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第33話 純粋悪正義

「朝倉……お前は……人の娘と一緒に無自覚で……はは……スゲーことをしやがって……人と魔が力を合わせて……まったく」


 後は逃げるだけだ。ハッタリでもいいし、情に訴えてもいい。

 何だかんだで、一番事態をややこしくした張本人のギャンザは倒したのだから。


「し、信じられん。まさか、ギャンザ様を……あんな子供が……子供たちが……」

「それにあの少年……魔王や魔王の娘と随分親しいが、一体何者なんだ!」


 ギャンザを倒した危険人物を今すぐ殺せという雰囲気ではなさそうだ。

 だから、チャンスだ。


「おい、ウラ!」

「ああ、分かっている。今から、私の魔法で目くらましをする。この場を更に混乱させ、父上を担いですぐに逃げるぞ」


 この場を逃げる算段を確認し、俺たちが動き出そうとした、まさにその瞬間だった。



「そう……そういうことだったのですね、ボク」



 この感じ……初めてギャンザを見た瞬間に感じた圧倒的な死の雰囲気。

 全身の鳥肌が一斉に立った。


「なっ! て、テメェ!」

「バカな! ヴェルトの攻撃と、わ、私の上段蹴りを受けて立ち上がるなど…………」


 顎に青アザ。切った唇から赤い血がにじみ出ている。

 後頭部や腕だって相当なダメージのはず。

 その証拠に、ギャンザの足腰もガクガクしている。


「分かってしまいました。そういうことだったのですね」


 だが、ギャンザは立った。

 不気味な雰囲気を漂わせ、自分の負ったダメージや傷など一切意に介せず、ただ、涙と微笑みを見せた。

 俺は、心の底から悪寒がした。 

 ギャンザは俺を見ながら、泣いていた。



「ボク、可哀想に。君は、薄汚い魔族に純粋な心を奪われて、操られてしまっているのですね?」


「はっ?」


「子供と思って侮っていました、ウラ姫。あなたは、何の罪もない、今を平和に生きる純真な人間の子供を利用して……なんということを」



 あまりにも的外れすぎることだが、この女は本気で言っている。


「また、始まったよ、この女! 俺が操られている? そう来たか」

「私が、ヴェルトを操っているだと? 訂正しろ! それは、ヴェルトに対する侮辱だぞ!」

「あ~、もう、やめとけやめとけ、ウラ。この女のことが少し分かってきた。まともに会話しようと思ってもストレス溜まるだけだ」

「しかし! しかし、ヴェルト、この女は、この女は!」

「だから、気にすんな」

 

 そう、気にしたら負けだ。俺は怒りをあらわにするウラの頭を撫でて宥めてやった。


「俺たちが互をどう思い合っているかなんて、俺たちだけが分かってりゃいい」

「ヴェルト……」

「少なくとも、俺は俺の意思でお前の傍に居るんだ。お前の親父や、ルウガに対する気持ちも変わらねえよ」

「ッ! ヴェルト……うん! 私も……今日出会ったばかりでも……例え人間でも、人間だけどヴェルトは……ヴェルトのことは、す、すすすす、好きだ!」

「お~、そーかそーか嬉しいね~」


 さて、それはそれとして、この目の前の女をどうしたものか。

 同じ戦法は二度と通用しないだろし――――――


「ああ、なんて可哀想に!」

「なっ…………」


 気づいたら、ギャンザが俺たちの目の前にいた。

 考えがまとまる前に向こうから来やがった。


「くっ、魔極真から―――――」

「ああ、私はあなたを許さない、ウラ姫」

「あっ……」


 ギャンザが指で素早く十字を描く。

 光が弾けたと思ったら、ウラの全身を十字架が縛り、その体をおびただしい刺がついた蔦が何重にも巻きついた。


「神聖魔法・十字架断罪クロスエクスキューソナー

「なっ、か、体が、動か―――――」

「ウラ姫。純粋悪を内に秘めたあなたに、神の神罰を下します」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 磔にされたウラの全身が神々しい光に包まれた瞬間、ウラの絶叫が響いた。


「ウラ! こ、こんの、電波女が! ウラを離しやがれ!」


 今すぐ助けなくちゃならねえ。

 ウラの体にどんな異変が起きてるか分からないが、どう考えても痛みが伴う何かに決まっている。

 策なんて何一つなかったが、俺は渾身の力を込めて警棒を振り回した。

 だが、


「怖かったでしょう、ボク……」


 気づけば、俺はギャンザに抱きしめられていた。

 わずか十歳の子供のウラの悲鳴にも似た叫びの中で、この女は、何故こんな慈愛に満ちた微笑みを見せる?

