第666話 ハメられた
「ふう……何時間ぐらいだ? あいつら、何杯もおかわりしやがって……」
お互い夜食を食べ合った。夜食な? 夜食。夜食だぞ?
だが、夜食に満足したのか、ユズリハは布団の中でグッスリと眠りにつき、クレオは艶々させた表情で笑みを浮かべて、俺に言った。
―――とりあえず、今日はこれで我慢するわ。だから、今日は特別……多少の贔屓は認めることにするわ。でも、覚えておきなさい、ヴェルト! 私たちだけではないわ。私たちと同じように、あなたに落とされて、それでも寵愛が貰えずに苦しんでいる『哀れな女』がまだ居ることを
そう言って、俺にフォルナの元へ行けと促した。
それを受けて、俺はそのままフォルナの部屋へと向かっていた。
体は疲れたけど、まあ、今日はそういうことをするためにあいつに会いに行くわけじゃねえしな。
「でも、だいぶ時間とられたし、あいつもう寝てるかもしれねえな」
もう時刻は深夜だろうし、正直、フォルナは絶対に寝ているだろうと思った。
でも、俺はそれでも良かった。あいつが寝てるなら、横であいつの頭を撫でながら今日は俺も寝よう。そう思った。
そんな考えをするようになった俺自身の考えの変化に笑っちまいそうになるが、心は清々しかった。
フォルナに、「愛してる」と言ってやった瞬間から、俺自身、なんか心が解放されたような気分だった。
―――フォルナ姫は宮殿の客間エリア……奥から二番目の部屋で休んでいるわ。二番目の部屋よ? 二番目よ?
「おっ、ここだな」
去り際にクレオが教えてくれた、フォルナに宛がわれた客室。中からは声もしない。動く気配はない。
それが、もうこの部屋の中に居る人間がグッスリと夢の世界へと行っていることを雄弁に表していた。
俺はそんな部屋の扉を、音がしないようにゆっくりと開けた。
そこは、重厚感漂うアンティークや美術品などが飾られている、いかにもVIP専用の部屋という感じがした。
そして、キングサイズのベッドにはシーツを被って寝息を立てているあいつが、俺とは反対側を向いて寝ていた。
やっぱり休んでいたか。でも、ここで部屋から出ていくことはなく、俺はベッドへ向かい、シーツに手をかけて……
「ったく、これじゃあ夜這いみてえじゃねえか……まっ、いっか。実際そんなようなもんだしな……」
そしてゆっくりと、大きすぎるベッドの中へと侵入した。
「……ッ! ……」
その時、シーツを頭まで被った山がビクッと動いたのが分かった。
起こしたのか? いや、それとも……
「なんだ……起きてたのか……」
「………………………………」
フォルナは何も答えない。シーツを頭からかぶったまま、身動きとらず、顔もこっちまで向けない。
でも、呼吸が乱れているのが空気を通して伝わってきているから分かる。
狸寝入りしやがって……いつもはお前の方から俺のベッドに侵入するくせに、俺からされることに驚いて戸惑ってんのか?
そんなフォルナの反応が面白くて、俺は一気にベッドの中で距離を詰めた。
「そう、驚かなくていい。ただ、今日は俺の方がお前とずっと一緒に居たいって思っただけだ」
「/////////////////////////////////////????」
「安心しろ。今日は一緒に寝るだけだ。特にそれ以上何かをするわけじゃねえ。ただ、朝まで……近くに居させてくれねーか?」
「????????????????」
「ま、そもそも今は俺のコンディション的にできねーけどな。くははははははは」
そして俺は、あいつをベッドの中で後ろから抱きしめて!
「ひゃうっ! ……あ、あわわ……へ? な、なん……で?」
俺に抱きしめられて体をビクッと跳ね上がらせて声を上げて……
「なななな、なん、で、な、に、ど、なんで……ヴぇる、ヴぇ、ヴェルト君?」
……顔を真っ赤にして明らかに混乱しまくっていた………………
………………ペットが居た………………………………
「………………………………………………………………………………あれ?」
………………………………………………………………あれ?
………………………フォルナじゃない?
………………………………………………………………やべえ、部屋間違えた?
「き、きゃ、き………………………………なん、で、ヴェルト君、は、半裸で私のベッドに!」
「いや、これはさっきまでの戦いで! いや、そ、じゃ、お、落ち着け!」
「ひ、い、いい………………………………!」
まずい! 混乱しまくったペットは、もはや限界とばかりに………………………………
「きゃああああああああああああああああああああああああ! ななな、なんでヴェルト君が!」
「しいいいい、静かに! 誤解だ誤解! とにかく落ち着けって!」
「バカバカバカバカ! なんで? 姫様がご懐妊された日に、何でヴェルト君が私を襲おうとしてるの?」
「と、ちが、とにかく落ち着け! 深呼吸しろ! これには色々と事情がある!」
「お、おちつ、く? むむむむ、無理だよお! こ、こんな不意打ちにヴェルト君がいきなり私と一緒に居たいとか、そ、それに、さっき、ちょっと抱きしめながら私の胸も触ったし!」
「あれは抱きしめたらちょっと触れただけで、ソレが目的だったわけじゃなくて、と、とにかく誤解なんだ!」
「なななん、にが、ごかかかかかい? ととと、とりあえず、そそ、そう、お、おちつ、おちつ……えとえと……こここ、これでも飲んで落ちちちち着いてててて」
「いや、お前が落ち着け……ってこれでも飲んでって……って、これはエロスヴィッチの栄養ドリンクじゃねえかよ! 何でお前がこんなの持ってるんだよ!」
ヤバい、つか、なんで? ここって、フォルナの部屋じゃ?
「つか、何でお前がこの部屋に居るんだよ! こんな豪勢な!」
「そ、それは、クレオ姫が、十年前とか神族世界で私に迷惑をかけたお詫びとかって……」
「な、なに? クレオが?」
そういや、俺にこの部屋の場所を教えた時、クレオの奴………なんか妖しく笑っていたような………ッ、まさか、俺、ハメられた?
「一体何があった!」
「おい、ペットの声だ! ペットの悲鳴が聞こえたぞ?」
「ペット殿、どうされたでござる!」
「ペット、なにがありましたの?」
「この部屋だ! おい、どうしたんだ?」
そしてその時、ペットの悲鳴を聞きつけた、バーツとかシャウトとか、ホークたちまで含めた幼馴染とか、ムサシとかフォルナとかウラとか……
「ハーメハッメハッメ、ハッメハメ~♪ なんなのだ~、今の悲鳴は~。わらわ好みの何かが起こっているのだ~。リリイ同盟の娘たちと遊び疲れて寝ようと思っていたのに、なんなのだ~? おおおお、今まさに臨戦態勢に入るとこではないかなのだ! ペット・アソークが、わらわの作った特製精力剤を自ら差し出しているのだー!」
「ん? おやおやおやおや、旦那君……それはないんじゃないかな? まだ、お手つきもされていない私を差し置いて、愛人を増やそうとするのはいただけないねえ」
エロスヴィッチとオリヴィアまで……そして……
「さあて、愚婿。説明してくれるかい? くくくく、これはどういうことだい?」
ニコ~っと笑った最恐の微笑みを浮かべたママが、鞭でパチンパチンと床を叩きながら現れた。
そして俺は………………もう、説明するのは勘弁してくれ…………




