海釣り編「狙えイーゼル海老」
今日は念願の海釣り。私、義父、義兄ジン、ベイリー、川釣りを一緒にした義父の友人シンバの5人でイーゼル海老狙い。
私はヒシカニと海老フライに出来そうな海老をとりたい。
イーゼル海老は夜から明け方に釣れたという噂らしいので、今回も朝早く家を出て立ち乗り馬車の特別始発に乗った。
ジンとは立ち乗り馬車の停留所から一緒にきて、ベイリーとシンバとは海で集合。寝坊した人は置いていくということになっていたけど全員無事に集まった。
義父がシンバ、ベイリー、ジンのことを「同僚のシンバさん、息子の友人のベイリー君、嫁の義兄のジン君だ」と軽く紹介して歩き出した。
「お嫁さん。見違えました」とシンバに笑われた。川釣りの時とは違って愉快そうにではなくて微笑み。
「息子と嫁にエドゥアールへの旅行を贈りました。その時の旅装束です。釣り衣装にもええだろうと思って。いやぁ、良かった。今日は娘を笑われなくて」
「ええ、洒落た旅装束で釣りの装いには見えません。エドゥアールってあのエドゥアールですか?」
「ええ岩山エドゥの。妻と昔行った場所です、自分が親しくしている南3区のかめ屋という旅館の旦那の故郷なんです。シンバさんは会ったことありましたっけ?」
「あります。憧れの浪漫男性ですから忘れません」
以前海釣りをした場所とは違うところへ行くみたいなので付いて行く。浪漫男性は憧れなんだ。
義父とシンバが話し始めて前を歩くので、他の人は自然とその後ろになった。
ベイリー、ジン、私の順。2人ももう話し始めている。
「立派な釣竿ですけどどちらで買ったんですか?」
「義父が作りました」
ジンがそう告げると義父が振り返った。
「ベイリー君。嫁の父もジン君も竹細工職人さんだ。許可がないと入れない竹林に入れるから許される横領というやつだ。今は桃の節句用の特注品を頼まれているから難しいけど、釣竿の特注品も引き受けてくれるだろう。その品質で釣具屋より安いぞ。というか自分が彼に頼める」
「立派な釣竿の割には糸も釣り針もなぁ、と思っていたらそういうことですか。祝言が決まったら新品。新生活には新品と思って貯金しているのでこれは頼みたいです」
義父のおかげで父のお仕事が増えた。ジンを誘ったのはこの為なのだろう。
ロイが「腕がなければ無意味」と言っていたので父やジン、ルカは励むしかない。私は応援しか出来ない。
「へぇ、職人の娘を跡取り息子の嫁にするとはガイさんは剛気な男だと思っていたけどこの竹竿に惚れ込んだのですか?」
「シンバさん。彼の腕はええです。しかも長男は推薦兵官です」
「推薦兵官の話は何度も聞いています。狙いがそこだったのも知っています。息子さん、今時の恋愛結婚とは跡取りなのに破天荒と思ったけど下調べをして相手を選んでとはガイさんのようだ。自分も気になっていたので釣竿を見せてもらっても良いですか?」
「はい」
シンバがジンの横へ移動してきて義父に手招きされたので場所を交代。シンバとベイリーがジンに釣竿の要望をあれこれ出し始めてジンに「出来ますか?」と聞き始めた。
推薦兵官ってなんだろう。
「リルさんの父親もジン君も宝の持ち腐れ。いや店自体がだ。まあ言われてみればええ竹で釣竿を作るのは当たり前だけど関わりがないから知らなかった」
「宣伝ありがとうございます」
「そりゃあ自分と母さんをエドゥアールに連れて行ってもらうからな」
うんうん、と私は大きく頷いた。その通り。皆で大宴会をする。
「お義父さん。推薦兵官って何ですか?」
「こいつはええ働きをすると見込まれて兵官になれるように後押しされた人物だ。ネビー君にはデオン先生、リヒテン先生、6番隊の隊長と副隊長の推薦が付いて煌護省の監査が入った。学費半額だったとか聞いていないか?」
「半額ですか? 手習代も学費も無しで俺は優秀って言うていました。だから家族を養うのは自分だと」
「ロイに詳しく聞くとええ。それでリルさん。立ち乗り馬車で聞き途中になったたまご祭りについて知りたい」
「たまご祭りは茶碗蒸し、海鮮たまごあんかけ、温泉たまご弁当やプリンを作りたいです」
わいわいしながら今日の釣り場へ到着。集合場所から少々遠かった。岩が積み重なっているけど高さはそんなに無いところ。他に2組と1人いる。