 俺は身動きひとつ取れなかった。


「あ、朝倉! ウラ! お、おのれえええええ! ギャンザァ!」


 鮫島が傷ついた体を起こして叫んでいる。

 だが、


「神聖魔法・神炎ゴッドフレイム!」

「ッ、し、しまっ!」

「神の炎は慈悲深く、対象を決して滅することはありません。ただし、その業火も同様に消えることはありません」

「ぐおおおおおおおおお」

「悠久の炎に抱かれて、己の罪を改めなさい、魔族」


 消えない炎と相手を燃やし尽くさぬ炎。

 ただ、相手に灼熱の苦痛を与えるためだけの炎。

 無慈悲にも程がある。


「ッ、さ、鮫島ァ! こ、この電波女、離しやがれ! 離せ!」

「ボク、もう大丈夫だからね」


 ダメだ。力づくで逃れようとしても、体に腕が食い込むほどの力で抱かれている。

 身動きが取れねえ。


「で、出た、あれが、あれが、ギャンザ様の神罰の魔法」

「光属性の魔法を極めた者がたどり着ける、神聖属性」

「おい、もっと離れたほうがいいぞ。無慈悲な神罰は、敵も味方も平等に裁く。巻き込まれたら、俺たちも死ぬぞ」


 考えが甘かった。いや、トドメを刺しておくべきだった。

 だが、そんな俺の絶望を更に上塗りする事態が起こった。


「ん」

「――――!」

「ん、ちゅっ、ぷちゅ、ちゅる、ん、んん」


 俺の身に何が起こっている?

 突如、慈愛に満ちた微笑みから、扇情的な笑みを浮かべ出したギャンザは、俺の頭を掴んで、


「ぷちゅ、ちゅる、んん、れろ、ちゅ、ちゅ、ぺちゅ」


 貪るように俺の口内を、自分の唇と舌で蹂躙した。


「ん、んー! んー! んー! ぷはっ、ぐっ、な、何やってやが、んー! んー!」


 キス? 違う。それはもっと邪悪なもの。


「あ、あさくら―――――――」

「ヴェ、ヴェル、ぐうううう、ああああああああ、くっ、き、貴様、ヴェ、ヴェルトに、な、なにを!」


 気持ち悪い。吐き気がする。意識が遠のく。

 俺は今、何をされているんだ?


「ぷはっ、ふう、大丈夫ですから、ボク。必ずお姉さんがあなたを助けて上げますから……薄汚い魔族の口付で怪我された心も体も清めて差し上げましょう」


 俺は何も言葉が出なかった。

 体が痙攣して、頭も何も考えられない。

 ただ、異常なことが起こっているのは分かる。

 ギャンザの味方である、人類大連合軍も、顔面を蒼白させている。


「ギャ、ギャンザ将軍、い、一体何を」


 一人の兵士が尋ねる。

 すると、ギャンザは切羽詰ったような表情で返した。


「この少年は今、魔族に純粋な心を奪われて精神を操られているのです」

「は、はい、そ、それで、それと、その、将軍のく、口づけが何の関係が?」

「彼の純粋な心を取り戻すために必要な儀式の準備です」


 儀式? 準備? この女、一体俺に何を?



「人が純粋さを取り戻す一番効果的な方法。それは、誰かの純潔を手にすることです」



―――――!



「私が魔族に対して甘い戦いばかりを繰り返してきたことにより、この子を巻き込んでしまいました。だから、何としてもこの子を助けなければならないのです。私の純潔を捧げてでも……嗚呼、本来純真無垢であるはずの子供がこんな怖い顔をするなんて……戦争は悲しいですね」



 …………って、この女!


