俺と妹と義弟の話7
今日は俺の妹リルの祝言日。神殿に向かって参拝道を歩いているけど転びそう。ずっと喉がカラカラで体が微かに震えている。
琴の演奏をしている宴会場所はデオン剣術道場御一行。野点もしている。
それとは別に10人規模の小宴会も開かれている。
露店も出ているし小さな祭りになっている。予行練習の日と参拝客数が明らかに違う。
リルとロイがゆっくり歩き、その後ろにガイとテルルと祖母。3は神聖な数。
本当は祖母の位置は父なのだが「怖い」と言うので祖母。彼等の後ろに俺を真ん中にして左右に両親。俺は祖母、両親の見張り役。
見張りとか無理そうなんですけど!
俺達の後ろはガイの弟夫婦と長男。その後ろにテルルの姉夫婦と長男。最後はガイの弟の娘とルカ、ジン。
(ばあちゃん転ばないか? それでリルが倒れたりしないか? リルこそ大丈夫か? 親父と母ちゃんが倒れそう。俺も無理そうなんだけど。お祝いなのに拷問だこれ)
「お母さま。お嫁さん素敵ですね」という少女の声が聞こえてきたり、拍手や感嘆のため息に琴の演奏など祝福の嵐。
(リル、兄ちゃんもう泣きそうだけどお前は大丈夫か? 親父のやつリルのために絶対に泣かないって言ったのにもう泣いてる。あっ母ちゃんも泣いた)
無事に終わりますように。無事に終わりますように。無事に終わりますように。
神社の関係者が指示してくれるから大丈夫。無事に終わりますように。
人間は過度な緊張をすると頭が真っ白になる。兵官の試験日の学術試験開始時と同じだ。気がついたらルーベル家の自宅内。
挙式もその後もぼんやり覚えている。リルを含めて誰も何も粗相をしなかった。
上座に並ぶ黒五つ紋付き羽織袴姿のロイと白無垢姿のリル。お似合いに見える。2人ともすまし顔だから余計に。
ロイがお礼と挨拶を告げてリルも続き、その後リルは手伝い人と共に退席。
沈黙。誰も何も喋らない。そういうものなのか違うのか全く分からない。
しばらくしてリルが戻ってきた。綿帽子を外して打ち掛け姿。
(かわゆい。これはかわゆいぞリル。お前はルルと違ってブサイクとか何度も言って悪かった。謝ってねえな。舌足らずだったり、よよよと踊っていたリルが……)
ぼんやりが終わったからまた泣きそう。
ロイが感謝を述べて食事開始。手伝い人にお酒を注がれる。
目の前のお膳は豪華だけど全く食欲がない。結納の日の両親が言っていたのはこのことだ。
祝いの席の食事を残す訳にはいかないので周りの様子を見ながら速度を合わせて食べる。
お味噌汁ではなく蛤のお吸い物。野菜に切り細工がされた薄味の煮物。つやつやの白米。
香りも色も良い拾い物ではなく高そうな売り物の柚を使った紅白なます。さらにはお頭付きの小さな鯛。
(遅い。ガツガツ食べたい。うめえ、とか喋りたい。静かは嫌いだ! まあ練習しておいて良かった。リルは……3ヶ月間叩き込まれたから俺達なんかよりしっかりしている)
俺は米を噛むのも大変なのにリルは目を輝かせて、ゆっくり品良く、しかしもりもりご飯を食べている。食べてニコッと笑ったり嬉しそうに微笑んで次の料理。
まじか。心臓強いぜリル。誰似だ?
ばあちゃんか。ばあちゃんが1番落ち着いて見える。
(ロイさん、リルをガン見してる。何か悪いところがあるのか? 無表情をやめてくれ! 嬉しくないのか?)
リルが花嫁修行中、ロイはたまに会いに行ってリルとどんな話をしたのだろう。新郎新婦って披露宴中は喋らない?
