18 鷹と悪食
星のきれいな夜に、ローザは馬車でライ国の大使館までやってきた。
今宵はここでパーティが開かれるのだ。
しかも今日は、姉のルクレツィアが置いていった山ほどの宝石を身に着けてきた。靴につけるバックルから、髪飾りまで、びっしりとダイヤモンドで覆われている。
――すごいわ、全身がキラキラする。
しずく型の大きなダイヤの耳飾りは特にローザの可憐なストロベリーブロンドに映えて、お気に入りだった。
そしてエスコートを務めてくれるのは、ローザの自慢の婚約者だ。
ファルコは金髪を当世風のリボンでくくって、すらりとした足の形がよく分かるぴったりしたズボンを穿いていた。あまりにも男ぶりがいいので、ローザは見惚れてしまった。
「ローザ、今日の君は格別に綺麗だね。今すぐ君と愛を確かめ合いたいくらいだよ」
「もう、ファルコ様ったら」
――こんなに素敵な人と結婚できるなんて、幸せ。
出迎えてくれたライ国大使のワジャ夫妻とあいさつをかわし、ふと彼らの後ろにいる男性に目を留める。
その男性はライ王国の人らしく、飛びぬけて高い背に、がっしりした筋肉質な体格と、鋭い目つきをしていた。肌は白く、髪は黒い。
「どうか食堂までのエスコートを代わりにさせてください。私はライの皇太子ライシュです」
にこやかに微笑みかけられ、ローザはぽーっとなった。彼もまた、ファルコに負けず劣らずカッコいい。
「コンニチハ」
ローザが覚えたてのライ国の挨拶を披露すると、ライ国の皇太子は喜んでくれた。
「お上手ですね」
にっこりとほほ笑み返しながら、内心で勝ち誇る。
――ほらね、お姉ちゃんにできるくらいのことは、私にだって簡単なんだよ。
何かにつけて優位を主張してきてうっとうしかった。ここでローザが気に入られることにより、宮廷に残っているルクレツィアのいい評判も全部ローザで上書きしてやりたい。
ローザはディナーでも事前に勉強したことを披露して、つつがなく食事を終えた。
終わったあと、談話室に移る。
皇太子ライシュに再会して、ローザはかすかに胸が高鳴るのを感じた。今は、隣にいるファルコよりも、ライシュと会話がしたい。
ローザはまっすぐにライシュのところに行って、話しかけた。
「お招きありがとうございました。とてもおいしかったです」
ライシュは少々怪訝そうな顔をしていたが、やがてにこりと微笑んでくれた。
「ありがとう。そう言ってもらえると招いた甲斐があるよ。しかし――いいのかい? 君を招いたのは、ワジャ夫人だったと思うが」
見れば、ワジャ夫人が、信じられないものを見たような顔でローザの顔をにらんでいる。
――何かしら?
ローザは少し気になったが、あまり深くは考えなかった。
――どうせまた嫉妬されているのね。
可愛らしいローザはどこに行っても嫉妬の対象で、男性に話しかけると、よくこうして女性からにらまれていたのだ。
ローザの国では基本的に男尊女卑で、女性が男性に自分から話しかけるのが大きなマナー違反――だということはローザも知っていたが、ロマンス小説で積極的にいろんな男性に話しかけるヒロインを見て憧れていたローザは、形骸的な、古くさいマナーだと思い込んでいたのであった。
――自分から話しかけただけではしたないって、何? 考えが古いのよね。
そんなものはモテない女の言い訳であると思う。どうせ自分が相手にされないのを恐れた、魅力のない女たちのための言い訳なのだろう。
ローザはそれが宗教に基づく考え方であることを知っていたが、ライ王国がイルミナティよりもさらに厳格な規範を持っていることまでは知らなかった。
醜聞で家名に泥を塗れば、親族から殺される国。
それがライ王国だった。
ローザの挙動が、本人の思う以上に深刻に受け止められていたことに、彼女はまったく気づかなかった。
「私、もっとライシュ殿下とお話したい。ダメ?」
甘えるように、砕けた友達言葉で話しかけると、ライシュは笑ってくれた。
……ワジャ夫人が今にも刺しそうな目つきでローザを見ているが、やはり嫉妬なのだろう。
だって、可愛いローザから友達のように気安く話しかけられて、喜ばない男性なんていなかった。
――かわいくない人はお気の毒。
ローザはにこにこしながら、『何のお話をなさっていたのですか?』と聞いた。隣にさりげなくファルコも立って、話に混ざる姿勢を見せている。
