33 決着
なくなっているものをリストアップしている間に、ラミリオが戻ってきた。
「ただいま、思ったより元気そうだったよ」
ルクレツィアは全身から力が抜けた。
彼女の代理人がどうなったのか、気が気ではなかったのである。
「少しだけど会話ができた。賊はなぜか宝石を預け入れた貸金庫の書類を要求してきたので、渡してしまったと言っていたよ」
ルクレツィアは少し間抜けな顔になった。
何が狙いなのかと思いきや、よりによって貸金庫の証書とは。
「……ずいぶんと具体的な強盗ですのね。まるでうちに高価なジュエリーの証書があるとあらかじめ分かっていたかのような……」
「ああ。犯人がなんとなく分かる気がするよ。ところで、貸金庫はどこに? 今から手を回して間に合うかな?」
「イルミナティの王都ですわ」
ルクレツィアにつられて、ラミリオも間抜けな顔になる。
「なら、余裕で間に合うね。人間よりも、伝令の方が早いだろう」
「それがそうでもないのですわ。ライとの戦争中ですから……」
「あれ、こないだ港町を占領されたばっかりじゃなかったっけ?」
ルクレツィアは沈痛な面持ちで首を振った。
「現在はテルーニャだそうですわ」
「まだまだ遠いじゃないか」
「ところがそうでもないのですわ。テルーニャの大河川を越えたら、残りは舗装のきちんと整った大通りが何本も通っておりますから、王都まで馬で一気に強襲ができるのでございます」
ルクレツィアは元帥夫人として教育されたので、国内の地理は頭に入っている。
「わたくしならば、王都を一気に落として、講和で有利な条件を引き出しますわ」
「それってつまり……」
「伝令を飛ばしても、軍に阻まれて入れない可能性がありますわね。どさくさに紛れて取られてしまうかも……」
「どさくさに紛れて……ねえ」
ラミリオが意味ありげに繰り返した。
反射的にその意味を考えていたら、ラミリオがだしぬけに明るい声を出した。
「まあ、そういう事情なら仕方がないね。厄介払いできたと思えばいいじゃないか。俺が新しいものを買ってあげるよ。どのくらい取られたんだい?」
ルクレツィアは、無言でさらさらと数字を並べ、ざっと足して、概算を出した。
「……このくらいかしら」
ラミリオの顔が引きつる。
「君、とんでもないお金持ちだったんだね……」
「悔しいですけれど、命を落とす人が出なくてよろしゅうございました」
生きていれば、いずれお金は取り戻せる。
ラミリオは慰めるように、背中をぽんぽんと叩いてくれた。
「全部すぐにとはいかないけど、ひとつずつ作っていこう。さしあたって必要なのは、パレード用のジュエリー一式か」
ルクレツィアは嬉しくなって、ぱっと顔を輝かせた。
彼の中では、もうすでにそこまで検討してくれているのだ。
「ラミリオ様の家に代々伝わる品になるといいですわね」
「何を言ってる。君の家でもあるだろう」
ちょっとかっこつけたラミリオの言に、ルクレツィアはとびっきりの笑顔で応えた――つもりだったが、ラミリオにはビクリとされてしまった。
きっと陰鬱そうな目つきのせいで怯えさせてしまったのだろう。
ほんのりと悲しくなりつつ、ルクレツィアは幸せだった。
――宝石は取られてしまったけれど……
ルクレツィアは、一番欲しかったものが手に入った、と思った。
彼との出会いが、何よりの宝物だった。
……ぼんやりと、そんなことを考えていたせいなのだろう。
ラミリオに抱きしめられたとき、ルクレツィアは反応が遅れてしまった。
「……ラ、ラミリオ、様」
おっかなびっくり、小さな声で呼びかけてみると、ますますぎゅうっとされてしまった。
「苦情はきかない。俺たちは家族になるんだからな」
苦情というほどはっきり拒絶したかったわけではなかったが、それにしても人の目があるところでこうされるのは、ひたすらに恥ずかしい。
「君が無事でよかった。襲われたのが君だったら、と思うと、とても耐えられない」
ルクレツィアは頭まで茹だってしまって、もはや何も言えなくなり、そっと抱きしめ返した。
***
家に帰り着くと、アントニオ公子は忽然と姿を消していた。
書き置きの一つもない。
ローザすら置き去りにして、彼はどこに行ってしまったのだろう。ローザに聞いても、知らないと言う。
「パパが行方不明なの……?」
「ええ。わたくしの事務所から宝石の貸金庫の書類も持ち去られてしまったわ。お父様が犯人とは限らないけれど、関係あるとしたら、もうお戻りにならないでしょうね」
ローザはひどくショックを受けたようだった。
「……私は……?」
「あとで迎えに来て下さる予定なのかもしれないわ」
気休めだったが、ローザには見抜かれてしまったらしい。
妹は突然、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「……私、置いていかれたの……?」
泣き顔を見ていたら、ルクレツィアもさすがに他人事ではいられなくなった。
「お姉ちゃん、私、どうしよう……っ」
ローザはぐすぐすと泣いている。
――この子、まだ十六なのよね。
貴族の娘は親の庇護がなければ何もできない。父親から見放され、あてにできそうな結婚相手もいない今は、実質、路頭に迷ったと言ってもよかった。
行くあてもなく屋敷から放り出されるくらいなら、最低限の生活が保障されている分、修道院に入ったほうがまだましだろう。
「修道院に入るのなら、そのための頭金は用意するわ」
ルクレツィアが言うと、ローザは本格的に泣き喚き始めた。
「ごっ……ごめんなさい、お姉ちゃん、ごめんなさい……! 私、すごく馬鹿だった……! お願いだから、修道院に行けなんて言わないでえぇ……!」
妹はわんわん泣きながら必死に謝ってくる。
「私、お姉ちゃんが羨ましかったっ! だから馬鹿なことばっかり言っていたの……本当は悪いことだって知ってた……! 知ってたの……!」
ルクレツィアは何とも言えない気持ちで泣いている妹を見守った。
「これからはいい子にするからぁ……! 追い出さないでぇっ……!」
――困ったわね。
ルクレツィアだって聖女ではないので、妹にされたことに対してそれなりに恨みもある。
しかし、今のローザは、本当に他に行くあてもなく、すべてを失ってしまっているのだ。
ルクレツィアだって、私財を持つためにあたって、祖父や契約した代理人らから、色々と協力してもらった。ローザに、ルクレツィアと同じように私財を築けと言っても、それはかなり難しい。
「……それはわたくしではなく、ラミリオ様がお決めになることだわ。今のお詫びを、ラミリオ様にもちゃんと言えて?」
「言う……! 言えるよ、もちろん……!」
「分かったわ。大丈夫よ、ラミリオ様はわたくしを可愛がってくださっているから、わたくしからお願いすれば、きっといいように考えてくださるわ」
ローザは泣きながら、ルクレツィアにしがみついてきた。
――現金な子ね。ついこないだまで、あんなにわたくしを馬鹿にしていたのに。
仕方がないので、ルクレツィアはローザが泣き止むまで、頭を撫でてあげた。
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