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16 卑屈な男と恥ずかしがり屋の娘


 次の日、ラミリオの邸宅から見える山の頂には雲もなく、青空も澄みきっていて、よく晴れていた。


 外は温かく、山用の装備で身を固めると少々暑く感じられる陽気だった。


「雨が降らなくてよかったですわね!」


 ルクレツィアがうれしそうに言う。


 彼女の出で立ちを見て、ラミリオは驚いた。最初に家に来た時と同じ、地味なドレス姿だったからだ。


「最近作った服はどれも動きにくくて……汚してもいい服というと、これしかなかったのでございます」


 それを聞いてラミリオは猛烈に後悔した。


 ――彼女はここに来たばかりだぞ。服を仕立ててもすぐに仕上がるわけじゃない。アウトドア向きの軽装なんて持ってるわけがないだろう。


 一般的なドレスよりは動きやすそうだが、この服と靴で長い距離を歩くのは無謀だ。


 ラミリオは頭に思い浮かべていた予定を大幅に変更することにした。


「……今日と明日は天気が崩れそうだから、山はやめておこう。郊外に別荘フォリーがあるんだ。そこを目指そう。行きだけで馬車で何時間もかかるから、少し退屈させるかもしれない。構わないだろうか」


 日帰り旅行に向いている距離ではないが、それでもこの装備で山を歩かせるよりはよほどマシだと思った。


「ラミリオ様がお話相手になってくださるのであれば、何時間でも」


 はにかんだような返事はラミリオに効きすぎた。


 ――可愛いな、ちくしょう。


 ラミリオは内心身もだえつつ、彼女と一緒の馬車に乗り合わせることになった。


「別荘で猟犬を飼ってるんだ。全頭解き放っても余裕があるくらい広い庭もつけてあるから、そこで何か焼いて食べよう。君が好きなのはベーコンだったか」

「何でも食べますわ。チーズも、パンも、砂糖菓子も」

「砂糖菓子は火で炙らないだろう」

「あら、そんなことありませんわ。なんでも炙るとおいしくなるのでございます。ウエハースやゴーフルも、火であぶると皮がぱりっとして、バターと一緒に鉄板でじゅわっとするとほどよく染み込んでそれはもうおいしくて」


 彼女の説明に食欲をそそられて、ラミリオはごくりと唾をのんだ。


「……やってみようか」

「はい!」


 ルクレツィアは食道楽らしい。


 他にもキャンプで焼くとおいしいものをたくさん知っているようで、あとからあとから披露される豆知識を聞いているだけで面白く、ラミリオは退屈しなかった。


 別荘に着いてからもルクレツィアのおしゃべりは止まらなかった。今度は率先して火かき棒を握って、調理をし始める。


 ラミリオもたき火は好きなので、ふたりでああでもないこうでもないと言い合いながら作業をした。


 豚肉から作った急ごしらえのベーコンを、その場で焼き上げたクレープ生地に包んで食べる。


 市場から取り寄せた珍しいフルーツを食べつくし、多すぎて余った分を、いまだに衰えないたき火の火力でジャムにした。


 ジャムの火加減を見ながら、だらだらと会話をしているうちに、あたりは暗くなってきた。


「ラミリオ様、ご覧になって。星が出てまいりました」

「すっかり暗くなってしまったな。今日はここに一泊していくしかなさそうだ」


 ルクレツィアがこちらの顔色を窺うように、上目遣いで見てきた。


「あの……わたくしたちは、まだ、婚約していないと思うのですけれど……」

「いや、何もする気はないから安心してくれ」

「そう……なのですね」


 ルクレツィアがおたまをかき回す手を止めて、下を向く。


 ぱちぱちと火が爆ぜ、ジャムが静かに煮えて、甘い香りが鼻をくすぐった。


 たき火に照らされたルクレツィアの銀髪はオレンジ色だった。あれ以来、ルクレツィアはいつも髪を下ろしている。


 ――もっとあの方に褒めていただきたいと思ったら、止まらなくて……


 盗み聞きしたときのルクレツィアの声が蘇った。


 ラミリオはドキドキしながら、口を開く。


「しかし、君の髪は、綺麗だな」


 ルクレツィアは何も答えない。


 ――しまった、外したか?


 急に何を言うのだと思われただろうか。焦って彼女の顔色を確かめたいと思うが、恥ずかしくてなかなか目が見られない。


 ――褒められたいと言っていたはずだが……俺の聞き間違いか?


 長い沈黙の最中、やらかしたかと肝を冷やしているラミリオに、ようやくルクレツィアがぽつりと言う。


「……わたくしはいつになったら結婚していただけるのでしょうか」


 ラミリオは大いに動揺させられることになった。まさか、この可愛らしい娘が、醜悪公とまで呼ばれた自分のところに率先して嫁入りしたいわけがないだろうという、強烈な思い込みがあった。


 ――言わされているのか。実家のために。……可哀想だな。


「君はいい子だな」


 ラミリオは自嘲的に言った。


「いくら父親の頼みといえども、こんな醜い男のところには嫁げないと、公爵にもはっきり言ってやった方が身のためだと思うが。君ほどの美人なら、もっとマシな男がいくらでも名乗り出てくるだろうに」

「わたくし、ラミリオ様が醜いとは思っておりません。……し、わたくしがそれほど……美人、だとも思っておりません」


 小さな声で否定するルクレツィアに、ラミリオは奥ゆかしいかわいらしさを感じた。


「ただ、人となりも合わせて、総合的に好ましいか、そうでないか、ということを、容姿になぞらえて端的に述べるのならば……」


 ルクレツィアは先ほどまでよりもさらに輪をかけて恥ずかしそうに、小さい声になった。


「ラミリオ様は、カッコよくて、素敵なお方だと思います」


 ラミリオは返事も忘れて、ルクレツィアの顔を食い入るように見つめた。そんなこと、生まれてから一度だって言われたことがなかった。照れて身を縮めているルクレツィアは愛らしかったが、この美しい少女が言っているのだと思うと、余計に作為的で異様な感じがした。


 ――あり得ない。


 そう思うのに、他方で、どうしようもなく喜んでしまっている自分がいた。


「王都で出ていた新聞には、ロバの耳が生えていると書いてありました。でも、ラミリオ様は普通の耳をしていらっしゃいますわ」

「……噂はそこまで大きくなってるのか」


 ラミリオは思わず自分の耳に触れた。


「ラミリオ様は見えている部分の目鼻立ちもはっきりしてらして、とても醜いようには見えません。どうして醜悪公だなどと大げさなあだ名をつけられていらっしゃいますの?」


 ラミリオは耳に触れた手で、今度はフードを目深にかぶり直した。その様子を、ルクレツィアがじっと見ている。


「容姿には、美しいも醜いもないものだと思います。わたくしに好意があれば美しく見えて、悪意があれば醜く見えるのではないかと。……わたくしの婚約者だった方は、金髪に青い目の、物語に出てくる王子様のような方でしたけれど、浮気をされたときには、全然かっこよくも美しくも感じなくなっておりました」


 ルクレツィアは「ですから」と言う。


「わたくしは、ラミリオ様がどのようなお姿をしていても、美しい方だと感じるような気がするのです」


 ルクレツィアはおたまを置いて、そっとラミリオの方ににじり寄った。


 ラミリオのフードに手を伸ばして、言う。


「わたくしに、どうかラミリオ様の素顔を見せていただけませんか」

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