の仕事ではない」
義父は甘々の甘々だから怒らなかったけど甘々義母だとお説教かも。
「ガイさんの言う通りですからそのようなしょぼくれ顔をしなくて大丈夫です。煌護省関係者は嫌われていないか下調べしてあったけどガイさんの息子さんのことまでは気にしてなかった。そこで裁判官の手助けなんかをする家の嫁とは2度と顔を出すなと怒鳴られなくて良かった」
「まあ余程でなければそこまではしないけどな。向こうも妻や嫁は仕事とは関係ないと理解している。そうかぁ、噂通り1匹は釣れるかもしれないのか。男の浪漫でイーゼル海老狙いだ。それだけ希少なのに釣れたら鼻が高い」
「自分もガイさんと同じくです。お嫁さんのおかげでイーゼル海老を食べられるかもしれないのか。しかも毛むじゃらカニなんて知りません」
「お義父さん、毛むじゃらカニを1匹かめ屋に売りたいです。広めてはいけない美味しいものなのでかめ屋はホクホクかと。海鮮あんかけなどに使えます」
「ということはリルさんは1匹多く買ったんだな?」
「1匹2銀貨と言われたので6匹です。お釣りが来ました」
「美味くて珍しいとはいえそんなに買ったのか⁈」
「ガイさん。リルちゃんは2匹をルーベル家、実家に1匹と売ったお金、シンバさんとベイリーさんに1匹ずつで6匹買いました」
「家の1匹はお裾分け用です。お釣りとタコの2銀貨と合わせてちびイーゼルを最低海老4匹とたまごを買いたいです」
「リルさん、そのちびイーゼル海老も全員の家分か?」
「はい」
シンバとベイリーが「自分にもですか⁈」と大声を出した。その通りなので小さく頷く。忘れていたので垂れ衣笠を被った。少しヒリヒリする。本格的に日焼けしたら痛いから気をつけないと。
義父が「かめ屋に売るのは任せろ」と言ってくれてジンと2人でホクホク気分で釣り再開。
「お嫁さん、聞こえましたよ。クロダイの時と同じで運がええんですね。それにしても自分にまでなんてありがとうございます」
「接待やバチが当たらないように分けます。漁師さん達が隠すほど美味しいならシンバさんやベイリーさんの家族にも食べて欲しいです。婚約者さんにもお裾分けして下さい」
私は卿家というか煌護省と中央裁判所勤めの家族だから売ってもらえた話をした。ジンの話が聞こえていただろうけどジンが応援してくれたんだからしっかり喋る練習。
シンバは義父の同僚でベイリーはロイの同僚だから売ってもらえる。代わりに買っただけ。
「代わりってそれなら自分で買います」
「ベイリーさん。ロイさんとリルさんは旅行で贅沢をしたけど大変だったそうです。予想外の幸運を分けずにいてバチが当たると苦労するから嫌だと」
ジンがベイリーに私とロイの苦労話をしてくれて私はたまに補足した。
「もう喉がカラカラな接待はこりごりです」
「色々気になるんですけどロイさんに聞きます。今度ロイさんから旅行話を聞く飲み会をしようと話していて。そういうことなら有り難くいただきます。そうそう、リルさんに少し相談があります」
ベイリーが私に相談?
彼からの相談は「来週土曜日のヨハネさんのお茶会に婚約者を連れて行くので付き添い人と彼女にプクイカを見せて欲しい」だった。
ロイに聞いたら今のルーベル家の台所は私の領域だし直接の会うのだから本人に聞いてくれと言われたそうだ。
義母ではなくて私の領域?
「お義母さんに聞きます。それできっとええと言います」
「ロイさんが母はええと言うていたので後はリルさんの許可をと」
「それならええです。断る理由は何もないです」
「ないのですか? 母は息子にさえ台所にあまり入るなと言いますよ」
「はい。私はないです」
そう告げてから、ベイリーに変と言われるかと思ったけど何も言われなかった。
私のカゴは長めに放置してみることにした。タコに餌を奪われて去られるよりもヒシカニを増やしたい。
生簀で生かせるだけ生かしてカニを長く楽しむ。フライを作りたいから高くない海老でも嬉しい。
ジンは「イーゼル海老がそれほど希少ならつみれ汁だ」とアジ狙い。赤い小さめのイカが釣れた。ちび赤イカばっかり釣れている。
ベイリーに「冬は魚が釣れんですよねえ」と慰められた。
そのベイリーもイーゼル海老から魚狙いに変更。ワカメを釣った。乾燥わかめを作りたいから毛むじゃらカニの分と言って半分もらった。
その次のベイリーはカサゴを釣った。変な形で捌き方不明。ベイリーが台所を貸してくれるなら教えてくれると言ってくれたので頼んだ。
「おお! 重さがある! きたぞ!」
義父は大興奮だったけど途中で静かになった。見守っていたらヒトデ。シンバが大笑いして義父は拗ねた。
それで私もそろそろカゴを確認しようと海から上げたけど残念ながら軽い。ヤドカリ5匹。
「リルちゃん、ヤドカリはルルちゃん達が喜びそうだからもらっていい? あのヒトデももらおうかと」
「うん。私もそう思った。ヤドカリは2匹多いから捨てよう」
ジンとどちらがヤドカリを遠くまで投げられるか競争して私の負け。
「次にヤドカリがとれたら自分も参戦……んっ? 結構大きそうなのが引っかかった気がします」
ベイリーがおりゃあと釣り上げたのはウミナゴだった。網の中で元気いっぱい。ベイリーのカゴの中に放り投げられた。
「そんなに大きくはないけどええです。自分はやはり釣れる方が嬉しいです」
「おめでとうございます」とベイリーに言ったジンが釣ったのはまた赤イカ。
9時の鐘の音が聞こえてきてベイリーが「寒い」と根を上げた。
ジンも「寒いし変わった小さいイカとカサゴが釣れたからええかなぁ」と同意。
義父とシンバも「寒いし明け方らしいからなぁ」とイーゼル海老を諦めた。
重ね着と煌風マフラーのおかげか私はあまり寒くない。でも足袋を重ね履きしたのに足先は冷えている。なのでアサリ掘りをする気にはなれない。
「引き上げますか」
「イーゼル海老は無理だったが花カニ……魚拓を取ったら良かった」
「カニ拓なんて聞いた事がありませんし、汚れて売れなくなったのでは?」
「そうですね。証拠を出せ言われてもないけどまあええか。花カニが売れたり毛むじゃらカニを買った自慢は出来ん。ヒシカニが大漁だったと言おこう」
「そうですね。毛むじゃらカニの話がワッて広まって漁師が困ると煌護省と中央裁判所に組合が殴り込んでくる。花カニ密猟犯罪が増えてもそうだ。農林水省にも叱られる」
全員でそのことを共有。ジンは「卿家と一緒だったから許されてたまたまとれた大きなカニを持って帰ってこられた。普通は没収されると言います」とガイやシンバと打ち合わせ。
勉強のためにネビーには色々話すそうだ。ネビーとジンは花カニは売れるとか毛むじゃらカニは売りたくない程美味いらしいなど他言無用。
口が固くないと信用されないみたいな話をしているのをふむふむ、と聞いた。
知らない生活や世界もあちこちへ色々続いていると改めて実感。




