第141話 戦の後の祝福と涙
色々と思うところのある戦いだった。
俺は勝った。でも、最初はあれだけあった達成感も、あの爆発の後から急に気分が下がった。
エルジェラも、すやすやと眠るコスモスに、微笑んで頬をすり寄せて愛おしさを見せながらも、時折どこか思い詰めたように遠くを見ていた。
俺たちの間に会話はなく、チロタンの爆発によって乱れた天上の状況が収まり始めたのを見て、元の国へと帰ろうと俺たちはふわふわと飛んでいた。
あれだけの騒ぎだったんだ。多分、国中が心配しているかも知れない。
ファルガやウラは、俺が七代魔王に勝ったって言ったら、どんな顔するかな?
ムサシは、俺が七代魔王とサシで戦ったと言ったら、「拙者としたことがー!」とかって、俺の側にいれなかったことを悔いるかな?
不意に仲間たちの顔を見たくなった俺は、そんなことを想像しながら元いた場所へと目指していた。
だが、ようやくたどり着いたその場では………
「世界が相手でも戦ってみせる!」
「さあ、かかってきやがれ! 俺にできることなら、なんだってやってやる!」
「ハッピーバースデイ、新しい天使様」
……なんか、ドヤ顔の天使たちが、すごい恥ずかしいセリフを熱弁しながら俺たちをお出迎えしていた。
そして、どこかニヤニヤニヨニヨした顔で俺たちを見て、「せーの」で息を揃えて、こう言った。
「「「「「ご出産おめでとうございます、エルジェラ皇女!!」」」」」
「「「「「ありがとうございます、ヴェルト様!」」」」」
なんで?
俺がそんな顔をしていると、背後からファルガが俺の肩を叩いた。
「愚弟……」
「ファルガ! これは一体どういう……」
「全部見ていた」
「はっ?」
そう言って、ファルガは指をさした。そこにあるのは、巨大な湖。
「忘れたか? あれには、千里眼の能力を有し、水面に映像を映し出すということを……」
「あ……」
「正々堂々の一対一の戦いだ。もしもの時までは助太刀しないつもりだったが、その必要はなかった」
思い出した。あの湖には、映像を映し出す能力があった。
ということは、あれか? 全部見てたって、まさか…………
「全員、お前とクソ天使の共同作業から、お前がチロタンを倒すまで見入っていた」
「なっ!」
「おかげで、クソ天使共は興奮して大騒ぎのお祭り騒ぎだ」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!? は、は、は、恥ずかしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
ちょっと待て、じゃあ、何か? 全部見てたってそういうことかよ!
「も~、コスモス様ったら、何て可愛いのかしら!」
「いや~ん、私も早く分裂期にならないかな~」
「でもでも~、とても素敵でしたわ! 一人で子供を生む天空族が、地上人の男と協力するなんて」
「本当ですわ~。ああ、私も殿方と心を通わせたくなりましたわ」
こいつら…………
「つか、見てたんなら助けろよな! けっこー、ピンチだったんだぞ、俺たちは!」
「ああ、だから、その準備はしていたが……愚弟……テメエが無駄に覚醒したせいで、その心配がなくなった」
「覚醒じゃねえよ! マグレだよ!」
ヤバイ。俺が戦いの最中でどんな熱弁したかを頭の中で思い返してみると、何だか恥ずかしいことばかりで居てもたってもいられずに、雲の地面に何度も頭を叩きつけた。
だが、俺がそんな風に一心不乱に現実逃避しようとしていたら、どこか真顔のファルガが俺の頭を小突いた。
「おい、愚弟」
「あっ? なん……ん? なんだよ、んな、真面目なツラして」
少しいつもと違う気がする。
周りの乱痴気騒ぎの声が聞こえなくなるぐらい、雰囲気のある顔つきだ。
どうした?
