31 強気な彼女
ルクレツィアにあてがわれた一室で、ローザは、話があるからといって二人きりになることを希望した。
「お姉ちゃん、私ラミリオ様と結婚したい」
――いつか言うんじゃないかと思っていたわ。
嫌な気持ちになっているルクレツィアに構わず、ローザはまくしたてる。
「お姉ちゃんはたくさんお金を持ってるから、結婚しなくても生きていけるでしょ? でも、私、もう行くところないんだよ。イルミナティの爵位はなくなっちゃったし、パパにも持参金は用意できないみたいだし……」
ルクレツィアはげっそりしながら聞く。
「ファルコ様は?」
「親と一緒に行方不明、お姉ちゃんも知ってるでしょ。指名手配されてるんだから、婚約なんてもう無効だよ」
確かに、今の状態でファルコが婚約を言ってきても、まず問題にはならない。
しかし、ルクレツィアはそういうことが聞きたいのではなかった。
「あなた、ファルコ様のことが好きだったのではないの?」
「女グセ悪すぎだもん、もう冷めたよ。私がいるのに他の人に手を出すなんて信じられないよ」
ルクレツィアは自然と目が細まった。
「……わたくしと婚約中のファルコ様に手を出したのがあなたよ。もう忘れたの?」
「それは好き合ってたらしょうがないでしょ? お姉ちゃんは可愛げがないんだし。ラミリオ様だって、お姉ちゃんより私の方がいいに決まってるよ」
ルクレツィアはここ数日のラミリオの言動を思い出してみた。
好きな女性のタイプはどんな人か、と聞く妹に。
『俺はしっかりしている子が好きなんだ。家政も任せられるような』
『銀髪の子も好きだね。一見何を考えているのか分からない子の方が、中身を知ってみようと言う気になるから好きだよ』
どう聞いてもルクレツィアの方が当てはまる特徴を聞いて、ローザはこともなげに答えたのだ。
『そうなんだ。じゃあ私もそうなれるようがんばるね』
ルクレツィアにはもはやローザの考えていることがよく分からなかった。
――可愛い言動というのは、もしかしてああいうのを言うのかしら。
分からない。あれは可愛いのだろうか。
婚約中の男女の間に割って入って、『私を見て』といわんばかりに振る舞うのは、それだけで可愛くない。そう思うのは、ルクレツィアだけなのだろうか。
「……ラミリオ様がどうお思いかは分からないけれど」
ルクレツィアは少し腹を立てながら言う。
「あなたはわたくしに可愛げがないから自分の方がいいと思っているのね?」
「うん。そうでしょ? お姉ちゃんのこと好きになる人なんていないよ」
ルクレツィアはむうっと唇を曲げ、決めた。
「では、わたくしが可愛くなればいいのね?」
「え?」
「わたくしが可愛くなって、ラミリオ様に気に入っていただいたら、あなたは納得して引き下がるのね?」
ローザは困惑している。
「いや、えーっと……そういうことじゃなくて」
「じゃあ、何だと言うの? あなたは何を根拠に、わたくしよりも自分の方が可愛いと思い込んでいるの? わたくしだって、」
そう。ローザは大きな勘違いをしている。
ルクレツィアは陰気な瞳をローザに向けて、きっぱり言う。
「わたくしだって、その気になれば可愛くなれるわ」
ローザはそれを聞いて目を丸くし、直後、大笑いし始めた。
「あははははは! そう、可愛くなれるんだぁ! よかったねえ! へえ、じゃあやってみればぁ?」
こんな傑作はないと言わんばかりに笑い続けるローザに、ルクレツィアは澄まして言う。
「その代わり、ラミリオ様がわたくしのことをちゃんと可愛いと思ってくださっていることが分かったら、二度と婚約者を譲ってほしいなんて言わないでちょうだいね」
「いいよ? やれるもんならやってみて」
ローザとルクレツィアは、揃ってラミリオを訪ねることにした。
***
ラミリオは誰かと謁見の最中だったらしく、人を待たせていることを仕草で示しつつ、二人に小声で「どうしたの?」と聞いた。
ローザがニヤニヤしながらルクレツィアをつついた。
「お姉ちゃんが、どうしても大事な用があるんだってさ。ほら」
ルクレツィアは相変わらず光のない瞳で、ふるふると首を振る。
――この陰気な顔つきはどうしようもないわね。
顔がダメなら、心を込めた言葉だ。
ルクレツィアはあくまでも前向きだった。
「そのつもりだったけれど、お忙しいようでしたら、今は結構ですわ」
ルクレツィアはじっとラミリオを見つめる。言葉に込めた心が伝わるように。
「書斎でお待ちしております」
「分かった。終わったらすぐ行くよ」
ルクレツィアはすっとラミリオの手を取った。
この間、プロポーズのときにこうして手を握ってもらったのを、ルクレツィアは忘れていなかった。
「? どうし――」
「いつまでもお待ちしております」
「!?」
ラミリオはビクリとした。
――いけない、脅かしてしまったわ。
かわいげのある態度のつもりだったのに。
ルクレツィアは挽回しようと思い、さらに口を開く。
「ラミリオ様とお話したくてたまらないのです」
――ただのお喋り好きみたいになってしまったわ。
ルクレツィアはこう見えてお喋りである。お話をしたいと言うことで好意を伝えたかったのだが、本当にこれでよかったのだろうか。
ルクレツィアは冷や汗をかきはじめた。
「旦那様のおそばにいるときが一番楽しいので」
ダメ押しをして、ルクレツィアは言葉が尽きた。
もはやじっと見つめる以外にできることがない。
「え、あ、う、うん……わ、分かった」
ラミリオは目を泳がせていたが、ルクレツィアの手を引くと、そこにちゅっとキスをしてくれた。
「十分で終わらせる。すぐに行くよ」
――そんなに急がなくても。
とルクレツィアが声をかける間もなく、ラミリオはさっと謁見の間に戻っていった。
ローザがあっけにとられたようにルクレツィアを見ている。
ルクレツィアはちょっと得意になって、どうだ、というように妹を見た。
「さ、参りましょ」
書斎でラミリオが来るのを待ち、また見せつけてやればいい。
ルクレツィアは強気な女だった。
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