第80話 カラクリドラゴン
どっちの敵でも味方でもないが、さすがにこれはどう捉えていいか分からねえ。
「うわああん、オイラ、オイラが何をしたっすかー! 助けてくださいっすよー!」
「うふふ、うふふふふ! 予想外よ、まったく予想外よ! まさか、カラクリドラゴンがこんなに小さいなんてね! も~、どんな味がするか楽しみ!」
泣き叫びながら逃げまどう、すげえ小さなカラクリドラゴンと、満面の笑みで追いかける女。
ドラゴンが人間に食われそうで追いかけられるって、普通逆だろうが。
「いやああ! お姉さん、マジやめて! オイラ、オイラ、多分うまくないっす!」
こ、これが、ハンターたちの間でも伝説と呼ばれたドラゴンか?
「おい、ファルガ、どうなってんだ」
「シロムの競売にかけられるカラクリドラゴンは、競売直前まで生態について何も情報公開してなかったから、どんな図体の奴かまでは知らなかったが………」
「まさか、あれほど小さいとは。どうする? あれを倒すのか? それとも食われるのを見ているか?」
「あれだけ泣き叫ばれると、心が痛むでござるな」
まったくだ。俺の覚悟を返せ。
つーか、どこから驚いていいのか分からない。
まず、カラクリドラゴンって、本当に体は物質で出来てそうだ。
しかし、こんな小さいのは何でだ? 子供だからか? いや、そもそも子供とか大人とかあるのか?
「もー、オイラが何をしたっすかー! 変な連中に攫われるし、攫われた先は破壊されたり火事になったり、怖いお姉さんに食べられそうになるし、オイラが何をしたっすかー!」
いや、それ以前に、何で人間の言葉を喋れるんだよ。
気になる点がありすぎる。
まあ、とりあえず……
「ふわふわ回収」
試しにやってみた。
「お、おわああああ、なんすか! オイラの体が引き寄せられるっす!」
「あら?」
クレランに食われる寸前だったカラクリドラゴンに、俺の魔法をかけてみた。
浮遊魔法は基本的に生物には使えない。
だが、試してみたら、見事にカラクリドラゴンは俺の魔法にかかって、引き寄せられた。
「こいつ、マジか? 生物じゃねえのか? ここまでキャラ丸出しなのに」
引き寄せたカラクリドラゴンをキャッチしてみた。
「こ、これが、カラクリドラゴン。やはり、人工物で出来ている」
「何とも、摩訶不思議な生物がこの世には居るでござるな」
そこそこの重みは感じたものの、俺の手で持てる程度の重さ。
そして、体は固い。明らかに人工的な物質で作られたものだ。
「ぎゃあああ、な、なんすか、あんたまで! オイラを食うっすか? いやだー、助けてーご主人様ー!」
何かジタバタ暴れられた。こんだけみっともなく騒がれると何か哀れになってきた。
「今の弟くん? 獲物の横取りはハンターとしては常識だけど、食事の邪魔は人としてマナー違反だよ?」
後一歩のところでカラクリドラゴンにかぶりつけそうだったクレランは、ちょっと怖い笑みを浮かべながら近づいてきた。
「いや、ちょっと気になったから確かめたかっただけだ」
「あら、そうなの? それじゃあ、それ、おねーちゃんにくれる?」
ニッコリと微笑んでお願いしてくるクレランだが、俺がここでウンと言えば、同時にこのカラクリドラゴンはペロリと平らげられてしまうことを意味する。
「いやあああああああ、やめてくださいっす! オイラ、オイラ食われたくないっすよー! 助けてくださいっす!」
さて、どうするか?
いや、その前にこいつは一体何なんだ?
