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第95話 みんな何かしら常軌を逸している

 酒臭い大人たちというのは見たことあるが、酒臭くなった街というのは初めてだった。

 そういう時こそ、パッとひとっ風呂浴びて、スッキリするってのがいいことだ。


「うっほ~、温泉、きっもちー!」

「ゲハハハハハ、今日からこの温泉は俺たちのもんだぜ!」

「金なんてそれこそ風呂のように沸いてくるぜ!」

「それよりよー、この男風呂と女風呂を分ける壁はいらねーんじゃねえか?」

「そうだそうだー! 大自然の中なんだから、素っ裸で開放しろ!」

「なーに言ってんのよ! 私らの裸はタダじゃないんだよ!」

「そーそー! それにー、もしー、壁を越えて覗こうとしてごらん~、ウラちゃんと~、ムサシちゃんに~、ぼっこぼこ~?」

「おい、もし覗いたら殺すぞ! 私の裸はヴェルト以外に見せることは一生ない!」

「無論、拙者も許さぬでござる!」


 簡易的に作られた露天風呂。男風呂と女風呂の壁の上を通して、騒がしい声が聞こえる。

 ってか、あいつら元気だな。

 種族を越えて酒を飲み交わし、美味い飯食って、そんで最後は裸の付き合いだ。

 まあ、なんつーか、うるせーけど楽しそうだ。


「このまま過去は全部水に、いや、お湯に流してくれりゃいーけどな」

「そんなにクソ簡単にいくわけねーだろ」

「でも、まー、いーんじゃない? 弟くんにしては良くやったよ」

「いーすっねー、友情ってやつは! オイラ、オイラ、感動っす!」


 露天風呂から聞こえる楽しそうな声を耳にしながら、俺たちは宿の部屋でのんびりしていた。

 今ここに居るのは、俺、ファルガ、クレラン、ドラだけだ。

 ムサシとウラはわだかまりのある連中と風呂に入らせて、俺たちは遠くから見守っている。

 そして……


「しっかし、クレランの能力は便利だな。まさか、傷を癒すモンスターの能力を持ってるとはよ」


 クレランはモンスターの能力で、腕がクラゲの触手みたいに変化して俺の全身に絡みつかせた。

 一見グロくて気持ち悪いと思ったが、少し経つと痛みが和らぎ、気分もずっと優れていくのが分かった。


「亜人族大陸の海域のみに生息する、『ホーリージェリーフィッシュ』。その触手は生物の傷を癒す効果があって、遥か昔に戦争に利用しようと他種族にもこぞって乱獲されて絶滅危惧種の一種になったの。いや~、五年ぐらい前に三ヶ月ぐらい海に潜り続けて見つけたときは、感動したんだから」

