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36 領内の隆盛


 父の死が報じられて最初の週末に、ルクレツィアは喪服を身にまとい、ラミリオに連れられて大聖堂に行った。


 献金を積んで特別席に通されたとき、先に来ていた人たちからかすかなため息が聞かれた。


 密やかなうわさ話が聞こえてくる。


「……パストーレ公よ」

「嘘でしょう、噂ではもっと……」

「見たもの、間違いないわ……」


 ルクレツィアは楽しくなって、ラミリオにひそひそとささやく。


「皆さん、驚いていらっしゃいますわ」

「聖堂では静かに」

「はい。でも、せっかくですから、皆さんに何かサービスしてはいかが?」

「なんだ、それ」

「手でも振ってさしあげたら皆さんきっと喜びましてよ」


 ラミリオは少し考えるように、無表情で黙り込んだ。


 朝日のたっぷり降り注ぐ聖堂の内部で、ルクレツィアは満足げに見上げる。


 ――やはりわたくしの旦那様が一番かっこいいわ。


 彼はチラチラと盗み見られている自分の立場を理解しているのだろうか。男ぶりのいい顔で、むっつりと黙り込んでいる表情からは窺えなかった。


 やがてラミリオは、すっとルクレツィアの手を引っ張りあげた。


 手袋越しに、手の甲にキスを落とす。


 悲鳴のようなため息が漏れて、何事かと聖堂中の注目が集まった。


「旦那様……今のは……?」

「知らん。君が何か芸でもしろと言ったんだろう。俺は従っただけだ。忠犬だからな」


 淡々と言われてしまって、ルクレツィアは、そうですか、としか返せなかった。


 ――もうすっかり自信もついてきたみたい。


 フードで必死に顔を隠そうとしていたころの面影は、どこにもなかった。


***


 ルクレツィアは父のために喪に服しながら、粛々と日記を書いていた。


 後世の人たちに読んでもらうためのものなのだから、なるべく時事ネタを入れて、楽しくというのがルクレツィアのモットーだった。


 テラスで熱心に書いていたら、すっと誰かの陰が差した。


「何を書いているんだい?」


 見上げなくてもラミリオだと分かったので、ルクレツィアは手を止めずに答える。


「ラミリオ様の一代記ですわ!」

「ええ……お、俺?」

「ラミリオ様がいかに素敵な方で領民から愛されていたかをみっちりと書き残しておきます! すると……百年後には、醜悪公なんてあだ名はどこかに消えてしまうのですわ!」


 ラミリオはふと表情をゆるめた。


「久しぶりに聞いたな、そのあだ名」

「まったく、どなたが言い出したのかしら。捕まえて罪を償わせたいくらいですわ!」


 書きながら力説していると、ふいにラミリオに抱き寄せられた。


「君ってやつは本当に……」


 ルクレツィアはドキドキしながら、少し困っていた。最近のラミリオは、しょっちゅう触れてこようとするのだ。


 初めて喪服を身にまとった日にも、何度もキスをされた。


「不謹慎かもしれないけど、あんまりにも可愛くて」


 ――そんな風に言われてしまっては、怒れなくなってしまうわ。


 以来、何かとラミリオはキスばかりしてくる。


 すっとうなじに手が回され、ルクレツィアはビクリとして目をつぶった。


 またキスをされてしまうのだろうかと思って身構えているところに、使用人のアンから声がかかった。


「奥様、お招きしていたお客様がお越しでございます」

「も、もう? 早かったのね」


 ぱっと離れつつ、チラリとラミリオを盗み見る。


 彼は真っ赤になっていた。きっとルクレツィアも同じように赤くなっているのだろう。


 客人は、大型の馬車で一家そろって来ていた。


 カッシア家はパストーレ公国の四つある州のうちの一つの長官を務めており、王国で言えば、いわゆる名門貴族にあたる人たちだ。


 ラミリオが後を継いだころにちょうど流行り病が流行していたこともあり、交流が途絶えていた家でもある。


 ルクレツィアは近頃、パストーレ公国内をまとめて統治するために、あちこちの有力な家と交流を深めているのだった。


「快気祝いの祝賀会以来ですわね、ごきげんよう」


 カッシア夫人にあいさつをもらい、ルクレツィアも来てくれてうれしいと伝えた。


「マルゲリータです! 呼んでいただけて光栄です、ルクレツィア様!」


 降りてきたまだ若い少女は、一家の長女だろう。感激したようにルクレツィアの手を取り、かたわらのラミリオに少し気まずそうな視線を向けた。


 ――あら? 何かしら、この空気。


 ラミリオも少しぎくしゃくしている。


 戸惑うルクレツィアの顔色を読んだのか、カッシア夫人がにこりとした。


「この娘はね、ラミリオ様の三番目の婚約者だったのよ」

「あらまあ……」


 ルクレツィアは茫洋とした瞳でマルゲリータを見て、うふふとほほ笑んだが、内心ちょっと焦っていた。


 ――六人いるとは聞いていたけれど、実際に会うとびっくりするわね。


「でもこの娘はねえ、ラミリオ様のお顔も拝見しないうちから大泣きして嫌がってしまって、本当に情けない子ですわ」

「まぁ……」

「快気祝いでは『あんなに顔がいいなんて聞いてない!』って喚いてそれはもうみっともなかったのですよ」

「お母様、やめて、すごく恥ずかしい……」


 マルゲリータは顔を真っ赤にして、手で覆ってしまった。


 それから、はっ! として、ぶんぶん首を振る。


「あ、あの、決して今も異存があるとかではありませんから。おふたりみたいに仲のいいカップルが誕生して本当によかったなって思ってますから!」

「不肖の娘ですが、どうぞよしなに」


 カッシア夫人はくすくす笑った。


 場所をテラスに移し、この日のために用意したお茶菓子を振る舞う。


 カッシア夫人は大いに喜んでくれ、ルクレツィアに言葉を尽くして感謝を伝えてくれた。


「本当にいいお嬢さんをおもらいになりましたねえ、パストーレ公閣下」


 ラミリオは、それはもう得意げな顔つきになった。


 そばで見ていたルクレツィアが恥ずかしくなるほど。


「マルゲリータ嬢に振られたときは死ぬかと思いましたが」

「ちょっと閣下、私たちそんな仲じゃなかったですよね!?」

「なにしろ俺は『人として無理』とまで言われましたんでね」

「うわ、しっかり恨んでる!」

「でもまあ、ルクレツィアが来てくれたので、最終的には生きながらえました」


 ルクレツィアはあっけにとられながら、やり取りを見守っていたが、ふと疑問が浮かんだ。


「……交流が途絶えていたとうかがっておりましたが……」

「ええ、閣下がずっと宮廷の催し物をなさらないので、そちらの行事では一度も交流をしておりませんが、細々と付き合いはあったのですよ」


 ほほほ、と笑うカッシア夫人。


「これからはルクレツィア様が宮廷行事を引き継いでくださるということで、わたくしたちも感謝しておりますのよ」

「お城の舞踏会とか、憧れちゃいますもんねえ! こないだの快気祝いのパーティも楽しかったなぁ!」


 無邪気に喜んでいるマルゲリータ。


 ラミリオはうさんくさいものを見る顔でマルゲリータを見ている。


 この分だと、本当に二人の間には何もなさそうだ。


 ――でも、ラミリオ様はちょっと引きずってらっしゃるのかしら?


 なんとなくモヤモヤするのは、どうしてなのだろう。


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