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第48話 家族

 この五年で変わったと思えることは結構あった。

 その一つが、今俺の目の前にある、普通の一軒家の三倍の大きさもある飲食店。

 あまりの人気と国民からの強い要望で、国王よりほぼ命令に近い形で大型化することになった、ラーメン屋及び俺たちの家。

 先生はあまり大型化する気はなかったのだが、毎日長蛇の列で客からも不満が上がり、仕方ないという形で拡張した。


「おい、ウラ。お前、何を不機嫌になってんだよ」

「当たり前だ! 急すぎる。なぜ前もって言っていなかった!」

「いや、先生には前もって言ってたぞ。十五になったら国を出るって」

「私に何故言わない! 急に言われても……こっちにも準備があるのだぞ!」


 俺の話を聞いてから帰るまでの間ずっと、ウラはずっと不機嫌だった。

 何度も舌打ちしながらブツブツ言っている。

 一方で、街の入り口で別れたファルガは特に何も言わなかったが……


「準備って。そんな心の準備したって、お前は反対するだろ?」

「違う! 心の準備もそうだが、一番重要なのは、私自身の旅の―――」


 ウラがそこまで言いかけた時、俺はちょうど店のドアを開けるところだった。

 そして店のドアが開いた瞬間、小さな影が俺たちに飛びついてきた。


「兄ちゃん、姉ちゃん、お帰り!」


 その小さな子供が胸に飛び込んできた瞬間、不機嫌だったウラの表情が一気に微笑みに変わった。


「うむ、ただいま、ハナビ。いい子にしていたか?」

「うん、あのね、ハナビね、とーちゃんとかーちゃんの手伝い、いーっぱいしたよ!」

「おお、そうかそうか偉いな、ハナビは。ん~、スリスリスリスリ」

「きゃふう! ねえ、兄ちゃんも! 兄ちゃんもスリスリして!」


 ひねた俺ですら自然と笑顔になっちまう。

 今ではウラと並んでトンコトゥラメーン屋の二大看板娘の一人。

 ハナビ・チャーシ。四歳。

 クリクリの赤い髪で、半袖の服に動きやすい膝上の高さのズボンを履き、子供用のエプロンでいつも店内を走り回っている活発元気娘。


「あら、ヴェル君、ウラちゃん、お帰りなさい。怪我もなさそうで良かったです」

「よお、帰ったんだな、二人とも。今ちょうど片づけやってるから手伝え」


 カミさんと先生。そんな二人の間に出来た子供が、このハナビ。

 フォルナたちが帝国へ行った次の年に生まれた子供。

 店が忙しいから俺とウラとカミさん先生の四人がかりの子育てで、今ではハナビは俺とウラを本当の兄と姉だと思っている。


「ハナビ、いいか、良く聞け!」

「どうしたの、姉ちゃん」

「ひどいんだぞ、兄は、ヴェルトはな、ハナビを置いてこの家を出ていこうとしているんだ」


 こら、ウラ。お前は何を最も言っちゃいけない子に告げ口してやがる。


「兄ちゃん、ほんと?」

「お、あ、いや、ハナビ。あのな、別に兄ちゃんはお前が嫌でそんなこと言ってるんじゃなくて」

「兄ちゃん、どこか行っちゃうの?」


 やめろ。そんな、数秒後には爆発してしまいそうな潤んだ目で俺を見るんじゃない。

 決心をビリビリに破いてお前を抱っこしたくなってしまうじゃねえかよ。


「ふぇ」

「あ、あのな、ハナビ!」

「い、い、や、やあああああああああああああああああ!」


 だからやめてくれって言ったのに! ウラ、この野郎!


