お見合い結婚しました【旦那】
大陸中央、煌国。
この国の結婚は家と家の結びつき。特に皇族華族はそうだ。しかし公務員家系というだけの俺の家はそんなに関係ない。
必要なのは跡取り息子。それからその息子が公務員になること。息子の方が良いが、娘が跡取り婿をもらうのでも良い。
子が産まれなければ親戚筋から養子を貰えば良い。実子でも養子でも教育が1番大切。
家を守る母の体が年々悪くなっているので、元気で丈夫で家のことをしっかり任せられる嫁が必要。
特に母は細かい。すごく几帳面。とくに料理にはこだわりがある。
俺の家、ルーベル家に必要なのは母と上手くやれて、家事全般、特に料理を任せられる、健康そうな嫁である。教育は両親が生きている限り2人がうるさいので大切だけど二の次。
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10年前。学校で「もやし」などと揶揄われたり虐められるので、鍛えるために剣術道場へ弟子入りした。
華族の息子から平家の息子まで揃うそこそこ大きな剣術道場だ。
稽古以外は似たような身分同士で固まる。例えば出稽古で弁当を食べる時など。
5年前、弁当を食う前に厠へ行って、いつものメンバーの所へ行こうとしていた時だ。
「おいおい。ネビーの弁当、たんぽぽが入ってるぜ!」
「リルか。まーた食べられないもん入れやがって」
ネビーは確か長屋暮らし。
竹細工の四角い弁当箱にキチッとしたカタチの俵型の握り飯が6つ。
「飯もちまちま食べづらいし何考えてんだか」
梅を混ぜたもの。何もないもの。青菜を混ぜたものがそれぞれ2つずつ。
おかずは茄子の漬物。ふちに縞模様が入っている。そして大葉とたんぽぽが2つ添えられていた。
「チッ。隙間を埋めるおかずがないなら、つくしでもつんで煮てくれりゃあいいのに」
「お前の妹って変なのな」
「ああ。ぼんやりボケーってしているし、こういう変なことをするんだ」
変だろうか?
限られた使える食材を使って、とても綺麗に飾ってある美味しそうなお弁当だ。
玄米に粟などが混ざっていそうなご飯は基本的に食べたことがないし、白米の握り飯と交換して欲しいとは思わない。しかし、あのおにぎりなら交換したい。美味しそう。
今は風が心地良い穏やかな春。たんぽぽは春を告げる花。
それから、俺は何となく稽古中以外のネビーを目で追うようになった。時折、彼等の会話に耳を傾ける。
長屋暮らし。竹細工職人の父親。妹は5人。2番目が「リル」
出稽古は月に2回。そのたびにコソッと彼の弁当を確認。基本は豪快な大きな握り飯と隙間に漬物。または日の丸弁当に雑に乗せられた漬物。
それが、たまにキチッとしたお弁当になる。
その時のおにぎりの形は俵だったり、三角だったり、まんまるだったり色々。
夏には笹の葉、秋には紅葉、冬はナンテン。他にも貝殻の上に漬物が乗っていたり、漬物の人参が飾り切りにしてあったり色々。
ネビーも友人も「リル」の弁当をいつも嘲笑った。食べられないと、季節物をさっさとどかし、挙句に道場の庭へ捨ててしまう。
俺がリルのお弁当をもらえたら、弁当箱を綺麗に洗い、龍歌でも添えてお礼を言いたくなるのに。飾りは合う皿にでも乗せて、しばらく部屋に飾りたい。
身分違いとか、家柄の違いとはこういう感性の違いなのだろう。
そうしてネビーを目で追い、会話に耳を傾けているうちに、出稽古へ行く際に歩く川沿いの道で「リル」を発見した。
リルの服はつぎはぎだらけの袖丈の短い着物で、ボサボサ頭を引っ詰めていて、いかにも長屋の娘という感じ。
いや、長屋暮らしの中でも明らかに貧乏な家の娘だ。
遠目で分かる顔立ちは穏やかそう。黒目がちで、唇はぽってりで小さい。小さいのは背や手足もだ。
ネビーによれば14歳。でももう少し大人っぽく見える。小柄だけど、凛としているからかもしれない。
(リスみたいだな)
スッとしたリスが洗濯している。最初、そう思った。
並んで洗濯をしている妹らしき子ども達はガサガサ、バサバサ衣服を動かしているけれど、リルは丁寧。かといって遅くはない。
けれども道まで届く「姉ちゃん、もたもたしないで!」という大きな叱り声。
対するリルの返事は小さいのか聞こえない。
そのうち、出稽古のたびにリルを探すようになった。探さなくてもすぐ見つかる。
なにせ長屋暮らしっぽい女達の中で、彼女の動きだけが品良く見える。
洗濯にしても、髪を洗うにしても、物を運ぶにしても、指、腕、足の動かし方などが目立っている。だからすぐに見つけられる。
そんなある日のこと、ネビーが「あの無口でぼんやりしたリルを16で嫁にもらってくれる家なんてあるか? お前はどう?」と友人に言ったのを聞いた。
貧乏なので嫁に行けるようになったらサッサと嫁に出してしまえ。そういう感じらしい。
「いやあ。リルちゃんって何を考えてるか分からないし、変わっているし、ボーッとしていて元気もないから、うちの母ちゃん毎日怒鳴りそう」
「だよなあ。まあ、元気はあるぜ。あいつは全く風邪をひかない。家族全員が熱を出しても、あいつだけケロッとしてたこともある」
「おお、そこだけは良いな」
「おっ! 貰って……」
だけってなんだ。
つい、体と口が勝手に動いていた。
「妹さんがそろそろ嫁に行くと聞いた。本当ですか?」
「いやあの、はい。そうです。もう16になるので。貰い手がいなそうなので、そうすると穀潰しですけど……」
「そうですか」
穀潰し。ぼんやり。変。そうだろうか?
