第591話 勇者は正義の味方だ
「ところで、あんたらどこかの貴族さんかい? どっかで見たことあるような顔だが……」
「ええ、まあ、そのようなところです」
街のおっさんの問いかけに、ロアは苦笑しながら俺たちの身分を誤魔化した。
まあ、テレビがあるような世界じゃねえから、俺たちの顔だって、パッと見たぐらいじゃ正体は分からねえだろ。半年前にラブの馬鹿が俺たちの姿を全世界同時放映とかやらかしたが、一回顔を見たぐらいでそんな覚えてないだ……
「あーーーーーっ! あんたら、勇者様たちに、それに確か、ヴェルト・ジーハっていう……ッ!」
「そうだ! 間違いない! 半年前に空に映し出された戦争で見たことがある!」
「なんてこった、とんでもないVIP様たちが来てくださったんじゃないか! それなのに、万全の状態で歓迎できねえなんて……カブーキタウン、一生の恥だ!」
覚えていたーーーーっ!
「ちょっ、お、お前ら、何で俺らの顔を知ってんだよ! 一回ぐらいしか見てねーんじゃねえのか?」
「そんなの新聞とか見ていれば分かりますよ! それに、我々は常に客をもてなすプロのボーイ。一度でも来店されたことがある御客様や初めての御客様をちゃんと見分けられるよう、人の顔と名前を覚える訓練されているんですから!」
なんてことだよ! 結局俺たちの正体が一瞬でバレて、騒ぎが大きくなって、街中から男たちが顔を出して押し寄せてきた。
そして、縋る。
「御願いします、勇者様! どうか、どうかウチの店で働いていた女の子たちを助け出してください!」
「あの子達はみんな良い子たちなんです。それなのに、奴らは全員……俺の店のナンバーワンの子も奴らにッ!」
「チェーンマイル王国の騎士団たちがリリイ同盟とかいう連中の討伐に、ここの港から出航されましたが、どうか勇者様たちのお力をお貸しください!」
で、まあ、こうなるよな。
全員、土下座状態で俺たちに必死に懇願している。店の女の子を助けてくれと。
「……分かりました。僕たちが何とかしてみせます」
「「「「「おおおっ! 勇者様ッ!」」」」」
「っておいおいおいおい、ロア、何を安請け合いしてんだよ!」
で、どうしようかと話し合う間もなく、ロアがいきなり頷いたからビックリした。
って、何でお前は相談する間もなく、いきなり了承してんだよ!
「おい、こら、テメエ何を勝手に言ってやがる!」
「何って……何が問題なんだい、ヴェルトくん?」
そして、俺が慌ててこいつの胸倉を掴んで怒ると、こいつは完全にキョトン顔だ。
「いいか! 相手がどこの誰かもよくわからねーうえに、既にチェーンマイルの騎士団とか動いてるのに、なんで俺らまで動くんだよ!」
「いいじゃないか、ヴェルトくん。チェーンマイルの騎士なら僕も顔が利く。協力させてもらえるように許可を貰うよ。この戦力なら、決して足手まといなんかにはならないはずだしね」
「そうじゃなくて、何でそういうことを簡単に決めちまうんだよ! 別に俺らは正義の味方ってわけじゃ……」
「………………………………」
そう、正義の味方ってわけじゃ……ん? その時冷静にメンツを見渡して俺はハッとした。
「えっと、一応、僕は勇者なんだけど?」
「ヴェルト、僕も」
「俺もな」
「あー、そうだったよ、こいつら勇者だったよ! ザ・正義の味方オブ正義の味方だったよ!」
ロア、シャウト、バーツ。
困った人は放っておけない正義の味方の代名詞たる勇者様が三人も居るんだ。
しかもこいつらは、もっとガキの頃からそう呼ばれて、そういう称号を背負って生きてきたんだ。
こういう状況で「助けて」なんて言われたら、助けるのが当たり前の奴らなんだ。
「え~、めんどくさいから僕は嫌だな~。でも、最近イライラしているから、全員殺していいならやってあげてもいいけど?」
「いや、愚弟の言うとおり、クソ様子見したほうがいいだろうが。仮にもチェーンマイルの騎士団が動いてるところに、俺たちが出張っても、奴らのメンツをクソ潰すだけだろ?」
「ぼぼぼぼぼ、僕も恐いから絶対に嫌なんだな! ……あっ、でも、女の子たちを助けたら、お店のナンバーワンの子がサービスしてくれるとかなら、考えてあげてもいいんだな!」
でもまあ、勇者以外の反応はそれぞれ。ストレス解消したいジャレンガ、冷静に状況を把握してからと言うファルガに、下心満載のキモーメン。
まあ、正直なところ、俺はファルガの意見に賛成だな。
「僕は迷わず力を貸すべきだと思います。正義に国境は関係ありません」
んで、ロアはこの調子。ったく、本当にメンドクセーな……
「おーーいっ、大変だーっ! みんな、今すぐ港に来てくれーっ! 騎士団の船が帰ってきたぞーっ!」
その時、今度は別の男が血相を変えて走ってきた。
「なにい? バカな、数時間前に出たばかりだぞ!」
「じゃあ、もう討伐したっていうのか?」
「それは本当か! じゃあ、俺の店の娘たちも全員無事なんだな!」
なんだ、もう終わったのか。そりゃ、とんだ肩透かしだな。
まあ、それなら面倒なことはもう……と、思ったその時だった。
人生はそう甘くなかった。
走ってきた男が真っ直ぐ指を海に向かって指す。
するとその先には……
「見ろ! 船が……騎士団の巨大ガレオン船がボロボロになって帰ってきたぞ!」
そこには港に大きな影を落とすほどの巨大な船。一体、何千人乗員できるんだと思ったりしたが、すぐに別のことに意識を奪われた。
船の外装もマストも、まるで幽霊船のようにボロボロになり、船のあちこちに巨大な銛のようなものが突き刺さっている。
そして何よりも……
「お、おい、み、見ろよ! 船首に! 船の船首に誰かがくくりつけられているぞ!」
そう、航海の無事を祈るかのような、船首に設置されている女神像のようなものの上に、紐で誰かがくくりつけられている。
それは、見るからに屈強そうな巨大な肉体をあらわにした男が、顔をボコボコに腫らして、しかも全裸で縛られていた。
正に、生き恥! しかしどこかで見たことあるような……
「ま、まさか……あ、あれは、ガゼルグ将軍!」
ロアが顔を真っ青にして叫んだ名前。ガゼルグ? 誰だっけ?
「あ、あああっ! 本当です、ガゼルグ将軍です! な、そんなバカな!」
「ウソだろッ! まさか、……ガゼルグ将軍が……やられたってことか?」
シャウトやバーツも知っているのか? いや、俺も多分知ってるぞ? あれは確か……
「クソが……どうなってやがる! あれが……チェーンマイル王国の豪将と名高き将軍にして……聖騎士の一人、ガゼルグだってのか?」
聖騎士? ……あっ! 思い出した!
「あああああっ! ガゼルグって半年前の戦いで、そりゃもうスゲー大物風に登場してきたわりには、キシンに完膚無きまでに秒殺された、あの聖騎士か!」
「ヴェルトくん………覚え方………」
そうだよ、あの時の男だ。あの時の男が、ボコボコにされて全裸でくくりつけられてやがる。
あの聖騎士がやられた?
つまり、敵はあの聖騎士よりも強い――――
う~む、あの聖騎士より強いと言われても微妙過ぎて逆に強さがよく分からん。




