ある日のお料理後編
つみれを共同氷蔵に置きに行って代わりに今朝置きに行ったプクイカ達を連れ帰ってきた。道中、帰宅後死んでしまったプクイカをおかか煮付けにする。
家に戻って台所へ入ると義母は椅子に座ってプクイカの水瓶を覗いていた。足が辛くなったのだろう。
「おかえりなさい。大根も人参も終わりましたよ。このイカは春まで生きるかしら」
「ただいま帰りました。ありがとうございます。朝と寝る前にお湯を少しいれて、ひしゃくでぱしゃぱしゃします。様子を見て餌やりです」
あとは汚く見えたら水を変える。分からないけどそうかなあ、と魚屋で言われたとロイから聞いた。親切な店主で一緒に考えてくれたらしい。
「餌は何ですか? 昨日の夜に見て想像より沢山いて驚きました。浮いたり沈んだりだけではなくて急にぐるぐる回るから愉快」
「私も数と水漏れしにくい箱に驚きました。餌はとりあえずかつお節です。昼間食べました」
ロイは調べ上手の探し物上手かもしれない。賢いから? それとも勉強してきた結果賢くなった?
後者なら私もぼんやりから賢くなれる。
「ロイが買っていたと言うていたものね。かつお節なんて食べるの」
「本当は小さい魚にワッて噛みつくそうです」
「噛み付くって、北区の川にうかつに入るとプクイカに噛まれるんですか。怖い怖い」
「川を渡れる石が楽しそうでしたけど渡らないで良かったです。旦那様に危険なことはダメだと……ダメなのに旦那様は赤鹿乗りに挑戦しました」
「赤鹿乗りですか?」
「赤鹿小屋の大人しい赤鹿に触るのも危ないと言うていたのに赤鹿乗りをして振り落とされて笑っていました。他の男性のお客さんも似ていて怪我をした人はいないそうです」
私の話を義母はプクイカを眺めながら、ふむふむと聞いている。実家では料理中にルル達のお喋りを聞き続けてたまに返事だった。
それも懐かしい。まだ嫁いで1年も経っていないのに変なの。
うるさいなぁ、疲れると思っていたはずなのに楽しかった気がする。ルル達とまた料理しよう。集まるとうるさいから1人ずつだな。
「噛まれるから手を入れないで下さいね」
「お父さんに言わないと。手を突っ込みそうなのはお父さんです。リルさんは今からそのプクイカの煮付けを作るのね」
「はい。プクイカの煮付けとかぼちゃの煮物を添えます。なぜかかぼちゃが激安でした」
「それならかぼちゃは私がしましょう。ただ固いから切るのは頼みます。面取りも煮るのも私がします」
「ありがとうございます」
かぼちゃを切るだけとは楽。でも義母には固いかぼちゃは大変。
「お義母さん。ちびしいたけとカボチャの薄切りを焼いたものをお弁当にいれます。ちびしいたけの削ったクズをたまごの代わりに雑炊に入れることにしました」
プクイカの前にかぼちゃとしいたけの用意。かぼちゃのタネは干して空炒りして剥いて食べる。
かぼちゃをバシバシ切って薄切り以外を義母に任せた。
手が少し震えるのに面取り大丈夫かな? と思ったけど義母は皮剥き器を使った。
「ちびしいたけって初めて聞きました」
「本当にしいたけですか? こんなに小さくて嘘かもしれないから安くしてって言うたら苦笑いされて安くなりました」
「匂いはしいたけですね」
「私もそう思いました」
八百屋の店員には苦笑いされた。
「嘘つきねえ」
義母がクスクス笑ったので私も笑う。義母と料理は毎回楽しい。
「値切るには嘘とおだてだと母と姉に教わりました」
「値切る必要がないように最初からその値段にしてくれれば良いんですけどねえ。私は苦手。他の人が値切って買ったのを確認してそれを言うくらい」
「その手も使うようにします。私も苦手ですが我が家の品数がかかっています」
実家では母や姉に結構頼っていた。夕方は安売り戦争なので仕事帰りに買ってきてもらうことも多かった。
今は夕方には中々行けないし戦争にも勝てる気がしないので値切るくらいは励まないといけない。
「少し手が動くようになってきたから遊んでみましょうか」
