遊ぶ6
今日クララとエイラに教わるのは茶室への入り方、
お辞儀や挨拶の仕方、茶室内の歩き方と座る場所、基本の帛紗の扱いなどについて。
2人とも茶道の基礎は女学校で習っている。エイラはその前の小等校高学年から母親と同じ茶道教室へ通っていて今も続けているそうだ。残念ながら私とは別の教室。
クララは小等校1年生から琴と三味線を嗜んでいた。現在も続けているという。琴と三味線は学校の音楽の授業で軽く習うらしいのでエイラも少し演奏できる。
女学校について興味津々だけど今日は聞く時間なさそう。
クララの実家の町内会では琴や龍歌会が交流の場でこの町内会は茶道が中心。
教えると覚えるからクララが教えてくれてエイラが確認ということになった。
義母に2階の寝室を使うように言われているので2人を案内。
昨日、ロイと一緒に机や半座椅子を彼の書斎に移動して何もない状態にしてある。
床の間の代わり、と義母が壁に掛け軸を掛けてくれた。書は「日日是好日」で昔ロイが書いて義母に贈ったそうだ。
毎日毎日が最良の日という意味。なので今日は素晴らしい日ですというおもてなし。
我が家の床の間は義父の書斎とロイの書斎にあって義母はよく書を変えている。
扇子の持ち方や使い方は初めて。お辞儀も「真」「行」「草」という名称は初。ただ花嫁修行中に習った手付きと同じ。三つ指が「草」だった。
扇子を正面に置いて「ご指導よろしくお願いします」とエイラとクララに「真」のお辞儀でご挨拶。
襖の開け方はいつもと同じ。部屋への入り方も同じ。閉め方も同じ。扇子が増えただけ。立ち方も一緒。畳の上の歩き方も同様。それで掛け軸へ「真」のお辞儀でご挨拶。
「リルさん既に教わっていますか?」
「クララさん、そうみたいです。花嫁修行で習って修行中や毎日の生活の動きと似ています。部屋への出入り。右足から入る。畳の縁は踏まない。歩幅。忘れているとお義母さんに指摘されます」
「毎日の生活って……。やはりテルルさんは細かい。私には無理。そのうち茶道を習わせるつもりだから日々修行にしては厳しい。リルさんは良く平気ですね」
「息が詰まりそうですけど真似したら大義母さんやお義母さんの小言が減るんでしょうか。いやあ、でもリルさんの朝から晩までの話に今の話を聞いたら無理です」
そうなの?
楽しく暮らしているけどな。私も細かいのかもしれない。
「布団が曲がってると言うとそんなの気にするなって姉や妹達に怒られていました。母には私がする通りでええって言われていましたけど」
「リルさんのお母さんも細かいってことですね」
「口だけです。厳しく育った方が後々楽だから言う事を聞けと言われて育っています」
ルカは言うことをそこそこ聞いたけど、ルルとレイは割と反抗。そのうち母が沢山働くようになってルル達を叱るのはルカと私の役目になった。
そのうちルカも沢山仕事をするようになり私は叱り下手でルル達に言い返されて終了。
「我慢したら後が楽と似ているかもしれないですね。少し気をつけてみようかな」
「エイラさん。試してみましょう。あとブラウン家の奥さんは密かにエイラさんの茶道のことを褒めて回っています。自分がエイラさんのおかげで亭主になれるからです。特技はどんどん生かした方がええです。あとエイラさんのお母さんに少し引っ込んでもらうとええ気がします」
やはりクララって物知り。
次は冬なので炉の拝見。義母が炉はここの位置と折った手拭いを置いてある。それで正客、次客、三客……と自分の席に入るのと出る練習。
これは初めてなのでおっとと、となった。帛紗捌きも難しい。角度など細かいところは先生に直されるから、と言ったのにエイラは細かく教えてくれた。
最初に私に手本を見せてくれたクララが正客の席で私と並んで練習。それで「エイラさんの通うお教室は本格派なんですね」とクララが口にした。
クララは女学校時代に習って最低限のお点前、お客側と水屋仕事などしか学んでいないそうだ。
一方エイラは子どもに教えて良いという許可を師匠から得ている。クララは琴と三味線で似たような許可を得ているそうだ。
これが付け焼き刃嫁と本物嫁の差。
町内会には1軒茶室がある。2階建ての茶室でお掃除当番制度。
エイラの母はそこで月4回子ども向けのお教室を開いていてエイラも手伝っている。
