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【書籍・コミック発売記念SS】

ご無沙汰しております。

四年越しで本が出るのでSSを更新いたします。


こちらはコミックの特典にと思い書き始めたものの、

何か違うなと思ってボツにしたものです。

ちょっとギャグ寄り、キャラ崩壊注意です。

 嵐の夜だった。

 大きな雨粒が叩きつけられる音と、風が強く吹く音のほかは何も聞こえてこない。

 閃光が走り、雷鳴が轟く。

 なかなか寝付けずにいたルクレツィアは、そのせいですっかり目が冴えてしまった。

 雷光が激しい雨模様の闇を浮かび上がらせる。庭木の影絵が一瞬怪物に見えて、ルクレツィアはブルッと身を震わせた。

 ――ラミリオ様はどうしているかしら。

 現在彼は目の治療中。窓を閉め切った暗い部屋で生活をしてもらっている。こう風が強ければ、窓の軋みも激しいだろう。

 ――お寂しくはないかしら?

 目がしっかりと開いているルクレツィアだってこの嵐は怖いのに、目を塞がれてひとりで就寝しているラミリオの心細さはどれほどだろう。

 そう思ったらいてもたってもいられなくなった。

 目が見えないのはとてつもないストレスだ。本当は二十四時間体制で介護をしたいと思っているくらいなのに、彼が拒否するので、ルクレツィアは手をこまねいていた。

 ――嵐の夜くらいは、ご様子をうかがいに行っても、いいのではないかしら。

 ルクレツィアは思い立ってすぐに、ショールを羽織った。

 立ち上がったルクレツィアの背後から雷光が瞬き、大きな雷鳴が轟く。

 ルクレツィアは悲鳴をあげて、部屋を走り抜けた。

 本当は彼女こそが寂しくて心細くてたまらなかったのだということは本人も気づいていない。

 ラミリオの部屋をノックしたとき、応対には誰も出てこなかった。深夜だから小姓も出払っているのかもしれない。

「旦那様、失礼いたします――」

 ルクレツィアはなるべく大きな声をかけながら、ベッドに近づいていった。

「旦那様?」

 ベッドの天幕をかきわけ、手燭で照らす。

「ルクレツィアか?」

 驚いた声がして、むくりと黒い頭が起き上がった。

「どうしたんだ、もう朝か?」

「いえ、雷がすごいので、いかがお過ごしでいらっしゃるかと思いまして……」

 風が強く吹き付け、たてつけた戸板がガタガタと激しく鳴った。

「すまない、よく聞こえないんだ。もう少しそばに」

 ルクレツィアはベッドサイドに腰かけて、ラミリオの耳元に口を寄せた。

「雷が、すごいので! ご様子を、うかがいに――きゃあああ!」

 言った端からすさまじい雷の音が鳴り響き、ルクレツィアは悲鳴をあげてしまった。

「か、雷、怖くありませんか?」

「いや、俺は別に……」

 ラミリオのそっけない返事は、再びの轟音とルクレツィアの悲鳴でかき消される。

 とっさにしがみついた先がラミリオだと自覚したルクレツィアは、三度みたびの悲鳴を上げた。

「も、申し訳ありません! その……」

「……怖いのか?」

 ラミリオの呆れたような質問に、ルクレツィアは消え入りそうな声で答える。

「わ、わたくしも恐ろしいのですから、目が見えない旦那様の心細さはいかばかりかと思いまして……っ」

「ああ、そういうことか……それなら別に平気だから、戻ってくれていいよ」

 外は大雨で、雷鳴が轟いている。

 廊下は暗く、風は強い。

 勇気を奮い起こしてここまで来たが、廊下を引き返す気力はなかった。

「あ、あの、せっかくなので、ご本でも読んでさしあげましょうか」

 追い返されたくなかったルクレツィアはそう提案したが、ラミリオはつれなかった。

「いいって。君がいた方が眠れないんだけど」

「そんな……」

 ピシャーン! と雷が鳴り、ルクレツィアの恐怖は最高潮に達した。ラミリオにすがりつき、慈悲を請う。

「ラミリオ様……」

 どうか追い出さないでほしい。そう願いを込めて細い声で名を呼ぶ。

「いや、あの、そんなにくっつかれると……」

 ラミリオの困惑しきったつぶやきに、追い返されてしまうのかと絶望するルクレツィアだったが――

「嵐の夜とはまことに恐ろしいものでございます……どうかおひとりになるのはおやめくださいませ、ラミリオ様」

「わ、分かったよ、分かったから、ちょっと離れて」

 うろたえ気味のラミリオに、ルクレツィアはようやく我に返り、飛び退いた。

 なんて大胆なことをしてしまったのだろう。

 無言のラミリオが内心で迷惑がっているように思われて、ますます焦燥が募った。

「あー……じゃあ、少しだけ読んでもらおうか」

 ラミリオが折れてくれたとき、ルクレツィアは心から助かったと思った。

「でも、くっつくのはやめてくれよ。触られると困るんだ、本当に」

「はい。では失礼して……」

 ラミリオの隣にそっと寝そべらせてもらい、本を開く。

 ルクレツィアの故郷、イルミナティに伝わる笑い話の本から、こんな日にぴったりの説話を選んだ。