「ちょっ、ヴェル君、な、何を、っていうか、今の話は本当ですか!」


 ああほら、カミさんまで吃驚して器を落として割っちまってるじゃねえかよ。

 だから、もっとタイミングとか、切り出し方を考えてたのに。


「ヴェル君、何を言ってるんですか! そんなこと許しません!」

「やだ、やだ、やだ! 兄ちゃん行くのやあああああ!」

「ヴェルト、お前は私たちを捨てるつもりか! というわけでだ、ヴェルトの家出に反対な者は挙手を!」

「はいはいはいはいはい! 断固許しません!」

「ぜったいやだもん!」

「どうだ、ヴェルト。反対多数により、お前のくだらん考えは却下する!」


 ウラのやろう、味方を付けやがった。

 カミさんもウラも、困ったときにはハナビを味方に巻き込んで、俺と先生を押し通す。


「にいちゃん、ろごもいがないよね?」

「ううっ」

「このまま、にいちゃんいなぐなって、にいじゃんいないの、そんなのいやああ!」


 うおおお、畜生、ウラ、この野郎!

 前から言っているだろう、それは反則だって!

 やめろ、やめろ! ふらふらと俺の体が自然とハナビにまで近づき、思わずギュッと抱きしめて、「兄ちゃんはどこにもいかねえよ」と言ってやりたくなっちまうじゃねえかよ!


「ハ、はなび、あの、な」

「ひっぐ、ひっぐ、うう」

「に、にいちゃんは、ずっと、お、おまえの、こころのなかにいるよ?」


 俺は、何を臭いことを言ってるんだ?

 だが、危なかった。危うく決心が鈍るところだった。


「じゃあ、にいちゃん、これからも毎日、ふわふわ遊びしてくれる?」


 ふわふわ遊び。

 俺がこの世で唯一ハナビのためだけに編み出した技。

 相手を倒すためではなく、ハナビを楽しませるための、ふわふわ高い高い。ふわふわジェットコースター。ふわふわお昼寝。ふわふわ鬼ごっこ。

 この世で俺がハナビのハナビによるハナビのためだけに開発した技。

 

「たまに帰ってくるから、その時にな」

「うっ、うう、びぎゃああああああああああ!」


 俺がここまで狼狽えるのは、初めて変態将軍ギャンザと出会って以来か?

 逆らえる気がしねえ。

 泣きじゃくるハナビの後ろで、ウラとカミさんが応援している。

 完全に四面楚歌の孤立無援。俺に味方は一人も居ないのか?

 いや、そんなことはなかった。


「ついに、決めたんだな、ヴェルト」


 どこか重たい口調と共に、ずっと黙っていた先生が俺に告げた。


「ちょっ、あなた! 何を言ってるんですか!」

「ヴェルトが家を出ることを許すというのか!」

「とーちゃんのアホー!」


 瞬間的に反発する女性陣。だが、先生は俺と違ってどこか落ち着いていた。


「実はな、ヴェルト。今、国王様から打診があって、この店を大型化するだけじゃなくて、二号店を出したらどうだって話が上がってるんだ」

「えっ、マジで? スゲーじゃん」


 チェーン店って奴か? まあ、今では従業員も増えたし弟子もいっぱいいるし不思議じゃねえけど。


「それでな、ララーナが言ってたんだが、もしそうなったらその店はお前とウラの二人に任せたいってな」

「えっ?」

「お前らも十五だ。正式に籍でも入れて、ガキでもできたらたまに遊んで、そうなったらすごい幸せだろうなって」


 それは初めて聞いた。ウラも初めて聞いたのか、少し顔を赤らめて俺のことをジッと見ている。

 そして、今、その話を聞いたとき、不意に俺もそんな未来を想像してしまった。

 きっと、それは幸せな人生かもしれない。

 だが、それでも俺はやっぱり、


「でも、仕方ねーよな。こうなることは前から分かっていたから」


 その時、俺は初めて見た。

 


「だって、『ヴェルト・ジーハ』は多くの人たちに愛されても、それでも、『朝倉リューマ』の気持ちを理解してやれるのは俺だけだからな。お前がそれを完全に捨てない限り、この日が来るのは避けられないって分かってた」



