第379話 不良VS陰キャ
警戒すべきはドリルと紋章眼。あとはねちっこいネガティブ野郎。
ほんの僅かな動作や、身に纏う雰囲気からしても、身体能力は多分それほど高くないだろう。
だが、妖精やラブ・アンド・ピースが高く評価する以上、能力的なものは優れているんだろうな。
ガチに倒しにかかるのなら、そういう能力が発動される前に、レーザーやふわふわ技で一瞬にして倒すのが基本だが、あいにくこれはそういう戦いじゃねえからな。
「いくぞコラァ!」
まずは、頭の悪い不良らしく、真っ向から全力でドタマを狙ってやるとするか。
「……やっぱ無理ッ!」
と、俺の気遣いを一切無視し、どう動くかと注目していたニートの最初の動きは、何と逃亡。
ニートはドリルを勢いよく回転させ、俺の目の前で真下に穴を空けて逃亡しやがった。
「なっ!」
「ちょ、に、逃げましたわ!」
「……あ、あの、あの恥さらしめ!」
そう来たか。自分がダメなやつであるということを開き直った奴は、こういうことをいきなり出来る。
「おいおい、いきなり潜って逃げるか? まあ、それだけじゃねえだろうけどな」
ガチで逃げたわけでもあるまい。
地中の中を動いている振動が伝わってくる。
隙を見て、俺に奇襲を掛ける気か?
「つっても…………」
アメーな。こんなもんモグラ叩きと同じで…………
「ていっ!」
「出てきた瞬間叩けばいいだけだ!」
こんなもんで俺をヤレるとでも思ったのか? 容赦なく出てきた瞬間のニートの頭部に警棒を叩きつけてやった……ん?
「ッ、この感触ッ!」
人の頭部を叩いた感触じゃねえ。まるで泥を叩いたかのような……
そう感じた瞬間、ニートの体は歪み、歪みながらもそのまま何事も無かったかのように攻撃を再開して来やがった。
右手のドリルをジャブのように繰り出すその姿は、本物ではなく……
「あれは、螺旋術、泥人形?」
「土を固めて分身を作る技だ……しかし、あれはカモフラージュなどで使う身代わりの技! なぜ、動ける」
地底族でも驚いている。
そう、今の目の前のこれは本物じゃねえ。土で作られた偽物だ。
なら、本物は?
「オリジナル螺旋術・俺キャンペーン」
「ッ!」
ニートの声が土の下から聞こえた。何事かと思った瞬間、いきなり辺りの至るところから、二十人程度のニートの分身体が下から飛び出してきて、俺に一斉に飛びかかってきた。
しかもこの分身体、一つ一つが意思を持っているかのように、動いてやがる!
「聖命の紋章眼……泥人形に意思を与えたか……」
「は~、なるほど。そいつは便利だ。体力尽きるまで兵隊を生み出せるんだから」
いや、ピイトとグーファが感心したようにサラッと言ってくれてるけど、それは相当なもんだと思うぞ?
「じゃあ」
「いくぜ」
「卑怯とか言わないでくれよ」
「引きこもりの根暗には、正々堂々は似合わないんでな」
しかも、この分身体は感情的なものがそのままニート本人のものをトレースされているかのように、違和感がねえ。
命や意志を与える紋章眼……まあ、つっても……
「ふわふわダンスパーティー」
素材が土であることには変わりはねえ。なら、俺にとってはそれほど驚異じゃねえ。
土くれでできた分身体は、俺のふわふわ技で回転させ、その強力なGで形を分解されて粉々に砕け散った。
「ワリーな、泥に塗れることはあっても、土で遊ぶ年齢じゃないんでな」
「……妙な技使うんだ……」
「それよりも、いつまで引きこもってるんだ? あんま出てこねーと、世界をひっくり返してでも外へ出すぞ?」
そう、その気になれば、この一面の地面を強引にひっくり返すことだって……
「螺旋茨!」
「ッ!」
と思った直後にやってくれる!