「あ~、結局お前は何なんだ? お前が競売予定だったカラクリドラゴンってことでいいのか?」
「カラクリドラゴン? ああ、人間たちが言ってたオイラの総称っすね? いや、オイラ知らないっす。オイラはご主人様に作ってもらったんで」
「はあ? 作った? お前みたいな変なのを? いや、作るって、お前みたいなの作れるもんなのか?」
「変てなんすかー! オイラはご主人様の傑作集の一つなんすから!」
これが物質? そう呼ぶのが憚られるほど感情豊かなドラゴンだ。
ファンタジーの世界ならこれぐらい居るのか? だが、ファルガたちの様子を見る限り、不思議そうな顔をしている。
「お前、傑作集と言ったな? お前みたいな奴が他にも居るのか?」
「えっ、ええ。オイラより大きい体の先輩が居たっすよ。ご主人様曰く、オイラの体が小さいのは、小型化実験とか節約言ってたっすけど」
「ひょっとしたら、神族大陸で目撃されていたカラクリドラゴンは、こいつのご主人様が作ったもんかもしれねーな」
多分その可能性が大だろうな。
しっかし、こんなのをこの世界で作れるんだな。ファンタジーも奥が深いな。まあ、体が小さい理由が節約ってのが笑えるが。
「クソが。まあ、伝説を暴いたら真実がこんなもん………珍しいことじゃねえ」
何だか、ファルガは既にガッカリして興味を失っている。
もう、どうでも良さそうな顔してる。
「ねえ、まだ~、お姉ちゃんお腹ペコペコなんだけどな~」
それに、ここで俺が拒否した場合は、この姉ちゃんは何するか分かんねーし、その方が面倒だ。
「あ~、もういいや。物が喋るのも、別にファンタジーなんだからありえなくもねーだろ? だから、もう食っていいぞ」
「おお! さっすが、弟くん! 話が分かるな~」
別にいいか。
俺は大人しくクレランにカラクリドラゴンを放り投げようとした。
だが、
「ぎょわあああああ! ちょ、兄さん、マジで助けてくださいっす! ほんと、マジ、オイラなんか食ってもお腹壊すだけっすよ!」
「だろうな。でも、この姉ちゃんは肉食通り越した雑食だから大丈夫だろ」
「ちょちょちょちょちょー!」
「あー、なあ、クレラン。正直、この場で食われるとさすがに心が痛むから、食うなら俺らが見てないところで食ってくれ」
「ぎゃあああ、に、兄さん! 心が痛むなら後生の頼みっすから、助けてくださいよー!」
すげージタバタ暴れて俺の腕からしがみついて離れようとしない。
しかもかなり身体を震わせている。本当に怖いんだな。
「お願いっす! オイラ、オイラは離れ離れになったご主人様のもとに帰らなくちゃいけねーんすよ! どうか、見逃してくださいっす!」
「つーか、何でお前は人間に捕まってるんだよ。大体、神族大陸に居たんだろ?」
「それは、人間がオイラの姿を見るなりいきなり攫ったんすよ! 普段屋敷の外に出れないオイラが、勇気を出して外の世界を探検しようとして歩いてたらいきなりっす!」
「屋敷? てか、神族大陸に住んでるは、お前みたいな変なの作れるわ、お前のご主人様は何者だ? 人間? 魔族? それとも亜人か?」
「知らないっすよ! ご主人様はいつもお面とローブを被ってたから分からないっす! あ、でも、抱っこされた時におっぱいの感触あったっすから、女の人っす!」
ますます、謎だな。
それに、こいつのご主人様とやらも、お面とローブを常にしていたとか怪しさ満載だな。
まんま、怪しい魔法使いの魔女って感じがする。
「はい、それまでー! も~、焦らしちゃいや~。おねーちゃん、プンプンなんだからね?」
その時、いい加減にしろと、クレランが俺の手からドラゴンを取り上げた。
「い、いやっすううううううう! 誰かー!」
また暴れだしてジタバタするドラゴン。正直、哀れだな。
「う~ん、なあ、クレラン、ここまでおびえているとさすがに可哀想であろう? 逃がしてやれぬか?」
「うむ。ここは寛大な心で見逃してやってはどうでござろうか?」
さすがに気の毒に思ったウラとムサシが擁護に回る。
だが、クレランはニッコリ笑ったままだった。
「ダーメ。二人はこのドラゴンくんの言葉が分かるから今はそう思うんだろうけど、牛や豚だって食用にされる前はそうやって泣き叫んでるんだよ? 私はいつもその悲鳴を聞きながら美味しく頂いてるんだから、今回も例外は認めません」
なるほど、確かにそれはスゲー精神力だ。
食事の度に毎回こんなに泣き叫ばれたら、さすがに俺もベジタリアンになるかもしれねーな。
どっちにしろ、クレランは見逃す気は無いようだ。まあ、仕方ねえか。
「俺らが帰った後で食ってくれよ」
「ヴェルト! 良いのか?」
「いや、だって、助ける義理もねーし」
「う、うう、と、殿がそう仰るのでしたら、拙者は何も、望みませぬ」
まあ、同情はするけど、クレランを怒らせるほうがメンドくさい。
変に情が移る前にとっとと終わらせてもらおう。
ファルガも特に意見もなく、クレランが食っても食わなくてもどっちでも良さそうだ。
「ちょっとー、銀髪お姉さんに虎耳お姉さん、もっとガンバっす! 兄さん説得して、この姉さんから助けてくださいっす!」
「じゃーな。来世では捕まんなよ」
俺は、そのまま背を向けて、その場からさっさと立ち去ろうとした。
ドラゴンの断末魔が聞こえないように。
しかし、その時だった。
「ぎゃああああ、嫌っす! もう、人間なんていやっす! おこっす! てーやんでーべらんめーっす! 激おこぷんぷん丸っす!」
「……ッ!!??」
その瞬間、俺の身体は自然と動き、クレランの手から再びカラクリドラゴンを奪い取っていた。