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15 恋の懺悔


 次の日、ラミリオは仕事がまったく手につかなかった。


「閣下……聞いてます?」

「聞いていたよ。で、なんだって?」

「……もういいです」


 ボスコがすねたように言い捨てて、消えていく。


 ボスコからも早々に見限られたので、ラミリオは執務室で何もせずにぼんやりしているだけになってしまった。そうすると、ますます最近家にやってきた美少女のことが頭に浮かんだ。


 夕食のときの、ルクレツィアがドレスアップした姿が、ずっと頭を離れてくれなかったのである。可愛らしいドレスを身にまとった彼女から、遠慮がちに『似合っているか』と聞かれたとき、当たり前だろう何を言っているんだと、ペットにするように激しく撫でまわしたい衝動にかられた。


 あんなに可愛い女性は見たことがない。外見だけではなく、あの照れたようなしぐさが保護欲をそそった。


 ラミリオはすでにルクレツィアに骨抜きだったし、その自覚もあった。


 しかし。


 ラミリオはもう一度自分の手元を見る。


 ラミリオの手には一通の手紙が握られていた。


 金を用立ててほしいという旨のことが書いてある。


 送り主のセラヴァッレ公爵はかなり金に困っているようだ。


 公爵家の宮殿では使用人が次々と辞めていっているという噂も、ラミリオのもとに届いている。


 ――とうとうルクレツィアが正体を現したか。


 ラミリオは怒るというよりも、悲しかった。


 あの清らかで優しそうな娘が、ラミリオから金をむしり取ろうと親子ともども画策しているなどと、どうして信じられようか。本当に、信じたくなかった。


 ぼんやりしていると、ちょうどラミリオのところにルクレツィアが訪ねてきた。


 ルクレツィアは日中用のドレスも仕立てたのか、群青色のドレスにクリーム色の手袋を合わせていて、それがまた憎らしいくらい似合っている。


 ラミリオは急いで公爵から送られてきた手紙を隠しながら、何食わぬ顔で何の用か尋ねた。


「旦那様、お屋敷にある礼拝堂には司祭様がいらっしゃるのですか?」

「ああ、いるよ。俺は人込みが嫌いだから、祈祷は全部そこでやってもらっているんだ」

「その司祭様に、少しお時間作っていただくことはできるでしょうか。少し、告白したいことが」

「もちろんいいけど……ずいぶん熱心なんだな」


 ラミリオなど、ディヴィーナ教で義務付けられている週一回の罪の告白などわずらわしくて仕方がないというのに、自分から率先してやりたがるとは、感心な心がけだ。


「はい……実は、とても悪いことをしてしまって」


 深刻な顔をしてうなだれるルクレツィア。


 ラミリオは公爵からもらった手紙を思い浮かべた。


 ――俺を騙そうとしていることに良心がとがめた……とかじゃないよな。


 まさかな、と思いつつ、ラミリオは礼拝堂に案内した。


「私のゲストが告解をお望みなんだ。少し頼む」


 司祭に頼むと、彼は快諾してくれた。


 ルクレツィアと司祭がそれぞれ個別の部屋に消えていく。


 ラミリオはつい気になって、そっとドアに忍び寄った。


 中からルクレツィアの声がする。


「告白いたします。わたくし、昨日、ドレスを……なんと、十着も注文してしまったのでございます」


 ラミリオは呆れた。十着は確かに多い。浪費家なのだろうかと、疑問に思った。


「誓って申し上げますが、こんなことは初めてなのでございます……わたくし、これまでずっと、茶色や灰色の装飾のないドレスばかり着ていて……自分でも、それが好きなのだと思っておりましたの。でも……どうやら違ったようなのです」


 ルクレツィアは恥ずかしそうに後を続ける。


「あの方に褒めていただいてから、わたくし……かわいいお洋服が大好きになってしまったのでございます。ドレスを通じて、わたくし自身のことも認めてもらえたようで、うれしくてたまらなくて……もっとあの方にかわいいと褒めていただきたいと思ったら、止まらなくなってしまって……」


 ルクレツィアの声は今にも泣きそうだった。


「こんなこと初めてなの……虚飾の罪なんて、わたくしには一生無縁だと思っていたのに……」


 ラミリオは静かにその場を離れた。


 中庭に出て、深呼吸。


 ――ドレスぐらい百着でも二百着でも俺が買ってやる!


