第657話 勝ち誇る
「ヴェ、じゅ、十年も……あ、わ、そ、その言葉が……ずっと……ずっとほじぐで……」
「おお、でも、だからってこれからも気軽には言わねえぞ? 安っぽくなるから」
「ずっと……はんどじまえがらあなだど、からだをかざねあっでも……それだげは、いじどもいっでぐれなぐて……」
この世界のどこかで生まれ変わっている神乃を探したい。その想いから、ヴェルト・ジーハのこの世界での生きる目的が決まり、そして旅が始まった。
その旅の果て、辿り着いたのがココだ。
そこは、スタートする前から一緒に居た、一番近くに居た場所。
これがヴェルト・ジーハの答えだ、クロニア。これでいいんだよな? 先生。
「ッ……な~に、今さら言ってんだい、愚婿。愚娘」
「お、ま、ママ……」
「……ったく、二人とももう十八だってーのに、愛だの幸せだのウンタラカンタラ回りくどいんだよ」
そう言いながら、ママは俺が抱きしめているフォルナごと包むように俺たち二人とも抱きしめた。
ママの顔は見えない。でも、とてもその声は嬉しそうだった。
「あ~、ずるい~、コスモスも! パッパにギュっするのーっ!」
そう言って、コスモスは俺の足にギュっとしがみついて抱っこをせがんできた。
「くはははは、コスモス~、もうお姉ちゃんになるんだから甘えんぼはダメなんじゃないのか~?」
「え~~~! そ、そんなの、やだもん! お姉ちゃんになっても、パッパに抱っこしてもらうのいいんだもん!」
「はは……そりゃそーだ。なら、ジャンプだ、コスモス!」
「ん! コスモスもギュ~ッ!」
全く、幸せすぎるもんだ。俺たち四人はしばらくそんな状態のままで居た。
すると……
「「「どうわああああ!」」」
と、なんかドアが突然開いて、ドミノのように誰かがドタバタと前のめりに倒れて山ができた。
そこには……
「あっ……」
「お、おお……お前ら……」
「くくくくく、なんだい、お姫様たちがそろいもそろってはしたないんじゃないのかい? なあ? 愚婿」
そこには、愛想笑いをしながら見上げてくる、ウラ、アルーシャ、クレオ、ユズリハ、そして一人だけ倒れずにキザな笑顔で拍手をしながら部屋に入ってきた、オリヴィア。
「はっはっは、いやいやワンパクな旦那君とフォルナ姫の素敵なラブストーリーを見せていただいたよ。どんな名優でも再現できない、真実の愛に心を打たれたよ」
こいつら、覗いてやがったな! いや、つかさ、俺もここに居るのもどうかと思うけどさ、一応、外ではリリイ同盟なりヴェンバイやイーサムだったりフルチェンコだったり百合竜だったり、更にはクレオの姉ちゃんやクレランとか、とにかくスゲー奴らがいっぱい集まって、これからの事後処理について話し合わなきゃいけねーんだからさ、こんなことしている場合じゃねえんだけどさ。
しかし、オリヴィア以外はみんな、複雑と嫉妬と祝福がごちゃ混ぜになった微妙な顔で「ムムムム」と俺たちを見ていた。
「ヴェ……ヴェルト……」
「どうした? ウラ」
「そ、そのな……わ、私だって、き、きっともうすぐ兆候が表れるはずなんだぞ! 家族を増やせるんだからな!」
「ッ……」
「そもそもエルジェラほどの回数はこなしていなくても、あれだけしてもらっているんだから、そろそろ私だって体調悪くなったりするはずなんだからな!」
何バカなこと言ってんだ……と言いつつも……まあ、確かにその可能性だって十分あるわけだけどな……
「わ、私だってこれから遅れた分は取り返すもの! これからごぼう抜きよ! それに、フォルナもウラ姫もこれまで散々自分たちだけでヴェルト君を独占していたのだから、しばらくは私に融通してもらうわよ!」
「あら、アルーシャ姫、それなら私の方が融通されるべきではなくて? というよりもむしろ、私だって七歳の頃からヴェルト・ジーハとは互いの愛を確認しているんだから」
「私、……婿とまだ一回! まだ一回だぞ! 交尾するなら私が先だ!」
おい、アルーシャ、今から何を追い抜く気だよ。クレオ、それ、勘違いだから。あと、ユズリハ、お前は花嫁修業で何の修業したんだよ、前よりひどくなってるぞ?
