海釣り編「カニ」
次もタコが釣れた。それでまたジンが売りに行って貝と交換してきてくれた。ムルル貝を見かけたので聞いたら交換でも良いと言われたらしい。
また行くかもしれないから後で取りに行くようにしてくれていた。
その次もまたカゴが重い。でも持ち上げられそうなのでベイリーとジンに見張ってもらって自分で糸を手繰り寄せた。
パッと見はタコ不在。でも重い。何だろう。海水は底の方の隙間から流れていくから何かは入っている。
「イーゼル海老は誰も釣れないけどお嫁さんだけ順調ですね」
「餌ですかね? リルちゃんが用意したワラサの切り身や川海老を使ってみますか」
「次はそうしましょう」
岩場の上にカゴを置いて中身を確認。
「ジン兄ちゃん、ベイリーさん。カニが入っています!」
ジンの背負いカゴの中にベシベシ中身を出す。カニ3匹。両手くらいの甲羅の大きさのカニと片手くらいの甲羅の同じに見えるカニが2匹。
小さいカニは多分ヒシカニだから小躍りしたい。
「毒のあるカニとか食べられないカニもいるから聞いた方がええです。カニ釣りなんてしたことがないし魚屋も行かないので分かりません」
「ベイリーさんありがとうございます。ジン兄ちゃんと聞いてきます」
カゴをまた仕掛けた後にベイリーに「使って下さい」と餌入れを預けてジンと見張り漁師の人のところへ向かうことにした。途中で義父とシンバにカニを見せた。
「タコ2匹に大きめのカニ3匹。今日のリルさんは面白いものばかり釣るなぁ」
「これ、花カニに見えるけど浅瀬にいるなんて聞いたことがないからまさかなぁ。小さい方は多分ヒシカニだ。嘘を言われないように違うことを言われたら上手く聞いてみなさい」
シンバに「そうします」と告げて歩き出す。義父に行ってらっしゃいと手を振られたので小さく手を振った。
花カニも食べられるのかな。美味しいのかな。それならカニ三昧でホクホクだ。
「おお兄ちゃん。今度は女連れか。またタコが釣れたんだな」
見張り漁師は愉快そうに肩を揺らした。近くで見たらやはり日焼けで真っ黒。痛くならない日焼けの仕方で羨ましい。
「妹です。今度はそこそこ大きなカニがとれました。食べられるか教わりにきました」
「カニか。座っていただけで岩穴からとったようには見えなかった。カニも釣ったのか?」
「ええ、釣りました」
「兄ちゃん達、どうやってタコやカニを釣っているんだ?」
ジンが「カゴを沈めてです」と答えながら見張りに背負いカゴの中身を見せた。
「こちらは食べられるカニですか? 毒カニではないですか?」
「おい兄ちゃん。これ小さめだけど花カニだ! 味はそんなにパッとしないのに最近大人気。どこかの偉い人が美味しいとか気に入ったと言うたとか。小さいめのはヒシカニだな。食べられるし花カニより美味い。好みもあるけど10人いたら8人はヒシカニの方が美味いと言う」
ヒシカニで正解!
