俺と妹と義弟の話5
リルが花嫁修行に去って母とルカが少し仕事を減らしてルルを中心に家事。
ロカが赤ちゃん返りをした。リルはロカの母親みたいなものだったから寂しいのだろう。母が「うんと頼むさ!」と職場にロカを連れて行くようになった。でもしんどそう。
ルルとレイはケロッとした顔をしている。と思ったらリルが去って約1ヶ月後のある日ルルは爆発した。
正確には仕事から帰ってきたら爆発していただ。
「リル姉ちゃんと遊びたい! 何でどこにいるか教えてくれないの? ルル沢山お手伝いしたのに嘘つきオババ!」
「オババなんて言う悪い子に教えるわけがないだろう! リルはお嫁さんになる勉強中だから邪魔するな! 手伝いじゃなくてルルの仕事だ! もう姉ちゃんはいないんだからルルが家事を1番するんだ。リルはルルより小さい10歳から文句を言わずに沢山働いたよ!」
「ルル働いてるもん! 皆遊んでるのにルルは良い子だから働いてる! だからお母さんはオババ! 悪口じゃなくて悪い人に言う台詞だもん!」
仕事から帰ったら口喧嘩。かと思ったら母はルルに軽くゲンコツを食らわせた。
「うえええええん。お父さん! ルルは良い子なのにオババが叩いた!」
奥の部屋で内職をしている父にルルが泣きついたけど味方はしてもらえなかった。
「お母さんの言うことを聞きなさい。お父さんうんと稼ぐからそれまで助けてくれ。ルルが必要だ」
「ルル頑張ってるからリル姉ちゃんと遊びたい」
うええええんんとルルが泣き続けているとどこかに行っていたレイとロカが帰宅。いないから探しに行こうと思っていた。
「ロカがリル姉ちゃん探すって騒ぐから探したけどいなかった。お母さん。リル姉ちゃんはどこ? ロカが泣くよ。レイも寂しいよ。いつ帰る? 明日?」
「レイ。ロカ。前にも言ったけどリルはお嫁さんになるからもう帰ってこないよ。たまに遊びに来るからそれまで待ってな」
「ルカ姉ちゃんはお嫁さんになったけどいるよ! リル姉ちゃんは何で違うの? 近くでお嫁さんになってって言って! リル姉ちゃんは変だし喋らないから今頃誰とも遊べなくて泣いてるよ!」
「うええええん」
ロカが泣き出して、我慢していたらしいレイも泣き始めた。
つられそうになるし子どもの事は両親。そう思ってルカとジンの部屋へ行くことにした。
2人とも内職中らしい。っていうか腹減ったけど誰が今夜の夕食を用意してくれるんだ?
両親が3人娘をあやしてルカが内職中。俺は申し訳ないけど炊事は出来ない。覚えるべきだけど疲れている。
薪割りは前からだけど凖夜勤、夜勤時に洗濯などかなり疲れている。
今までは稼ぐ為と言って出世試験勉強や剣術道場通いを優先していてあまり手伝っていなかった。リルは本当によく働いてくれていたんだなと思った。
「入るぞルカ! ジン!」
「いやあの! 待てネビー」
ジンの慌て声。扉につっかえ棒。それから拒否。ねんごろかよ。こういう時はそんな気がする。最悪。夜中にしろ。朝早いから仕方ないか。
ルカのやつ、リルがいなくて寂しいとか甘えたんだろう。両親や妹達の手前口にはしないけどしょんぼりして元気がない。
「数時間出掛けてくる! あと雑談だからもう来ねえ!」
あっちもこっちもリルがいなくて大変。両親は夜な夜なすすり泣きする。
「リルは元気かしら」とか「近くで仕事があってたまたま見かけたけど呼び込みしていた。声が小さくて心配だから手伝って教えてきた」などと話している。
ルカは嫁にいってもお隣さんで家事やら色々一緒だけどリルは全く違う。両親から見たらリルはルカより心配。うんと心配。レイにさえ「今頃泣いてるよ」と言われているしな。
リルは泣かないけどな。あいつは結構図太い。
そう思っても俺も心配。あの人見知りやお喋り下手で大丈夫なのか?