何をするのかと思ったら義母はちびしいたけを飾り切りしてくれた。いくついるのかと聞かれて2つと答えたら2つ。
市松模様だ。カボチャ半分もそうなった。残りのカボチャは皮剥き器で斜め模様。すごい。
ちびしいたけ2つ分の軸は細かくされて飾り切りのクズと一緒にお皿に盛られた。
「リルさん。手が止まってるわよ」
プクイカのあしをどんどん引っこ抜いていたけど途中から義母の手の動きに夢中だった。
「すごいので見ていました。市松模様になんてなるのですね」
「リルさんも出来そう。夕食用と朝食用です。プクイカの下処理はそこからどうするの?」
「あしにくっついてる内臓は切って捨てます。何にも使えないと。お腹の中身を除いて洗って1回軽く茹でたら煮付けたり味噌漬け焼きに出来るそうです」
手伝ってくれるのかプクイカを触りたいのか義母も下処理開始。それならとかつお節削り開始。
プクイカの煮付け分だけではなくて明日の朝の分も削ってしまう。
「ありがとうございます。茹でるのと煮る準備をします」
「お願い。それにしてもプクイカは手間暇がかかるってことね。売るなら家庭ではなくて料亭かしら」
確かに。海のイカを1匹下処理の方がうんと楽。
「それなら増やせたらかめ屋に売ります」
「高値で売りつけてやりなさい」
肩を揺らす義母とまた笑い合った。海釣りでもしもイーゼル海老が沢山釣れたらそれも売りつけたら良いと言われた。
義母にかぼちゃの煮物を任せて私はプクイカの下茹でとおかか煮付けの準備。
片栗料理本がないから書き付けを見られないけど、帰宅後最初に作るぞと思っていたので作り方を覚えている。
煮始めると義母はまた椅子に座ってプクイカを眺め始めた。
明日のお弁当用のちびしいたけよし。かぼちゃ薄切りよし。お弁当と昼食用のプクイカの味噌漬けよし。焼く用の竹串よし。
ほうれん草をごま和えとおひたしにするからごまを擦っておく。
「あなたは本当にあれこれ事前に準備しますね」
「もたもたして遅れないように気をつけています」
「またあなたが寝坊してもザッと見れば何をしたいか分かりますね」
「もう寝坊しません」
「さあ。次は離れかしら」
笑っているけど目が怖い。ロイと離れ離れで寝るのは寂しいから嫌だ。
洗い物をどんどんする。ご飯を炊く準備もよし。お膳やお皿なども準備していく。
プクイカの煮付けはもう良さそうなので火鉢に乗せている薬缶をどかして釜を移動。炭団を減らして保温調整。
「寝坊しないように気をつけます」
「祓屋の週は多めにみます。青い顔で働くんじゃありませんよ。私がイビッているみたいに見える」
「自分では青い顔なのか分かりません」
「あら、言うようになりましたね」
言うようになった? 何が?
「ぐるぐるする時は座ります」
「ぐるぐる? めまいがするのね。私もそうだった。倒れて頭を打って死ぬとかあるから気をつけなさい」
「はい」
「無理して頭から血を出して怒られたこともあったわ。懐かしい」
「お義母さんに長生きして欲しいので気をつけて下さい。特に階段」
義母に呆れ顔をされた。ぼんやりのあなたに言われても、ってことだろう。確かにその通り。
そんな風にあれこれ話をしながら夕食準備は終了した。
今夜は居間の机を義父母の寝室へどかして、長板を下に敷いた火鉢を囲んでグツグツお鍋。
土鍋の蓋を開けた時の義父の反応が楽しみ。
お膳の上にはカボチャの煮物、華やぎ屋流プクイカのおかか煮付け、香物はきゅうり。私の市松模様はへたっぴ。
「お義父さん、プクイカのおかか煮付けは華やぎ屋流です。味付けを教えてもらって味を確認しながら出来るだけ近づけました。次回からは味付けの要望を聞いて調整します」
「それはありがとう。昨夜に引き続き旅行気分か。ええな。いっそ酒も少し欲しいな。ロイ、お前は前科があるから日曜の晩酌はしばらく禁止だ」
「はい、父上」
居間の近くの廊下にお酒の準備をしてある。すすすっと持ってくる。