 いつも豪快に笑ったり怒ったりしている先生の声が、僅かに震えて、瞳が潤んでいた。



「せん、せい」


「行って来い、ヴェルト。行って、世界を見て、そしてお前の恩人を、そしてクラスメートたちを探してこい!」



 だが、それでもその瞳が、表情が、言葉が、俺の全てを後押ししてくれた。

 だから俺は、行くんだ。


「ああ、行って来る。先生」


 ヴェルト・ジーハのもう一人の父親に、俺は心から感謝をした。



「う、うわあああん、あなたのバカー! 何ですか、二人だけ分かり合ったみたいに! ヴェルくんは、ヴェルくんはウチの子なんですからね!」


「私は断固反対だ! というより、ヴェルト、考え直せ! 今の話を聞いていたか? 二号店だぞ? 二号店だぞ! そして、私が、私が、ヴェルトの、ちゅ、つ、ちゅまに、つまに、ううう~、か、顔がにやけてしまうではないか!」


「いやあああああ!」



 俺が朝倉リューマを思い出して七年。俺もすっかり変わっちまったな。

 俺を産み、育んでくれ、そして命を懸けて俺を守ってくれた親父とおふくろのことすら、俺は他人だと思いこんでいた時期があった。

 それが今では、こんなに満たされちまった。



「カミさん、ウラ、ハナビ。本当にすまねえな。でも、俺は行きたいんだ。人には俺のやっていることはただの放浪に見えるかもしれないが、俺はこの旅に自分の人生を捧げたいと思っている」


「ヴェルくん、でも」


「だから、笑って見送ってくれねーかな」



 ある意味、一人だった頃は何をやっても自由だったのに、どこかへ行くにもここまで誰かにお願いしなくちゃならないぐらい、俺は大切なものが出来すぎた。

 すると、カミさんもどこか諦めたかのように俯いた。

 それを見て、ウラも、そしてハナビは泣きじゃくった。


「あ~、もう、寂しくなります。でも、誰よりも寂しいのは、ハナビです。大好きな家族としばらくお別れなんですから」

「ああ。でも、先生とカミさん、そしてウラも居る。だから俺も安心して行けるんだ」


 正直、ハナビの涙は心に突き刺さるが、それもこの三人が居てくれれば大丈夫だ。

 それに、何よりもウラが居る。

 人間と魔族なんて、もはや何の意味もない。

 ウラは、実の妹のようにハナビを溺愛している。


 俺が安心して旅立てるのも、ウラがもう十分に幸せに生きていけると確信したからだ。


 かつて、鮫島とした約束は十分に果たせた。


 この国は、もうウラを魔族だからって色眼鏡で見ない。

 多くの人たちに愛されている。

 だから~ってあれ?



「「「「えっ?」」」」



 あれ? 何で全員揃って変な顔で俺を見てるんだ?

 しかも、先生まで。何で?


「おい、ヴェルト、お前、何を言ってんだ? まさか、えっ、お前、家を出るってそう言う意味だったのか?」

「ヴェ、ヴェルくん、私、幻聴? 私、今とんでもないことを聞いてしまったような……」

「おい、ヴェルト、貴様、私に殺されたいのか?」

「うわあああん、兄ちゃんはアホ~!」


 えっ、何で? 俺、何か変なことを言ったか?


「な、なんだよ、先生まで」

「いや、そうじゃなくて、お前が世界を旅するってのは、お前一人でって話だったのか?」

「は、はあ?」


 いや、あたりめーじゃん。

 何を、言ってんだ?


「あのなあ、あれを見ろ」

「はあ?」


 先生が指さした先には、ウラががっくりと肩を落として、ブツブツと呪いのような言葉を呟いている。


「ウラちゃん、相変わらずなヴェルくんだけど、しっかりね」

「ねえちゃん、兄ちゃんバカだから、バカだから、バカなのお!」


 何で? てか、ハナビ、お前まで分かったのか? どういう意味なんだ?



「お前さ、ウラを置いて一人で旅とか、そんなこと許されると思ってたのか?」



 その時、俺はウラとの会話を思い出した。

 ウラが言っていた、『心の準備もそうだが、一番重要なのは、私自身の旅の――』って……



「あっ、あれってそういうことだったのか、って、ウラ……お前……ついてくんの?」


「アタリマエダ」



 こうして、俺の旅立ちと共に、ウラの旅立ちが決まったのだった。


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