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異世界クラス転生~君との再会まで長いこと長いこと  作者: アニッキーブラッザー
第六章 ギャルとロックとカオスな大戦争(15歳)

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第163話 人間の怪物

 それは、唐突だった。


「は~~~~~~~~~~~~~」


 ママンことユーバメンシュからため息が漏れた。


「いいところだってのに、無粋ねん。でも、まだ、もう少し時間はあるけどん。一応、準備だけはしといたほうがいいかしらん?」


 それが何の意味かは分からないが、俺たちにそれを気にしている余裕はなかった。


「三段突きドリブル」

「トランスフォーメーション・バグズアイ! 絶対に逃さな……ッ!?」

「ふふふ」

「うそでしょ!」


 ソルシと対峙して昆虫のような瞳を見せる、クレラン。

 聞いた話だと、トンボのような目になると、複眼で何万もの瞳で世界を見ることが出来るとか。

 だが、どれほど視野を広げようと、究極の野生の速度には適わなかった。


「おっとー、クレランちゃんを抜いたソルシちゃんのシュート! でも、それは見えない壁が弾いたわん!」


 弾いたわけじゃない。勝手に弾かれたんだ。案の定、俺にはクレランを抜き去った瞬間も、シュートフォームも見えなかった。

 ただ、ソルシがクレランと対峙して、抜こうとしているところまでしか分からなかった。

 いつの間に、クレランを抜き去り、シュートの態勢に入っていたかも分からなかった。

 常時ゴール周辺に気流を集めていなければ、防げなかった。


「へえ、自分が意識していなくても、自動防御できるわけか。なかなか器用だね、ヴェルトくん。でも、甘いよ」


 ボールは弾かれて宙を舞う。そこには、三人娘が飛び込んでいた。


「あの時の、借り! 死んでも返す!」

「船の上では相手にならなかっただよ」

「でも、三人揃った私たちなら勝てるの!」


 ソルシと違う。動きは目で追える。

 だが、なまじ追えてしまうのが問題だった。


「それ、パス!」

「ほっ!」

「それ!」


 ボールが上下左右に行ったり来たり。三人はまるで分身しているかのように徐々にゴールに迫ってくる。


「出たー! フットサル界名物のパス回し! 三位一体のゴールデントリオ!」


 ボールが行ったり来たりするたびに、首を動かし目を向け、しかし段々それも加速していく。


「ちっ、は、速すぎるぜ!」


 さらに、パスの速度とともにボールの威力も増し、それが最大限に高まった瞬間、ジュウベイが空中から叩き込むようなボレーシュートを放つ。

 

「っ、ふわふわセービング! っ、だ、ダメだ、距離が短え!」

「なら、その弾かれたボールはもらうよ」

「げっ!」


 反応が遅い。完全にいなしきれずに、ボールの威力が手に伝わり、ボールを取りこぼす。

 だが、取りこぼしたボールと共に、俺の脇に目にも映らない速度でソルシが駆け抜けて後押しする。


「さあ、四点目だ。まさか、これで終わりかい? トンコトゥラメーン」


 結果、俺たちは開始間もない時間帯で、既に四対ゼロと圧倒的な力差を見せられるという展開になっちまった。



「四点目~! すごいわん! 亜人界最高のプレーヤー、ソルシ・オウキ! 普段はファンタジスタとしての異名を持つ彼も、この試合では自らが切れ込む野性的なプレーを開放し、全開よん!」


「つか、もちっと頑張れよな、朝倉!」



 うるせえよ。マジメにやってんだよ。

 いや、クレランも、エルジェラも、ムサシも持てる能力を駆使して守ろうとしている。

 だからこそ、これは見たまんまだ。


「ちっ、ツエーな」


 差があるんだ。俺たちとこいつらでは実力差がありすぎる。

 少なくとも、今日初めて組んでプレーする俺たちが間違っても奇跡を起こせるような相手じゃねえ。


「だが、ツエーけど、マジで恐ろしいのはそれだけじゃねえ」

「殿? どういうことでござる」

「あのな~、あいつらはサムライだぞ?」


 そう、今はどういうわけかボールを蹴ってるが、普段は刀を脇に携帯している奴らだ。


「おやおや、もう諦めたのかい? もう少し、楽しませてもらえると思ったけどね。ねえ? 緋色のドラゴンスレイヤー?」

「テメェ」

「ふふ、でも君なら気づいているだろう? 相手に反応すらさせずに抜き去ること。もし、僕が剣を持っていたら、君たちは何回斬られていたかな?」


 相手の本職は、あくまで剣士。もし、こいつと殺し合いをすることになったら?

