第72話 それぞれの再会
軍の大将の撤退命令は、いかなる戦況においても、戦争そのものの終結を意味する。
つまり俺たちが勝った……ってことでいいのか?
「何をボサッとしているんですか!」
その時、ずっと静観していた一番隊組長のソルシ・オウキが馬に跨り、自身の隊員たちに告げる。
「局長の命令が下されました! 直ちに僕たちは街中に散らばる隊に撤退の連絡を。他国の援軍が動き出す前に撤退します」
「おうよ! 今すぐ止めに行くぞ!」
「オラ、テメェらいつまでゲスいことしてんだ、さっさと持ってるもん置いて命令に従え」
その時、一番隊の行動は早かった。まるで、「その命令」をずっと待っていたかのように速やかに動き、局長イーサムの言葉を全軍に広めていった。
「ソルシ組長……」
「ムサシ、よく止めてくれたね、局長を。後は僕たちに任せて」
「っ、まさか、組長は!」
「いや、僕たちは止めなかったよ。局長と参謀の考えは分からなくもなかったから。でもね、シンセン組が汚されていくのは、やはり身を斬られるような思いだったよ」
一番隊組長のソルシは労うようにムサシの肩を叩いて微笑んだ。
この場に居た他の隊員たちも、ムサシに対して笑みを送っている。
よくやった。後は任せろ……そう笑っている。
「なるほどな。喜んで蹂躙する奴らも居れば、苦しんでいる奴らも居たわけか」
こいつらはムサシほどバカにはなれなかった。それだけのことだ。
その代わり、一度局長から蹂躙行為を止める命令が下されれば誰よりも早くに駆け出す。そういうことだ。
「君の勝ちじゃ、朝倉くん」
「宮本」
今度は、俺を労うように、宮本が俺の肩を叩いた。
俺の勝ち。そう言われると、なんだかすごい脱力感と、今になって緊張がバクバクしだし、同時にとてつもない激痛が俺を襲った。
「ぐおおおおおお、い、いてえ、腕がああああ!」
そうだった、俺の腕は片方無くなってたんだよ! クソ、マジでイテエ!
「これだけ腕を斬られた痛みに耐えて戦い、しかもその腕を武器に変えてしまうとは……まったく君はイカれておるのう」
「おお、い、み、宮本、お、俺の腕は」
「大丈夫じゃ。ワシの『戻し斬り』を使えば元に戻る。イーサムが無駄なく綺麗に切断したおかげで、余計な神経などは傷ついていないからのう。ついでに痛み止めの軟膏も塗っておこう」
俺の左腕を持ち、宮本は目を閉じて深呼吸する。
「……ぬん!」
かっと目を見開き、一瞬だがすさまじいオーラを放って、宮本は俺の腕を元通りにしちまった。
恐る恐る腕を振ってみるが……完全にくっついてやがる。
「おお、マ、マジでよかった……」
激痛で意識が遠くなっていたが、徐々に痛覚が和らいでいくのが分かる。
「愚弟、テメェ、またクソ無茶しやがって」
「うおおお、ヴェ、ヴェルト~、ご老人、ヴェルトの腕は元通りになったのであろうな? ううう~、私のヴェルト~」
「おお、ファルガ、ウラ、お疲れだったな。互いにな」
何だかんだで俺たち三人はこうして生き残ったわけだ。
四獅天亜人に対して、これはかなりの快挙と言ってもいいだろう。
「ヴェルト殿。具合はどうでござろうか?」
「おお、ムサシ~、気分はどうだ?」
「……今は何も考えられないでござる」
「はは、俺もだ」
そうだよな。結局俺たちは感情のままに戦い、その結果、とんでもねえことをしちまったかもしれない。
確実に歴史が変わってしまうようなことを俺たちはしでかしたかもしれない。
まあ、後悔はしてねーけどな。
「朝倉くん」
「なんだ、宮本」
「君は前より丸くはなったが……いつの間にか回りに人が集まるところは………本当に君は変わっていないね」
その時、俺にそう言った宮本の表情に見覚えがあった。
それは、遥か昔、前世での記憶だ。
「うん、お見事で、うん、お見事だった。すごくお見事じゃった」
なんか俺たちは笑っていた。
「クハハハハハハハハハハハハハハ! なんだそりゃ!」
「ふふ、くくく、あははははははは」
俺たちは同じことを思い出している。
俺はヴェルト・ジーハという人間で、宮本はバルナンド・ガッバーナという亜人。
でも、俺たちは紛れもなく、日本で、高校生としての人生を送っていたんだ。
「大ジジ……ヴェルト殿」
「愚弟」
「ヴェルト……?」
みんな、分からないだろうが、今だけは勘弁してくれ。
俺は、この瞬間のためにイーサムと戦ったんだからよ。
「よくもワシらの邪魔をしてくれたのう。じゃが、うん、あれだ、うん、だけど、止めてくれてありがとうと言うべきなのかもしれんのう」
「そうか。こんな俺も少しは何かをできたみたいだな。鮫島の時は何も出来なかったから」
「そうでもないと思うぞ? 鮫島くんは魔王として生きたのなら、魔族として今のワシと同じように複雑な思いだったはずじゃ。それを、自分の娘をかつての旧友とはいえ人間である君に預け、そしてその娘は君をとても慕っている。鮫島くんは嬉しかったと思うぞ?」
「どーだかな。死んだやつがどう思っていたかは誰にも分からねえよ。転生しようがどうしようが、やっぱり死んだらそれまでなんだからな」
「そうかな? ワシには何となく、鮫島くんの気持ちは理解できるがのう」
