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29 予期せぬ再会


 ルクレツィアが夕食に顔を出すと、ラミリオに出迎えられた。


「やあ。体調は大丈夫そうか?」

「え、ええ。暑気に当てられてしまったみたいですわ。もう何ともありません」


 ラミリオがよかったと呟き、柔和に微笑む。


 これまで眼鏡の奥に隠されていた表情の変化が、はっきり分かるようになっていた。


 だからだろうか、ルクレツィアはなんだか調子が狂ってしまうのだ。


 緊張しながら席に着いたが、食欲は湧いてこない。水の入ったグラスに手を伸ばす。


「明日は夜が明けたら屋敷を出て、この国で一番大きな聖堂に行く。早めに寝ておいてほしい」


 とんでもない宣言を食らってしまい、ルクレツィアは水を吹き出しそうになった。


「とりあえずの式だから、服はいつものドレスでいい。冬のイベントラッシュに合わせてパレードでもしよう。そのときは大国の王妃よりも派手な婚礼衣装を作らせるつもりだ。ちょうど素晴らしい布と貴石が港町から入ってきたところで……」


 ルクレツィアは、ラミリオが壮大な婚礼衣装の構想をとうとうとよどみなく語るのを、頭まっしろ状態で聞き流した。


「……という感じなんだ。きっと君に似合う」


 サラリと言い、微笑むラミリオ。


 ルクレツィアは圧倒されっぱなしだった。


 ――旦那様、もっと気弱で遠慮がちな方だと思っていたのに……


 結婚を推し進める今となっては、人が変わったのかと思うような強引さだ。


 ――わたくしは、諫めなければならないわ。でも……


 どうしても強く出られないのは、心のどこかで喜んでしまっているからなのだった。


 ラミリオから熱心に口説いてもらっているような感すらあって、ドキドキしてしまう。


 人に頼られるのが大好きなのに婚約者や父親からは冷遇され、いまいち報われてこなかったルクレツィアには、少々刺激が強すぎた。


「今日明日で屋敷に人を招いて披露宴をするのはちょっと難しいから、聖堂で大勢の人間の前で誓いを立てることで代わりとする。うちの公証人には結婚の証書も作ってもらっているから、明日の朝、出発する前にサインをしていってくれ。それと……」


 流れるように進む段取りに、ルクレツィアはうっすら感動した。


 ――ラミリオ様、わたくしが思っていたより仕事の手際がいいわ。


 彼女の家だと、たいていの面倒事はルクレツィアが手配していた。先ごろの快気祝いパーティもほぼルクレツィアが勝手に進めてしまったので、ラミリオがどういう仕事をする人なのか、知らずに来ていたのである。


 ――面倒くさいことは万事わたくしが取り組まなければ進まないと思っていたけれど……


 勝手に進めてくれる人がいるって、なんて素敵なことなのだろう。


 普段からやっているだけに、ラミリオが無茶を強行しようとして、どれほど苦労しているのかも、ルクレツィアには手に取るように分かった。


 ――こ、ここまで色々してもらって、わたくしの気分で「やっぱり嫌」などといって中断させるのは、良心がとがめるわ……


 せっかく段取りをつけたことを、個人のワガママでぶち壊しにされると、本当に大変なのだ。


 妹のローザと父親がワガママだった分、ルクレツィアはラミリオの苦労が身につまされた。


「……という感じだ。分からないところはあったか?」


 ルクレツィアはすでに止める気がなくなっていた。


 ――いいんじゃないかしら? 別に問題ない気がしてきたわ。たかが結婚式じゃないの。大切なのは、愛があるかどうかよね。


 こんなに望んでくれているのだから、きっとラミリオは大切にしてくれるだろう。


 そう思うと、ルクレツィアを戒める天使の声もどこかに消えた。


 ――ごめんなさい、ローザ。わたくし、あなたのこと愚かな子だと思っていたけれど、もう笑えないわ。


 今のルクレツィアも、頭に花が咲いている。


 ルクレツィアのどんよりした瞳も、今はちょっとだけ輝いていることだろう。


「いいえ。とても楽しみですわ」


 ――ああ、なんて愚かなの。でも……楽しいわ!


 内心きゃあきゃあはしゃぎつつ、ルクレツィアは素知らぬ顔でパンを食べた。


***


 ルクレツィアは翌朝、差し出された書類に言われるままサインをした。


 結婚の第一段階クリアだ。


「さあ、行こう」


 てきぱきとしたラミリオに手を取られて、馬車に乗り込んだ。


 必要に応じてそうしただけ、という、さっぱりした身のこなしだったのに、ルクレツィアは触れられるのがとても恥ずかしくて、緊張して仕方なかった。


 隣り合って座るのが何だか照れくさい。


 ラミリオはルクレツィアが黙りきりなのを気にして、何かとよく喋ってくれた。


「ちゃんと眠れたかい?」

「あんまり……」

「もう少しの辛抱だ。誓いの儀式が終わったら、君は正式に俺の妻となる。帰ったらよく寝るといい」


 ――つ、妻だなんて、そんな。


 心の準備が全然できていない。


 そこでルクレツィアは、見落としていたが非常に重要な事実にはたと気づいた。


 ――……わたくし、今日から旦那様と一緒に寝泊まりするのかしら?


 常識で考れば、妻なのだから、そうなのだろう。


 ルクレツィアは一気にのぼせあがってしまって、まともにラミリオの顔が見られなくなった。


 会話もうまく流れず、上の空で、あっという間に馬車は到着した。


 パストーレ公国一という聖堂は、自然光をふんだんに取り入れる作りになっているのか、内部は眩しいくらいに明るかった。


 ――すごいわ、天井いっぱいに天使の絵が。


 美しいフレスコ画に見惚れているうちに、儀式はつつがなく進み、誓いを求められた。


「……わたくしは、生涯ラミリオ様と愛し合うことを、誓います」


 宣誓と一緒に、口づけを交わすように促される。


 心臓が壊れそうなくらいドキドキしているルクレツィアに、ラミリオはそっと寄り添い、優しく口づけを落としてくれた。


 ――誓いの成立を祝って鐘が鳴り、外に出た瞬間、周りに居合わせた人たちから口々にお祝いの言葉をもらう。


「結婚式だったのかい?」

「はい。ありがとうございます――」


 ルクレツィアは、振り返った先にいた男性に、目が釘付けになった。


 この数か月で少しやつれていたが、それは紛れもなく、見知った人物だったからだ。


「ちょっとお姉ちゃん、その人誰なの!?」


 妹のローザが大声で詰め寄ってくる。


 さっとルクレツィアを抱き寄せ、守ってくれたのは、隣のラミリオだった。


「……私の妻に何か御用でしょうか?」


 どこか挑戦的なラミリオに、その男性は、ニヤリと傲慢な笑みを浮かべた。


「悪いが、結婚は認めてやれんな。何しろこの子は、私の娘だ。『醜悪公』――ラミリオ・パストーレ」

「……なるほど。あなたがルクレツィアの御尊父、アントニオ公子」


 緊迫したやり取りに、明るい妹の声が場違いに割り込む。


「ねえ、ちょっと、この人のどこが醜悪公なの!? すっごくカッコいいんだけど!」

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