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10話

 夕食前に荷物が届き、義母に確認して水曜日の午後、義母が茶道稽古中に小物を買ったうらら屋の店員に来てもらうことになった。

 今は夕食後。衣装部屋に宝の山。


「まあまあ、沢山買ってきましたね。見せてくれる?」

「お義母さんが着物を譲ってくださったので、旦那様が代わりに小物を沢山買うと言うてくれて、お店に連れていってくれました」


 本日買った品物を全部箱から出して、畳の上に並べる。

 予算が多過ぎたことと、贅沢なことに12銀貨と1大銅貨を使ってもらったことを話しながら並べた。

 それからそれぞれの品物を選んだ理由も話す。


「春夏秋冬使える分を買っていただきました。これでもう何も要りません。買ってからあれですけれど、この家の嫁として恥ずかしくない組み合わせですか?」


 返事はない。義母はしげしげと真珠のついた帯留めを手に取って眺めている。


「そうですか。その値段でこれだけ、それも質の悪くないものを買える店をロイが知っているなんて」


 怒られないから、恥ずかしくない?


「ご友人に聞いたと言っていました」

「リルさん、来週末のロイの出稽古に弁当を差し入れしてきなさい」

「はい」

「デオン先生とリヒテン先生にしっかりご挨拶するんですよ」

「はい」


 お弁当を用意するにあたって、ロイにお世話になっている先輩、友人の人数を聞くこと。

 師範の先生2人への差し入れを何にするかと、弁当の献立を考えること。

 準備前に義母に相談、確認するように指示された。


「それからリルさん、あのように床で支度するなんてはしたない。出掛ける前に片付けなさい」


 あのように、は嫁入り道具の箱の横に手鏡やらを並べたままだったこと。急いでいて忘れていた。


「ぼんやりですみません」

「そこの鏡台、引き出しが引っかかりますけど使えますから好きに使いなさい。今日買ったものも片付きますしね」

「はい。ありがとうございます」


 使って良いの?

 今日、衝撃的な話はこれで何回目だ。ありすぎて数えるのをやめたので不明。


「空箱は必要な時に使いなさい。押し入れに片付けるように」

「はい。あのお義母さん」

「なんですか?」

「ニンニクやパプリカは高いですか? どこで売っています?」


 義母が首を傾げたので説明する。


「お昼に西風料理ですか」

「はい。ロイさんにお義母さんは西風料理がお好きだと聞いたので、タラが釣れたら作ってみたいと思いまして」


 まだまだ読めないけれど西風料理の本を買ってきたことも話す。今日は本を3冊買ってもらった。

 かめ屋で読んでいた飾り切りなども載っているような龍煌食料理の本。題名は「定番! 季節の龍煌食料理」

 それから「誰でも簡単髪型図」に「自宅で挑戦西風料理」という本。全て絵が多いものを選んだ。

 掃除などを少しずつ前倒ししたら海釣りに行っても良いか確認。


「そうですか。それならお店に野菜の仕入れ先を聞いてみなさい。釣りなんてするのね。それならお父さんの趣味だから、付き合って良いか聞いてみなさい」

「はい」

「そういえば、お弁当の中身をいつの間にか変えていましたね」

「はい」

「通りがかりのご婦人に褒められました」

「それは良かったです」

「ですから、そのニンニクやパプリカを買うても良いです。その値段のお店なら、すごく高い材料ではないでしょう」

「はい」

「予算からはみ出さなければ好きにしなさい。あまり変わったものは、お父さんの好みもあるので事前に相談して」

「はい」


 その後、義母は「あなたは料理が好きなのねえ」と言いながら衣装部屋から出て行った。

 宝の山と空箱を全て片付ける。今夜はやること沢山。

 明日、長屋で宴会なので着て行く着物や使う小物の準備。昼前に出掛けて15時頃帰宅するので、明日の家事が滞りなく終わるように下準備。

 今衣装部屋にいるので済ませてしまう。

 この後は、今日沢山知った新しい単語を書き出して、後日辞書で調べられるように……。


(違う! その前にお風呂! ロイさんのお風呂上がりの準備!)


 義父のお風呂上がりの準備をしてから義母と話していたけれど、その後の事を忘れていた。

 慌てて準備して1階に行ったら、ロイはまだ家着で義父と将棋を指していた。助かった。

 庭側の居間の襖を開けて廊下に座布団を敷いて対局。初めての光景。

 長屋の将棋大会や父の将棋盤は平べったいけど、脚がついた立派な将棋盤だ。


「リルさん」

「はい、お義父さん」

「お母さんが先に風呂に行った。その後入りなさい。この通り今ロイと対局中で」

「はい。ありがとうございます」

「お茶をお願いしたい」

「はい。緑茶ですか? ほうじ茶ですか?」

「ほうじ茶で頼む」

「はい」


 七輪で火を起こしてお茶を淹れて居間に戻る。義父とロイにお茶を出していたら、義母がお風呂から出てきた。今日も1人でお風呂は問題なさそう。

 

「淹れたばっかですので、お義母さんのお茶もまだ熱いです」

「そうですか。リルさん、歩き過ぎて足が痛むの。少し揉んでくれる?」

「はい」


 嫁入りしてから初めて頼まれることばかり。明日の家事の下準備をする時間が中々ない。

 義母が座った前に正座して、片足を太腿の上に乗せる。勝手が分からないけど、失礼しますと声を掛けて下から順番に揉んでみる。間違ったり痛かったら怒られるだろう。


「ロイ、さっきリルさんに話したのだけど、来週の出稽古にリルさんを連れて行きなさい」

「母上?」


 義母は座る前に居間にある本棚から出した本を読んでいる。題名は……達筆で読めない。


「今度の稽古の日にデオン先生に嫁がご挨拶しますと伝えなさい。リヒテン先生には出稽古前に会いに行くんですよ」

「はい、分かりました」

「あなたが普段お世話になっている先輩方とご友人に、リルさんが差し入れをしたいそうなので何人か教えてちょうだい」


 ん? 私? 私の発案なの?


