第401話 鬼の慟哭と俺の所為?
亜人の情操教育はしっかりとするべきだと思いながら、この一癖も二癖もありそうな囚人どもはどうするべきなのか。
「おのれ~、あの時の小僧め。思えば貴様から全てが始まったのじゃ!」
「よさんか、スドウ。吾輩たちは、負けたのだ。力もなくな。ゆえに、王を忘れるという失態も犯した」
「黙るのじゃ! そもそも二年前のあれも、キシン様の気まぐれが、あらゆることを狂わせたのじゃ!」
この鬼たちも、色々と複雑なことになってんだな。
「よう、ゼツキ。俺のことも覚えて……いや、思い出したってことは、キシンのことも思い出したんだな」
「……リモコンのヴェルト……貴様は何が起こっていたか、全てを理解しているのだな?」
俺の問いかけに悲痛なツラを見せやがって。
フォルナやバーツたちが俺を思い出した瞬間の表情もこんな感じだった。
「察するぜ、テメェの心中はな。崇めるべき存在を忘れた。それは忘れられる側もそうだが、ぶっちゃけ忘れていた側も辛いんだろうな」
俺の言葉にフォルナが少し顔を落とした。フォルナも分かっているんだ。
二年前までは世界を舞台に死闘を繰り広げた、ジーゴク魔王国のゼツキ。その力でキシンと共に大勢の仲間の命をも奪った鬼が、今は自分と同じ傷の痛みを持っていることを。
「だから、償いてえことがあるんなら、こんなところでウジってねえで、本人に言うんだな。ちょうどいいことに、今、地上で大暴れしてるからよ」
つっても、キシン本人は俺ほどセンチな様子はねえかもだけどな。
すると、俺の言葉を聞いてゼツキたちが「聞き間違いか?」と呆けた顔を浮かべた。
「リモコンのヴェルトよ。い、いま、今なんと?」
「キシンなら、今、俺たちと一緒に行動してる。まあ、ご覧のとおり地上と地下で別れちまってるけど、今は地上でラブ・アンド・ピースの馬鹿ども相手に戦ってるよ」
「キシン様が! キシン様がこの地に居るとッ!」
すると、どうだ? スドウたち他の鬼はどういう反応を見せていいのか分からず狼狽える中、ゼツキだけはゴツイツラの瞳に大粒の涙を浮かべ、額を地面に叩きつけながら声を上げた。
「う、お、おあああああああああああああああ! キシン様ッ! キシン様が……う、うぐう、うおおおおおおおお!」
鬼の目にも涙とはこのことだな。
だが、ここまで裏表ないものは返って清々しくも感じる。
「リ……リモコンのヴェルト……」
「ぷ、くくくく、あの朝倉くんがそんな異名を持ってたんですね~」
「うるせええ! そこだけ拾うんじゃねえ!」
そういやリモコンのヴェルトなんて呼ばれたのは久しぶりだよ。
やっぱ何度聞いてもカッコ悪い。ニートとフィアリの笑いを堪える反応に思わず現実に引き戻された。
だが、そんな時だった。
「そう……おじさん……戦っている。てっきり、自由になれたって奔放に生きていると思っていた。それに、聖騎士たちは何を? これでは、全てが台無し」
知らない女の声が聞こえた。
ゼツキの隣の檻からだ。
「お答えください……キシン様の件は……あなた様も関わりが?」
隣の檻に居る何者かに問いかけるゼツキ。すると、そこに捕らえられていた女が口を開いた。
そこに居たのは、灰色のショートカットの小柄な女。見開いた二つの黒い瞳は、一切の動揺が見られず、生きているのか死んでいるのか判らないほど感情を感じさせない。
俺やフォルナたちより少し年下ぐらいか? だが、幼さと可愛らしさが感じられるものの、落ち着いた雰囲気が、少女から少し大人びた印象を受ける。
暗がりだが、よく見ると人間ではない。それは、頭部から伸びる二本の角が証明している。まあ、ゼツキが敬語を使うなら当然か。
それにしても、妙な格好だな………
「黒騎士の鎧………?」
そう。棍棒持って暴れる感じの鬼族に比べて珍しく、人間の騎士たちが纏っていそうな鎧とマント。
全身真っ黒に染まった『黒騎士鬼女』………なんか、色々と言いにくいな………
「あなたは! キロロ姫ではありませんの!」
そして、フォルナがその鬼女を見て驚いたようにそう言った瞬間、俺は「またなんでサラッと大物が」的な気分で頭が痛くなった。
「フォルナ姫……以前も言った……姫ではなく私は魔王。ジーゴク魔王国を統べる魔王は私、七大魔王の一人の、このキロロ」
淡々とした口調でも、フォルナの言葉を訂正する鬼女……その名はキロロ。
無表情なのにムッとした表情を感じさせる雰囲気を出しながら、自分の存在を主張した。