宮本が言った、「ありがとう」の言葉。俺の起こした行動が今後どうなるかは分からない。
ただ、それでも今は救われたと言った。
そう言われると、俺がこの五年間抱いていたシコリも、何となく軽くなった気がした。
「朝倉くん」
「ああ?」
「君は、これまで『誰』と再会した?」
突然の宮本の言葉。その「誰」というのは、俺たちだけしかわからない奴らのことだ。
「鮫島と……小早川……先生だ」
「えっ……せ、先生?」
「ああ。先生は、エルファーシア王国で家族と一緒にラーメン屋やっている。再会したのは五年前。身寄りのねえ、俺とウラを引き取ってくれて、ついこの間まで一緒に暮らしていた」
「そ、そうか、小早川先生か……懐かしいのう」
次は俺の番だ。俺は聞かれた質問をそのまま返した。
「お前は、誰と再会した?」
その問に、宮本は遠くを見るような目で答えた。
「綾瀬さんと、加賀美くんじゃ」
「……! ああ、あの仕切り屋女と、チャラ男か」
「ふっ、酷い言いようじゃな」
「でも、そうか。その二人か」
「……神乃さんじゃなくてガッカリかのう?」
「ばっ! な、なんでお前まで! 鮫島といい先生といい、何でお前ら知ってるんだよ!」
「だって、バレバレじゃったから。それにしても、そうか。この広い世界、転生した時期や種族は違っても、何だかんだでワシらは再会するよう引かれ合っているのかもしれぬな」
そうか、その二人なら覚えている。そこそこ、関わりがあった奴らだからだ。
もっとも、どうやら神乃とは会っていないみたいだが。
しかし、それを指摘されると、何だかスゲー恥ずかしい気持ちになってきた。
俺って、そんなにバレバレだったのか?
「綾瀬さんとは神族大陸の戦争で再会した。彼女がワシの宮本剣道に反応して、正体に気づき、そして自ら名乗った」
「戦争? ちょっと待て、あいつも戦争に? それは、魔族か?」
「いいや、彼女は人間に転生していたよ。再会したのは二年ぐらい前かのう? ただ、お互いの立場上ゆっくりと話もできなかったし……それにもう、お互い昔に戻れぬほど道を進んでおったから」
「綾瀬が……人間に?」
「人類大連合軍・光の十勇者は知っているね?」
「あ、ああ」
「その一人じゃ」
「なっ、なんだと!」
光の十勇者。ガキの頃から有名な勇者や、フォルナを始めとする人類最強戦力たちの称号。
その一人に綾瀬が?
だが、それと同時に、宮本の言っている言葉に納得できた。
立場上ゆっくりと話もできず、既にお互い昔に戻れるような半端な人生ではなかった。
「そうか……しんどいな……どいつもこいつも」
鮫島も、宮本も、そして綾瀬も。
何だか、自由にこの世界を満喫しているのは、案外俺と先生だけなんじゃねえのか?
「そして、何よりも加賀美くんには気をつけたほうがいい。彼も人間だ。十年前に再会したが……もう、彼は昔の彼ではない」
「加賀美が? あのバスケ部のチャラ男が何をどう変わったっていうんだ?」
「『ラブ・アンド・マニー』は知ってるかの?」
ん? 『ラブ・アンド・マニー』ってどこかで聞いたことあるような……あっ! ジーエルたちの、シロムの競売組織。
「彼らの拠点はこのシロムだが、その組織そのものは地下に潜り込んで世界中の闇社会に広がっておる」
「それが、どうしたんだよ?」
「その、『ラブ・アンド・マニー』という組織のボスが、加賀美くんなんじゃ」
「は……はあッ?」
「彼はもう、亜人も魔族も、人間の命すらもどこまでも軽んじて……この過酷な世界に精神をやられて、すでにもう狂ってしまったのかもしれないのう」
今のはかなり俺自身もショックだった。
いや、綾瀬が人類大連合軍に居るっていうのも驚いたが……加賀美は。
「ワシの本当の目的は今日ここで彼を始末することじゃった。しかし、ワシらの上陸前に逃げられたという情報が入って……」
「加賀美が……うそだろ? あのお調子者の軽口野郎が」
かつてのクラスメートを始末する。なんて悲劇的な話だ。
この国だってそうだ。何かが欠落していて、それがこんな悲劇を生みだした。
転生して記憶が戻って、平和ボケした日本人の目でこの世界の影の部分ばかり眺めていたら、精神が壊れてしまっても仕方ないかもしれない。
俺たちは、あんな平和ボケした日本の高校生だったのだから。
「本当に俺は運が良かったんだな」
心の底から俺はそう思った。
しかし、だからこそ不安になる。
それは、変わってしまったのが加賀美だけじゃないかもしれないからだ。
宮本も、綾瀬も、鮫島だって、戻れない道を進んでしまった。
だからこそ、「あいつ」まで、変わってしまっていないだろうか? 途端に俺の心は不安に襲われた。
すると、その時だった。
「おー、そうじゃった、そうじゃった! 忘れておった!」
俺の沈んだ空気を壊すように、豪快なジジイの声が割って入ってきた。
イーサムだ。ようやく服を着て身支度を整えたらしい。その腰には巨大な刀。
「撤退する前に、ちゃんと今回の落とし前をつけておかんとな。のう、ヴェルトとやら」
ゲッ……うやむやになって、そのままバイバイだと思っていたのに、なんかスゲー怖い顔で近づいてくるんだけど。