歌って踊りたい。花カニはヒシカニより美味しくないのか。それは残念なお知らせ。
花カニが高く売れるなら美味しいヒシカニを買いたい。生簀で飼って長く楽しむ。
「花カニは高く売れますか?」
「売れる売れる。今は高騰しているなら高いぞ。売った金で味のええ毛むじゃらカニを食べた方がええ。あれは美味い。俺達は毛むじゃらカニを縁起の悪い怖い見た目とかあまり美味くないとか言ってコソコソ隠して気に入った人にしか売らん。この話はこんな朝早くから岩場に綺麗なお嬢さんがいて眼福だから特別だ。タコを売ってくれた漁師に欲しい、売ってくれると聞いたと言え。ただし広めるなよ。まあ広めても基本は売らないし知らんと隠すけどな」
売れそうなものを隠すってこともあるんだ。綺麗なお嬢さんとは私の服装だろう。
のっぺり顔が垂れ衣笠で隠れているから想像力で理想の皇女様を想像出来る。
お礼を告げてジンとへ船着場へ移動。船で捕った魚を仕分けしたり切ったり料理人や魚屋などが買いにくるところの1つらしい。
「リルちゃんと2人きりって初めてだ」
「うん。ジン兄ちゃんが釣りをするって知らなかった」
「ネビーやロカちゃんと遊ぶことが多いし、お互い忙しくてあまり話す余裕なかったからな」
ルカは元気かとか、ルル達は暴れていないか聞いていたらあっという間に目的地。人が沢山でうんとワイワイガヤガヤしている。
挨拶をすると思うので垂れ衣笠を外す。
外さない方がまた「綺麗なお嬢さん」と思われる? と悩んだけど騙すみたいで悪いから外した。さっきはぼんやりで被ったままだった。
船が停まっている側へ移動。こちらはもう少し静か。
ジンが「バレルさんはいらっしゃいますか?」と大声を出した。
すると父くらいの年齢に見える男性が駆け寄ってきてくれた。
「おお兄ちゃん。また来るかもと言うていたけど本当に来たな。今度は女連れか」
「妹です。花カニがとれて毛むじゃらカニの方が美味いと聞きました。花カニを売って買いたいです」
「花カニ⁈ 花カニが釣れたのか! そんなことあるのか? いやタコといいどうやってカニを釣ったんだ?」
「餌を入れたカゴを釣竿につけておもしで沈めたらとれました」
ジンが背負いカゴの中身をバレルに見せた。
「本当に花カニだ。そんなことをしていたのか。カゴで釣るなんて聞いたことないな。花カニは何故か高騰しているから競りに出そう。それで俺達から毛むじゃらカニでも何でも買うてくれ。こんなところに来ないお嬢さんが来たなんて美味いカニを食べさせてやりたい。その前にヒシカニが喧嘩するから縛ってやろう」
バレルの手でヒシカニは縛られてしまった。可哀想。でもどうせ茹でるしな。しばらくここで待機。
綺麗な、が消えたのは私がのっぺり顔だから。
でも隠したい毛むじゃらカニをあっさり売ってくれるそうだ。
小洒落た格好で釣りをしてくれと言ってくれたりお金を出してくれた義父に感謝。
「ジン兄ちゃんがいないと引き上げられないから今日は山分けね」
「まさか。気にしないでええよ。カニはリルちゃんが自分で引き上げた。さっき買った貝を見る? そこの端に箱を置いてくれたんだ」
「見たい」
木箱の中には海水に沈む沢山のムルル貝。ちびホタテも結構ある。それから食べたことのないあの貝はサザエな気がする。サザエは4つ。
「ジン兄ちゃん。これ多い気がする」
「今日はタコが少ないからだって。山分けじゃなくてリルちゃん2か3でうちが1にしよう。サザエは高いからルーベルさん家だけ。代わりに俺が釣ったものは俺が持って帰る」
「分かった。ジン兄ちゃんは何が食べたい? イーゼル海老以外」
「つみれ汁かなあ。だからアジを釣りたい」
ジンは次もイーゼル海老が釣れなかったら一旦魚狙いに変更するという。家族の食料大切。釣れなかったら買って渡そう。
「兄ちゃん、お嬢さん。ものすごい高値で売れたぞ! お偉いさんの一品料理にこりゃあええ大きさだとか模様がすごいとか取り合いになった。他のカニの方が美味いのに偉い人達の流行りは分からないなぁ」
バレルが木箱のところまで来てくれた。渡されたお金を見て2度見。銀貨15枚と1大銅貨。衝撃的。
「バレルさん。このお金で毛むじゃらカニは何匹買えますか?」
「お嬢さん、何匹も買えるぞ。何人で食べるんだ?」
「嫁入り先は4人家族で実家は9人です。そんなには無理ですか?」
「何だ人妻なのか。若いな。いくつだ? 女に歳を聞いちゃいけねえって言うけどあれはババアに聞くなだよな。4銀貨で大きい毛むじゃらカニを2匹用意するけど他には何か欲しいものはあるか? さっきのサザエみたいに。むしろ買ってくれ」
「妹はもうすぐ17歳です。リルちゃんどう?」
「毛むじゃらカニをさらに4匹欲しいです」
ベイリー、シンバに1匹ずつ。実家にもう1匹。お裾分け用か何かとして我が家にもう1匹。
「元服後即結婚か。まるでそこらの漁師の娘みたいだな。お嬢さんに見えて俺の娘みたいに漁師の娘か? いや、白いしその格好はなぁ……」
バレルが私を見る目ががっかりしたものになった。