 俺たちは、気づかない間に、首をはねられていただろうな。

 そして、守っては、トウシが居る。


「止めたー! クレランちゃんのミラージュシュートに惑わされることなく、その瞳で真実を見極め、強靭な腕一本でキャッチング! これはもう、勝負あったかしらん?」


 ミブロウは守ることはしない。ゴレイロにトウシが居るから、その信頼で誰も守備に着こうとしない。

 徹底的に攻撃にのみ専念し、俺たちをボッコボコにする気だ。


「きゃ~~、ソルシ様! トウシ様、マジサイコー!」

「大会後に、カップリングあるんしょ? 私、絶対ソルシ様書くし!」

「はあ? これだからミーハーは。トウシ様の寡黙さ、マジわかんないの?」

「う~、ゴールデントリオ、可愛すぎす!」

「へへ、いいぞー! 俺たちの仇だ! 人間どもを徹底的にブチのめせ!」


 既に会場中全体かミブロウを後押ししている。

 俺たちの応援は、ドラとコスモスだけ。

 孤立無援の四面楚歌。

 

「ふう、まずいわね、弟くん。彼らは人間の知能と獣の野生を兼ね備えた亜人を、正に体現しているわ。ハッキリ言って、亜人としての完成度が、これまで出会った亜人とは桁違いよ。特に、あの二人はね」

「これが地上世界の生物。ゴールという獲物を狙う狩人の如き鋭さですね」

「演舞以外で、拙者も実戦で亜速をあそこまで使えぬでござる」


 集まって話をしても出てくるのは打開策でも対抗策でもない、ただの賞賛だった。

 それだけ俺たちも、ぐうの音が出ないほど圧倒されているというわけでもあるが。


「クソくだらねえ」


 だが、それを一人だけ一蹴する奴が居た。


「いや、つってもよ~、お前だって、ソルシにボコスカ抜かれてんじゃねえかよ!」

「ファルガ、相手を認めることも重要よ? その上で作戦考えないと」


 そうだ。俺たちはそれだけやられてるんだから。

 だが、ファルガは鼻で笑った。



「そうだな。確かに、遊びや大道芸じゃ勝てねえことは理解した」



 遊び。その一言は、盛り上がっていた会場を凍りつかせた。


「遊び? 僕たちは真剣に勝負をと思っていたけど、そんな負け惜しみを言うのかい?」


 ソルシの言い方は、まるで、無様な言い訳をするなと言っているように見えた。

 だが、ファルガは変わらない。


「なんだ? テメェらは、真剣勝負がしたかったのか?」


 何を言っている? 誰もがそう思う中、ファルガがボールを脇に抱えたまま中央に向かって歩き出す。


「もし、真剣を持っていたら何回斬られた? 実際に持ってもいないと分かりきっている相手に、警戒もクソもねえ。テメェらこそ、何を勘違いしてやがる。俺がその気になったら、何回ぶっ殺されていたと思ってやがる?」


 その言葉には、背筋に寒気が走るほどの圧迫感があった。

 ファルガのどこにそれほどの自信が? 槍もないのに?

 いや、だが、それでも分かるのが一つ。

 ファルガは自惚れた強がりを言うような奴じゃないということを。


「だが、真剣勝負がお望みなら、見せてやるよ、クソども。真剣勝負ならぬ心剣勝負。俺流で言えば、真槍勝負ならぬ、心槍勝負をな」


 ファルガの目がマジになった。

 この目、見覚えがある。

 シロムでイーサムと単独でやりあった時だ。

 というより、俺はファルガが力を解放するところは見たことあっても、全力で戦う姿を見たことはねえ。



「あら~ん? 六対ゼロと圧倒的な点差でも、まだ抗う獣が一匹。ファルガちゃんがいよいよベールを脱ぐかしらん?」



 興味深そうに身を乗り出す、ママン。どうやら、こいつも何かを感じ取ったみたいだな。

 そう思うと、俺も少し楽しみになってきた。

 ファルガが、何をしでかすか?


