4 追放と旅立ち
思案するルクレツィアの後ろから新聞を覗き込み、セラヴァッレ公爵が悪意たっぷりに言う。
「腐ってもお前は王家の娘だからな、先方は二つ返事で了承してきたぞ! もう逃げられないからな! お前は醜悪公の花嫁になるのだ!」
父親が生き生きと楽しそうなので、ルクレツィアは不思議な気持ちになった。
セラヴァッレ公爵はルクレツィアが悲しんだり、辛そうな顔を見せたりするととても喜ぶ。
きっとそれが愛ゆえに試練を課そうとする親心なのだろうと信じていたが、本当にそうなのだろうか。
ルクレツィアは少しずつ、父親に不信感を持つようになっていた。
「どうしたルクレツィア、悲しいのか? 泣いたって誰もお前のことなんか助けないぞ、ははははは!」
セラヴァッレ公爵が腹を抱えて笑っている。
彼の言う通り、本来ならルクレツィアは涙を浮かべて父親に
『どうか醜悪公のところに嫁ぐのだけは勘弁してください』
と懇願するところ――なのだろうが、小さなころから虐げられすぎたせいか、最近はすっかり慣れてしまって、何をされてもそよ風のようにしか感じないルクレツィアがいた。
理由が何であれ、父親が楽しそうにしているのはいいことだと、自身の不幸に対しても奇妙に突き放した態度でいられるのも、優しくされたことがないルクレツィアならではの特技だった。
「泣いたりなどいたしません。お父様がそちらに嫁げというのなら、行くまででございます」
妹がぷーっと吹き出す。
「やだあ、お姉ちゃん、それ強がり? 新聞記事になるほどの不細工に嫁がされるなんて本当は嫌なくせに! 可哀想すぎ!」
ルクレツィアはどんよりした目で妹の嘲笑を受け流した。
父親も妹に便乗して、囃し立てる。
「いいか、出戻りは許さんからな! 二度と実家には帰ってこれないと思え!」
ルクレツィアはふっと笑った。
「もちろんそのようにいたします。その方がわたくしを必要としてくださる限りは」
ルクレツィアのあくまで強気な発言は父親の予想外だったらしい。彼は激しく興を削がれたように、激怒した。
「お前は本当にどこまで愚かなのだ……! 醜悪公のところに嫁げば世間の冷笑を浴びて惨めに暮らすことになるということすら想像つかんのか!?」
「お姉ちゃんみたいな人って生きるの楽そうでいいよねえ」
「そうかしら。わたくしは良縁だと思っているのですけれど」
「せいぜい幸せな夢でも見ていろ! すぐに地獄に叩き落とされることになるだろうからな!」
「お姉ちゃんたらおっかしー!」
父と妹はしばらくルクレツィアを馬鹿にしていたが、彼女がほとんど聞いていない様子なので、しまいに呆れて何も言わなくなった。
ルクレツィアはもらった新聞をもう一度見返す。
――この大げさな絵、やっぱり本当かどうか怪しいわ。
人間にロバの耳や鳥のくちばしが生えてくることなどあり得ない。舌が割れるというのも、嫌われ者の蛇をヒントに付け足された誇張なのではないか。
そもそも醜悪公の領地は遠い。彼との面識が地方の新聞記者にあるとは思えないくらいに。売れて儲かりさえすれば、記者はどんな嘘だって書き立てるのだから、信憑性は皆無だ。
ルクレツィアはすでに、彼がほぼ普通の人間の顔をしているだろうと見当がついていた。
――どんなお顔をしているのか、ぜひ拝見してみなくちゃ。
ルクレツィアにしてみれば、顔に傷があるだとか、容姿が整っていないことなんて、なんでもなかった。
結婚には愛さえあればいい。
そしてルクレツィアは、これまでにたくさんの愛の試練に打ち勝ってきた。
醜悪公のこともきっと愛してみせようではないか――と、ルクレツィアはあくまで強気だった。
***
セラヴァッレ公爵の粋な計らいにより、ルクレツィアは自室にあったわずかな身の回り品をカバンに詰めることを許された。
「ドレス? 宝石? お前が買った? なんのことだ? お前の持ち物はすべて公爵家の持ち物に決まっているだろうが!」
しかし持ち出せるのは書類や日記帳、小さな手鏡などに限定され、ルクレツィアが私財を投じて集めていた贅沢品は父親に没収されることになった。
これには妹が喜んでいた。
「えっ、お姉ちゃんの宝石全部もらっていいの? やったぁ!」
無邪気な笑顔を見せる妹に、ルクレツィアはくすりとした。
「どうぞ。大事に使ってね」
すると、とたんに妹は機嫌を悪くした。
「お古をあげたくらいでいい気にならないでほしいんだけど? 恩着せがましくて腹立つー!」
「そんなこと……わたくしはあなたに喜んでもらえたらそれで」
「何で怒らないの? ほんっとお姉ちゃんって気持ち悪い! つまんない!」
ローザがさっさとどこかに行ってしまったので、ルクレツィアは別れの挨拶ができなかった。
――あとでお手紙を書かなくちゃ。
ほんのりと寂しい気持ちになったが、馬車に乗り込むころには、ルクレツィアはすでにわくわくしていた。
なんといってもルクレツィアは輿入れに行くのだ。
新しい土地、新しい家族、そして、新しい婚約者。
想像するだけで楽しそうだ。
醜悪公のことも、愛で満たしてあげようではないか。ルクレツィアはそう考えていた。
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