挙式は儀式だから全く喋らなかった。参拝道やこの家までの道中は不明。こそこそ会話していたかもしれないし無言だったかもしれない。
(リルがロイさんを見るとロイさんはお膳を見るな)
広い玄関。襖を外したとはいえこれだけの人数が入れる広い室内。
紅白の幕の向こうや2階に庭はどうなっているんだか。
厠を借りると言えば見られそうだけど厠を借りることすらリルのためにならないのでは、と思ってしまう。
「リルさん」
先程からジッとお膳を見つめていたロイが口を開いた。彼は一口も食べていない。
「はい」
リルとロイが会話をした。俺は初めて見た。そりゃあ喋るか。
「お酒を頼みます」
「はい、旦那様」
ロイが盃を差しリルが土瓶を手にする。
(リルだけどリルじゃねえ! ロイさんはリルに旦那様と呼ばれ続けるのか。俺が格上嫁をもらったらそうなる? ネビーさん、旦那様、ネビーさん、旦那様、ネビーさん……日替わりでお願いしたいな。あんたは禁止)
リルがロイに笑いかけたけどロイは無表情のまま。
ロイのこの顔はすまし顔じゃないなと気がついた。この表情は師範と掛かり稽古の時と似ている。緊張で食べられなくてようやくお酒を飲むということだ。
「リルさん、ありがとう」
「はい」
ロイはグッと一気にお酒を飲むと食事を始めた。
(ロイさんでも緊張するのに……いやロイさんはこの席の中心か。いやリルって分からん。本当にたまに変というかびっくりさせられる)
食事が進むとリルは席を立った。ガイから順に下座に向かって挨拶をしていく。
「ふつつかな娘ですが励みますのでよろしくお願いします」
リルがお酒をこぼさないか気が気じゃない。でも問題なかった。次は父のところ。
「大変お世話になりました。以後ルーベル家の一員として励みます」
泣くのを我慢する親父は思いっきりしかめっ面。
祖母はすまし顔で「本日はおめでとうございます。応援しています」と口にしたけど涙目。母は父と同じ。次は俺。
「大変お世話になりました。以後ルーベル家の一員として励みます」
卿家のお屋敷内で打ち掛け姿の妹にお酌をされる日が来るとは思わなかった。
(気楽になリル。困ったら兄ちゃんが話を聞いてロイさんと話すから。って言えなかった! 俺も親父と母ちゃんと同じだ!)
次のジンは自分の妹じゃないし思い出も少ないから「リルさんおめでとうございます」とすまし顔。
隣でルカはうつむいて母と同じ表情。ルカはリルに「おめでとうございます」と小さな返事をした。
全員に挨拶をするとリルは座席に戻って食事を続けた。先にロイが食事終了。リルの挨拶中に食事の速度が上がったから早い。
リルはロイのお膳を見て、ハッとした表情の後にしょんぼり顔になった。
「旦那様遅くてすみません」
「いえ、ゆっくりで良いです。もう一度お酒を頼みます」
「はい」
リルが微笑んで土瓶を手に取る。それでロイが差し出す朱色の盃に酒を注いだ。
「リルさん、ありがとう」
「はい」
ロイはゆっくりお酒を飲んだ。リルがその間に食事を進める。
リルがお酒が無いかな、という素振りを見せるとロイは「またお願いします」とお酒を催促。
(これ、リルは大丈夫だ。ロイさんがリルを選んだ理由は謎だけど大事にしてくれる。気遣いすげえ。気遣っているのにリルさんありがとうだって。見習おう。この気遣いは俺には無理そうだけど知ったら励むのが男だしな)
リルの食事が終わるとロイは「最後にもう一杯お願いします」と告げた。
ロイはその最後のお酒をグッと一気に飲み干すと周りを見渡して全員がほぼ食べ終わっていることを確認するような様子を見せた。
リルはロイを見上げて嬉しそうに笑っている。
「短い席ではございますし、お粗末でしたが、本日はお祝いの席に集まっていただき、誠にありがとうございました」
凛々としているけど、ゆったりとした声。終わりだ。無事に終わった。
贅沢な食事や高そうな酒なのに味がさっぱり分からなかった。腹一杯なのに食べた気がしない。
「新妻と共に、皆様をお見送りさせていただきます」
リルが立つのをロイが手伝う。
(リルが男と手を重ねてる……。祝言……初夜……。うええええ、やっぱり昔からの顔見知りは嫌だ。この後指示された建物で着物を返すから……。走って帰って友達を集めて朝までバカ騒ぎしよう)
ロイに御礼の品を渡され、彼とリルに見送られて屋敷の外へ出た。
夜空を見上げて深呼吸。今夜は余計なことを考えない!
はあああああ、婿取りはルカだけだろうからルル、レイ、ロカと3回もこんな想いをするのか。2人くらい女じゃなくて男なら良かったのに。
2話。リルは緊張しているし挙式は兄ちゃん同様頭真っ白で印象ゼロ。夫婦の誓いを立てるお酒を飲んだな、くらい。
11話。ロイも緊張振り切れて「挙式の白無垢似合い過ぎ」くらいしか覚えていない。
神社参拝道の近くで10人規模の小宴会はベイリーヨハネその他ロイの友人達。
初めましてどうもの人もいるけどロイとの思い出やお祝い話を肴にワイワイ。夜はロイとワイワイ。
リルはクリスタの結婚時に嫁友達とワイワイするかもしれません。