「いくぞ」


 ファルガが、ドリブルで上がる。その先にいるソルシへ、真っ直ぐ。


「ふふ、きたまえ。何がどう変わったのかを…………っ!」

「ふん」

 

 それは、なんのフェイントも高速のドリブルでもない。

 ファルガはただ、ボールを蹴ったまま、ソルシの脇を通り過ぎた。

 だが、ソルシは一歩も動いていない。茫然自失でその場に立ち尽くしていた。


「はあ? ちょっ、組長!」

「なにやってるだよ」

「っ、とにかくすぐ取り返すの!」


 普段は守らない三人娘も、何かを感じ取ったのか、三人で急いでファルガを三方向から取り囲もうとした。

 しかし、その時だった。


「へっぐ!」

「っ!」

「あっ……」


 三人娘は何もしていない。

 ファルガは何もしていない。

 なのに、三人娘は、腰が抜けたかのようにストンとその場に落ちた。


「なっ!」

「ファルガ?」

「いっ、一体何が起こったでござる!」


 味方の俺達ですら困惑している。

 状況が状況じゃなきゃ、八百長していると言われてもおかしくないほど、唐突な出来事。


「こ、これほどとは…………ちょっと、想像以上ねん」


 何が起こったか理解しているのは、ママン一人。

 しかも、その口調はいつものような甘い声ではなく、僅かに恐れているような感じが伝わってきた。


「何が起こったか分からないが、自分が止める」

「やってみろ、クソ副長」


 ファルガとトウシが一対一。

 どうする気か? そう思ったとき、ファルガが寸前で止まった。

 何があった? しかし、トウシも微動だにしない。

 俺たちは何が起こったか分からず、しかし誰も手出しができず、その不動の睨み合いが数秒続いたと思ったら、ファルガがボールを軽く蹴り、それがそのままゴールに入った。



「ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーール!」



 ママンの声と共に告げられるゴール。

 しかし、今の状況、誰も何が起こっていたもわからないままで、会場全体が混乱した。

 すると、そんな中……



「見事だ。ファルガ・エルアーシア」


「ふん。クソが……思いの他、てめーは想像以上だったがな。八十七回も俺の槍を素手で捌くやつが居たとはな」



 両者をたたえ合う、ファルガとトウシ。

 いや、マジで何がったの? 

 そう思ったとき、トウシが自身の右手を見た。



「空想上のやりとりだった。ファルガと対峙した瞬間、槍で突かれるイメージが頭の中で浮かび上がった。空想上とはいえ、自分は必死にその槍を回避していったが、八十八回目にして右腕が飛んだ」



 はっ……?



「なめていたよ。僕も対峙した瞬間に、心臓を一突きされたイメージが頭の中にこびりついた」



 ソルシが補足するように、苦笑しながらそう告げた。

 さらに、腰を抜かした三人娘たちは、体をガタガタ震わせながら、泣きそうな声を漏らしていた。


「わ、私、く、首が、首が一瞬で飛ばされるイメージが……」

「ひ、ひとつきで、こ、殺されてただよ」

「い、一歩も動けなかったの」


 おいおい、嘘だろ? そんなこと……



「達人が寸止めで拳を止めても。寸止めされた方は、その破壊力を脳裏で想像してしまうもの。もし寸止めされなければ、自分の頭はこんなふうに破壊されていただろうってねん」


「あ、ママン、それ、私も分かる。熱そうな鍋とか見ると、触っていないのに、火傷しそうとか思うじゃん」


「うん。でもね、ファルガちゃんのはそれを更に高めたもの。寸止めどころか、技を繰り出す前に、ファルガちゃんと対峙しただけでどのような攻撃が繰り出されて、そして殺されるのかがミブロウのメンバーには分かってしまったのよん。そして、あたかも一瞬自分が殺されたと錯覚した。まあ、トウシちゃんには時間がかかったみたいだけどねん」



 解説されても意味不明だった。

 いや、とりあえず内容はわかったが、理解はできねえ。

 だって、そんなことが現実にありえるのか? 

 つまり、ファルガは対峙しただけで相手を殺したと思わせることができるってことだ。


「普通は達人同士のイメージトレーニングで取り入れるものだけどん、それをこの場でやるなんてねん。なるほどん、ファルガちゃんなりの心槍勝負。見せてもらったわん」


 ついにベールを脱いだ、人間の怪物に、しばらく会場中が凍りついたままだった。

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