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32 強奪


 彼はバタバタした足音とともに、十五分後に書斎に姿を現した。


 走ってきたのか、息が上がっている。


「待たせたかな」

「いいえ、少しも」


 言いながらハッとする。妹ならば、遅いと頬を膨らませるところだろう。


 妹はそれを可愛いと思っているのだ。


 ――あの子がそう思っているとしても、わたくしの可愛げの解釈はちょっと違うわ。


 聖典のちょっとした解釈の違いが深刻な派閥を生むように、ルクレツィアと妹も、可愛いの解釈では袂を分かった同士と言えよう。


 人にはくだらないことだと感じられるかもしれないが、ルクレツィアには重要な違いである。


「……でも、ラミリオ様と離れている間は、とても長く感じます」


 ルクレツィアがいつもの陰鬱そうな瞳で淡々と告げると、ラミリオはちゃんと喜んでくれた。


 鋭めの目元をへらりと崩して、照れ笑いを浮かべている。


「そうか、ごめんな、待たせて」

「いいのです。わたくしがワガママを申し上げたのですわ」

「いやあ、こんな可愛いワガママなら歓迎だよ」


『可愛い』という言質を早くも取った。


 ――さあ、どうなの?


 チラリとローザの様子を窺う。案の定、妹はぽーっと男前のラミリオに見惚れていた。


「何かあったのかい? 君があんなことを言うとは思わなかったよ」

「妹と、少し言い合いをしておりましたの。わたくしとローザと、ラミリオ様はどちらを可愛いと思うか、ですわ」


 話を聞きつけて、ローザがぐいっとラミリオに迫る。


「お姉ちゃんは顏が能面みたいじゃん。私もなかなか可愛いと思わない?」


 美しい緑の瞳で見上げるローザ。ちゃっかりラミリオに抱きついている。


 ――わが妹ながら、可愛いわ。


 ルクレツィアは腹立たしく思いながらも、そう判定した。


 しかしラミリオはとたんに険悪な顔つきになった。


「……あのな、何回も言ってるだろ。俺の婚約者はルクレツィアなんだ。君がルクレツィアをけなす態度、本当に可愛くない」


 すぱっと言い切ってくれて、ルクレツィアはうれしかった。


「君にとっては目の上のたんこぶなのかもしれないが、俺にとっては世界一可愛い嫁だ。美人で教養もある。君と比べることはしたくないが、これだけ言われても付き合ってあげている君の姉は相当に優しいよ」


 ラミリオはローザをやや乱暴に突き放した。


「いい加減にしないと、追い出すぞ」

「……またそんなこと言って」

「冗談じゃないからな」


 強い口調で、はっきりと分からせるように念押しするラミリオ。


「君がその態度を改めないなら、うちから出ていってもらう。俺の屋敷に、無礼な人間は必要ない」


 ローザは完全に黙ってしまった。


 ――これだけ言っても、分からないのがこの子よね。


 彼女のワガママに手を焼いてきたルクレツィアは、暗い気持ちでそう思った。


 ラミリオはローザを無視して、ルクレツィアに笑いかけた。


「ちょっと時間を作ったから、ふたりで話さないか? もちろん、何もしない」

「よろしいのですか?」

「ああ。俺も君のちょっと変わった話が聞きたかったんだ」

「変なことを申し上げていたつもりはないのですが……」

「君の話は興味深いよ。二階の窓から見える庭木にハチの巣ができた話は面白かった」

「あれは大変だったのですわ……窓を開けるたびに蜂が飛んできて……」


 ローザは子どもっぽく、ダン! と手近な本を叩いた。


 大きな音に驚いて見ると、貴重な本の背表紙が少しへこんでいた。


「ローザ、本は大切に」

「知らない!」


 ローザが書斎を出ていった。


 ルクレツィアは後を追おうとしたが、ラミリオに止められてしまった。


「放っておきなよ」

「でも……」

「妹だか何だか知らないけど、彼女の態度は客人なら二度と呼ばないような酷いものだ。反省の色が見られないなら本当に出て行ってもらう」

「……あの子には、どこにも行くあてなんてありませんわ」

「この屋敷の主人は俺だ。俺がそうすると言ったら、そうする」


 ルクレツィアは本格的に困ることになった。


 ――あの子に反省なんてきっと無理だわ。


 これまでルクレツィアが何度注意しても聞かなかったのだ。もう意地になっているとしか思えない。


 そのとき、またしてもバタバタと書斎に駆け込んでくる人がいた。


「ご歓談中に申し訳ありません。しかし、たった今、奥様の事務所に賊が押し入り、重要な証書を奪い取っていったと通報が……」


 ルクレツィアは絶句した。


 あれはルクレツィアにとって唯一の財産と言っていいものだった。


 現実感が湧かない。


 資産がなくなったら、どうなってしまうのだろう。


 小刻みに震えているルクレツィアに、ラミリオがいたわるように肩に手をかけてくれた。


「俺も行こう。馬車を出すよ」


***



 現場は凄惨を極めていた。


 ドアが壊され、ガラスが割られ、机や戸棚が荒らされている。


 代理人が刺されたらしく、搬送先の病院で生死不明の重傷だと言われ、ルクレツィアは目まいがした。


「なんてこと……」

「君は行かない方がいいな。ここで待っていてくれ。俺が見てくる」


 ルクレツィアは事務所の職員たちと現場の片づけをしながら、ラミリオの戻りを待った。


 ――どうしてうちが狙われたの? 現金やアクセサリーなんて置いていなかったのに。


 証券の類は、銀行に問い合わせればすぐに使えなくなる。事務所を襲うメリットなどなかったはずだ。


***


 ラミリオが病院に行くと、代理人はちょうど意識を回復したところだった。


「申し訳ありません、書類を何枚か渡してしまいました。しかし、すべての資産はルクレツィア様の祖父に当たる方の系列銀行で管理されておりますので、私の方から連絡をすれば、おじいさまの方で未然に引き出しを防いでいただけるものかと」

「やるねえ」


 思わずラミリオが言うと、彼は自分のしたことを誇るように、口を滑らせた。


「それに、王都はまもなくライ王国軍が侵入して、戦争になります。銀行がそのときもおじいさまの管理下にあるかは分かりませんが、万が一ライに差し押さえられるようなことになれば、のこのこと引き出しにいった者は……」


 ラミリオは笑ってしまった。


「命がないかもしれないな」

「はい。もっと早くにこちらへ移していればよかったですが」


 ラミリオは強盗の無事を願うほど人間はできていない。

 自業自得だと思うことにした。


「いいや、かえってよかったんじゃないか? 邪魔者がいなくなる」


 代理人は笑った拍子に傷に触ったらしく、顔をしかめていた。


「……私もそう思います」

「そうだよ。君はよくやってくれた」


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