「そうですか。それなら5人です」

「それも今度の稽古の時に話しなさいね」

「はい、母上」


 それからしばらく全員無言。義母の右足、左足を揉み終わったので、義父母の布団を敷いて、お風呂をいただく。布団を敷くのも忘れていた。危なかった。

 今日、私は浮かれ過ぎだ。最後にロイが入るけど、将棋は長いらしいので少しゆっくり入ってみた。毎日湯船に浸かれるって幸せなのにさらに贅沢。


 お風呂を出て、明日のお風呂の下準備で明日の分の薪を用意。それから洗濯桶にお水汲み。雨が降ったりゴミが入らないように、この間軒下で見つけた板で蓋をして縁側の下へ。

 お風呂から出たことを告げて、台所で明日の朝食や昼食の下準備と家の前の掃除、と思った時に義父に声を掛けられた。


「リルさん、来週土曜日に海釣りに行く予定だった。秋の休暇が残っているから午前休みを取る。一緒に行くかい? 次の日はロイの出稽古先だから、また次回に参加するか?」

「行きたいです」


 釣りの件を義母は義父に話してくれたらしい。


「ロイは母さんと出掛けるから2人だ」

「はい。釣竿や網など、明日実家から持ってきます」

「2人分あるから持ってこんでええよ」

「はい。皆さん、おやすみなさいませ」


 挨拶をして台所へ。朝食用のお味噌汁の具材、漬物も切ったし、今夜の残りのキノコの炒め物も良し!

 昼食は義母があまり動かなくて良いように、片付けも楽なように1品料理。

 冷めても美味しい海苔巻き。明日使うたくあん、きゅうり、おかか、卵、良し!

 明日の朝は料理より掃除洗濯お布団干しなどを優先。あとは玄関前のそう……。


「リルさん」


 玄関を出ようとしたら義母に呼び止められた。


「こんな時間にどこへ行くのですか」

「明日時間が足りないと困るので掃除です」

「今日はせんでええです。この辺りは静かですし変質者の話も聞かないですけど、危ないから夜遅くに外へ出てはいけません。丈夫な子を産んでもらうんですから、あんまり風呂上がりにうろうろして体を冷やすんじゃありません」

「はい。手際が悪くてすみません」

「明日は身支度が優先ですから、掃除くらい残してもええですからね」

「はい。ありがとうございます」


 さっき聞こえた鐘の音は21時だったけど、もう夜遅いのが卿家の常識なのか。そして掃除を残して良いのか。

 実家にいた時は、この時間に時々森に薪を拾いに行ったり、薪割りをしていた。あとごく稀に行く蒸し風呂屋もこの時間だった。

 2階に上がり、布団を敷いてから寝室の机に向かう。勉強する時間が増えた。

 筆記帳を開いて、今日知った新しい単語を思い出せるだけ書き出す。

 辞書を開こうと思った時、襖が開く音がした。ロイが苦笑いしながら入室してきた。


「惨敗してしまいました」

「それは残念です」


 ロイは私の隣にきて、あぐらをかいた。


「ちょうど良かったです。ロイさん、宝尽くしの絵柄の名前を全く覚えてないです」

「鉛筆を借りますね。確か……如意宝珠、宝やく、打ち出の小槌、金嚢、隠れ蓑、隠れ笠、丁子、宝剣、宝輪、法螺だったかな」


 相変わらず美しい字。全部にひらがなを振ってくれた。毎日、毎日、いつも優しい。

 ドキドキ、ドキドキと恋の音が内側から響いてくる。優しい義父母に夫。生活自体が贅沢なのに外食に買い物。幸せな結婚をしたものだ。

 ロイはどうなのだろう?

 1週間経ってみて、この嫁を少しは好ましいとか、良かったとかあるのだろうか。今日は沢山笑ってくれていたから、ほんの少しくらいはあるだろう。

 どうかぼんやりで粗相をして嫌われませんように。

 この嫁は役立たず。いらん、と家から追い出されませんように。今のところ大丈夫みたいだけど、モタモタだから大丈夫かな? 心配。


「旦那様」

「はい、どうしました?」

「普段と、特に今日のお礼に何かしたいです。何か出来ることはありますか? 自分で思いつかなくてすみません」

「毎日色々してくれてますよ。気難しい母上と上手くやってくれていて嬉しいです」


 家事で良いの? 気難しい? と問いかける前に肩を抱かれてキスされた。今日淡い恋心を自覚してから、ずっとずっとこの時を待っていた気がする。

 金平糖を食べていないのに甘い錯覚。1回、甘い。2回、甘い。3回、甘い……。

 キスは良いけど、その後はやはり大変。変な感じだし、疲れるし、最後は痛い。慣れるっていつ慣れるんだろう。

 あとロイはやっぱり暑いし腕が重い。

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