「ッ、てめえ、まさか!」

「ボク、ジッとしていてくださいね。お姉さんが……ウフフフ、フフフフフ、アハハハハハハ!」


 最悪の光景が俺の頭の中に浮かんで、俺の意識は一瞬で覚醒した。

 そして、俺の予想した通り、ギャンザは俺の上の衣類を無理やり剥ぎ取り、自分も身につけていた鎧を外して、俺の目の前で肌を晒した。


「ほら、触ってよいのですよ? ほら、……ホラ……サワルノデス」


 有無も言わせず、俺の手首を強く掴んでそのまま自身の胸元へ。


「ぐっ、てっ、め」

「うふふ、ウフフフフフフフ」


 芸術品のように美しく、透き通るような真っ白い裸体なのに、俺には狂ったケモノの巨大な口の中にしか見えなかった。


「っ、おま!」

「大丈夫です。安心していいのですよ。あなたも明日には普通の生活ができますから。あん、暴れないでください。強い心を持ってください。ボクならできますから」

「やめろ! ふざ、ふざけんな! 何で、やめろって言ってんだろうが! は、離れろ! 離せ! ブッ殺すぞテメェ!」

「ああ、魔族の洗脳がこれほどとは」

「俺に触るんじゃねえ!」

「邪悪な魔が溢れ出ています。手遅れになる前に、私が全て吸い取ってあげますよ。大丈夫、私と繋がって一つになることで、あなたは純粋な心を取り戻すことができるのです」

 

 誰も止めない。いや、誰もこの異常な事態にただ、手を出すことができないのだ。

 俺は暴れた。恐らく、生まれて一番暴れた。身を捩らせ、抵抗して、絶対に逃れようとした。


「暴れないでください、ボク。あなたは、元の純粋さを取り戻さなければならないのです。魔族に操られた辛い日々など忘れ、幸せになる資格があるのです」

「ああああああ! くそ、テメェ、ぶっ殺す! ったいに殺す! 離せ! 離せ! 離せ!」

「幸せな世界を生きなさい、ボク」

「っ!!!!」

「私も責任は取ります。お姉さんと暮らしましょう。とても素敵な未来が待っていますから」


 喰われる!

 据え膳? バカを言うな。こんな恐怖、憎悪、屈辱、悪寒、絶望、負の感情があるか?

 この女は狂っている。正常な精神で、正しいことをしているつもりで、こんな狂った行動を躊躇いなくする。

 俺なんかじゃ想像もできないほど深い、異常な「何か」がこの女にはある。


「やめ……ろ……」

「さあ、一つになりましょう、ボク」


 俺は、喰らい尽くされる……そう思った。だから、最後の反発。


「こいつらは……俺のダチだ! あいつは、鮫島は……シャークリュウは俺の親友だ!」

「……」

「お前なんかと何回ヤッても、変わらねえ!」


言ってやった。言いたいことはいってやった。

すると、その時だった。



「アストラル・ボルテックス!」



 妖艶な笑みを浮かべていた、ギャンザの表情が一瞬で憤怒へと変わる。

 次の瞬間、ギャンザが俺から飛び退いた。

 すると、押し倒されていた俺の真上を光り輝く螺旋の渦が通過した。


「なっ?」


 誰かがギャンザを攻撃した。

 誰が? ウラと鮫島は捕らえられている。

 ならば、誰が?

 

「誰です! 神聖なる儀式を邪魔する不届きものは!」


 ギャンザの怒り。すると、俺の背後から、聞きなれた声が聞こえた。



「不届きものはテメェだろ、クソ小娘」



 それは、とても粗野で乱暴で威圧的な口調で、



「このクソ薄暗い地下奥深くで、テメエは……」



 だけど、どこまでも頼もしい……

 


「俺の大事な愚弟に何してやがる」



 味方ならこれ以上頼もしい奴はいない、自称未来の俺の義兄。



「ファ……ファルガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」



 圧倒的な存在感を纏ったファルガが、俺の前に現れた。


「お、おい、い、今、あのガキ、なんて言った?」

「ファ、ファルガ? あいつが、あの、ファ、ファルガだと?」

「な、なんだと! あ、あれが! あれが、大陸最強のハンター! 緋色の竜殺ドラゴンスレイヤーし、ファルガ・エルファーシアか!」


 人類大連合軍が驚愕するのも無理はない。

 俺だって驚いているからだ。

 

 でも、良かった。夢じゃない。


 俺は自分が情けないと思えるぐらいに、心の底から安堵した。


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[一言] ギャンザは戦争でも和睦の大使を拷問の末殺害とかやってはならない一線を越えてるからマジで死んでほしい
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