地中から広範囲に飛び出すドリルは、枝分かれして、辺り一面を刺だらけの大地と化した。
寸前で空中に飛び上がって回避したが、少しだけ肌を切っちまった……
「この、クソニートが……」
「ッ!」
「まとめて、消し飛べ! ふわふわ極大レーザー!」
地中に潜って引きずり出すどころか、そのまま地中に埋もれさせてやる!
この極太レーザーで、なんなら消滅の手前ぐらいまでぶっ殺してやろうか?
若干キレ気味の俺は躊躇いなくレーザを放った。だが……
「それはやばいんで、ちょっと無理するんで……ガチとかはあんま好きじゃないんすけど!」
この状況下でニートが地中から勢いよく飛び出し、上空の俺に向かってドリル突き出して突き進んでくる!
しかも、泥人形じゃねえ。こいつは本物だッ!
つか、こいつ、このままじゃ俺のレーザーをまともに……
「なにいっ!」
レーザーにドリルを突き刺し、その瞬間、俺のレーザーがこいつのドリルに消滅? いや、超高速回転するドリルとニート自身のエネルギーに中和され、飲み込まれ、まるでエネルギーを吸収したかのようにドリルから発せられる波動が勢いを増した。
つか、これはくらったらマジイ……死ぬッ!
「ふわふわ空気爆弾ッ!」
「ぐぼほあっ!」
咄嗟に放った、圧縮した空気爆弾。
レーザーと違い、ニートの懐で爆発させ、ニートは弾かれたように宙に投げ出され、ドリルに留めていたはずの俺のレーザーのエネルギーが四方に拡散した。
あ~、危なかった。
「がっ、つ、……」
「ニート君ッ!」
「な、なん、今のは……全く何にも分かんなかった……いきなり、何かが破裂したように……」
地面に激突して激痛に喘ぐニート。その表情は痛みと同時に、一体何が起こったか分からない様子。
まあ、無理もねえよな。目にも止まらぬ光速レーザーと、目にも見えねえ空気爆弾。しかもそれは全方位射出可能神出鬼没と来ている。
ズルく敵を倒そうと思えばいくらでもできるだけに、最初はこの喧嘩で使う気はなかったんだが、思わず使っちまったな。
「いたた……なんか、……不良って言ってるわりには、随分とトリッキーなんすね。ほんとはもっと、頭悪い殴り合いに来ると思ったんすけど」
「……根暗相手に俺の拳はもったいねえ」
「あんた、ほんと、人を貶さないと生きていけない人なんだな」
体は人間より丈夫そうだが、亜人や魔族ほどじゃないな。今の空気爆弾一発で、そこそこダメージはある様子だ。
だが、ネチネチ文句言ってくる割には、その表情は、さっきまでの陰鬱さに比べれば、歯を食いしばったりと、少しは男前になってやがるな。
いいんじゃねえか? それも少しは男らしいってもんだよ。
「はは、随分と応用力あるね~、ヴェルト・ジーハくん。あれは社長が負けただけはあるな」
「……いや……ヴェルト・ジーハの力はあの程度のものではない」
「ん? ピイト専務、やけに彼の力を買うね~」
「………………」
なんか、やけに見られているような気がするが、というかガン見されてるんだが、あのピイトって野郎……まあ、手を出して来そうにないからいいんだけどさ……
「あの地上人の駄作……妙な技を使うな」
「だあが、ニート・ドロップの螺旋術も、ハーフにしては……」
いくら、駄作だ半端物だと言われても、流石にこの一瞬で何となく他の連中も分かってきてはいるようだ。
さっき、ここに来るまでに瞬殺した地底族の連中が、地底族の中でも名の通った強者と言うのなら、ニートは今のところそいつらに劣っているようには感じない。
それは即ち、ニートが実は優れた存在なのかもしれないと、少しだけ地底族たちの見る目が変わってきていることも意味する。
「ゴミ婿! 合体するか?」
「いや、空気読めよ、ユズリハ」
とにかく、この意味のない喧嘩も意味あるものになりそうなところ。
今は余計な茶々は入れさせずに、このまま第二Rを初めてもよさそうだな。