「今日の料理に出ていたウサギが見事な味だったからね。それをみんなで褒めていた」
「皇太子殿下が鷹狩りで捕まえてくださったのですよ」
横から説明が入り、ローザはすごぉい、と歓声を上げた。
――鷹狩りね。なんだ、男性ってどこの国でも同じことを話題にするものなのね。
鷹狩りならば、ローザには鉄板で盛り上がるネタを持っている。
「殿下も鷹狩りが得意なんですね! 私のパパもそうなんですよ」
あくまで気安い口調のローザに、周囲の男性たちはぎくりとした顔になった。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに和やかな会話が再開される。
「鷹殿も、お父上の趣味で名付けられたのかな」
皇太子がファルコに話しかける。
「はい、父も鷹狩りは好きです。でも、なんで俺の名前を?」
「以前に耳にしたことがあって。お会いできて光栄です」
ファルコがぽかんとしているせいで、会話が途切れた。
――もう、ファルコ様って本当にこういうところあるわよね。
会話を途切れさせないように気を配るのは、いつもローザの役目だった。
「皆さん鷹はお好きだと思いますけど……この中に、鷹を食べちゃったことのある人っているでしょうか?」
続くローザの質問に、座は一気に水を打ったように静まり返った。
チラチラと互いの顔色を見合わせるだけで、誰一人何も答えない。
――あれ? 普通は、『あるわけない』とか、返ってくるものなんだけどなぁ。
「……この国の古典に、そんな話があると聞いたことがあるな。友人のようにかわいがっていた鷹を、愛する貴婦人のために料理して出してしまった男の話だったか」
ライシュが場を取り持つようにそう言ってくれた。
「へえ、そんなお話があるんですね」
ローザの何気ない返事に、ライシュはふいをつかれたように笑った。
「ふはっ、自国の話だろう、なぜ君が知らないんだ」
「初めて聞きました。もう、そんなに笑うことないじゃないですか」
ライシュは笑いながら、少しからかい気味に言う。
「その話ではないとすると……もしかして、ファルコ殿を食べた話でも聞かせてくれるのかい?」
「えぇっ!? ち、違いますよぉ! そんないやらしい話じゃありません!」
二人のやり取りを聞いて、周囲がまたホッとしたように笑い始める。
「私のパパ、昔すごくお金に困ったことがあって、思い余って焼いて食べちゃったことがあるんですって!」
続く会話に、また座は静まり返った。
――もう、さっきから何?
ローザが何かを言うたびに、座が白けているような気がする。いつもであれば、信じられないだとか、どんな味だったかなどと、興味津々で聞かれるところなのに。
「パパが言うには、鷹は腐ったみたいな味がして、とても食べられたものじゃないんですって。それ以来、鷹も嫌いになっちゃったんだとか」
「ははは、それは面白いな」
ライシュが愛想よく笑ってくれたので、ローザの話は周囲にも一応受け入れられた。
――やっぱり男の人は鷹を食べた話で盛り上がるよねえ。
ローザは気分上々だった。
「ところで、君がファルコ殿を食べた話もぜひ聞いてみたいものだな。彼はどんな味がした?」
ローザは適当に笑って誤魔化した。ライシュの皇太子の見た目は好みだけれど、さすがに初対面でそこまで話す気にはなれない。
「君の家が代々悪食なら、私も試してみるかい?」
「ご冗談ばっかり」
ローザは笑って受け流した。
――可愛い女の子と見るとすぐにサカるところも万国共通ね。
「おい、ローザ……」
隣でファルコが何やら青い顔をしている。ローザはさらにいい気分になった。
――妬いちゃったのかな?
ファルコは少し強引にローザを引っ張っていき、人けのない部屋の隅に来ると、小声で喋り始めた。
「さっき隣の人から教えてもらった。皇太子の一族は『鷹』をシンボルにしているらしいんだ。かなりマズいかもしれない」
「何がまずいの?」
「分からないの? 鷹の一族に向かって、『食えたもんじゃない』とか『嫌いになった』って言ってたんだよ? 聞きようによっては不敬なんてもんじゃないよ」
「ええ……!?」
ローザには当然不敬を働くつもりなどなかったので、少し青くなった。
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