遊ぶ1
義父母がかめ屋と私の実家とどんな話をしたのか不明のまま。
日曜日の夕食後にロイだけが義父母に呼び出されたからだ。寝る前にロイが私に告げたことは3つ。
「我が家にお客様がよく来るようになるのでおもてなしを頼みます。母が父に注意して以前のように突発的に人を呼ばないようにキツく言いますと。予定が決まったら母と相談して下さい」
「茶道教室へそろそろ通ってもらうかもしれないです。母が指示します」
「我が家とリルさんの実家の交流は自分とネビーさんとジンさんが中心になることに決まりました。少しずつ動きます」
行き違いや誤解がないように励むのはこの3人。両家を今後背負っていくのがこの3人だからだ。
義父母や私の両親、ネビーやジンにルカなどから話を聞いて良い。それで何かをしたいと思った時や頼み事などは必ずロイに相談をする。
あちこちから話を聞いて考えたり根回しをする練習でしょうね、と言われた。
「母からリルさんへの伝言はこちらです。貴女はもうルーベル家の人間です。それをしかと認識すること。後はいままで言うたように暮らして下さい。リルさんへのお願いは以上です」
私の近い仕事は海釣りと新年初出稽古のお弁当について義母と考えて準備をすること、と思っていたら月曜日に義母に呼び出された。
珍しい義母のお風呂が先で私が最後。それでお風呂から出たら義父の書斎に呼ばれた。
この部屋で義母と向かい合って正座は初めて。
「リルさん。ロイから話があったようにそろそろ茶道を習っていただきます。我が家での生活や家事などには慣れてきたでしょう」
「はい。励みます」
「私の先生に水曜日にお願いして3月からの予定です。あなたは初心者なので毎週木曜日に通うことになります。挨拶に行きますし詳しくはまた」
「よろしくお願いします」
義母が軽く咳払いをした。茶道教室は義母と一緒じゃないのか。残念。そもそも茶道をよく分かっていないから予習しないと。
「言うておきますけど自主的な予習は必要ありません。明後日茶道具を買ってきなさい。買うものはこちらです」
懐から紙を出すと義母は私の前にスッと置いた。
(懐紙入れ、菓子切り、扇子、・・(朱色)、古・・)
菓子切り。茶道はお菓子を食べられるということ。毎週木曜日はお菓子の日になるということだ!
これは楽しみで仕方がない。頑張るしかない!
「懐紙入れ、菓子切り、扇子。扇子は茶道用の小さい物です。それから帛紗と古帛紗。懐紙入れと古帛紗は作れますけど柄が華やかなので買ってきなさい」
「ありがとうございます」
「最低限の教養が身に付けば他の手習をしてもかまいません。茶道を続けるのもよし。嫁には手習を1つ続けてもらうもの。ロイや他のお嫁さんに聞きなさい」
「はい。茶道がええです」
「私と同じだからですか? お父さんはそのうち女流将棋教室、ロイは龍歌会と言いそうですよ?」
それは難しい問題。
「それで明後日ですが、道具代とは別に5大銅貨を渡すのでセヴァス家の若奥さん、ブラウン家の若奥さん、クリスタさんと11時頃に我が家で待ち合わせです。昼食、茶道具購入に付き合ってもらうように」
つまり遊びに行ってこいということ?
違った。クリスタは会話の練習ではなくてヨハネと親しくなりたいそうなのでクララとエイラに助けてもらって作戦会議をするように言われた。
文通はしているけど次の予定が未定なのでその相談などだ。
ルーベル家とフォスター家からのお礼ということで全員の昼食代4大銅貨を私が預かる。
でも本当は5大銅貨。このお金はかめ屋からの資金でクリスタにも内緒。フォスター家の奥さんは知っているそうだ。
5大銅貨は私の味盗み資金その他として義母がかめ屋から貰ってきたもの。
嫁が数人で店に行くから予算を、と言ったらこの値段だったらしい。
余るだろうから余りと食費を使ってサンドイッチをまた作って欲しいと言われた。
お店はミーティア。ミーティアの奥さんになるべく質問をしてくること。
食べたものは義母に話して義母が書き付けてかめ屋へ提出するそうだ。
昼食から帰宅したらクリスタとはお別れ。クララとエイラとはそのままで、2人に我が家で茶道の基礎を教えてもらう。
エイラに2月中に大寄せに連れて行ってもらえないか頼むように言われた。
その場合、義母がブラウン家の奥さんに依頼するのでエイラからは言わなくて良い。
代わりに私は華やぎ屋流鍋、片栗粉の使い方、温泉たまごもどきを彼女達に教える。
昼食後に一緒に買い物をしてクララとエイラも我が家で華やぎ屋流お鍋を作る。
お鍋の材料は義母が既に伝えているので明日買うものは各家に足りないものだそうだ。それで水曜日は17時頃解散。
つまり……色々乗っかっている。
「水曜日に片栗料理本を返してもらいます。セイラに写本が終了していなかったら、我が家へ女性従業員が写本しに来るようにと言います。聞き忘れは?」
「分からないので思いついたらすぐ聞きます」
「ではお休みなさい」
「はい。お休みなさいませ」
しばらく外食禁止の予定がクララ、エイラ、クリスタとミーティア。小躍りしそう。明日は掃除を沢山しよう!
