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7 大きな試練

 ラミリオはフードを外そうとはしなかった。


「いや……これは勘弁してほしい。俺はこう見えて小心者でね。でかい図体をして情けないと思われるかもしれんが、年頃の若いお嬢さんに嫌な思いをさせたくないんだ」


 ――見られていると落ち着かないみたいね。


 しばらくはジロジロ見ない方がいいだろうと考え、ルクレツィアは視線を外した。


 がらりと話題を変えるように、口調も明るくして、言う。


「わたくし、好みのタイプはわたくしとお話をしてくださる殿方ですの。気が合いそうで何よりですわ」

「またずいぶんハードルが低いね……ほとんどの男性が当てはまらないかい」

「まあ、そんなことはありませんわ」


 ファルコや父親がいかにルクレツィアと話をしてくれなかったかを思い出し、ルクレツィアは意気消沈した。


 ルクレツィアはこう見えてお喋り好きだ。しかし父は、ルクレツィアが口を開こうとするとすぐに『無駄口を利くな』と叱りつけるのだ。婚約者であるファルコとは、特に勝手に口を利くなと怒られていた。


『お前のように気味の悪い娘は、正体を悟られたが最後、すぐに離縁される。質問されたことにだけ最低限答え、それ以外で口を利くんじゃない』


 そしてファルコも、お話をしたがってうずうずしているルクレツィアの様子には気づかず、いつも最低限の会話しかしてくれなかった。


「……ところで君、馬車はこれだけ? 荷物はあとから届くのかな」


 ラミリオはあたりをきょろきょろと見回した。ルクレツィアが乗ってきた馬車に、荷馬車の類が一台も伴走していないのを不思議に思ったようだ。


「わたくしの荷物はこれだけですわ」


 手にした旅行鞄を見せると、ラミリオはやや意味を取り違えたのか、追加で質問をしてきた。


「……いつごろ追加の荷物が届きそう?」

「何も届きませんわ。これだけでございます」

「え……本当に? それだけ?」


 ラミリオが驚くのも無理はないとルクレツィアは思う。公爵令嬢が長期の療養に来るのに鞄一つなのは考えられないことだった。


 しかし、ルクレツィアは日用品の不足について、悲観はしていない。ドレスでさえも、どうにかなると高を括っていた。


 ルクレツィアの全財産は、この小さな鞄に詰まっているからだ。


 ルクレツィアが家に置いてきたドレスや宝石など霞む額の、莫大な価値を持つ有価証券が、鞄には詰まっているのである。


 そもそも宝石も、部屋にあるのはほとんどがイミテーションで、本物は銀行に保管してある。いつ父に難癖をつけられて取り上げられるか分からなかったので、どうしても本物が必要な格式の高いパーティ以外は、全部模造の練りガラスで済ませていたのだ。


 だからルクレツィアは、私財を守るのに、証書を持ち出すだけでよかった。いずれ機会を見て帰国し、取りに行けばいい。


 ドレスも、地味な色ばかり好んで着ていたので、売って価値の出るようなものはない。修道女のような日常着や、流行を無視した、老婆が着るような装飾の少ないドレスは、派手好みの妹なら欲しがらないだろう。


「いずれ折を見て銀行へ連れていっていただけると助かります」

「あ……ああ、なるほど。荷物の代わりに、小切手か何かを持たされていたのか」

「そういうことですわ」

「都会の貴族は合理的だな」


 ラミリオはしきりと感心していた。多少誤解があるようだが、ルクレツィアもあえて説明はしない。貴族の令嬢が銀行に出入りするなどもってのほかだと、父親から何度も叱られていたためだ。なんでも銀行とは、女性が立ち入ってはいけないところらしい。


 おかげでルクレツィアは道中でお金を引き出すことができずに苦労したが、協力者さえいればこっちのものだった。


 ルクレツィアはラミリオに案内されて、簡単にブーツなどについた旅の泥を落とすと、応接間にお邪魔した。


 重厚な総革張りのソファを薦められ、香りのよい紅茶を飲むよう促される。


 ルクレツィアは自分がどうやら歓迎されているらしいことを理解しつつあった。


 父の選んだ婚約者だから、何をされるか分からないと思っていた。馬小屋のような粗末な場所に放り込まれてほったらかしにされることまで危惧していたので、破格の扱いと言ってもよかった。


 自然と笑みがこぼれ、紅茶のおいしさに声が弾む。


「わあ、おいしい……ありがとうございます」


 ほうっとため息をつくルクレツィアを、ラミリオは温かく見守ってくれた。


 多くの言葉を交わさなくても、顔を見て仕草を観察すれば、人となりはある程度伝わってくる。


 紅茶を飲みきり、人心地つくまで待ってくれようとするラミリオの自然な優しさに、ルクレツィアは好感を持った。


 紅茶を片づけさせてから、ラミリオが書類をテーブルに置く。


「さて、着いて早々すまないが、まずは契約書を交わそうか。この内容でよければ、サインと宣誓を。修正案があるなら先に聞こう」


 何の契約かと思いながらルクレツィアが書面に目を落とすと、そこには風変わりな取引が書かれていた。


 一、ラミリオはセラヴァッレ公爵からルクレツィアを療養させるために期間限定で預かる。


 二、ルクレツィアが領地に滞在する間、かかる費用はラミリオが払う。


 三、宝飾やドレスなど、療養に不必要な品はセラヴァッレ公爵が払う。


 四、ラミリオはできる限りルクレツィアの療養のための環境を与えるために努力する。


 五、ルクレツィアは自身の健康を第一に考え、行動すること。


 そこまで読んで、ルクレツィアはショックを受けた。


「こ……これは、いったい?」

「君にはパストーレ領にしばらく滞在してもらい、数か月後に戻ってもらう。これは、そのための宣誓書だよ」


 話が違う。ルクレツィアは醜悪公に嫁入りしにきたのではなかったか。


 焦ってもう一度読み直しても、書類には結婚や婚約のことなど、何一つ書かれてはいなかった。


「ラミリオ様は、わたくしと結婚してはくださらない、ということなのですか……?」


 ルクレツィアは、どんよりと何を考えているか分からないと言われる瞳を向け、それでも必死に哀願するような色を浮かべようと努力した。


 父親は、この結婚からは絶対に逃れられない、と言っていた。領地にも戻ってくるな、と。


 もしも醜悪公さえもがルクレツィアを受け入れてくれないなら、ルクレツィアは行き場がどこにもなくなってしまう。


 ルクレツィアは不安と緊張で震えそうになる身体を自分で抱きしめて、自分に言い聞かせる。


 ――ダメよ、ルクレツィア。こんなに喜んでいたら・・・・・・、変な子だと思われてしまうわ。


 ルクレツィアは退屈していた。自身に越せないほどの大きな試練こそを望んでいたのだ。


 ――これこそ、わたくしの求めていたものだわ!



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