いっそ見に行くかとかめ屋を目指すことにした。兵官の格好で身分証明書を見せて「見回りです。ついでに妹の様子を知りたいです」とか言えばかめ屋に入れそう。
両親は立派な店構えにビビって「娘は問題ないですか?」と聞きに行けない。
父はまだ分かるけど肝っ玉母の意外な一面。
18時の鐘が鳴ってしばらくした後にかめ屋近くへ到着。途中火消し同士の喧嘩を引き剥がしたり疲れた。
(おっ。あれリルか? リルだな。少し整えたリルにはもう慣れた)
やはり少しブサイクは卒業して平々凡々娘。
リルは店の前をほうきで掃除している。特に何も無さそうなのに掃いている。
何をしてるんだ?
修行中だから勝手に何かしないか。
(朝何時から何時まで花嫁修行なんだろう。チラッて聞くか)
店の中へ入らないで済んで気楽。リルに近寄る。
「よおリル。久々。兄ちゃん今日は珍しくこの辺りの見回りだから顔を見にきた」
「兄ちゃんこんばんは」
ニコッと笑うとリルは丁寧なお辞儀をした。昔からゆっくり動くけどそれとは違う。修行の成果が出てる。
「元気そうだな。顔がふっくらしている気がする。飯をしっかり食べてるんだな」
「うん。3食。食べるのと盛り付けの練習をする時間」
「食事も修行なのか。大変だな。辛くないか? 嫌なやつはいないか?」
「うん。皆優しい」
「ゴミとか葉っぱとか何もなさそうだけど掃除なのも修行か?」
「もうそろそろ終わり」
「そろそろって終わっているように見えるけど何が残ってるんだ?」
「見栄えの悪くなる石をよけてる」
まじか。大雑把な俺にはない発想。これが花嫁修行。つまりロイの家周りはそうやって掃除しろってこと。それとも卿家は全部そう?
うひゃあ、リルは大丈夫か?
「母ちゃんが呼び込み修行を手伝ったらしいけどその後は自分で出来ているか?」
「呼び込みは間違えだって」
「間違え?」
「私には必要ないって」
「そうか。そうだよな。卿家のお嫁さんになるのに呼び込み修行なんて必要ないよな。お前朝何時から——……」
すみません、と他の従業員登場。母くらいの歳に見える女性。満面の笑顔だけどリルは彼女の背中に半分隠された。
「お客様、当店をご利用かご予約でしょうか?」
「いえ。仕事で近くにきたので妹の様子を見にきました。妹のリルがお世話になっています」
「まあ。リルさんのお兄様。6番隊で評判の凖兵官さんだと女将さんから聞いています」
「これからも評判が上がるように励みます。妹から皆さん優しいと聞きました。ありがとうございます。よろしくお願いします。自分は勤務中ですし妹も修行の身。失礼します」
渋々撤収。頭を下げて遠ざかりリルに手を振る。胸の前で小さく手振り。これはいつもと同じ仕草。
(兵官だけど絡まれたか何かと思って助けに来てくれたとは確かに普通の奉公人とは違う扱い。兄が兵官どころか6番隊の凖官ってことまで知られている。根回しされているんだなぁ。元気そうで何より。親父と母ちゃんに伝え——……ロイさん?)
小走り気味のロイが俺の横を通り過ぎた。仕事着だ。鞄も持っている。火曜、木曜日の稽古前と同じ格好。
無表情というか少し険しい顔。何?
リルが何かした?
来た道を戻って彼を追う。ロイはかめ屋の斜め正面の店の少し前、通行人の少ないところに立った。それで微笑んだ。
(リルを見てる)
声を掛けるか迷っていたら、ロイはリルが店の中に入ると店へ向かった。
(結納で喋らなかったから会いに来ているのか。そうか。それは良かった。それで先程のリルの様子ならロイさんは嫌だとか、ロイさんがリルはやはり嫌とかなさそう)
安心したので帰宅。帰りながらルカとジンのことを思い出してしまった。
(うげっ。ロイさんとリルもそうなる。うわあ、ジンより嫌だ! ジンはポッと出だからいいけどロイさんは何か……うわああああ!)
煩悩および嫌悪滅却。ということで家まで走ることにした。
途中、草履の鼻緒が切れた老人がオロオロしていたから手を貸して休憩。
それからまた全速力。帰宅すると夕食が用意されていた。
炊事ってありがたい!




