第102話 非情な現実
これが戦争だ。これが命がけだ。
自分が傷つき、仲間が傷つき、全てを失う覚悟すらしなければならない。
そんな、偉そうな大人たちの説教は聞きたくない。
だけど、今になってようやくその言葉の意味を理解するとは思わなかった。
だって、そうでも思い込まないと、とても心が保たないから。
「あの、野郎…………」
ドラの背中の上で、俺たちは静まり返っていた。
空に映し出される映像が、戦では良くある光景と割り切るには耐えられないものだったからだ。
特に、今回は特別だ。
「ぐっ、う、あう、あ」
画面に映る、既に虫の息の新兵。
その体を巨大なサイクロプスに握りつぶされ、全身の骨も砕けて、行き場の無くした血を吹き出している。
それは、俺のかつての旧友だった!
「いたいよ、たすけ、シップ…………」
あいつの名前は、ガウ!
城の衛兵だった父を持つ平民だが、魔法学校成績九位の才能を認められて、帝都に進学した奴だ。
そいつが今、壊れた人形のようにダランと全身の力が抜けた状態で、化け物に握られていた。
「ガ、ガウ…………ガウ!」
「こ、この野郎! この一つ目野郎! ガウを離しやがれ! ぶっ殺してやる!」
戦友であり、友人でもある男の無惨な姿に、仲間たちは怒りを隠せない。
「ぐへ。ヤダ」
すると、次の瞬間、ガウを掴んでいたサイクロプスが更に腕に力を込め、ガウが完全に潰れた。
「こ、このやろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ガウ、ガウ! ガウウウウウウ!」
「いやああああああああああああ!」
俺も吐き気と同時に怒りがこみ上げた。
自分が何をやったかも分かっていない、ふざけた顔でキョロキョロ当たりを見渡す低脳なサイクロプスを、今すぐこの手でぶっ殺してやりたいと思った。
その気持ちは、現場で生でこの光景を目の当たりにしたあいつらの方が強い。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう! ぶっ殺してやらあああああ!」
ガウの親友で、俺と同じ旧友でもあるシップ。
成績十位で帝都に進んだあいつは、ガウとガキの頃からの親友だった。
二本の短剣を逆手で持って、涙を流しながら飛びかかる。
「待て、シップ! 無闇に飛びかか…………くそ、無理か! 俺が援護に行く! サンヌは急いでバーツを呼んできてくれ!」
「でも、でも…………ガウが、ガウが」
「早く行け! ここは俺とシップでやる!」
「ッ、わ、わかっ…………ッ! シー! 危ない、上!」
「えっ?」
飛び出したガウを援護するために飛び出したのは、成績四位で帝都へ行き、エルファーシア王国相談役の孫という由緒正しい家系の、シー。
そして、ガウが殺された光景に腰を抜かして、建物の壁に寄りかかって動けず泣いているのは、エルファーシア王国商会トップの娘のお嬢様、サンヌ。
こいつらも、俺とガキの頃からの顔見知りだ。
だが、サンヌが叫んだ瞬間、シーの周りを巨大な影を覆い、そして…………
「ぶひゃああああああああああ!」
「ッ!」
プチっと潰れる音がした。
巨大なサイクロプスがジャンプして、シーを踏みつぶしたのだ。
「シー…………いやああああ! あ、ああああああ!」
つい、ほんの数秒前まで共に居た仲間が目の前で踏みつぶされ、もはや人間の形をまったく保てぬ血だまりと化した。
あまりの惨劇にサンヌは精神が限界を超えて気を失った。
「げへ、げへへへへへへへへへ、おでつよい」
「つよいつよい、つよーい!」
今、エルファーシア王国ではどうなっているだろうか。
世界全土ということは、当然、この光景すらエルファーシア王国にも流れているだろう。
今、無惨に死んだ、ガウもシーも、大切な家族や多くの友が居たはずだった。
怒りか? 悲しみか? 絶望か? それとも、呆然としているだけか?
