6 醜悪公との出会い
ラミリオは手紙を片手に、ぽつりとデスクで呟く。
「確かに俺は、持参金など必要ないから、身一つで来てくれればいいとは言った」
「おっしゃってましたね。閣下は駆け引きベタですね」
「い、いや、だって、六度も婚約破棄された『醜悪公』だぞ?」
不安にとりつかれ、ラミリオは自身の顔を覆い隠すフードに手をやった。
普段はこうして隠すことでなんとか人並みの生活を送れてはいるが、妻になる人間には素顔を見せないわけにはいかないだろう。
すでに六人もの女が、領地や資産目当てにやってきては、この姿に恐れをなして逃げていった。『白髪令嬢』はどうだろう。婚約破棄のゴタゴタで神経衰弱気味の不幸な身空で、ラミリオに耐えられるのだろうか?
「今度はどのぐらい保つだろうなぁ……」
「せめてフードを外すまではがんばってほしいところですね」
ラミリオはしばらく思案して、まあいいか、と考えた。
「療養が必要そうな娘だというのは理解した。しばらく滞在させて、具合がよくなったら王国に戻してやるか」
「婚約破棄を前提に療養させてあげるのですか? なんとお優しい……」
「お前の褒め言葉ってどうしてそう心がこもってないんだろうな」
ウソ泣きでハンカチを当てている側近にイラッとしつつ、ラミリオは、ひとまず白髪令嬢のことを横に置いておくことにした。
が、直後に新たな悩みが降ってわく。
「……なあ。うちの国は、イルミナティの若いお嬢さんが楽しめるような場所だろうか」
「どうでしょうか。景色がいいことは間違いないと思いますが」
イルミナティには最先端の流行が集まっており、楽しい場所がたくさんある。
翻ってラミリオの公国はというと、かろうじてご先祖様が建ててくれた壮大な城や宮殿などがあるものの、それ以外の見どころは皆無に等しかった。
ラミリオが暮らしている宮殿も、古いばかりで、住み心地がいいとはお世辞にも言えない。
ラミリオは椅子を蹴って立ち上がった。
「まずい。せっかくのお客様だぞ。楽しんでいただかねば沽券にかかわる。せめて泊まってもらう部屋だけでもなんとかせねば」
ラミリオは大急ぎで、商人を大量に呼び寄せた。
「女性が暮らすのに必要なアメニティ一式すべてそろえてくれ」
「ご予算のほどは」
「いくらかかっても構わん、三日以内にだ。それと婚約関係の書類を早く作らねば……ああ、さすがに七度目ともなると簡単だな。何を盛り込めばいいのかすぐ見当がつく」
てきぱきと準備を進めるラミリオを見て、側近がぽつりと言う。
「……閣下、実はものすごく楽しみにされていません?」
ラミリオは気まずいのと図星なのとで、顔を赤らめながら「うるさい」と言った。
顔のせいで断られ続けて六度。
諦め気味だったところに降って湧いた可哀想な美少女である。少しくらい親切にしたって気味悪がられはしないだろう。それで、あわよくば、感謝のひとつもされてみたい。
色んな女性に逃げられてきた彼がそう思ってしまうのは、それほど歪んだことではないだろう。
ラミリオ自身もこの奇妙な縁談に、癒しのようなものを求めていた。
***
数日後、本当に遠方からの馬車が領内に到着したという報せを受け取った。
「ど……どうだった?」
白髪令嬢を馬車の窓越しに見たと言う伝令に、ラミリオがドキドキしながら尋ねると、伝令は首を振った。
「顔などはヴェールに隠されていてよく見えませんでしたが、非常に落ち着いた装いの方でした」
ラミリオの不安と緊張は最高潮に達した。
「顔を隠しているのか……俺と同じだな」
浮き足立つラミリオに、側近が冷ややかな目を向ける。
「閣下、あまり想像だけで早まりませんように。こと結婚と恋愛において、急ぎすぎる男は嫌われますよ」
「言われんでも分かってる。俺が何度婚約を破棄されてきたと思ってるんだ」
言いつつ、少し鏡を見ながらフードの被り具合を正してしまったりなどするラミリオだった。
***
パストーレ公領は大きな国の間に挟まれた緩衝地帯にある。交通の要所としても栄えているため、道が整備されており、馬車での移動は快適だった。
のどかな田園風景を抜け、馬車が往来する都市部を進む。
――こんなに人が行きかっているのね。
イルミナティのように娯楽施設はそろっていないが、活気のあるところのようだ。
やがてルクレツィアが乗ってきた小さな二人乗りの馬車は、醜悪公の住まう宮殿の前で停車した。
先方がドアを開けてくれ、ルクレツィアをエスコートしてくれる。
まるで隠者のようにフードをかぶったその人が『醜悪公』なのだと、ルクレツィアはすぐに理解した。手を貸してもらうときに、ごく間近から顔を覗き見る。
――あら? この方、どこもお悪くないのでは?
フードの隙間に覗く頬や口元に、傷らしいものは見当たらない。ごく平均的な肌質の男性だ。鼻は高くも低くもなく、すっと鼻梁が通っている。歯並びがいいのだろうなと思わせるすっきりした口元や男性らしさのある顎のライン、どれひとつ取ってみても『醜悪』などとは程遠い。
ルクレツィアは目を奪われたまま、醜悪公の真横に降り立った。
まっすぐに目が合い、ルクレツィアはあっと息を呑む。
――この方、色付きの眼鏡をしていらっしゃるのね。
かなり濃い煙水晶でできた眼鏡で、その奥がまったく窺えない。
おそらく目に何か異常があって隠したいのだろうということは、すぐに察せられた。そしてこれが、『醜悪公』と仇名された理由なのだろう、とも。
『醜悪公』はぱっとルクレツィアから視線を外し、両手でフードを深くかぶり直した。神経質に、ぐいぐいと布を引っ張る仕草から、彼が相当に気に病んでいることが窺える。
「こんな格好で申し訳ない。本来ならすべて脱いでご挨拶をするべきなんだが、事情がありこのまま失礼する。ラミリオ・パストーレだ」
敬礼で迎えてくれた彼に、ルクレツィアも膝を折った。
「ルクレツィア・セラヴァッレでございます」
手の甲にくちづける段になって、ラミリオはかなり遠い位置からキスのふりをし、少しも触れずに済ませた。
その仕草だけで、ルクレツィアはなんとなく察する。きっと彼はこれまでに何度も手の甲のキスを嫌がられてきたのだろう。
ルクレツィアは、ズキリと胸が痛むのを感じた。人から拒絶される痛みは、他人のものであっても刺さることがある。きっと辛かっただろうと思えて仕方なかった。
「俺のあだ名は知っているだろうか」
「はい……でも」
ルクレツィアはさっさとラミリオのそばに寄った。
突然大股で近づいてくる少女に、ラミリオが驚いて後ずさる。
ルクレツィアは、近くでもう一度ラミリオのフードの中を覗き込んで、確信した。
「やっぱり、新聞記事はでたらめでしたのね」
「当たり前だろう。あれじゃ化け物じゃないか」
呆れたように言うラミリオだったが、やはり警戒気味にフードを深くかぶっている。どうあってもルクレツィアに覗き見られたくないようだ。
じれったくなって、ルクレツィアは直接お願いすることにした。
「失礼ですが、フードの下を拝見しても?」
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