第554話 本心
生きててごめんなさいって、随分と皮肉を言いやがる。
「つうか、お前は死んだと聞いてたんだけど、生きていたんだな?」
「あら、私を既に忘れていた貴様に、私の生死など、どうでもよいのではないかしら?」
どうしてそんなにひねくれちまったのかと、本来なら言ってやりたいところだが……やっぱ、俺の所為なんだよな……
「……ったく、んなこと言うなよな? あまりにも意地の悪い言葉過ぎて、言葉もねえとはこのことだぜ」
「この状況で貴様が吐き捨てることができる言葉があるのかしら? 自分はまるで悪くないと言いたげな態度はやめてもらえないかしら? 不愉快よ。今すぐ殺してやりたいぐらいにね。この裏切り者」
めんどくせ~~~~~~~!
「ぷくっ、くっ、ぷっ、やば、ダメだ……たとえ笑ったら殺されるとしても笑えるんで……」
んで、ニートは一人ツボにハマっているかのように、必死に爆笑と格闘してやがる。この野郎……
しっかし、言い訳っつても、「あの告白はお前にじゃなくて、前世の記憶がフラッシュバックして思わず叫んじまった」で通じるわけがねえ。
それを説明するとスゲー長くなりそうだし、それをこいつが聞く耳もつとも思えねえ。
本来なら、「久しぶり」とか「生きてて良かったな」とでも言ってやりたいところだが、そんな言葉すらこいつは殺意を持って拒絶しそうな様子だ。
ってか、なんで俺は女房が浮気現場に乗り込んできた感じの修羅場を味わってるんだ?
「~~~~~ッ、は~~~……もう、分かった分かった。俺が悪いってことはな。で、テメエは俺に何を求めるんだ?」
「……何を求めるか……だとっ?」
と、ちょっと俺が投げやりな態度になった瞬間、俺の腕が闇の中に飲み込まれ――――
「ッ、ふわふわキャストオフッ!」
「……ふん……器用なことを………。それが、あの純粋な熱き心を失ってまで手に入れた力ということかしら?」
危ね~。また幻術に飲み込まれそうになっちまった。
随分とイラついた顔したクレオには、最早容赦という言葉はねえみたいだ。
「私が何を求めるか? 人を馬鹿にするのも大概になさい、ヴェルト・ジーハッ!」
被り物を外し、タブレットの人口音声ではない生の声。
それゆえ、クレオの素顔を知っている者も、知らない者も、そのあまりにも人間らしい感情を顕にする姿にかなり戸惑っているのが分かった。
だが、そんな周りの反応を気にすることなく、クレオはただただ、怒りと悲しみに満ちた表情で、ヒステリックに叫んだ。
「私は、信じたッ! あの時、私を愛していると言った貴様の熱い想い、言葉を、魂をッ!」
だから、それはお前に言ったんじゃねーんだよ……と言ったら、殺されるだろうな……
「命懸けで私を守り、愛を誓った貴様を信じた! 国も身分も違えど、信じあう心さえあれば、私たちは結ばれる天の運命なのだと確信していた! 十年前……不慮の事故により神隠しにあった私は、何の頼りも、知識もないまま、この世界に漂流した! 誰も私を知らず、誰もチェーンマイル王国を知らず、ただのクレオとなった私は、ただ一人だった! だが、いつの日か、いつの日か元の世界に戻ることを信じ、何年経っても貴様のもとへと帰るのだと心に決め、この体も心も指一本たりともこの世界の男に触れさせなかった! しかし、貴様は………貴様はッ!」
貞操を守り続けてきたクレオに対して俺は? 妻六人娘一人……ほんと、こんなゲス野郎死ねばいいのに……いや、俺なんだけどな。
つうか、クレオが男を遠ざけていたのは分かったが、それでなんでBLで、なんでその組織の代表みたいになってんだよと、色々と聞きたいことはあるが、ただ………
「仮にも勇者候補だった伝説のお姫様が、そこらの女みたいに騒ぐな」
「……なんですって?」
「戦争して、勢力争いあって、騙し騙され血で血を洗う野蛮な時代の野蛮な世界のお姫様なんだ。男に騙されたとかで、相手を恨んで感情的に叫ぶのは、みっともねーぜ?」
「……ッ! だ、誰が、誰の所為で!」
「ああ、分かってるよ。俺の所為だってことはな」
そう、誰の所為か? 俺の所為だ。
「分かってるよ、クレオ。お前にネチネチ言われるまでもなく、悪いのは俺で、そのことに対してなんの言い訳もできねーし、謝ることすらできねーほどだってことはな」
で、俺の所為なのは分かった。言い訳も謝罪もできねえ。
なら、俺に何ができる?