クララはご近所さんから頼まれた時にセヴァス家でお琴教室をしているそうだ。2人ともすごい。
最後はエイラ、クララに盆略点前を見せてもらった。
道具は昨日の夜に義母が用意して、今朝ロイの書斎に義母が準備済み。
茶巾の畳みは昨日の夜に義母に教わった。他は茶道教室で習う。
薬缶にお湯もお水も入っていないし棗にお茶も入っていない。形だけ。
薬缶以外の道具の持ち運びはエイラにお願いするように言われているので頼んだ。
「エイラさん、クララさん、ありがとうございました」
「エイラさん、ありがとうございました。リルさんお疲れさまでした」
「指導する勉強になりました。ありがとうございます」
3人でご挨拶。
「リルさん、少しお道具を見せていただきます」
「はい。お義母さんがエイラさんやクララさんに拝見してもらいたいと言うていました。今日用意した道具について筆記帳に書いてあります」
ロイの書斎から自分の筆記帳を持ってきた。
「お茶碗は紅梅雪花です。旦那様が初任給で贈ったものの1つです。紅梅の花にふりおけるあわ雪は水をふくみて解けそめにけりと龍歌を添えたからです。旦那様は西地区からの露店商から購入しました」
紅梅の花に降りかかっている淡雪が水を含んで解けて紅色に染まっていて美しいです、という意味の龍歌らしい。
「素敵な薄茶茶碗ですねえ。龍歌を添えてなんて。兄は家族で食事会で終了です」
「ふふっ。息子自慢ですね。一人息子はさぞかわゆいでしょう」
義母はそうな気がする。ロイと2人で出掛けるとしばらくうんと機嫌が良い。母はどうだろう。
「茶杓は自作です。お教室の師匠の紹介で竹師さんが行う茶杓作り体験で作ったと言うていました」
竹師は竹を使った茶道具を作る職人と義母から習った。
「私もいつかしてみたいことです。茶碗作りとかも。母は兄にお嫁さんがきたらすると。凝ったもの、時間やお金のかかる遊びは奥さんになってからですよねえ」
ふと父も茶杓作り体験を出来るのかな? とか竹師と知り合うと良いのでは? と思った。
父か義兄に頼んだら安く茶杓作り体験をしてくれるかな。義母やロイに相談しよう。
「棗は中棗で白塗梅槍蒔絵です。このお茶碗に合う棗を骨董品屋で探したと言うていました」
「こちらが1番気になっていました。白塗の棗って中々見ません。テルルさんに棗をもし気に入ったら来月いっぱい貸しますと言われました。明日にでも借りに来ます」
「義母がエイラさんなら道具の扱いになんの不安もないから箱にしまってもらって持ち帰ってもらいなさいと」
ロイの書斎から棗の箱を持ってくる。私はまだ道具に触るなと言われているけど棗の箱は別。
なのでエイラが「予定より早くて時間があるから盆略点前の予習をしますか?」と言ってくれたけど断った。
まだ触ってはいけないということは、いつか触って良いということ。
薬缶以外の道具は再びエイラの手でロイの書斎へ移動。私は薬缶と手拭いと茶巾、エイラは棗をしまった箱を持って3人で居間へ移動した。
カンカンカン! と3時の鐘が鳴ってから割と過ぎている。
17時解散なので残り時間は私から2人へ旅行料理教室をする。
居間で華やぎ屋流お鍋と片栗粉の使い方を説明。それから温泉たまごも教える。
片栗粉はアデルにお土産の量なら普段のお鍋や煮物に使うと良いと聞いたのでそれを教えた。
片栗粉と水は1対2。使う直前に水で溶かしてゆっくりゆっくり注いで優しく混ぜ続ける。食べる直前や作り終わりに入れる。入れ過ぎに注意。
その流れであんかけ大饅頭と天ぷらおむすびの話をした。
華やぎ屋流お鍋は簡単。お鍋に昆布とお水を入れるだけ。あとは具材。削るのと切り方、食べるのが一味と塩と変わっている。しいたけとか味の濃いものは入れない方が良いお鍋。
我が家は今夜お豆腐を入れる。タラと同じく義父が食べたいと言ったから。
エドゥアール温泉街では昆布は貴重品だけど南3区では日常品なので、肉ではなくてこの鍋に合う魚を使えば高い夕食にはならない。
浮絵を見せて少しお喋りをして3人で台所へ移動した。
2人に「エドゥアール温泉街は憧れだけど遠くて行く自信がない。健脚ですね」と言われた。
なので貯金しておいて行商の牛車に乗せてもらうと良いと教えた。華やぎ屋の宣伝も軽くした。
エイラの旅行が終わったら本格的にお土産話会をしようとなった。その時はクララが去年結婚1周年で西地区へ旅行した話もしてくれる。