「むかしむかし、あるところに、たいそう美しいお姫様が住んでいました」

「うわ近いな!?」

 すぐ隣のラミリオが素っ頓狂な声を出した。

「さ、触ってはおりませんが……」

「そうだけど、思ったより声が近くてちょっと度肝を抜かれたというかな……」

「でも、燭台の明かりが……本の読める明るさまで近づくには、ここしかないのでございます」

「……じゃあしょうがないか」

 ラミリオのお許しが出たので、ルクレツィアは改めて本を燭台に寄せた。

 ラミリオとは隣り合って寝そべることになり、ドキリとする。

 ――確かに、この距離だと少し緊張してしまうわね。

 ルクレツィアはなるべく穏やかな声で本を読み上げられるように、自分の心が落ち着くまで待った。

「では続きを……お姫様はたくさんの婚礼調度とともに、船に乗って婚約者のもとへ出発しましたが、折悪しく嵐に見舞われてしまい――」

 およそ十分くらいで読み終わる話を、ルクレツィアは心を込めて読み上げた。

「――こうしてお姫様は、彼女に岡惚れした男に夫を殺されては無理やり結婚させられ続け、八人もの男性と結婚しては死別しましたが、無事に九人目の男性と結婚し、末永く暮らしたのでした。めでたしめでたし」

 ふぅっと息を吐き、達成感とともに傍らのラミリオを振り返る。

 ラミリオは静かに聞いてくれていたが、まだ寝付いてはいなかったようだ。

「……今の話は?」

 心から困っているような声で聞かれ、ルクレツィアは、『難しかったかしら?』と思いつつ、答える。

「この説話の教訓は、『嵐の夜は襲撃に気をつけなければならない』ということなのでございます」

「そこ!? それどころじゃなかった気がしたんだけど」

 わずかにエキサイトした様子のラミリオに、ルクレツィアは改めて説話のページをパラパラとめくってみた。

「……確かに、少し過激な内容も含まれておりましたので、そちらに気を取られてしまうこともあるかもしれませんわね」

「いやいや主題そっちだよね? 八回も夫を殺されて『少し過激』で済ませる君の感性が心配だよ」

「そうでしょうか……? 物語とは、このようなものだと思っておりました。わたくしの知る話ですと、もっとすごいものも……千夜一夜物語など本当にすごくて」

「いや分かるけども……なんで、よりによって今、そんな安眠できない本をチョイスしちゃったの……?」

「それはもちろん、本当に大切なことが書かれていたからでございます」

「そ、そう……?」

 どうやらラミリオには伝わっていないようなので、ルクレツィアは説話の要点も話してしまうことにした。

「このお話は、美しい王女を巡って、略奪者が次々と現れ、夫を暗殺しようとするシーンがたくさんあるのですが」

「興味深いけど……嵐関係なくない?」

「大ありなのでございます! 暗殺は嵐の夜が選ばれることが多うございましたもの」

 だからルクレツィアは嵐の夜になるとこの話を思い出すのだ。

 空恐ろしい思いがして、彼女は服の下に身につけていたディヴィーナ教の聖具をたぐり寄せ、ぎゅっと握った。

「一人目の夫は嵐に乗じて船を襲撃しました。三人目の夫は嵐の海に突き落とされました。五人目の夫は嵐の夜にナイフで刺されました……」

 ルクレツィアは強調するように、やや声を大きくした。

「ここから導き出される結論は『嵐の夜は暗殺に最適』それ以外にありえません」

「強引! 作家が手癖でシーンを設定してしまっただけってことはない?」

「嵐の夜は争う物音をかき消し、荒れ狂う海に遺体を隠してくれる、絶好のロケーションでございます。作者様もそのことがよくお分かりだったのでございましょう」

「あー……そういうこともあるかな?」

 ラミリオの同意が得られた(とルクレツィアが思った)ので、彼女は勢いづいた。

「わたくしは未来の元帥夫人として育てられました。ですから恐ろしいのでございます。嵐の夜には、暗闇の隙間からすっとナイフが差し出されそうで――」

「物理的に怖かったんだ……お化けが怖いのかと思ってたよ」

「魑魅魍魎など恐ろしくありませんわ。本当に恐ろしいのは生きた人間でございます」

 ルクレツィアはどこまでも真剣だったが、ラミリオはあまり真面目には取らなかったようだ。

 しまいに低く笑い出した。

「君の話は面白いな」

 笑い事ではないと信じているルクレツィアは、その評価に突き放したものを感じて、少しむくれた。

「ラミリオ様は今お目がきかなくなっておりますから、悪意のある者が襲いかかるには絶好の機会なのですわ」

「俺に? そんなことして誰にメリットがあるっていうんだよ。ああ――」

 ラミリオはふいに納得の行ったような声を出した。

「君みたいな美女を奪い取るには絶好の日かもしれないけどな」

「――!」

 何を言うのだとルクレツィアは赤くなる。イルミナティでは『白髪令嬢』と呼ばれ、誰からも顧みられなかった。そんな娘でも丁重に扱ってくれるのだから、ラミリオは本当に優しい人だ。