「にしてもだ、引きこもりの根暗にしちゃ、そこそこやるじゃねえか。コッソリ牙でも磨いてたのか?」
「……友達居ない根暗は、時間だけは有り余ってるんで」
「くはははは、まだそういうことを言う。俺が人を貶してばかりなら、テメエはとことんネガティブだな。くだらねえ」
「まあ、そんなの今更なんで」
「コッソリ牙を磨く努力は出来ても、心を開く努力はできねえ。つまんねーやつだぜ。そんだけ強くなるより、ダチの一人作るほうがよっぽど楽勝だと思うけどな」
「……難易度の種類が違うんで。まあ、色んなことを信用できない俺には、むしろそっちの方が最高難度なんで」
「けっ、ユージョーとかレンアイとかがか? お前にとっちゃ、自分が強くなることよりも誰かと繋がることのほうが、よっぽど大変ってか? 居るもんなんだな。そういう変な奴」
「まともな奴だったら、こんな生き方してないんで」
俺が言うのもなんだが、これだけ出来りゃ、一般的な評価を得るには十分なんじゃねえの? と思うが、それをハーフという血筋が足引っ張ってんのか、それとも単純にコイツ自身の性格が足引っ張ってるのかは微妙なところだな。
するとどうしてだろうな。
「しかし、妖精が騙した騙していないは別にして、見る目はあったってことだな。こんな地底世界でも嫌われ者の根暗野郎を、よくぞまあ、陽のあたる表舞台に引っ張り込んできたもんだ」
「……別に……あいつは俺を見込んだわけじゃなくて、あいつが知っていた俺が、たまたま紋章眼目覚めさせる素材だっただけなんで」
「そうか? その割には……あの妖精の正体をずいぶん前から知ってたくせに、随分あっさり口車に乗ってその目を手にしたもんだな」
「なんなんすか? 喧嘩で語り合え~的なこと言ってた割には、おしゃべり多いと思うんすけど」
「ワリーな。喧嘩だと無駄口叩くなってのが普通なんだろうが、俺は喧嘩するとついつい口が滑らかになるんだよ」
「どこが滑らか? 俺にはイヤミと皮肉でねちっこいんで」
妖精が絡む話題には、皮肉混じりで流そうとしても表情に少し変化があったな。
「ふ~ん…………そういうことか」
何だかんだで、そこには随分と心が揺れているようだな。
それを見て、俺は何となくだが、こいつの本心が見えてきた気がした。
「無駄話も悪くないぜ? まるで何も伝わってこない相手でも、こういう状況下だと思わず素の自分が出るもんなんだからな」
「はっ?」
「ニート……テメエは今まで張った意地の分、素直な心になるのがカッコワリーとか思ってるんじゃねえのか?」
「……なに言ってるか分からないんで…………」
「信じたいけど信じられない。素直になりたいけど素直になれない。真実を知りたいけど、怖くて知りたくない。ニート、テメエは自分で勝手に作った矛盾に一人で迷走しているだけだ。もっと言うと……妖精はお前にとっても『ガチ』だったんだろ?」
「ッ!」
「テメエは、芽生えた本気で本物の友情やら恋やらをどうしていいか分からず、あーだこーだ身悶えている、実に単純な問題だったんだよ」
そう、物事は単純だったんだ。
妖精がラブ・アンド・ピースだった。前世のトラウマで人を信じられなくなった。
それは全部ただの言い訳だ。
本当は…………
「ほんっと、リア充は分かったような口叩いて、マジウザいんで! てか、何で俺が不良に説教されなきゃいけないのか分からないんで!」
「けっ、図星を突かれて恥ずかしさを誤魔化すために戦うか? 引きこもりが恥をかくより、強硬手段に出るとは、ますますガチな証拠だな」
「うるさいんで! 恵まれた環境で好き放題やっても許されて、出会いも恵まれハーレム気取りで、そのくせ俺の味わった日々を何も知らないくせに、うんざりなんで!」
俺が全てを語ろうとする前に、舌打ちしたニートが自分から俺に向かってきやがった。




