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17 素顔


 ラミリオはルクレツィアの真摯な態度に呑まれてしまって、嫌だと言えなかった。


 ――見せたら、終わり。この娘も、きっと逃げていくだろう。


 そう思うのに、ラミリオはルクレツィアの手を振りほどけなかった。


 ルクレツィアはラミリオのフードに両手をかけて、そっと背中に落とす。


「――!」


 ルクレツィアが見ているのは、まぶたから額にかけて広がる、黒い斑点。汚らしい色合いで、ラミリオ自身も目を背けたくなるシミが一面に広がっている。


「眼鏡は……?」


 ルクレツィアに遠慮がちに聞かれて、ラミリオは観念した。


 自分から、色眼鏡を外してみせる。


 邪魔なものがなくなり、裸眼でルクレツィアを正面から見つめることになった。


 茶色の曇ったガラス越しではないルクレツィアは――


 色眼鏡をかけて見ていたころよりも何倍も美しく、幻想的だった。


 ルクレツィアは、いきなり肩を細かく震わせ始めた。ふふ、ふふふふ、と、漏れ聞こえてくる声は、どう聴いても笑っている。


「ふふふふ、これが、醜い……! あはははは……!」


 腹を抱えて笑うルクレツィア。


「失礼いたしました。ああ、びっくりした! やはりラミリオ様は容姿端麗なお方だと思いますわ! 醜悪公だなんてどなたが言い出したのでしょうか!」


 ラミリオは戸惑いながら、自分のまぶたに触れた。


 彼の白目やまぶたには、生まれつき、黒い斑点が無数にあった。


 まるで昆虫の複眼のように見えるこの斑点が、人には非常に気味悪く見えるらしい。


 これは目に腫瘍ができる前段階の症状だから、きっと長くは生きないだろう――と赤ん坊のころに宣告されたが、何事もなく健康でこの年まで生きてきた。


「これを見て、君は嫌悪感を催さないのか?」

「いいえ? ちっとも。ラミリオ様は、色素が人より沈着しやすいのでしょうね。髪も、虹彩も真っ黒でいらっしゃいますもの」


 ルクレツィアはにこりとする。


「わたくしと正反対ですわ。わたくしは生まれつき色素が足りなくて、瞳も真っ白でしたの」


 そう語るルクレツィアの瞳は、美しい金色だ。


「瞳が白いと、目の機能がうまく働かないようで。赤ちゃんのころに人の顔が見えていなかったから、学習する機会を逸したのだろうとおばあさまが。そのせいでわたくしは人より表情が乏しいようなのです」


 意外な告白だった。


 なんとなく、美しい少女は自分と別世界に生きていると思っていたからだ。


「薬師のおばあさまがわたくしを治療してくださったおかげで、世界に色がついたのですわ」

「薬師の……?」


 彼女は王族筋の公爵令嬢ではなかったか。その祖母が薬師であるとは考えにくい。


「わたくしは八歳まで、薬師のおばあさまのところに預けられていたのでございます」


 ルクレツィアが昔を懐かしむように、星空を見上げる。いつの間にか満天の綺羅星が観測できるようになっていた。


「この目のせいで、おばあさまのところに極秘で預けられたのだと言われておりました。公爵家に戻っても、絶対に喋ってはならないとも。目の病気だったなんて知られたら、貴族にとっては醜聞につながるから、と」


 確かに、薬師といえば、山奥にひとりで住んでいる偏屈な薬草売りの老女と決まっている。


 社会的な地位も低い。


 貴族としては、関係を探られたくない相手だろう。


「楽しい毎日でしたわ。色んな方がおばあさまの診察を受けに来ていて……その中には、ラミリオ様と同じ病と思われる方もいらっしゃいましたの。目の斑点を見るなり、おばさまは『昆虫眼』だとおっしゃって……」


 ルクレツィアはぐっと身を乗り出して、ラミリオの両頬に手を添えた。真正面から覗き込んで、自信ありげに言う。


「一か月、わたくしにくださいませ。わたくしなら、ラミリオ様のお目を治してさしあげることができます」


 ラミリオは呆けたようにルクレツィアを見つめる。


 すぐには彼女の言うことが信じられなかった。


 しかし曇りガラスのフィルター抜きで見るルクレツィアの銀髪は、夜の冴え冴えとした藍色と、たき火の色のふたつが複雑に入りまじり、まるで神託を下す女神のように美しかった。


 惑わされたような気分で、ラミリオが口を開く。


「……本当……なのか? この目が……どの医者も匙を投げた目が……人並みの、健康な色に」

「治りますわ。わたくしを信じてくださいませ」


 ラミリオは、本当に女神が舞い降りたかと思った。


「ただし、治療を開始したら、ひと月の間、暗い部屋で過ごしていただきます。直射日光が負担になるからですわ。何もご覧にならないよう、厳重に包帯を巻いて、盲人のように過ごす必要があるのです。ラミリオ様は、ひと月の間予定を空けることができますか?」


 ラミリオはざっとスケジュールを思い浮かべて、うなずいた。


「夏季休暇に合わせてもらえれば、ひと月でもふた月でも」

「では、夏になったら治療を開始いたしましょう。楽しみですわね! わたくしもそれまでに準備しておきますわ」


 ルクレツィアは明るく言って話を打ち切り、ジャムを煮詰める作業に戻った。


 ラミリオは何もかもが夢の中にいるようで、現実味が感じられず、いつまでも彼女のする作業を見ていた。


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