それは分からない。
だが、俺からこみ上げてきたのは、怒り。
「何してくれてんだよ、テメエら」
俺が言っていたであろう言葉が聞こえた。
それは、無惨な姿となった将軍の亡骸の下に現れた、バーツだった。
「ひっ、ソ、ソクシ将軍が!」
「うそだ、あの、あの歴戦の豪将と呼ばれた将軍が!」
バーツが引き連れてきたのは十人程度の寡兵。
その誰もが若い新兵で、夥しい遺体が散らばる本陣の光景に、萎縮してしまっている。
だが、バーツだけは違う。
たった一人鋭い殺気の込められた眼光を見せるバーツに、ソクシ将軍を討ち取ったレッドロックが笑みを浮かべた。
「ほう、若いな。一足遅かったな、少年兵よ」
「将軍を…………テメエ! ぶっ殺してやる!」
一人飛び出すバーツ。だが、それは勇敢じゃなく、無謀だ。
「や、やめろ、バーツ隊長! そいつらはケタが違う!」
しかし、部下や仲間の制止を振り切り、我慢できずに飛び出すのがバーツだった。
「ずおりゃあああ、せい、らっ、た!」
「ふん、青い。だが…………ほう」
鋭い剣閃を振り下ろすバーツ。レッドロックは巨大な金棒で受け止める。
その後も何度も連続斬りを繰り出すバーツだが、その一つ一つをレッドロックは確実に受け止めていく。
だが、数度交えただけで、レッドロックは少しだけ感心したような声を出した。
「ほほう、なかなかの打ち込みだ、小僧。それに、気迫に見合った技量だ」
「うるせえ!」
レッドロックは半歩下がり、バーツの剣を回避しつつ攻撃直後のバーツに金棒を一閃。
だが、バーツは崩れた体勢を無理矢理ひねってレッドロックの一撃を回避する。
「おお、今のも避けるか。はは、やるじゃないか、小僧」
「くっ、この野郎!」
「ふむ」
一瞬の攻防を終えて、バーツを値踏みするように見るレッドロックは、素直にバーツを賞賛した。
「いい筋をしているな、小僧。少なくとも、俺が討ち取った過去の栄光を拠り所にする老将よりもよっぽど『持っている』ぞ」
「なんだテメエ! 余裕のつもりか!」
「いいや、武人として楽しみだと言っているのだ。人間にもラガイア様のような筋の良い若武者がちゃんと育っているではないか」
言葉にウソはないだろう。素直にバーツの才覚を誉めている。
だが、そんな言葉が出ることは、逆にもう一つの意味も持っている。
それは、将来は楽しみだが、今は自分の敵ではないとも取れる。
そして、
「ふふ、それゆえに残念だ。悪いが、ラガイア様の将来の脅威となりそうな者は、今の内につみ取っておこう」
「ッ!」
たった一つしかないサイクロプスの目つきが変わった。
その手に持つ金棒がミシミシと音を立てるほど強く握られている。
その瞬間、まだ放たれてもいない、レッドロックが繰り出すであろう一撃が予知のように頭を過ぎった。
「ま、まず! くっ、魔法剣! フレイムセイバー!」
炎を纏った強力な剣。だが、
「デモリッション・レッド!」
単純な金棒の打ち下ろし。しかし、その単純な一撃が炎を纏ったバーツの剣を粉々に砕いた。
その威力に巻き込まれ、バーツは遙か後方へと弾き飛ばされ、建物の壁を何軒も貫通して転がった。
「がっ、はっ、あが…………」
バーツは死んではいない。だが、たった一撃ではありえないほどに全身を強打して、既に立ち上がることが出来ない様子が鮮明に映し出されている。
頭部や手足から夥しいほどの血を流し、その瞳は今にも閉じかけようとしている。
「そ、そんな、た、隊長が…………」
「バ、バーツが、あのバーツが……」
信じたくもない絶望的な光景に立ちつくす新兵たち。
中には腰を抜かしてしまうものや、立ったまま失禁している者も居る。
既に、戦意を粉々に砕かれてしまっている。
「くくくく、ふはははははは! さあ、どうした人間共! この程度の絶望で、もう糞尿を垂れ流すか! この程度で心を折るような精神力では、地獄のような世界と半生をくぐり抜けたラガイア様には到底かなうまい! 当然、この私にもな!」
この状況は瞬間的に帝都に広がっている。
今まさに現場で戦っている兵士たちも、バーツの敗北の光景に、空を見上げて震えていた。
「所詮貴様らのように温々と兵隊ごっこをしてきた猿どもには分かるまい! 人間の奴隷の血を引くラガイア様がこれまで味わってきた差別、侮蔑、屈辱、そして絶望を! しかし、あの方はその全てを乗り越え、我ら一族の信頼を己の力で勝ち取ったお方だ! 我々はそんなあの方より選ばれた精鋭部隊だ! 光の十勇者? くだらぬ! そのような薄い光など、我らの手で闇に染めてくれるわ!」
将軍の討ち死にバーツの敗北、更にダメ押しとばかりに、帝都と世界に向けてレッドロックは叫ぶ。
その叫びは、天上の天空庭園で戦うフォルナにまで届いていた。
「既に崩壊しかけているね、君たちの軍は。どうする? フォルナ姫」
「くっ……ッ………」
「大将を討ち取りに来た? ふっ、唯一現場で兵を率いて指揮を取れそうな君とガルバがここに留まっている以上、君たちの敗北は変わらない」
帝都での惨状は、当然空中庭園で戦うフォルナの耳にも入っている。
だが、フォルナは怒りや悲しみも見せない。その変わり噛みしめた唇と、握りしめた手の平から血が滲み出ていた。
「そうですわね。ですが、それが一体何だと言うのです!」
「ほう」
「悲しむことなど、戦う力の無い民にも出来ること。ですが、今ここであなたたちを倒すことが出来るのはワタクシたちだけ。ならば、ワタクシたちがどのような行動を取るかなど明白ではありませんか!」
それでもフォルナは戦う。
きっと、今の新兵と違い、もっと前からあいつは同じことを繰り返してきたんだ。
泣きたいときに泣けず、たとえ勝利したとしても失ったものは返ってこない。
それでもただ、胸に抱いた大義とかいうやつのために、あいつは雄々しく戦う。
「ならば、君を始末すれば、帝都は本当に最後ということだね」
「彼らの死を無駄にしないためにも、ワタクシは今ここであなたを倒しますわ!」
「やってみろ! いくよ、ダークブリッド!」
「障壁展開! 雷波堤防!」
勝負は一進一退だ。お互い一歩も引いていない。あのクソガキ、本当に強い。
「ウラ、どう見る?」
「末恐ろしいの一言だ。ラガイアは、あの年齢で深淵の闇魔法を完全に使いこなしている」
魔王の娘すら唸るほどの戦闘能力。
世界三大称号にまったく引けを取らない実力を見せている。
フォルナとほぼ互角。確かに、この大将同士の決着がこの戦争の行く末を左右するとも言えるだろう。
だが、この戦争には一つ異端が混じっていることを忘れるわけにはいかない。
「あ~あ、……つーか、もうよくね? 早くあきらめね?」
それは、ずっと高みの見物をしていたマッキーラビットだ。