「ふん。俺と一時期組んで、ドラゴンをハントして別れた後の話か」

「いや~、便利な能力っすね~、これさえあればよっぽどのことがない限り大丈夫っすね~」


 怪我がみるみる回復していく。

 そういえば、ここまで大怪我したことなんてなかったから、回復魔法だってあまりかけられたことがない俺からすると、かなり貴重な経験とも言えるな。


「随分助かるぜ。本当にしばらく、寝たきり老人になるかと思っていたからよ」

「まあ、私のつけた傷だし、何より弟くんだからね。それに、目に見える傷だったら、私でもどうにかできるからね」


 目に見える傷か。

 まあ確かに、目に見えない傷ほど面倒なことはない。


「なあ、ファルガ。俺はやっぱピンと来なかった」

「ああ?」

「ムサシとウラの気持ちが重すぎて、俺には二人の憤りや罪悪感的なもんがな」


 だからこそ、俺は二人にウヤムヤにすることを「提案」してみた。

 今のこのうるさい笑い声を、気まずい沈黙や、重たい恨み言に変えて欲しくないからだ。

 だが、多分俺の意見は大多数の人間からすれば間違っていると言われるだろう。


「愚弟、確かに、テメェの考え方は、正解とは言いづれえ。だがな、お前の気持ちは間違っちゃいねえ。正しい答えばかりじゃ、生物は生きていけねえ」


 ああ、分かってる。その通りだよ。俺はただ、現状を維持することができりゃそれでいい。

 ウラやムサシが変なことを考えて、これまでのことがぶっ壊れるのだけが嫌だった。

 正しいか、正しくないかなんて、正直な話どっちでも良かったんだ。

 すると、俺がそんな殊勝なことを考えてるのがガラに合わないと思ったのか、クレランが俺の頭を軽く小突いた。


「テキトーで無責任ぶってるのに、意外とメンドくさいこと考えるんだね、弟くんも」

「ッ、別に、俺だってどうでもいいって言えりゃそれでいいさ。ただ、それを言えねえ相手だから悩んでんだよ」

「ふふ、いいんじゃない? 人間臭くて、でも、何だか一番人間ぽくなくて、いいんじゃない?」

「はあ? 人間臭くて人間っぽくない? なんだそりゃ」


 意味が分からねえ。俺がそんな顔をすると、クレランが少し話を始めた。


「弟くんは見たんだよね。シロム国での虐殺の現場を。あれは、立場が変われば同じことを人間も魔族も亜人も繰り返している。それが、今の世界の常識」

「ッ、ああ」

「でもね、シロムだけは末期だったって、どの種族も口を揃えるの。他種族を家畜以下のように扱い、慈悲もなく、快楽や欲望のために売ったり、刻んだり、陵辱したり……なんていうか、人間というより鬼畜と呼んでいる連中も居たわね」


 鬼畜か。まあ、だからこそ宮本やイーサムも決断したんだろうな。

 悪名かぶって、誇りを汚してでも、シロムを滅ぼさなきゃならないって。


「なんだよ、人間が一番心の醜い悪党だって言いたいのかよ?」


 何だか気分の悪くなる話だ。

 しかし、クレランは途端に笑い出した。


「うふふふ、ねえ、弟くんは、獅子人族って知ってる?」

「獅子人族? ああ、草原の王とまで言われてる種族だろ?」


 そして、今にして思えば、イーサムも恐らくはその種族だっただろうな。

 そう、ライオン人間のことだ。

 知ってるけど、それがどうしたんだ?


「獅子人族ってね、すごい習性があるんだよ? まずね、ハーレムを作るの。亜人って大抵は発情したらすごい性欲なんだけど、獅子人族はその中でも飛び抜けてるの。その性欲はつがい一人でとてもどうにかできるものじゃなくてね、数え切れないほどの女をはべらせて子供を産ませるのよ」


 そーいやー、イーサムは六百人ぐらい嫁が居るとか言ってたけど、まさか本当じゃねえだろうな?

 そこまでいくと、羨ましいなんて微塵も感じねえっていうか、死ぬぞ?



「ただし、獅子人族のハーレムは一生とは限らない。何故なら、獅子人族は性欲もすごいけど、その闘争本能も桁外れ。たとえそれが同種族でも敵と認めれば殺し合う。そして、その殺し合いで勝った方が相手のハーレムを根こそぎ奪い取っちゃうの。すっごい略奪愛だよね。人間とはケタが違う」


「まーな。つーか、どうしたんだよ、その話は。またお得意なモンスター講義か?」


「うふふふ、まあ、待ってって。ここからがすごいんだから。それでね、相手のハーレムを奪い取った獅子人族って最初に何をすると思う? 奪い取ったハーレムの子供を全員殺すんだって。まあ、自分からすれば他人だし、余計な復讐の種は断たなくちゃいけないし、何よりも強い遺伝子を残すためには、負け獅子の子種なんか邪魔ってことなんだよね」



 ああ、そうか。朝倉リューマの時代でも聞いたことがある。

 弱肉強食ならではの獣の世界にのみありえた話。

 ライオンの子殺しってやつか。


「そーれでさー、子供を殺された女はどうすると思う? 信じられる? 子供を殺された獅子人族の女は、欲情しちゃってエッチするんだって? ねえ、それってどう? 自分の旦那と子供を殺した相手に発情する女って、どう思う?」


 クレランの表情は笑っていたが、その目はどこか深く恐ろしく感じた。

 背筋が凍りつきそうな笑いだ。


「人間も亜人も、もちろん魔族だって、自分たちにとっては当たり前でも、他種族から見たら常軌を逸したことをしてるんだよ。分かる? むしろ、ウラちゃんとムサシちゃんみたいなのが珍しいんだよ」


 かもしれない。

 朝倉リューマの頃だって、素行の悪かった俺ですら反吐が出そうな犯罪をする奴や、過去や現代にかかわらず、戦争で兵士やテロリストの非人道的な行いはニュースやテレビでもあった。