クララが「今日みたいに料理を教わってきます。了承を得て夕食の下準備をします」という理由は他の家へ遊びに行ってお喋りする言い訳になると教えてくれた。
義母は料理好きで教え上手だからクララやエイラを呼ぶのに使えそう。エイラは嫁姑問題から少し逃げられる。
まずはクララが大根削り。私はタラを捌く。1匹買うの? と驚かれたけど小さめにしたので抱えて持って帰ってきた。
エイラは椅子に座ってプクイカを観察中。2人ともつみれは帰宅してから作るそうだ。
「この皮剥き器って楽ですね。特注品で高くないかぁ。テルルさんに聞いてみます」
「クララさん。私も欲しいです。大根まるまるのまま上から下までヒューって剥いたら蝶結びとか出来そう。お茶事の料理の飾りになりそうです」
エイラのその案いただき。やってみよう。
「川のイカかあ。面白い。こんなによく持って帰ってこれましたね。それに増やして売ろうなんて発想はしないです」
「この大根削りが終わったらエイラさんと交代してプクイカを見よう。ロイさんとリルさんは面白いことを考えましたね」
「お義父さんやお義母さん、旦那様にも商売人の娘ですねぇと言われました」
小さいタラでお腹も膨らんでいない、自分で捌くから安くしてって値切りに値切ったタラから白子が登場。
これは実家暮らしの時の冬のごちそう。売れ残りギリギリを上手に狙う母が買ったタラに白子がいると小躍りしていた。何にしよう。
「いないと思ったのに白子がいました。魚屋さん大損です。切り分けたらクララさんとエイラさん持って帰りますか? 好みですか?」
「いいんですか? ゴミとか臭いとか手間暇を考えて切り身を買うと得られないものです。明らかに白子がいそうなタラは高いです」
「私も魚捌きは好きじゃないです。小さいのはええですけどこういう大きいのは。リルさん、ええんですか?」
「はい。幸運はお裾分けするものです。どうぞ」
2人にこの大きさのタラをよく持って帰ってきましたね、とかよく捌こうと思いましたねと言われた。
小さいと思ったんだけど大きいのか。実家が大家族だったからかな。
持っていったクズ紙と手拭いでぐるぐるにして抱えて帰ってきた。
「お義父さんの趣味の1つは釣りです。大物を釣ったら私とお義母さんで処理します。練習も兼ねてと思ったら——……」
その時「ただいま帰りました」と義母の声。
義母だけの時、この後「リルさん」と呼ばれないか聞こえなかった時はお出迎え不要と言われているのでそのまま。
少しして義母が台所へ顔を出してクララとエイラにご挨拶。その後に義母は私の手元を見た。
「あら白子」
「お義母さん。お腹が膨れていなくて小さめのタラだから安くしてと言うたら白子が登場しました。魚屋さん大損です。クララさんとエイラさんにお裾分けします」
「運は分けた方がええからそうしなさい。その白子は味噌焼きね。お父さんもロイも好きなのよ。だから手がしんどくなるまではいつもタラを丸ごと買っていました」
「お義母さん。私はお鍋に入れるか塩焼きしか知らないです」
実家では味噌は基本お味噌汁用にしていた。白子の味噌焼き楽しみ。
「それなら後で教えます。では失礼します。また帰る前に」
「お義母さん足湯はしますか?」
「そうね。冷えたのでお願いします」
そうして義母は台所から去った。クララとエイラに使った椿、タライと大きい薬缶にほどほどの熱さにしたお湯を準備。
「少し失礼します」とクララとエイラに告げて義母に足湯。
「あら椿。リルさんありがとう」
「クララさんとエイラさんは皮剥き器が欲しいそうです。帰る前にお義母さんにどこで作ってもらったかと値段を聞きたいそうです」
「そうですか。お店は覚えているけど値段は覚えてないから後で家計簿を見てみます」
「お願いします。それからお義母さん、私のためにクララさんとエイラさんに頭を下げてくれたと聞きました。それもありがとうございます」
「そんなの当たり前のことです。あなたは家の嫁なんですから私が根回ししなくてどうするんです。今年秋からの町内会の仕事を下調べしなさいね。うんと嫌だから私に謝罪回りをさせないように気働きしなさいよ」
気働きしなさいよ、の声色は低いし睨まれた。怖い。
「はい。励みます」
台所へ戻ったらクララとエイラが交代していた。それで白子を何にして食べるか話していた。