いつも良く働いているように見えたし、長屋の娘なのに品良く見えて、それで同じ無口なタイプ。そして健康。何よりあの雅な弁当。
その日の夜、俺は父に頼んでいた。まだ正式に就職して2年。まだまだ1人前ではない。むしろ1回目の出世もしてない半人前。しかし、急がないとリルはどこかへ嫁に出されてしまう。
口にしてから「俺は彼女を嫁に欲しいのか」と気がついた。初恋の自覚だ。
長屋の娘だけど条件は合う。彼女が良い。嫁取りは早いと思うが、今じゃないと間に合わないと説明した。
父がリルを調べ、母に伝え、長屋の娘なんてと母に反対されて、あれこれ条件を提示して説得して、渋々納得してもらった。
全然風邪をひかない娘。多産の母親で姉妹が多いのは追い風。あとは向かい風。
結納品も貰えないどころかこちらが払う。何もかもルーベル家持ち。しっかり貯金していて助かった。
自分が彼女の嫁入りに必要なものは何もかも全部払うと言って、とにかく彼女が良いと説得。
「他の娘なら、誰も嫁にもらいません。母上が家を守り続けて下さい」と半ば脅迫まがいのことまで言った。これが決定打。
花嫁修行もとい母の審査が先で、結納は後からという条件を突きつけられた。
そんなことをしたら花嫁修行中に気が変わったり、かめ屋勤務の誰かに横取りされると、母の耳にタコが出来るまで言い続けてこちらも説得。
父はなぜか「長屋の娘ならむしろ1から100まで母さんの好きに教えられる。健康で孫を産んでくれれば良くないか?」と後押ししてくれた。
そしてこの言葉は母を折れさせた。
結納の日、俺が選んだ着物や飾りで着飾ったリルを見て、もともと落ちていた穴から、さらに深みにはまった。
整えれば平々凡々。俺と同じ。彼女が歩いていても特に誰も振り返らないだろう。
でも笑うと可憐。無表情気味のすまし顔から急にニコッと笑顔になる。その落差が胸を鷲掴み。白玉あんみつクリームを見た時と、食べた瞬間が最高だった。実にかわゆい。
この笑顔を見たら、足を止める男は俺以外にも絶対にいる。
「セイラがダメだと言ったら即婚約破棄ですからね」
母の幼馴染、旅館かめ屋の女将のもとで花嫁修行。
出勤前に、少し遠回りしてかめ屋の前を通り、店先を掃除する彼女を毎日眺めた。
あと3ヶ月、あと2ヶ月、あと1ヶ月、あと2週間、あと3日……。
俺の期待通り、見つけた長所通り、リルは滞りなく花嫁修行を終わらせた。
というか「うちの次男の嫁に欲しい」と母とセイラとの間で喧嘩になる程だった。ほら見ろ。危ないところだった。
そうして祝言。挙式の白無垢似合い過ぎ。それしか覚えていない。
披露宴。感激で飯が食えない。
一方、リルは目を輝かせて、ゆっくり品良く、しかしもりもりご飯を食べている。そして笑う。食べて、ニコッと笑い、嬉しそうに微笑んで次の料理。食べることが好きなのだろう。かわゆい。
式の時も思ったが、緊張が全然伝わってこない。心臓に毛が生えてそう。
「リルさん」
「はい」
初めて名前を呼んだ。それだけで手に汗びっしょり。リルはすまし顔。
「お酒を頼みます」
「はい、旦那様」
旦那様。旦那様。旦那様。実に良い響き。でもリルは涼しい表情。
披露宴後、2次会に行こうとしたら、3つ指ついて見送られた。誰だこれを教えたの。うちは卿家で華族ではない。
しかし、すごぶる気分が良い。
2回目に普通に玄関先で「いってらっしゃいませ」と告げられ、笑顔で手を振られて後ろ髪引かれた。
何この1粒で2度美味しい感じ。
帰宅してドキドキ、バクバクしながら部屋に行った。
新妻の自慢をし過ぎて帰りが遅くなったので、もしや寝てるかもしれないと心配していたのに3つ指ついて「おかえりなさいませ旦那様」である。
うっかり、その場で押し倒しそうになった。
母に教えられたのだろうけど、健気に待っていたとはかわゆい。
けれども、やはりリルは飄々として見えた。緊張のきの字も見当たらない。
そう思っていたら、風呂から戻ったらリルは正座したまま寝ていた。
疲れているのに一生懸命起きようとしていたらしい。健気だ。
かわゆい、あどけない寝顔。やはりリス顔。
疲れて寝てしまったのなら、このまま寝かしてあげるべき。
しかし、初夜だ。
5年前に名前を聞いて、2年前に見つけ、どんどん惹かれて、気が付いたら是が非にも嫁に欲しくて頼みに頼み込んで手に入れた。
というか、かわゆい。