私はジンとベイリーと離れないように言われた。
義父にうっかり落ちそう、場所によっては足ではなくて全身落下だから気を付けなさいと落ちてないのに軽く説教された。解せない。
でも心配されるのは有り難いことだ。
「噂はまだ広まっていないんですね」
「ベイリー君。下調べが足りないな。農林水省に知人がいないのか? 商売上がったりになるからイーゼル海老を釣ったら安値で回収されるか他の魚貝と交換だと。ほれ、あそこに見張りがいる。漁師だろう」
シンバが視線で示した場所に椅子に座って釣りをしている人がいた。見張りなんだ。なぜ分かったのだろう。
「今日はいつものように自分が許可を得てきた。卿家の強みはこれだ。大金持ち華族でも知らなかったりする」
「ガイさん。毎回ありがとうございます。まあガイさんが忘れたら困るから自分も許可証を持ってきてあります。交渉術も再確認済みです」
根回しを知らなかったベイリーが「後で根回し方法を教えて下さい」と口にした。
岩穴担当は義父とシンバになった。好きな時に食べられるように義父に作ってきたおむすびを渡す。シンバの分は要らない、大変だからと断られているので無い。
私とベイリーとジンは岩場と砂場の間狙い。安定して落下しなそう、海水がかからないギリギリに位置取り。
座りやすい岩を発見。そこから下に足を下ろしてぷらぷらさせたら草履を落とす。なので草履は新聞紙で包んで背負い風呂敷の中へしまった。
今日は汚くして良い実家時代の足袋を履いてきている。寒いから足袋は二重。冬物足袋の上に実家時代のボロボロ足袋だ。
岩に座って足をぷらぷら。これは楽しい。
「リルさん。その座り方は肝が冷えるからやめなさい。落ちたらどうする」
少し離れた場所にいる義父にすぐ怒られた。どこなら良いのか聞いたら穴がないところ。仕方なくそこに横坐り。
左右にベイリーとジンが腰を下ろした。ジンが運んでくれた釣竿を受け取る。
「ジン兄ちゃん、釣り糸に上手く仕掛けカゴをつけて欲しい」
私は腰に下げてきた川海老用の仕掛けカゴをジンに差し出した。義父に貰った釣り糸や小さい鋏も背負い風呂敷から出した。
「お義父さんに聞いていたけど器用におもり用の石がついてる。見本も何もないのにお義父さんは工夫が上手い」
そう言うジンも川海老用の仕掛けカゴを上手く釣糸につけていく。
私はジンとあまり交流してきていない。他の家族がジンを奪っていたからだ。
ネビーが手紙で「ジンはリルと初めて沢山喋れる機会が出来て嬉しいって。遠慮せず何でも頼め。どんくさいリルが海に落ちたら死ぬから見張るように言ってある」と教えてくれたので遠慮せずに頼む。
どんくさいは一言余計。なので返事に「足くさ兄ちゃんへ」と書くつもり。
「ジンさん、リルさん、そちらは何ですか?」
「川海老用の仕掛けカゴです。お義父さんに相談して海の深くに沈めたらどうかと思って父におもり石をつけてもらいました」
「そうらしいです。リルちゃんはヒシカニをとりたいそうで。そういう発想もあるんだなぁと。近所にそこそこ大きな川があってこのカゴを使うと川海老が結構取れます」
「へえ。ガイさんとリルさんは面白いことを考えましたね」
カゴの中には持ってきた餌を入れた。
かつお節、ワラサの切り身——義母に多分腐りかけだから捨てろと言われた——に川海老を餌として少しずつ。
ベイリーとジンはシンバが用意した「特製イーゼル海老用餌」を使用。変わったミミズと魚のすり身の団子らしい。噂を元に作成したとか。
私はカゴ付き釣り糸を海に投げて竹竿をゆらゆら揺らして沈むように頑張った。
「カゴに何が入るかな」
「ヒシカニが入って欲しい」
「リルさん、イーゼル海老が入るかもしれませんよ」
「そうなったら小躍りします」
「クロダイの時に盆踊りみたいに踊っていましたね」
「リルちゃんってたまに踊るよね。雨の日にルルちゃん達と部屋の中をぐるぐる踊ってルカさんに怒られていたのが懐かしいなぁ」
ベイリーがジンにその話を聞き始めた。家事育児担当の私は大雨が降るとやる事が少なくなるので、そういう日は内職の手伝いをしつつルル達とすごろく、踊る、歌うみたいに遊んでいた。
今考えたら両親はお下がりの教科書を手に入れて勉強させれば良かったのではないだろうか。それとも雨の日くらいと遊ばせてくれていたのかな?
