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26 逃亡者の末路と宝石の正体


 彼女ならば元帥夫妻が不在のときにどうすればいいのか、事前に教えられていただろう。ライの大使館にも不用意に近づかなかったはずだ。


 ――馬鹿なローザに騙されたせいで、酷い目に遭った。


 彼は自分のしたことはさほど反省していなかったが、ローザのことは恨んでいた。だって、男なら、美人とお近づきになりたいのは当然ではないか。皇太子だって、ローザが馬鹿なことを言いまくらなければあんなに怒ったりはしなかっただろう。


 いつしかファルコは、淡い期待を抱くようになっていった。


 ――ルクレツィアのところに行ったら、匿ってもらえるかなぁ。


 許してくれと言ったら、案外聞いてくれそうな気がする。彼女はいつだってそうだった。ローザとの浮気にも目をつぶってくれていた。


 それに彼女は、醜悪公と名高い男と無理やり結婚させられたと聞く。


 ファルコが訪れれば、意外と喜んでもらえるのではないか、という想像は、きつい環境での潜伏活動に耐える彼を慰めてくれた。


 ――なんとかお金を貯めて、偽造の旅券を手に入れよう。国境を越えて、ルクレツィアに会いにいくんだ。


 その思いだけが、ファルコを支えてくれていた。


 しかし、今日手に入れた新聞は――


『もう醜悪公と呼ぶことはできないだろう。彼は、パーティに現れるやいなや、端整な顔立ちで紳士淑女のみならず、多数の多感なご令嬢をもすっかり魅了した。彼の紳士的な態度や生き生きとした瞳、優美な話しぶりに、かつての面影はまったくなかった』


「嘘だ。嘘だ……」


 頭の中で嵐が鳴る。ルクレツィアは、醜悪な男と結婚させられて、失意のうちに暮らしているはずだった。


 ファルコとの再会で、喜ばせてやれるはずだったのだ。


 新聞は綴る。


『彼を真の姿に戻したのは、ひとりの可憐な娘のひたむきな愛である。美しい少女はイルミナティの王家の血を引いているらしい』


 誰のことだとファルコは言いたかった。


 地味で、退屈で、笑わない娘。


 暗くどんよりした瞳でいつもファルコを無表情に見ていた白髪令嬢。それがルクレツィアではなかったのか。


 彼女の隠れた美しさはファルコだけが知っていればよかった。


 彼女の献身的な性格も。


 全部ファルコのものだった。


 それなのに。


 ファルコは破れかぶれの気持ちで、港をさまよった。


 唯一の拠り所だったルクレツィアまでが遠くなってしまったのだ。


 彼はもう一生、お尋ね者として、日雇い労働者に身をやつして生きていくしかないのだろうか?


 過酷な労働がこれからも続くのだと知り、ファルコの中で、何かが音を立てて壊れた。


***


「ラミリオ様。不審な物乞いが、門前で暴れていたということでした。自分をイルミナティの元帥子息、ファルコと名乗っているようです」


 ラミリオは書き物の手を止めずに聞き流していたが、不審者の名前を聞いて、立ち上がった。


「……本当にファルコと名乗ったのか? ルクレツィアに会わせろと?」

「ええ。先ほど剣で脅して追い返しましたが、念のためお耳に入れておこうと思いまして」


 それがルクレツィアの元婚約者の名前だということは、ラミリオも知っていた。イルミナティの政情について知らせるついでに、彼女が言っていたのだ。


 ――ファルコ様、ご無事だといいのですけれど。


 ラミリオは何とも言えない胸のムカつきを覚えたのを覚えている。


 だって、彼女は妹と二股をかけられていたのではなかったか? それなのになぜ心配などしてやるのだろう。


 聖典にもあるではないか、『妻の妹と一緒に寝る人間は呪われる』と。


 浮気も許されることではないが、義理の兄弟姉妹が相手なのはさらに罪が重い。


「領内をうろつかれると厄介だな」


 ルクレツィアに危害を加えるおそれがある。


「見つけ出して捕らえろ。両親のところにでも送り返せ。……なんだ、俺の決定に何か不満でもあるのか?」


 ボスコがためらいがちに聞いてくる。


「しかし……ルクレツィア様も同じご意見でしょうか」


 彼女ならば、ファルコを助けてほしいと言うだろう。


 分かりきっていたので、ラミリオは即座に決定を下す。


「あの子には聞かなくていい。何も知らせるな」


 ボスコは今度こそ引き下がり、退室していった。


 後日、このときの処断により、イルミナティの政情はさらに悪化した。


 元帥夫妻が息子の身柄を匿っていた罪を問われ、職を辞任させられたのである。


 元帥夫妻はファルコを連れてともに国外へ逃亡。以降、行方は分かっていない。


 絶好の好機に、ライ王国は動いた。


 イルミナティとの開戦を宣言したのである。


***


 ときはイルミナティとライの開戦より少し前にさかのぼる。


 ローザと、彼女の父親であるアントニオ公子もまた、『美女と野獣』と大きく見出しされた新聞を目にした。


「お姉ちゃんが美女だって。バッカみたい」


 ローザは鼻で笑い飛ばした。


「おおかた新聞記者に金でも積んで書かせたんだろう。卑しい成金の考えそうなことだ」


 父親も一笑に付し、馬車の窓から新聞を投げ捨てる。


「それで、パパ、これからどうするの?」

「まずは金だな。ルクレツィアが置いていった宝石があるだろう。売れば一生遊んで暮らすのに困らないはずだ」

「売っちゃうのかぁ……」


 少しもったいない気がしてローザが渋ると、父親は笑った。


「どこかでいい男を見つけて嫁げば、すぐに戻ってくるさ」

「そうだよね」


 何しろローザは王都でも『つぼみ姫』と言われたくらいなのだから、田舎にいけばさぞ喜ばれることだろう。


 立派な質屋を訪ね、ローザたちは、姉からせしめた宝飾品百点あまりをカウンターに持っていった。


 質屋の主人は、片眼鏡の瞳を凝らし、しばらく宝飾品を見定めていた。


「とても良質な、模造品ペーストジュエリーですな」


 ローザと父親は、驚愕する。


「そんなはずはない! 納品のときの証書だってここに」

「いや、ガラスですよ。実に精巧ですがね。これなら王が身に着けていてもイミテーションとバレやしないでしょう。ですが、宝石としての価値はございません。すべて合わせて、金貨十枚ほどでよければお貸しできますが」


 金貨入りの袋は、悲しいくらい軽かった。


 ローザと父親は金貨十枚を手に、路頭に迷うことになった。


「ちょっとパパ、話が違うよ!?」

「そんなはずはない! 確かにあいつは本物の宝石を持っていたはずなんだ! あれの祖父が世界的な宝石職人に依頼して作らせたものが……!」


 ローザは姉が出発した時の態度を思い出していた。


 ――どうぞ。大事に使ってね。


 あんなに余裕だったのは、きっと実家に置いてあるのが模造品ばかりだと知っていたからなのだろう。


「お姉ちゃん、たぶん、ニセモノしか置いてないの、最初から知ってたんだよね……」

「そうだろうな。あいつの財産を管理している代理人にでも預けてあるんだろう。忌々しい」

「てことは、お姉ちゃんのところに行けば本物があるってことだよね?」

「ああ」


 ローザはニヤリとした。


「ねえ、パパ。ちまたで噂の『美女と野獣』を見にいかない?」

「門前払いを食らうだけだろう。……いや、しかし、待てよ?」


 アントニオ公子は、あることを閃いた。


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