第43話 姫洗体
いつまでも子供じゃいられない。それを知ることになるのだが……その前に……
「ほら、ヴェルト、妻であるワタクシがお背中をお流ししますわ」
「あっ、ずるい! フォルナ、私だって……もう、私もヴェルトとずっと一緒になるんだから……」
「う、そ、そうは言いましても、ワタクシとヴェルトは……もう、ずっと昔からなんですもの……」
まずはこの状況をどうにかしねーと。
いつも見慣れた先生の家の浴室は、ハッキリ言って一般家庭そのものの大きさ。
ゆえに、あまり広くはないのだが、こうして子供が三人入る程度はできるのだ。
浴室の椅子に座り、泡でさっさと体を拭いて洗おうとしている俺の目の前で、十歳の幼女が左右に並んで、どっちが俺の背中を流すのか、そして俺の妻になることについての議論を交わしているのだが、正直、さっさと上がることしか俺は考えてねえし、ガキ二人の相手をしたくねえ。
しかし、黙って俺がさっさと体を洗おうとした瞬間、俺の様子に気づいた二人が飛びついてきた。
って、おい! 二人共、全裸! 全裸ッ!
「ヴェルト、なにをしていますの! ワタクシがすると言ったではありませんの!」
「私はお前にたくさん恩返ししないといけないんだ! ヴェルト、これは私がやる!」
「あ~、もう、うるせえな、そもそもこんなもん一人でできるんだから必要ねえよ!」
ま、まあ、いくら既にブラを必要とする年齢とはいえ、所詮は毛も生えていないようなガキ………というか、本当に生えてな……って、そういうことじゃねえ!
つまりだ、仮に、ほんの僅かに胸に膨らみがあり、妙な感触が俺の体に触れても、俺には何の問題もねえ。いや、冷静に分析するのもどうかと思うが、とにかくこんなので動揺する俺じゃねえ!
「一人で……あっ! でしたら、こういうのはどうですの?」
だが、次の瞬間、フォルナが何かを「閃いた」な顔をした。
そして、何故か体を洗うための泡を自分の全身、腕、胸、腹、足、全てに伸ばして泡人間になった。
俺もウラも意味不明に首を傾げたら、フォルナは「ふふん」と胸を張ってとんでもないこと言いやがった。
「でしたら、ワタクシが全身を使ってヴェルトの体を洗いますわ!」
「はっ?」
「お母様から教えてもらいましたわ! これは、現在『チェーンマイル帝国』で、男性が女性にされて最も喜ぶ究極の奉仕だと! これを使えばヴェルトもメロメロだと!」
なにそれ? 洗体プレイ? いや、ソー……
「ってアホかァ!」
「いった! な、なにをしますの!」
思わず殴っちまったが、俺は何も間違ってねえ! 今の状況は殴っても間違いない!
つうか、女王は幼い娘になんつーことを教えて………
「う~~~、もう怒りましたわ、ヴェルト! ワタクシ、力づくでヴェルトに喜んでもらいますわ!」
「ちょっ、つおおおお!」
危な! ここで飛びかかられると、床が滑って、ダメだ、飛びかかってくるフォルナを支えきれねえ!
「つおっ! ふぉ、フォルナ!」
いって! 背中を打った。なんで、この世界の女はガキでも体当たり系ばっか……って、まずい! この態勢は不味すぎる!
「ヴェルト、ご、ごめんなさい、でも、ワタクシ、ヴェルトに喜んでもらいたくて……ですから……その」
「いや、待て待て待て待て! この態勢は色々とまずいから、とにかく離れろ!」
仰向けになる俺の顔の目の前にフォルナの顔。
重なり合う、俺とフォルナの互の胸。
腹と腹同士も温かい体温を感じながら俺たちは重なり合っている。
密着、圧迫、ヌルッとした感触で微妙に擦られ、あと少しの刺激を与えられるだけで……いかんいかん! 平常心だ!
素数だ。こういうときは、確か素数を数えるんだ……えっと……素数って何だっけ? 違う。南無阿弥陀仏! 色即是空! 祇園精舎の鐘の声が何とかで煩悩退散!
つうか、こんなクソガキに動揺するんじゃねえ!
「えいっ! やっ、はっ! えい!」
「はうっ!」
こ、声が出ちまった……
今の俺は浴室の床に寝そべった状態で、泡まみれのフォルナが俺の体に覆いかぶさっている。
そして、ぎこちないながら、俺の体を滑るように……
「な、ん、なんだこの寝技は! こんなの私も知らない」
ウラが顔を真っ赤にして俺たちのやりとりを……って、やめろ! 見るな! 鮫島の娘がこんなトラウマになりそうなことを………
「えい、こ、これであっていますのよね? どうですの? ヴェルト」
「ちょ、や、やめ、いや、まじ、おふっ、ちょ、しゃ、洒落になら、先生に殺され、いや、ぐおっ」
率直に言うと、何だか「ゾワッ」とした。
力づくでフォルナをどかそうとしても、力が全く入らなかった。
「はっ、んっ、はあ、はあ、うん、ヴェルト~」
さらに、緊張と背徳感が俺の心臓を刺激。そしてフォルナも、『これ』がどういうことなのかを理解していないながらも、『いけないこと』をしている感覚があるのか、顔が不安気だ。
「すごい、ワタクシ、なんだか、変に……ねぇ、ヴェルト……キスしたいですわ……」
「な、なに?」
「うぅ……ヴェルトと、もっといっぱいくっつきたいって思ってしまいまして……ワタクシ……」
しかし、それでも止まらねえ。顔の紅潮も息遣いも荒くなりながらも、無我夢中だ。
「あ、う、ぁ……わ、私もするんだ! 仲間外れにするな!」
「ッ!?」
「こうして、こうして、全部泡で……」
このカオスな局面に、自分も負けじと全身に泡を塗りたくったウラが泡魔人になって俺に襲いかかろうとする。
「って、参戦すんじゃねええええええええ!」
「えっ、ひゃう!」
「う、うぅぅううう、うおおおお!」
その瞬間、ウラがナニかしようとする直前、俺は、「頼んだぜ」と無念の中で死んで俺にウラを託した鮫島の顔が脳裏に浮かび………
「おわがああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「わあっ! ど、どうしたんだ、ヴェルト?」
俺の突然の叫びで、最悪の事態だけは多分阻止できた。
ウラもビクッりして行動をストップした。
フォルナはアウトだったが、ウラは多分セーフだった。と思う。
「鮫島に顔向けできねえからやめろおおおおおおおおおおお!」
俺は発狂したと言えるだろう。
二人が無邪気に知識もなくやろうとしたことを阻止するために、精神が崩壊しそうになるほど叫んだ。
「ひゃうっ!」
「ちょっ、ヴェルト! ヴェルト、どこ行きますの! ヴェルト!」
俺の叫びで怯んで、力が一瞬緩んだ二人を押しのけて、俺は濡れて泡まみれになった体を拭くこともなく、そのまま外へ飛び出して逃げた。
浴室どころか、店からも、そして王都の街へと全裸のまま飛び出して逃げた俺は、力尽きた後にファルガにとっ捕まって、店に連れて帰られると、事情はよく分からないが俺の全裸逃亡に怒った先生に、オタマで頭の形が変わりそうなほど殴られた。
だが、俺がどうして逃げたかの事情は、先生には一生教えられない。墓の下まで持っていくつもりだ。
これが、隠し事を絶対にしないと誓った先生に対して、俺が唯一、一生に一度だけの隠し事となった。