「そして、今更お前にしてやれることなんて何もねえってこともな。今の嫁と離婚しろとか言われても、無理だしな。俺が嫁に殺される。だからって俺自身がお前に殺されて償うことも無理だな」
「無理、だとっ?」
「そうさ。お前がこの十年間、俺への想いを抱き続けたのに対し、俺は……そんなことはなかった。本当に……」
今更取り繕うことなんて何もねえ。事実なんだ。
だから、真実と現実を教えてやるしかない。
ましてや、相手は別に俺が惚れていた女だったわけでもねえ。
前世の記憶がフラッシュバックして、意味も分からず叫んだ言葉に、こいつが勘違いした。
そのまま十年後、死んだと思ってたけど、やっぱり生きていて、今になって現れて、現在の俺の嫁関係を知って「裏切り者」と叫んでくる。
それが、俺にとっての今のクレオ。
そのクレオに対して、「俺が悪かった」という気持ちはあるものの、それで死んで償おうなんていうのは無理だ。それが俺の本心だ。
ただ……
「ただな、クレオ……お前が俺のことをどう思おうと、俺はそれを否定できねえ。女たらしだ、口だけだ、裏切り者だ、女の敵だ、最低のクズだ、好きに罵れよ。でも、それでもな……お前が生きていて残念だなんて、欠片も思ってねーよ」
そう、それだけは間違いない。
あの時の、生意気なガキは生きていた。そのことについて、俺は残念とは思ってねえ。
「どの口が……どの口がッ!」
「まあ、それを信じようが信じまいが、そんなのお前の自由だ。それを信じてくれなんて訴える気も、俺にはねえ」
そう、言い訳しない代わりに、たとえ信じてもらえなくても、それぐらいは言ってやりたかった。
お前が生きていて残念だとは思っていないと。たとえその言葉が、余計にクレオの怒りを生むことになったとしても。
「うう、殿に一体何が……まさか、殿も今は拙者を愛でてくださるが、いつの日か拙者を捨てることも………」
ムサシがものすごいクレオに感情移入して、自分に置き換えてメッチャ焦ってる。大丈夫だムサシ。お前は捨てない。一生可愛がるから。
「………はあ、くだらないんで、ほんと………」
んで、何故かニートは物凄い呆れたように溜息吐いてる。
その様子に、ブラックたちが目を鋭くするが……
「ちょっと、ニート! あんた、何のんきなこと言ってんのよ! あの最低男、どうにかしてやろうって思わないの? このままじゃ、クレオ姫が可愛そう過ぎるじゃない!」
「いや、もうなんか結末が見えたんで……どーせ、最後は嫁が増えるだけだと思うんで」
おい、こら、ニート! テメエ、俺がめんどくさくなればとりあえず結婚する男みてーなこと言ってんじゃねえよ。
だが、ニートやムサシたちの反応はそれぞれでも、クレオの反応は変わらない。
「殺す!」
俺の言葉で余計にイラついた表情を浮かべ、ついに爆発した。
「そう言うな。最低で、女垂らして、エロくて、ガラ悪い男……俺の女になるのは、そんな俺でも構わねえと、力ずくで俺と一緒になりやがった女たちだけだ」
「黙れッ! どうせ、今一緒に居る女たちすら、貴様は真剣に愛してなど居ないのであろう! ヴェルト・ジーハ……貴様は有史以来の史上最悪のオスよ……今、その存在を遺伝子一つ残さず死滅させるわ!」
お世話になっております。
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