 ドギマギしているルクレツィアの沈黙がラミリオにも移り、ふたりして黙りこくった。

 ――な、何かお話しないと。

 変な雰囲気を払拭しようと、ルクレツィアは努めて明るい声を出す。

「とにかく今日はわたくしに番をお任せくださいませ」

「いやもう帰っていただいて」

「朝までしっかりお守りいたしますわ」

「だから君がいると寝られないんだって」

 ラミリオはぼやきつつ、諦めたようにゴロリと横になった。

「君は言い出したら聞かないからなぁ……じゃあせめて、安らかに眠れる本を持ってきてくれないか?」

「でしたら次は――」

 ルクレツィアは手元の説話集をパラパラとめくる。これならもう少し穏当かもしれない。

「むかしむかし、あるところに――」

 たわいない笑い話を読み聞かせていると、途中でラミリオが頭を少し起こして、ルクレツィアの方角に耳を澄ませた。

「それは何の音だ? カチャカチャして気が散る」

 ルクレツィアは服の隙間から聖具を取り出した。

「この音ですか?」

 ラミリオが手を伸ばす。見えていないのだろう、少し逸れて、ルクレツィアの手首に触れた。

 声もなく驚いているルクレツィアを知ってか知らずか、ラミリオがたどたどしく手に触れ、指先を介して聖具にたどり着いた。

「ああ、これだ。外しておいてもらえないか?」

「はい……」

 言われた通り、外したペンダントを丸めて枕元に置く。ぎくしゃくしてしまい、無駄にチャリチャリと金属音が鳴った。

 ――気にしてはいけないわ。見えてらっしゃらないのだもの、何に触れたのかも分かっていないはず。

 だんだんとルクレツィアにも分かってきた。

 どうして彼が頑なにルクレツィアを追い返そうとしていたのか。

 ――暗い中でふたりきりですし、どうしても意識してしまいますわね。

 とはいえ、彼は今とても無力だ。武道の心得もない人が、視力を奪われてしまっては、ルクレツィアにだって負けてしまうだろう。

 守ってあげるのが自分の役目である。

 恥ずかしがってなどいられない。

「では、続きを――」

 ルクレツィアは震える喉を調律し、ゆっくりと読み聞かせるように気を払った。

 こちらもまた大切なことが書かれた話である。先ほどの話よりは残虐描写も少なく、あっさりしている。

 楽しく読み上げていった。

「――しかし神々に賞賛された竪琴の腕前も、単純な暴力の前には無力でした。酩酊したバッカスの巫女たちはオルフェイオに猛然と殴りかかり、ついにこの素晴らしい音楽家を無残に殺してしまったのだということです……」

 佳境に入り、集中していたルクレツィアに、いささかうんざりしたような声がかかる。

「――やっぱりダメだ。眠れない」

 調子よく読んでいたので、ルクレツィアは萎縮した。

「別のお話にいたしましょうか?」

「まあ確かに今の話も安眠には向かなかったけどさ……意識するなというのが無理だろう」

 歯切れの悪いラミリオの言葉を遮って、また雷が落ちた。

 光るのとほぼ同時の轟音に、ルクレツィアはたまらず悲鳴をあげて毛布を頭からかぶった。

 部屋がしんと静まり返る。

 ルクレツィアはそろーっと顔を出した。

「……だ、大丈夫ですわ、ラミリオ様。今のところ不埒者は来ておりません」

「来たらびっくりだよ」

「わたくしちゃんといい子で見張り番をいたしますので、どうか……」

 ルクレツィアは結局のところ、とても怯えていた。

「……ひとりにしないでくださいまし」

「分かったよ」

 ラミリオは呆れているようだったが、声は優しかった。

「こうなったら付き合うけど、もうちょっとほのぼのした話にしてくれ」

「まあ、このお話もダメでしたの? このお話の教訓は『蛮族には竪琴の音など通用しない。和平に必要なのは力。力がすべてを解決する』ですわ」

「いや違う、絶対違う……」

 本を読んでいるうちに、ルクレツィアはいつの間にか眠ってしまった。

 ――朝になってみると、嵐は止んでいた。

 美しい晴れ間の朝日が穏やかに降り注いでいる。

 のどかな鳥の声を聞きつつ、昨夜の会話を思い出し、ルクレツィアはつい笑みを漏らした。

 ――嵐が怖くなかったのは、ラミリオ様のおかげだわ。

 眠れない夜をこんなにも楽しく越えられたことがうれしくて、改めてこう感じたのだった。


 ――絶対にこの方のお嫁さんにしていだたかなくちゃ。


書籍情報は活動報告と自分のサイト両方でまとめてあります。

(ご案内している内容は同じです。)

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