台所で明日の朝食の準備を軽く確認。問題なし。ロイは勉強してそうなので私も勉強をする。
と、思ったらロイは布団を敷いてくれていてゴロゴロしながら本を読んでいた。それで私を見て本を閉じてあぐらになった。
「リルさん、母上から何を言われました?」
手招きされたのでいつもの場所へ座る。後ろから軽く抱きしめられた。
「3月から茶道教室です」
「思ったより早いですね」
「はい。それから水曜日に味盗みと茶道の予習、お料理教室です」
軽く説明。それから茶道について軽く質問。
「かしこまって食事をしたりお茶を飲んでお菓子を食べてお喋りみたいなものです。書、香、花など色々含まれているので続けるほど良いかと。リルさんなら料理で活躍出来ると思いますし」
「お義母さんは基礎を学んだらロイさんに龍歌会をすすめられるのかもと言いました」
「上の方のお点前で龍歌を読むものもあったような。水曜日に皆さんに聞けば分かりますね」
ロイは高等校でお客側と水屋——裏方——仕事を習ったそうだ。私に龍歌会で学んで欲しいという感じはなさそう。
「ああ。共同茶室を借りてヨハネさんに亭主をしてもらうのはええかも。聞いてみよう。クリスタさんにも軽く聞いて下さい。両者が良ければ母上に頼みます。リルさんの練習が出来るし、クリスタさんにヨハネさんの茶道を見てもらえます。ヨハネさんはクリスタさんをいつ誘おう、どこにが良いかと悩んでいます」
共同茶室は夏から掃除当番に加わるところ。外から見たことしかない。
1月、2月は親戚周りや手習先への新年の挨拶で忙しいものなのでヨハネは遠慮気味らしい。
「その話は水曜日にしても良いですか? あと桔梗の花言葉も」
「謙虚と君によりの話ならええです。猛勉強をやめたのでヨハネさんやベイリーさんとまたあれこれ話せるようになりました」
首に軽くキスされた。お話終わりかも。
「旅行とリルさんボケで仕事に身が入らないから今日はリルさんとは別に寝ます」
そうなの?
それは悲しいお知らせ。私ボケって何?