そう思うと、ファルガは俺に耳打ちした。
「愚弟……まぐれで七大魔王は倒せねえ」
「……」
「愚弟。テメエは望む望まねえを別にして、世界三大称号をサシで蹴散らした。それが、世界にとってどういう意味かは自覚しておけ」
だよな……まあ、今回は俺の名が世の中に広まることはないだろうが、それでも俺はそれだけのことをやった。
世界の流れを変える力と影響力を持つ七大魔王の一人を討った。
それは、どのような流れになるかは分からないが、俺は確実に世界の流れに影響を与えたとも言える。
そう、俺が望む望まねえは別にして、俺は世界を……
「殿おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 殿おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! トノオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
で、考えていたことが全部頭がぶっとんだ。
「うおおおおん、殿ォォォォォォォォォォォォォ! 殿ォォォォォ! よくぞ! よくぞご無事で! 拙者、拙者……殿の窮地を知り、すぐにでも駆けつけたかったのですが、無能な拙者は空を飛べないことに気づかず、無我夢中で飛んだら雲から真っ逆さまに落ちかけて気を失っており、馳せ参じることが出来ず………拙者、一生の不覚!」
「お、おお……つか、お前、さらっと死にかけてたんだな……」
「ううううう、クレラン殿に救われたようで、気がついたら殿が、あの七大魔王を雄々しく打ち破った光景をこの瞳に焼き付けることができました。主の偉大なる快挙に拙者、実に本懐であると同時に……何も出来なかった自分が許せぬでごじゃるうううううううう! かくなる上は……」
「って、待て待て待て待て! 何を切腹しようとしてやがる! なんで、この世界の連中はチロタンといい、お前といい、考えが両極端なんだよ!」
泣きながら鼻水涙全開でグシャグシャに俺の胸に飛び込んだムサシは、縮こまった猫のように丸くなって震えていた。
おお、可愛いやつ。頭を撫でてやると、なんか、尻尾と耳がパタパタ動いた。
お、おお……クセになる……
「お疲れ、弟くん。こっちも大変だったよ~。ムサシちゃんったら、『殿、今すぐ行きます! とーっ!』とか言って飛んだら、雲の下まで落下しちゃったんだもん」
「いや~、間一髪だったっすね」
「クレラン、ドラ」
俺がムサシを可愛がってると、俺を労うように、クレランと小型化したドラ。
まあ、この二人も何だかんだで心配していたのか、どこか安堵の表情を浮かべている。
「って、あれ? こういう状況だといつも嫉妬してくる、俺のお姫様はどこだ?」
あれ? いつもなら、「うわき~」とか言って怒る、ウラが出て来ないな。
どうした?
「ふふ~ん、弟くん、あれ」
「あん?」
クレランが指差す、湖の方角を見ると、畔の木の影で、ウラがどんよりとした空気を纏いながら体育座りしていた。
「どうしたんだ、あいつ」
「ほら~、弟くんが~……パパになっちゃったから、ショックなのよ~」
…………?
「いや、パパって……あんなもん、チロタンとの戦いのノリで言っただけじゃねえかよ。だいたい、コスモスはエルジェラの子供なんだし」
「ばっかね~、弟くんは。そんなこと、だ~~~~~~れも、思ってないよ?」
「はっ?」
「コスモスちゃんは~、半分は弟くんの生命力と魔力と引き換えに生まれたんだから~」
い~~~~~や、そんなこと言われても…………
「あ~、ウラ~、元気か~」
「………………………………………………………………………」
「あ~、心配かけたな」
「……………………………………………………………グス…………」
メチャクチャ落ち込んでるし!
「うう、うううう……」
「お~い、泣くなよ~」
「だって……………五年も一緒に暮らしていたけど、フォルナを気遣って一線だけは越えないように自重していたのに」
「あ、自重してるつもりだったんだ」
「なのに、なのに、フォルナじゃなく……しかも、今日会った女と……こどもをづくった!」
うわお。スゲー外道。スゲー鬼畜。そんな奴が俺のそばに居たら、ぶっとばしてやりてーな。
「ヴェルト様~!」
「きゃう、きゃう!」
って、お前は今一番ここに来んなー!
何を、満面の笑顔の赤ちゃん抱っこして、こっちに来てるんだよ!




