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25 新聞記者と取材


 幸い、ラミリオの発言は微笑ましいものとして受け止められたようだ。


 紳士たちは笑いを堪えながら、口々に婚約を寿いで、「では、あとはお若いふたりでごゆっくり」と言い残し、去っていった。


 うらやましそうに美男子のラミリオを見つめているご令嬢たちも、思い思いに父親に諭されて、どこかに散っていく。


「旦那様……」

「分かっている、責めないでくれ。今自己嫌悪で死にそうなんだ」

「いえ、そうではありません」


 うれしかったのだ。


 ルクレツィアはこれでも元帥夫人として、国際関係の調整役になることを期待され、教育を施されてきた。


 イルミナティにいたころなら、『なんて失態だ』と、苦々しく思っていたことだろう。


 なのに――


「ラミリオ様、ずっと婚約を嫌がっていらっしゃったのに」

「そりゃ嫌だよ。君みたいに可愛い子、どう接したらいいのか分かりゃしない。気持ちが落ち着かないからいつもみたいに振る舞えないし、本当にどうすりゃいいんだよ?」

「わたくしに言われましても」


 めちゃくちゃなラミリオの発言に、ルクレツィアは笑ってしまった。


 モヤモヤとずっと感じていたことが、心の中で明確な言葉となって浮かび上がる。


 ――この方、わたくしがいなければダメなんだわ!


 ルクレツィアはそういうのに弱かった。


 かつてはファルコの嫁として、『君が支えてくれなければダメなんだ』と彼の両親に口説き落とされた。


 ルクレツィアの祖父や父親、義理の母親も、プライドは高いのに家政のこととなるとてんで無能で、いつの間にか『わたくしがしっかりしなきゃダメ』と思うようになっていた。


 ――うれしいわ。わたくしの腕の見せ所なのね。


 苦境に立てば立つほど燃えるのがルクレツィアだ。


 しかも相手がちっともかわいげのない父親などではなく、美男子でチャーミングなラミリオとなれば、気合も入る。


「ご回復おめでとうございます。経緯について、お話を聞かせていただけませんか」


 ――来たわね。


 貴族たちが去っていって、頃合いとみたのだろう。


 事前に呼んでおいた新聞記者たちが、ラミリオのところに集まってきた。


「もちろんですわ。あちらでゆっくり食事でも摂りながらお話しいたしましょう」


 ルクレツィアは全員を連れて、別室に移った。


 彼らにだけ出す特別な料理でたっぷりと気持ちをほぐしてから、大衆受けしそうな美談を脚色も交えて語った。


「旦那様はとても信仰が篤く、節度ある毎日をお過ごしでした。食事の戒律をお守りになるのはもちろんのこと、貴族につきものの贅沢などもほとんどなさらず、たいへん徳の高い修道士様のようにお暮らしでいらっしゃいました。おそらくその素晴らしい心がけが神様の目に留まったのではないでしょうか。旦那様のお目はみるみるうちによくなっていったのでございます……」

「いや、これはルクレツィアが薬草で」

「祈りが神に届いた! のですわよね! 旦那様!」

「……はい」


 ルクレツィアが怪しい薬草で治療したなどということはもちろん言わない。大衆はまだまだ迷信深く、聖職者以外が医療行為をすることをよく思わないのだ。


 いらぬ勘繰りをされるようなネタなど提供してやるつもりはなかった。


 ――旦那様はきっと素直すぎるのね。


 どのような受け答えをすれば、民衆の印象がよくなるか。あるいは文士を黙らせるにはどうすればいいのか。


 知らなかったから、食い物にされてきたのだろう。


「わたくしの祖父はイルミナティの先代王弟だったの。祖父がいつも食べていた稀少な貝を召し上がって。このシャンパンも本来であれば王室にしか卸さない貴重なものなのだけれど……あら、お気に召していただけて光栄ですわ。よろしければ、お土産に一本お持ちになって」


 ルクレツィアは密室で、彼らを貴族以上にもてなした。


 彼らの馬車が朝日に照らされながら帰路につく。


 見送って、ラミリオはぼそりと言った。


「……あいつら、今度は何を書いてくるだろうな」

「きっといいことを書いてくださいますわ」

「どうだかな」


 これまでひどいことを書かれすぎたせいか、すっかり不信のとりこらしい。


「俺はともかく、ルクレツィアのことまで悪しざまに書くようなら今度こそ処分してやる」


 不穏な発言。ルクレツィアは本来諫めなければならない立場だ。


 しかし彼女は不覚にもときめいてしまった。


 ラミリオは応対疲れと寝不足もあいまってか、据わった目つきをしていたが、そんな表情もまたルクレツィアの目には魅力的に映った。


「旦那様……」


 言葉が出てこない。こんなとき、何を伝えればいいのかは、ルクレツィアも知らなかった。白髪令嬢と呼ばれ、結婚したくない相手、薄気味の悪い娘、何を考えているのか分からない暗い目つき、種々様々に嘲られてきたから、大切にされるとどんな顔をしていいのか分からなくなってしまう。


 ラミリオが熱心に見上げているルクレツィアに気づき、見返してくる。


 きれいな琥珀色の瞳を発見して、ルクレツィアの心音はまたひとつ大きく跳ねた。


 それは服用していた薬の作用で、脱色してしまったために起きた色合いの変化だった。


 ――わたくしとおそろい。


 そんなささいなことが、やけに嬉しく感じる。


 もっと見つめ合っていたかったのに、ラミリオはふいっと顔を背けてしまった。


***


”美女と野獣。醜悪公、愛の力で元の姿を取り戻す”


 新聞に、寄り添い合う美男美女のイラストが大きく載っている。


 ファルコはカフェでこそこそと食事を摂っていたが、隣の人が広げる新聞に大きくその見出しが出ているのに気づいて、固まった。


 銅版画の美しい女性に釘付けになる。


 ――ルクレツィアじゃないか!


 ファルコは急いで新聞を自分でも買い求めた。


 ――どういうことだ!? 彼女は醜悪公のところに嫁がされて不幸になっているんじゃなかったのか!?


 新聞を持つ手が震える。ひどく裏切られた思いだった。


 内容を読み切ったあと、ファルコはびっしりと冷や汗をかいていた。


 ……彼は現在、逃亡中の身だ。資金がないので日雇い労働に身をやつし、労働者に紛れて暮らしている。


 きつい重労働。

 劣悪な住まい。

 食事だけで消え失せる日々の銅銭。


 貴族のファルコには耐えがたい苦労の連続だったが、幸い身体だけは鍛えていたので、港町での荷物運びなどの単純労働であればすぐにできた。


 土地柄か、噂話は嫌でも聞こえてくる。


 元帥夫妻――つまりファルコの両親はあのあとすぐにイルミナティに戻り、必死にファルコの助命嘆願をしてくれているらしい。


 しかしライ国との緊張状態は抜き差しならないところまで来ているらしく、なかなか取り消してはもらえない。


 ここに来て、ファルコは激しく後悔していた。


 ――ルクレツィアと婚約を続けてれば、こんなことにはならなかったのになぁ。


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