「私ボケって何ですか?」
「朝から晩まで一緒にいたのになぁ、みたいな。土曜日に大いにリルさんを楽しむしかないです」
私を楽しむって……予告されるのは恥ずかしい。私としてはそろそろ祓屋行きな気がするから一緒の布団の中で寝たいし……だけどそうなのか。
「いやあ、温泉たまごご飯は最高でした」
「お義父さんもホクホク顔でした」
「職場で自慢話。明日将棋教室で自慢話。週末に友人へ自慢話でしょうね。それでお客が増えます」
ふむふむ、と思っていたらまた首にキスされた。
「寝ましょうか」
「その前に昨日聞きそびれていたんですけど兄は剣術大会に出たことはありますか?」
「何度もあるし今度の大会も個人戦出場です」
「知らなかったです。家族も知らないと思います。父は分かりませんけど。なぜでしょう?」
「卿家の未婚女性は基本見学禁止だけど平家は違うからなぁ。毎回うんと格上と戦わされて勝てないからとか? 自分が観に行った日にネビーさんが試合で勝ったことはなかったかと」
負けるところを見せたくなかった。それは有り得そう。あとは私達家族はそれぞれの仕事があって忙しいからかも。
「手紙で聞いてみます。ロイさんが試合に出ることになったらお義父さん達と観に行くので兄の応援と差し入れをします。明日会えたら渡して欲しいです」
「自分が選考から外れても行きましょうか。ネビーさんがええと言ったらですけど」
「はい」
ロイが腕を離したので机の前に移動。兄に手紙を書くなんて初。辞書に助けてもらう。チラッと見たらロイは本を読み始めていた。
鉛筆で下書き。次は辞書で分からない漢字を確認。簡単な手紙でいい。
【ネビー兄ちゃんへ。2月に剣術大会に参加すると聞きました。今まで参加することを言わなかったのはなぜですか? うんと強い人とばかり戦っていると聞きました。負けたら悲しいからですか? 家族がみんな忙しいからですか? ロイさんと応援に行きたいです。私はもうすぐ茶道を習います。がんばります】
「……さん?」
【リル・ルーベル】
「リルさん?」
「はい。何でしょうか」
書き終わったので振り返る。
「集中しているのに話しかけてすみません」
「話しかけられていました?」
「ええ。前もそうだったのについ」
「ぼんやりですみません」
「ぼんやりとは違うと思います。長所で短所ですね」
「長所で短所……なぜですか?」
「集中出来ることは素晴らしいことです。でも話しかけられたことも分からないとなると無視されたと思う人もいます。自分の身の危険に気が付きにくいかと」
こうして教えてもらえると自分のことを知れてありがたい。
「封筒を作ります。ロイさんは私に無視されたと思いました?」
体の向きを戻す。封筒を作って入れるのは喋りながら出来る気がする。
「いつだったかそう思った時もありました。でもジッと見ていたら違うなぁと」
「自覚して周りの人に言います」
「それはええことです。両親はもう理解しているでしょうから明後日一緒に行く方に軽く伝えるとええかと」
「ありがとうございます」
何かハンコを押したいけどハンコは1階の義父母の寝室。諦めよう。
「ロイさん。完成しました。明日よろしくお願いします」
手紙を持ってロイの方へ向く。頭を下げようと思ったらロイはスッと立ち上がった。
「忘れないように鞄にしまいます」
「ありがとうございます」
書斎へ行って帰ってくるとロイは自分の布団に潜った。光苔の灯籠に覆いをして私も布団に入る。
旅行後浮かれて寝坊しないように早寝早起きと2人で決めた。でも寝るの早過ぎ。
「リルさん」
「はい」
「何もせんけどそちらに行きます。無理でした」
「それは朗報です」
ロイは私を軽く抱きしめて寝てくれた。良かった。何もせんと言ったけどキスされたのも嬉しい。
「やはり明日辛くなりそうなのでリルさんから離れておきます」
「はい」
残念なお知らせ再び。
「リルさんは寂しくないですか?」
「寂しくなったら旦那様からの龍歌や簪に帯留めを見ます」
「ああ。根付けを見れば良いのか。そうします。でもなぁ。うーん。旅行をしたことにケチをつけられないように気を引き締めないといけません」
ロイは私の布団から出て自分の布団へ移動した。いくら何でも早寝だから眠くないなぁ、と思っていたけどしばらくしたら爆睡。
朝起きて「ん?」と思い厠へ行ったら今日から祓屋行き決定。
いつもより早い。旅行中でなくて良かった。
走りに行く時に盛り塩を見たのかロイは珍しく台所へ来て「リルさんは祓屋からいつ帰ってきますか?」と聞かれた。
「多分日曜か月曜です」
「……。そうですよね。はい」
台所から去るロイの背中はピシッとしてなくて少し丸かった。ロイは朝食時も出勤時も萎れ顔。
「仕事後は稽古場へ顔を出してネビーさんに手紙を渡してから帰ってきます。凖夜勤や夜勤なら居ませんけど居なかったらデオン先生に預けてきます」
「はい。ありがとうございます」
ロイはボソッと「仕事に行きたくない。旅行の揺り戻しです……」と呟いた。
「でも行ってきます。根付けも楽しみなお弁当もあります。ありがとうございます」
「行ってらっしゃいませ」
三つ指ついてご挨拶の後にいつもと同じように玄関内で1回軽くキス。
その後は玄関の外までお見送り。今日の手の振り合いは長め。振り返りながら歩き続けるからロイは転びかけた。
祓屋へ行くのは寂しいけど日によってロイのことを忘れて楽しく過ごすのは内緒。




