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20 介護中のアクシデント


『醜悪公』と噂されるラミリオの外見を治療すると約束してから、ふた月あまり。


 ルクレツィアは夏季休暇までの期間に、足しげく山に通った。


 もちろん、急いで山用の装備を買い揃えたので、今では問題なく山歩きができる。


 その間に、代理人から、預けておいた薬師のおばあさんの手記も受け取った。


 手記を頼りに、山に通い、薬草を集めて、乾燥させて刻み、アルコールに浸し、煮汁を抽出し、蒸留しては混ぜ合わせ――と、様々な工程を経るうちに、時間はあっという間に過ぎた。


 ――難しい手術ではないから、わたくしにもできるはず。でも、失敗は許されないわ。


 ルクレツィアは何度も薬の効果を自身の黒子などで試して、安全性を確かめた。


 そして、夏季休暇当日。


「これからひと月の間、ラミリオ様のお部屋の窓には鎧戸を打ち付け、暗幕を張って、日光が一切入らないようにいたします。よろしいですね?」

「そこまでする必要があるのか?」

「お目に傷をつけ、強い薬を使います。光は毒になりますので、ラミリオ様が包帯を替えるときにも暗い状態を保てるようにするのです」


 ラミリオの部屋は厳重に光を遮断され、真っ暗闇に落ちる。


 すべての準備が整った。


 ルクレツィアは蝋燭の明かりを頼りに、丁寧に手術をした。


 最後に、一切の光が入らないよう固定して、ぐるぐるに包帯を巻いた。


「今日はこれで終わりです。……お加減はいかがですか?」

「……ズキズキする」

「耐えられないくらい痛かったら、おっしゃってくださいませ。痛み止めをお渡しします」

「分かった。意外と簡単だったな」

「大変なのはこれからですわ。強い薬をたくさん使いますし、お食事をするにも、すべて人に介護してもらわなければならないんですもの」


 ラミリオはうめいた。


「……そうか、目が見えなかったら、スプーンも使えないな……」

「食べやすいものに加工してお出しするようお願いしておきますわ。わたくしもそばでつきっきりで治療いたします」


 目が見えないと、人は不安になるもの。


 彼の感じている不安は、幼いころのルクレツィアも体験して、よく知っている。


 ルクレツィアはラミリオを安心させ、励ますために、彼の両手をしっかりと自分の手で包み込んだ。


「……っ!?」

「ラミリオ様、どうか今日からはわたくしがラミリオ様の手足だと思って、なんなりとお申し付けくださいましね」

「こ、断る!」


 ラミリオに力強く宣言されてしまい、ルクレツィアはきょとんとした。


「若い女性につきっきりでいられたら俺の身が持たないだろうが!」


 ルクレツィアはぱっと手を離した。治療のことで頭がいっぱいで、男女の間柄のことなど、まったく考えが及ばなかったのだ。なんて大胆なことをしてしまったのだろうと、後になって恥ずかしくなったのである。


「……ご、ごめんあそばせ、おっしゃる通りですわ。その、肌に触れたりするようなお世話は、できる限り男性の使用人に代わっていただくことといたします……」


 言いながら、ルクレツィアは、あれ、と思った。


 ――でも、わたくしって、ラミリオ様の婚約者……に、なるのよね、一応。


 妻になる女が、病気の夫の介護で肌に触れたからといって、何か不都合があるだろうか。


「でも……あの、ラミリオ様、お忘れにならないでいただきたいのですけれど……わたくしは、妻になるつもりで参りましたのよ。ですから、照れることなど何も……」

「いや、無理だ、ダメだ、妻であろうが何だろうが、恥ずかしいものは恥ずかしい!」


 ルクレツィアはなんだかきゅんとした。


 ――お、おかわいらしいわ。


「それに俺は、まだ君を婚約者にするとは言っていない」


 続けて言われたことで、ルクレツィアはムッとした。


 ――どうしてそう強情なのかしら。


「わたくしはラミリオ様が考える縁談がいい縁談だとは思いません。どうしてそんなにわたくしを妻にするのがお嫌なのですか?」

「治療が終わっていない、これがすべてだ。実は君が遺産目当てに俺を治療すると見せかけて殺そうとしていても、婚姻の事実がなければ手も足も出ないだろう」


 ラミリオの警戒には一応筋が通っていたので、ルクレツィアはむうっと唇を子どものように曲げながら、この場の言い合いでは引き下がることにした。


「……では、一か月後に、ラミリオ様から謝っていただくことにいたしますわね」

「何をだ?」

「遺産目当てだなんてあらぬ疑いをかけたことでございます。治療が終われば、そんなことなかったとお分かりになるでしょうから」

「ああ、そうだな。そのときはひれ伏してお詫びするよ」


 ラミリオから言質を取った。


 ルクレツィアは楽しみに待つことにした。


***


 ルクレツィアはラミリオが食べやすいように、手づかみで食べられる食事を工夫してもらうことにした。


 平らに伸ばした無発酵のパンの上にチーズやサラミ、マカロニ、季節の野菜などをどっさり載せて、パンを半分に折り返し、耳を厳重に閉じ合わせる。


 焼きあがったパンは、一見、手づかみで食べるのによさそうだった。


「ラミリオ様、はい、あーんしてください」

「い、いいよ、自分で食べ……あっつ!」


 ラミリオがやみくもにパンにかぶりついたせいで、中から熱い具材が飛び出し、あたりに飛び散る大惨事となった。


「うわ、すまん……でも、先にこういうもんだって説明しといてほしかったな」


 形状や具材をちゃんと耳で聞かせてあげないと、ラミリオにはうまく食べられないのだと痛感した。


 翌日、ルクレツィアは二の轍を踏むまいと、きちんと食べ物の解説をすることにした。


「ラミリオ様、本日は白いロールパンですわ。お召し上がりになりやすいように、間に人肌くらいの温度に温めたソーセージとチシャの葉と、ハーブを少し挟んでさしあげますわね。真ん中に切れ込みが入っていて、パンの谷間に太いソーセージが乗っておりますから、大きな口をあけて一気にくわえて」

「すまん、やっぱり介添えは男にしてくれないか」


 ラミリオが頭を抱えて、藪から棒に言った。


「な、なにか?」

「いや、君は何も悪くない。ただ、なんか、こう……とにかく、俺が悪い。俺は気が小さい男だから、どうしても君のようにかわいい女性がそばにいると思うと、緊張してしまうんだ」

「奥様、私が代わりましょう」


 側近のボスコが申し出てくれたので、ルクレツィアはふたりのやり取りを指をくわえて見物していることになった。


 ――今日こそ失敗しないようにしようと思ったのに。


「はい、ラミリオ様、あーん」


 ボスコがわざとからかうように言ったので、ラミリオは屈辱そうにぷるぷる震えながらパンを食べていた。


「……お前、覚えてろよ、本当に」

「それはこちらのセリフですね。仕事全部丸投げされた上に介護まで業務に加わった私の気持ちが分かりますか」

「ぐうう……」

「黙って可愛らしい新妻にあーんされていればいいものを、なぜそうあなたは自爆の道を進むのです」

「に、新妻じゃない! まだ違う! 変なことを言うな!」


 ――おふたりはとても仲がよろしいのね。


 間に入っていけないルクレツィアは、ちょっと寂しいなと思うのだった。


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