「おおリルさん、用意してあったのか」
華やぎ屋流おもてなしの練習。義母は飲まないと確認済み。ロイの分はしれっと使わなければ良い。
「はい。お鍋が熱いので冷やです。お酒は残っていたさざなみです」
「リルさんありがとう。お父さん、私がお酌をします」
「ありがとう。他は誰も飲まないか。どれ、いただきます。母さん、リルさん、今日もありがとう」
義父に続いて食事開始のご挨拶。ルーベル家のこの挨拶はとても好き。
毎回ありがとうと言ってもらえる素晴らしい挨拶。この間父に教えておいた。
父に義父のようにどっしり頼もしくなって欲しい。またメソメソされるのは嫌。
「リルさん、蓋はもう開けますか? 熱くて危ないので自分が開けます」
「ありがとうございます旦那様。軽く煮てから持ってきましたし隙間からかなり吹いているので大丈夫だと思います」
火傷したら大変なので手拭いを沢山準備済み。
ロイが蓋を開けたら義父はうんと嬉しそうな顔をしたので私も嬉しい。
「お義父さん。華やぎ屋流お鍋です。ただ肉団子ではなくてイワシのつみれです。それから今日はお鍋が主なので白菜を入れました。一味とお塩で食べて下さい」
「それでお膳が1つ多いのか。白いのは塩か? 赤いのは一味か? と思ったら正解か。香物が市松模様なのはお鍋に合わせてか?」
華やぎ屋流お鍋だから配置を真似したけど意図していない。
「いえ。たまたまです。お義母さんが……」
「コホン。リルさん。よそってくれますか?」
そうだった。義父はあまり食事のおかずや飾りを先に知りたくないんだった。好みが分からないものは聞くけどそれ以外は秘密。
「はい。華やぎ屋さんの肉団子は味が3種類でしたけど今日のつみれは1種類です」
「そりゃあ当然だ。鍋以外にも用意してくれたのにそんなの無理だ。家事は料理だけではない」
プクイカのおかか煮付けは義父母共に「これはええですねえ。柔らかくて味がどんどん出てきます」とか「海のイカとかなり違う! これはええ」と大人気。
お願いプクイカ生きて。それで春に増えて。
かぼちゃの煮物は誰も何も言わない。味付けは良いのに素材が悪い。安売りなのはスカスカ気味だからか。
あまり触らないでと言われたのは重さ比べをさせないためだ。ぼんやりと気迫が足りなくて失敗。
華やぎ屋流お鍋は「贅沢してきましたけど海の魚が食べたかったです。白菜ええですね」とロイが嬉しそうにバクバク食べるので準備しておいた白菜を追加。
ラン流、安い野菜でお腹を満たしてもらって節約。ロイに白菜をどんどん食べさせて、こっそり汁も多く入れている。
かぼちゃの煮物もロイの分だけ多くしてある。プクイカは逆に減らした。私とロイは旅行で食べてきたから義父母に少し多くしてある。
「この鍋の肉団子も堪能してみたいなあ」
「お父さん、かめ屋に肉団子を作らせます。どうせ作るんでしょうし。リルさんの働き分あれこれ返せと言いましたから貰ってきます。次の茶道教室の時にセイラに言っておきます」
「おお頼む。あとはタラでも食べてみたい。豆腐も欲しい。冬はやはり鍋だ。リルさん、水曜日は難しいか?」
「タラがうんと高くなければ大丈夫です」
「ありがとう」
水曜日はタラ鍋華やぎ屋流。忘れないように暦に書こう。それでそのまま雑炊の準備だな。
「お父さん、そういえばプクイカは噛むらしいので水瓶に手を入れないで下さい」
「そうなのか。そりゃあ危険だ」
義父は残念そうな顔をした。
「その顔。言っておいてよかったです。小魚にワッと噛み付くそうですよ。そう言われても大丈夫だろうと試すのも禁止」
義母の発言に義父はますます萎れ顔。
「そうか。残念だな」
私は立ち上がって暦に近寄った。紐で下げてある鉛筆で今週水曜日に「タラなべ」と書く。鍋の漢字を後で練習しよう。
ロイと私もそのうち「旦那様ならこうだろう」とか「リルさんならこうかな」と……たまにロイは言う。
私も励もう。旅行中にロイのことを色々知れたからまた増やしていく!