 だが、この世界から考えれば、それは何も人間だけじゃない。

 そういう反吐が出そうなやつは、亜人や魔族にも居るし、理解できない習性や文化だって存在する。

 だから、ウラやムサシのように思い悩んでいる奴が珍しいという、クレランの言葉もどこか納得できた。


「ああ、多分それは、俺には何となくだけどその理由は分かる」

「どういうこと?」

「あいつらを、育てた家族がそういうやつらだったんだよ」


 魔王と亜人。そんな種族に生まれ変わっても、「平和な世界の普通の人間」だった頃の記憶や想いがあった家族のもとで育てられたからだ。

 鮫島と宮本。多分あの二人が、それぞれの種族に生まれ変わっても、それぞれの種族の狂った習性までは身に付けられなかったから、ウラもムサシもそういうところがあるのかもしれない。


「な~んか、難しいっすね~、種族問題って。オイラにはよく分かんないっす」


 そして、一番おかしな存在が、結論を一言でまとめた。

 正直、その通りだ。


「ドラ、テメェの言うとおりだよ。俺も正直、こっから先は、こんなことでゴチャゴチャ考えたくもねえ。これで最後にしたいぜ」

「そうっすよね~。だって、考えれば考えるだけ、暗くなるんすもん。も~、ぽんぽこぴーっすよ」

「ああ、ぽんぽこぴーだぜ。っていうか、種族問題なんて……意味プーだぜ」

「ッ! そうっす! 意味プーっす! ってか、兄さんは何でご主人様語を知ってるんすか!」

「クハハハハハ、そうか、ご主人様語かよ。そいつは最高だぜ!」


 あいつが変わったのか変わってねえのかは分からねえ。だが、ドラは俺の知ってる神乃が居たら言いそうなことを言ってくれた。

 だから、俺ももうこの話はなしにしたかった。


「弟くん、よくドラちゃんと意思疎通できるよね。モンスターマスターの私でもドラちゃんの言葉は解読不可能だからね~」

「ふん、まあ、ゴチャゴチャ考えるのは愚弟らしくねえがな」


 そして、この話をもう無しにしたいからこそ、俺は余計に神乃に会いたくなった。

 多分、あのバカ女なら、暗くなった雰囲気ごとぶち壊してくれて、呆れさせて、難しく考えるのがアホらしいと思わせてくれるから。


「よっしゃ。クレラン。この調子で治療続けて、俺が完治するにはどれぐらいだ?」

「えっ? ん~とね、弟くんがバカやらなければ、明日ってところかな? 多少の痛みは残るけど、骨もちゃんと治ってるだろうしね。それだけ、ホーリージェリーフィッシュって、すごいんだから」

「ふん、あの怪我を一日でか。さすが、ファンタジー。医者泣かせの世界だぜ。上等だ。じゃあ、一日ぶっ通せば、今日の夕方にでもこの村とおさらばだ。多少の予定変更があったが……そろそろ本格的に動き出すか」

「わーお。お姉さんの手間を考えない弟くんって素敵~」


 そうだ。真っ直ぐ目的地を目指していたはずなのに、俺たちは濃すぎる寄り道ばかりを続けていた。

 これからは、俺のやりたいように目指したいところを目指す。


「愚弟。本格的に動くってことは、帝国に向かうってことか?」


 帝国。そう、当初の目的はそうだった。

 だが、それはもはや俺にとってはあまり意味がない。


「ドラのご主人様を探す」

「なに?」

「あら?」

「ええ、兄さん、マジっすか!」


 もう、ドラという手がかりが目の前にある以上、帝国で情報収集する意味はない。

 だから、目的地は既に決まった。


「正気か? こいつの話を聞く限り、こいつのクソご主人様は神族大陸だ。戦争には関わらねえと言っていたが、その意味分かってんのか」

「ファルガ。俺はできれば行きたくないと言っていただけで、俺の目的がそこにしかないなら話は別だ」


 戦争は嫌だし、関わりたくねえ。

 だが、そこにあいつが居るってなら行くしかねえだろ?


「バッカだね~、弟くん。君は、今の世の中を分かってるの~?」

「はっ?」

「はい、今日の朝刊。見てみなさい」


 呆れたような顔をして、新聞を投げられた。

 開いてみると、そこにはデカデカと一面に戦争の記事が載せられていた。



「なに? 光の十勇者、六名が率いる人類大連合軍十五万の大軍が神族大陸に出陣? じゅ、十五万!」


「そう。現在、神族大陸で、七大魔王国家の一つである、鬼魔族たちの国、『ジゴーク魔王国』と人類は全面戦争に入ったわ。これは、もはや世界全土が注目する大戦争と化したわ。つまり、神族大陸に今から入ろうなんて、まず無理よ」 



 ああ……まず無理だね……無理だよ……俺の決意が簡単に砕かれた瞬間だった。


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