ベイリーもジンも岩場の合間に足を下ろしてプラプラさせているのに誰にも怒られない。ベイリーは跡取り息子でジンも跡取り婿なのに解せない。
でも仕方ないから私は我慢。足をぷらぷらしたかった。
「ジン兄ちゃん。ムルル貝を持ち帰りたいから危なくないところから採って欲しい」
「ルカさんにも頼まれてる。安売り餅で雑煮にしてくれるって」
それは美味しいやつ。私も作ろう。
「ムルル貝って何ですか?」
「ベイリーさん。今日食べられます。旅行料理にします」
2人にムルル貝ご飯を説明。ぐぅ、とお腹が鳴ったのでそろそろ朝食にしたい。
ベイリーもジンも義父とシンバに教わった通り釣り針を海に放って竿をしばらく岩場に固定して手を離している。足をぷらぷらさせて朝日を見て楽しそう。
私もカゴを放置したいのでジンに頼んだら上手に岩に引っ掛けて私が持ってきた紐で固定してくれた。
「ベイリーさん、ジン兄ちゃん。おむすびを食べますか? 私は食べます」
「ロイさんから聞いています。ワラサの佃煮混ぜご飯だと。遠慮なくお1ついただきます」
「俺もネビーから聞いてる。ありがとうリルちゃん」
2人とも大変だからとお弁当は要らないと言ってくれたけど、ロイが自慢したらしくてワラサの佃煮混ぜおむすびは1つずつ握ると約束していた。
「お米とお米がくっついて結ばれているからおむすび。ロイさんに聞いて縁起が良さそうな響きだから自分もそう呼ぼうかと。それに文通に書きました」
ベイリーと誰かの文通。きっと婚約者の幼馴染だ。3人でおむすびを食べながらまだまだ頭しか見えない太陽や暗い海を眺める。
ジンが寒くない格好で来られるか心配だったけど着膨れしている。ネビーが友人達から借りて重ね着の上にどてらだから安心。
ベイリーは紺色の編み物マフラーに編み物手袋に靴だ。ロイや私が購入した物を見て欲しいとお祭りが終わらないうちに探したそうだ。
「ベイリーさん。試験応援しています」
「今年が本命なのでコツコツ毎日積み重ね続けます。このワラサはお嫁さん達3人で捌いたと聞きました。大物が釣れた時の練習だと。どのくらいの大きさですか?」
「このくらいです。頭は落としてもらいました。内臓も」
「それは何とまあ大きいですね」
「リルちゃんは見た目より力持ちだけどそんな大きな魚を運んだの?」
「台車……ジン兄ちゃん重い」
釣竿の先が少し動いたような気がして竿を持ってみたら重かった。立ち上がって持ち上げてもやはり重い。
「おっ。1番乗りだ。何が入ったんだろう?」
「おお。まさかいきなりイーゼル海老とか?」
「リルちゃんそこでジッとしてて。俺が糸とカゴを引き上げる」
「はい」
「2人が危なくなったら声を掛けたり手を出します」
ジンが持ち上げ係でベイリーが何かあった時にジンを助ける係。海面に注目。カゴが姿を現した。
「……」
「リルちゃんタコ!」
「お嫁さんタコですよ! 大きいです!」
「タコですね……」
海から出てきたカゴからウネウネするタコのあしが覗いている。えー……。
「リルちゃん?」
「リルさん。萎れ顔ですね。イーゼル海老ではなくて残念です。しかし大きな立派なタコですよ!」
タコは嫌いで捌き方も知らない。あしを切ったことしかない。
腹減りよりマシだから安売りタコの日は渋々食べていたけどなぜか苦手。
「イカと違って捌き方を知らなくて食べるのも苦手です」
「リルちゃんタコ嫌いだったんだ」
「それでそのお顔ですか」
「それになんか怖いです」
岩の上に置かれたカゴから出てきた動くタコも怖い。ジンが掴んで彼の背負いカゴの中に入れてくれて義父とシンバが見にきた。
「ガイさん、娘さんは大きなタコを釣りましたねえ。この場合は釣ったと言うのか?」
「カゴ釣りですかね。うーん……。タコかぁ……」
義父はタコを見るのをやめて嫌そうな顔をした。食べるのだけではなくて見るのも苦手みたい。私と同じだ。
「お義父さんはタコを好みませんよね」
「ああ。母さんとロイは普通らしいけど自分が好まないから我が家では出ない」
「私も苦手です。売ってたまごに変えてもええですか? 売れますか?」
「結構大きい気がするからそこの見張り漁師に聞いてくる。ジン君、一緒に頼む」
「はい」
「お願いします」
義父とジンがタコの入った背負いカゴを持って見張り漁師に聞きに行って義父だけ戻ってきた。
「結構大きいから漁師さんに頼んで競りにかけてくれると。売ったお金でたまご祭りもええけど市場で買い物もええなあ」
「お義父さん。またタコを釣ります!」
タコ釣り燃えてきた!
シンバとベイリーはタコを好むらしいのでタコを売ったお金でタコのあしを少し買うということになった。




