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22 プロポーズと死罪


「申し訳なかった」


 ラミリオは宣言通り、ちゃんとルクレツィアに謝ってくれた。


 ルクレツィアは別にもう怒っていなかったが、ちょっといい椅子に気取って腰かけ、足を組み、ラミリオが床に頭をこすりつけて謝罪するのを見下ろしていた。


「遺産目当てだなんて、とんだ失礼を申し上げた。君は恩人だ」


 平謝りのラミリオ。


 ルクレツィアは女王のように見下ろしながら、ちょっと楽しいと思っていた。


「いいんですのよ、旦那様。顔をお上げになって? 婚約披露のパーティは、盛大にしましょうね」


 ラミリオはうぐっと喉を詰まらせた。


 その様子に、ルクレツィアは不安を覚える。


「……だめ?」


 子どもがだだをこねるように、小さく尋ねると、ラミリオはやぶれかぶれといった調子で頭をかきむしった。


「あーもう、分かったよ! せっかく君のためを思って王都に帰れと言ってあげていたのに、こんなところに骨を埋めたいなんて、本当に馬鹿だな、君は!」

「閣下」


 ボスコがすかさず話に割り込んでくる。


「閣下。もう一度謝った方がよろしいかと」


 ルクレツィアはぷくっと頬をふくらませた。


「馬鹿だなんて、失礼しちゃいます」


 ラミリオはすべての動作をやめて、神妙な顔つきになった。


「……すまない。馬鹿は俺だ。俺はただ、自信がないだけなんだ」


 ルクレツィアは、可愛い、と思ってしまった。


 ――ホント、この方、感情が豊かでいらっしゃるわ。


 彼は屈託なく喜怒哀楽を表現し、くるくると表情が変わる。面白いが、たまにこうして真顔に戻られると、ルクレツィアは目のやり場に困ってしまう。


 ラミリオは男ぶりのいい美男子に変貌しつつあった。


 自分の手でまともに食事を摂れるようになったおかげで、ラミリオの肌はすっかり健康な色つやを取り戻し、骸骨のようだった頬に瑞々しいハリと肉づきがつき始めている。


 飢えたワシのようだった鋭い目つきも、すっかり柔らかくなった。


 そして何より、瞳の金色だ。


 この色の変化が、ラミリオの貴公子らしいお行儀がよくちょっとシャイな性格によく合っていて、かえって魅力が増したようにも思われた。


 彼の姿を見慣れているはずのボスコでさえもときどき「……どなた?」と冗談を飛ばすほどだ。


「……自信なんて、すぐについてまいりますわ」


 ルクレツィアはラミリオの魅力的な顔立ちを見ながら言った。


「ねえ、新聞記者を呼びつけて、ラミリオ様に新しいあだ名をつけるように言いましょうよ。ラミリオ美公、なんてどうかしら?」

「そんな恥ずかしいことできるわけないだろ」

「ではやはり、パーティをするしかありませんわ。これまで旦那様を怪物だと嘲笑ったすべての方をお招きして」


 ――想像するだけで楽しいわ。


 きっと誰もが驚くだろう。


「旦那様のことを醜悪公だとあだ名して笑った者たちの前で微笑んでやりましょう」


 ラミリオはぽりぽりと頭をかいていたが、やがて何か決意を固めたように、まっすぐにルクレツィアを見た。


 美形の貴公子の視線をもろに浴びてしまったルクレツィアは、少したじろいだ。


 ――何かしら?


「ルクレツィア。パーティに際して、君に贈り物をしたい。頭の先から、爪先まで、一式揃えさせてくれ」

「まあ……それはありがとうございます」


 ラミリオには誤解されているようだが、ルクレツィアは別にお金には困っていない。説明しようか迷っていたら、先に顔を真っ赤にしたラミリオが口を開いた。


「綺麗な妻を迎えられたんだと、みんなに自慢してやりたいんだ」


 ルクレツィアは両手で口を覆った。


 うれしくて涙が出そうになる。


「ええ、ええ! 旦那様、もちろんですわ!」

「じゃ、じゃあ……詳細は、またあとで」


 感激したルクレツィアから視線をそらし、ラミリオがそそくさと逃げていく。


 ――照れ屋さん!


 ルクレツィアはちょっともどかしくなったが、それ以上に、ラミリオが可愛いと思えてならなかった。


***


 ある日、ファルコは、家に押しかけてきた衛兵に、身柄を拘束されることになった。


「な……なんだ、あんたら!? 何をする!?」

「来い! ぐずぐずするな!」


 ファルコは罪人のように縄を打たれて、馬車に押し込まれた。


 何が起きたのか分からず、戸惑うファルコを乗せて、馬車は王宮に急行した。


 衛兵に引きずられてやってきたのは、王の部屋の、さらに奥。


 もっとも親しい人間しか立ち入りが許されない、王の寝室部分だった。


 ファルコは縄を打たれた姿で跪かされ、王に謁見することになった。


「やってくれたな」


 王が傲岸に見下ろしながら言う。


「そなた、わしの友人の妹に手をつけたというのはまことか?」


 王の後ろに立っていた人物を見て、ファルコは目を見開いた。黒い髪で、不遜な薄笑いを浮かべた異国の貴公子。


「……ライシュ皇太子殿下」


 ライの大使館に遊びに行ったときのことが蘇る。


 確かにあのとき、ファルコはライシュの妹・ライジャとお近づきになり、楽しい一夜を過ごした。


「彼はそなたの首を所望しておる」


 ファルコは全身の血の気が引いた。


「く、首……!? な、なぜでございます!」

「知らんのか?」


 王は淡々と述べる。


「ライ国では、結婚の前に貞操を奪うのは死罪。親族の男は、一族の名誉にかけて、何がなんでも相手を殺す。例外はない」

「そ、そんな、馬鹿な……そんなこと、俺は、聞いてません」

「言わずと知れたことだ、痴れ者が!」


 一喝に込められた王威に、ファルコは縮みあがった。


 王は、はぁ、とため息をついた。


「わしとしてはファルコを差し出して手打ちとしたい。ライと剣を交えるなど愚の骨頂。われらの友情がこんなことで終わるなどと思いたくはない」


 ――嘘だろ……見捨てるのか!?


 ファルコはパニックになりかけた。


「た……助けてください、殿下! お、俺は本当に知らなかったんです!」


 ライシュはせせら笑っている。


「『知らなかった』『勉強中だった』……君たちはそればかりだな。私は怒っているんだよ、ファルコ殿」

「どのような償いでもいたします!」

「では、死んで償え」


 皇太子はすらりと剣を引き抜いた。


 ファルコはドッドッと早鐘を打つ心臓を抑え、王とライシュをすばやく交互に見た。


 ――王の御前で帯剣を許されている……ということは……


 ファルコをこの場で斬ることも、王は了承済みだということなのだろう。


「う……うわあああ~っ!」


 ファルコは無我夢中になって避けた。


 ライシュの剣が偶然ファルコの縄に当たり、すっぱりと断ち切ってしまう。ファルコの拘束がぱらりと取れた。


 ファルコは必死に走り出した。


「逃がすな! 追え!」


 皇太子の命令を背後に聞きながら、とにかく走る。


 命がけの鬼ごっこで、ファルコは信じられないほどの猛スピードを出せた。王の部屋を抜け、廊下をつっきり、庭に出る。


 ――家に戻っても、また捕まるだけ……! でも、どこに行けば……!?


 逃げるあてもなく、ファルコはひたすら走った。


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