何だか、さっきまでちょっと違う空気だったのに、結局またいつもの空気になっちまった。
「ひっぐ、っと、ふう、ふう、ふう……見苦しいところを皆さんにお見せしましたわね」
「ああ、でも、その涙は幸せの涙、拭わずに、存分に流したらいいのではないかな? お姫様」
「ええ、そうですわね……って、ところで、あなたは誰ですの?」
「ああ、紹介遅れたね。今日から君たちの家族の一員になる、オリヴィアだ」
「……………………………………ヴェルト?」
涙をとめようと慌てているフォルナに爽やかに話しかけるオリヴィアだが、初めて見る女の存在にフォルナも怪訝な顔。
そして、ママもまた、オリヴィアの名前を聞いて「ああ、噂の……」と頷いた。
「ほう、あんたかい。あのヴェンバイの娘ってのは」
「ええ、初めまして、ファンレッド様」
「ジャレンガ王子から聞いていたよ。まさか、本当に私もヴェンバイと親戚になっちまうとはねえ」
「武神イーサム様は非常に喜ばれていますよ」
「ふん、こりゃまた昔なら考えられないねえ」
流石に、ママも機嫌がとてもよろしいようで、増えたことに対して俺には何も言う様子はない。
だが当然、フォルナは「増えましたの?」と、目で俺に問いかけていた。
ゴメン。あんなこと言っておいて、そらねーかもしれねえけど、増えました。いや、増やされました。
でも、フォルナは軽くため息をついた途端、苦笑して俺の胸に頭を預けてしな垂れかかった。
「まったく……仕方ありませんわね……」
……アレ? …………それだけ?
それがあまりにも意外な反応のため、ウラたちも驚いた顔でフォルナに問い詰めた。
「お、おいフォルナよ、それだけか? 我々ヨメーズの中に、ヴェルトを愛するどころか恋もしていない女が加わるのだぞ?」
「クレオ姫は例外中の例外よ。実際、彼女の話は深く同情するものがあった。でも、オリヴィア姫は違うわ。ただの政略結婚じゃない? フォルナ、あなたはそんなこと許せるの?」
「ひょっとして、フォルナ姫。あなた、自分が子を授かったということで、未だ授かっていない者たちは勝手に争っていればいいとでも思っているのかしら?」
「私が交尾、先にする! もう一回! もっといっぱい! そして赤ちゃんほしいぞ!」
だが、ウラたちの言葉に対して、フォルナはどこか落ち着いた雰囲気で……
「あら? だって、仕方ないとしか言いようがないではありませんの。だってワタクシたちは……『そういう男』を死ぬほど愛してしまったのですもの」
そういう男って……いや、まあ俺はこういうことに何故かなっちまう男なんだが……。
しかし、フォルナの言葉は効いたのか、ヨメーズたちは言葉に詰まって何も言い返せなさそうだ。
そして、オリヴィア自身はウラたちの言葉を全く気にしている様子はなく、心配そうにフォルナを覗き込んだ。
「フォルナ姫。君は今、身重だと聞いたが、体調はどうだい?」
「ええ、今は落ち着いていますわ」
「そうか。正直、子を身ごもる女性は見たことはあるが、自分自身が経験ないゆえにその大変さを理解することはできないが、やはり色々とあるのかい?」
それは率直な疑問だったのだろう。妊娠して、気分や体の状態などどうなのかと。
それは、ウラたちも興味津々だったのか、食い入るように耳を立てている。
すると……
「勿論、気分だって優れているわけではありませんわ。それに、これからももっとその頻度も増えていくと思いますし、お腹が大きくなれば滅多に動くこともできなくなると思われますし、食欲もなくなるはず。精神的にもつらいこともあると思いますわ。それに、体形だって崩れないか心配ですし……」
やっぱ、腹の中に子供がいるっていうのは、それだけで大きく違うものなんだろうな。
男の俺と違って、ただ、幸せなだけではない。フォルナはこれから何か月間も普通とは違う生活を強いられる。
ウラやアルーシャたちも、最初は嫉妬光線が溢れていたし、でも喜んでお祝いしてあげたいという気持ちもあるので、その板挟みで複雑な顔をしているのだが、今のフォルナの発言で、やはり子供を授かるということが、ただ幸せに満ち溢れているばかりではないんだと感じたようだ。
「色々とこれからのことを思うと、ワタクシ自身今まで以上にしっかりとしなければならないと思いますし、責任が大きく伴うわけなのですから色々な覚悟を決めなくてはと思います。そう感じるようになって、ワタクシはようやく気付きましたわ」
そんな中フォルナは……
「女とは、このような苦労や辛さを乗り越えて母親になるのですわ! それこそが夫婦の、そして家族の幸せ! オーッホッホッホ!」
「「「こ、こいつ、最後に勝ち誇りやがって!」」」
勝ち誇ってまた笑った。