 そう言ってやりたくなったのだ。


 ――いや、落ち着け。思うツボじゃないか。


 頭ではそう思っていても、感情が追いつかない。すでに、ルクレツィアが喜ぶのなら、セラヴァッレ公爵の借金くらい払ってやろうかという気持ちになってきている。


 ――ダメだ、このままだと確実に搾り取られる。


 ラミリオはなんとか冷静になろうと、側近のボスコを執務室に呼びつけた。


「この公爵からの手紙、どう思う」

「大変お金にお困りのようですね」

「……やっぱり、結婚詐欺なんだよな?」

「それはどうでしょう? 彼女、買い物はすべて自分の私財で行っているようですよ」


 ラミリオは驚いた。


「私財……ったって、どこからそんなものが?」


 普通、未婚の令嬢に私財などあるわけがない。


 それは犬や猫に大きなお金を持たせないのと同じぐらい自明のことだ。


 それがディヴィーナ教の教えに基づく考え方で、イルミナティはもちろん、パストーレでも同じような法律になっていた。


「それは探ってみなければ分かりませんが、とりあえずうちが負担しているのは寝床と日々の食事くらいのもので、現状は何も取られていません」


 ラミリオはとたんにニヤニヤしだした。


「そ……そうか。何も取られてないんだったら、気に病む必要はないよな? 別に、ご令嬢を家に泊めておくくらい、うちは何ともない」

「ええ、私もそう思います」

「俺はあの子に騙されてなんかない……よな?」


 そうであってほしい、という願いも込めたつぶやきに、ボスコは同情めいた視線を送ってよこした。


「結婚してから正体を現すかもしれませんが、刹那的に生きるのであれば、まったく問題ありませんね」


 冷や水を浴びせるようなボスコの言葉に、ラミリオは少し冷静になった。


「……とりあえず、公爵からの請求書は保留にしておく。いずれ時期を見て彼女に問いただそう」

「そうですね。追い返すにしても、彼女の若さやかわいらしさを堪能してからでも遅くはありません」

「いちいち言い方がいやらしいやつだな」


 ラミリオは何も彼女から若さやかわいらしさを搾取しようとは思わないが、それでも、もうちょっとだけ手元に置いて、彼女を眺めていたいとは思っていた。


 その日の夜、とうとうラミリオは観念して、礼拝堂の司祭を訪ねた。


 彼もまた懺悔をしたくなったのだ。


 彼女と同じようにひざまずき、神に祈る。


「……俺は彼女がこの家に来てから、ずっと彼女のことばかり考えている」


 ラミリオの意思では止められないそれを、告白することで少しでも紛らわせたかった。


「あんなに可愛い子は初めて見たんだ」


 過去六度の婚約でラミリオのところに現れた少女たちと比べても、ルクレツィアの愛らしさは際立っていた。


「あの子の可愛い声で旦那様と呼ばれると、俺は、欲が抑えきれなくなりそうで恐ろしい」


 金目当てに近づいてきたのだと分かっていても、積極的に騙されたくなっている自分がいる。


「こんな顔の男でも欲はあるんだ、みじめなことにな。いっそ何も感じなければ、世のため人のため、領地のため、円満に領地を治めて生きていけたのに。どうして俺は分かっていても彼女に惹かれてしまうんだろう。馬鹿なことをしでかさないように……明日から、より一層気を引き締めていかないと」


 ラミリオは吐き出したことで気が楽になり、穏やかな気持ちで眠りについた。


 ――明日はキャンプか。


 忙しい一日になりそうだった。

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