「おい、朝倉………」
「ねえ、朝倉くん?」
「あ~……俺もよく分からん。だが、少しだけ様子みとこう」
ニートたちが、「どういう状況?」的な顔をしているが、俺もイマイチよく分からん。
ただ、この女はキシンの姪っ子だったはず。
しかし、これまでの様子を見る限り、この女は聖騎士たちに協力的な立場で、ある意味ではクーデター的な感じでキシンから王座を奪い取ったと思われる。
そこらへん、何やら複雑なことがありそうだ。
「キロロ様、なぜ、キシン様を………」
「なぜ? ゼツキ、あなたも何故分からない。おじさん、確かに強い。魔族最強。しかし、おじさんは魔王としての責務も、覇道も持ち合わせていない。二年前の、人類大連合軍と結んだ和睦がいい証拠」
「キシン様には、キシン様のお考えが………」
「おじさんに関して、それはない。おじさんは本音では、戦争なんてやらずに、音楽さえできれば他に何も望まない」
あっ、それは同意だ。
「人間の血を引こうとも、英雄になれる才覚の持ち主はそれを天下のために使うべき。だが、おじさんはそれをしない。身分も血筋も関係なく、優れた者が上へ立つべき世界の中で、優れた者として上に立ちながらもその手で世界を変えようとしない。それを私は見過ごせない」
その時、俺の頭の中には、ギターを弾きながら陽気に「ヘイ、ロックンロール」とか言ってるキシンの姿が思い浮かんだ。
つうか、そういえば、あいつを魔王として実感したことが未だに俺はねえ。
まあ、だからキロロの言わんとしてることは分かった。
「なるほどね。つまり、堅物で真面目な姪っ子が、魔王失格の叔父さんを追放して、自分が鬼として、魔王としてのあるべき姿になろうとしたってところか? 可哀想にな。あのバカは、王座を追われても『イエ~イ、フリーダム』程度にしか思ってねえのにな」
「ッ……ヴェルト・ジーハッ……」
「俺のことを知ってるか? まあ、聖騎士の協力者だったんなら、知っててもおかしくないが」
あれ? さっきまで、平静を保っていたはずが、急に俺を見て睨みつけるキロロ。
しかも、その睨みはただの睨みじゃねえ。
「ん?」
不審な男に向ける目つきじゃねえ。どこか、憎しみや、強い殺意のようなものを感じる。
何でだ?
「ヴェルト・ジーハ……私はあなたを許さない」
「はっ?」
いや、なんでだよ。初対面だろ?
だから、フォルナ、ニート、フィアリ、俺を「女の敵? また?」みたいな目で見るんじゃねえよ。
「私は変えたかった。真に能力ある者たちが認められる世界。おじさんは、それを出来るのにしなかった。だから許せなかった。そして、ヴェルト・ジーハ……あなたさえいなければ……」
いや、だから、まるで心当たりがなくて困るんだが、俺、何かやったか?
「あの人は……私の愛する人は、お前の所為で全てを失って滅んだ」
「……はっ?」
……え?
「ええええええええええええええ! お、俺がッ?」
「ヴェルト、それは本当ですの?」
「え、え~~~~~? 朝倉ェ~」
「うわ……朝倉くん、マジですか?」
えっ? こいつの愛する人? はっ? えっ、俺の所為で? え、俺、なんかやったっけ?
まるで心当たりが無いんだけど………
「ぐわははははははは、負け鬼女のヒステリーは醜いものじゃぞ? のう、キロロよ」
「武神ッ、イーサムッ……」
「おぬしも久しぶりじゃのう。『鬼カワ魔王』なんて名乗りおって」
「鬼カワとは言わないでもらいたい。私は、そんな異名を自分で名乗ったことはない。私は、『漆黒の魔王騎士キロロ』の方が良かった。誰かが勝手に広めた」
「まあ、キシンが広めたんじゃろうな。叔父バカ心と、追放されたことへの単純な嫌がらせでのう」
俺がまるで心当たりがなく頭を悩ませている間に、顔見知りなのか、近所のおっさんと、からかわれるブスッとした幼い子供みたいなやりとりしている、イーサムとキロロ。
イーサムは、檻から「ジト~」と睨みつけるキロロをからかいながら、視線を別に向けた。
そしてそこには………
「はあ……両手も縛られた状態では、自分で自分を慰めることもできないのだ……もう、何日もイってないのだ……かわいいオナゴにクン〇できぬなら……かわいいおなごにク〇ニしてもらいたいのだ!」
ブッ飛んだ狐の幼女。ダメだ……もう、俺には処理しきれねえ。
だからどうする? もう、諦めて様子だけ見ておくか。
気づけば、俺は半歩後ろに下がって、既に傍観者ポジションに立っていた。




