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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第三章
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97 . 秋宵騒動〈一〉



 ◇ ◇ ◇



 千景と久瀬の背中を見送った二人は、とりあえずその帰りを待っていた。


 除霊をすると言っていたが、千景のことだ。そう長くは掛からない。

 そう踏んでぶらっと動き回るでもなく、ビルの出入り口がよく見える街路樹横のベンチで待機していた。


 横並びでそれぞれ違うベンチに座る彼らが目を合わせることはない。

 彼らは決して仲がいいわけではなかった。だが、悪いわけでもない。


「なあ、俺さっきからなんか見られてる気がすんだけど。あれって霊?」


「ああ」


「えー……呪われたりしねえ?」


「ただの死霊だ」


「ふーん。ならいいや」


 千景という共通のキーマンがいるだけで実はあまりよく知らない互いの情報。

 どちらも自分を語るタイプの人間ではなく、両者をよく知る千景もペラペラと他者の事情を話すことはしない。

 だから必然的に、情報交換というものが彼らの間で行われることはない。


 知り合いという表現は少し違う。無論友人でもない。

 それでも言葉だけはぽんぽんと交わす彼らは実に奇妙な関係性にあった。

 


 他愛もない会話を交えながら暇を持て余していた二人。

 けれどもそんな暇も数秒後には綺麗さっぱりなくなることになる。とくに煉弥にとっては不都合極まりないカタチで。





「お久しぶりです。煉弥さん」


 煉弥の名を呼ぶ女の声。

 知った名前が出て、思わず志摩も反応してしまった。

 ああ、やっちまった、と気づくのにそう時間はかからなかった。


 志摩がわずかに反応したことに気づいた女は、そちらにも目を向ける。

 何も反応がなければただのベンチで休む通行人として認識されていただけかもしれない。

 だが、志摩が多少の反応を返したことで、すでに煉弥を知る者として認識されてしまったのだ。



 名を呼ばれた瞬間から冷え込んだ煉弥の雰囲気からして、これがただ事ではないことが窺える。


(あーあ、あとでチカに怒られっかな…?)


 明らかに厄介ごとに触れてしまったと感じた志摩は溜め息を吐かずにはいられなかった。


「煉弥さん、そちらの方もお知り合いですか?」


「………」


「単刀直入に申し上げます。お二人とも、大人しくご同行ください」


 淑やかな着物の女性。

 物腰は柔らかいというのに、その言葉には有無を言わさない圧が含まれていた。





(……面倒なことになった…)

 

 その面倒ごとを呼び込んだ張本人である煉弥は考えを巡らせる。

 今しがた話しかけてきたこの女は顔見知りだ。


 東雲(しののめ)美鈴(みすず)

 術師会の中枢である九家の一つであり、七々扇家に従属している東雲家の当主だ。

 同じ九家といえど、その中には確かな序列がある。

 利害や従属といった関係性がある。

 その中で東雲は古くから七々扇に付き従う家だった。


 そんな立場の彼女がここにいるということは、それを命じたのはその上の人間。

 つまり煉弥の父である(たつみ)であろうことは容易に想像できた。


(俺がこっちにいることを掴まれていたのか。面倒だな)


 幸いにも、彼らと一度顔を合わせている千景はこの場にいない。

 しかし新たな手駒となりうる志摩がいる。


 千景であれ志摩であれ、術師会がそう容易く扱えるほど簡単な人間でないことは煉弥も知っている。

 けれども志摩は、遊び半分で術師ではないと(うそぶ)いていた千景と違い、正真正銘ただの視える人間だ。術師ではない。


 その異分子が果たしてどのように作用することになるのだろうか。

 その大半が煉弥次第であるというのに、まるで他人事のように淡々と状況を把握していく。


 そこでふと、思い出した。

 そういえばここ最近、何やら千景が術師会を探ろうとしていたことを。


 心底嫌そうな顔をしながらも、いや、実際に嫌だと思っているのだろうが、どこか術師会との接触を望んでいるように見えた。


(一体何を考えているのかは知らないが……)


 見たところ、周囲にはまだ数人、術師会の人間がいる。

 煉弥が抵抗することを見越してか結構な手練れを揃えたようだ。

 煉弥とてこんなところで彼らとやり合い、術師の存在を明るみにするのは本意ではない。


(……あいつなら、上手くやるだろ)


 相も変わらず何を考えているのかわからない青玉が志摩を見る。

 それに頷いた志摩も、やれやれと立ち上がった。




 ◇ ◇ ◇




 彼らが連れてこられたのはとあるホテルの大広間だった。


 術師会は屋敷の他にこのようなホテルもいくつか所有している。

 主な使用目的は霊被害で住む場所を失った者や術師会の保護が必要と判断された者への居場所提供。

 つまるところ、霊関係の問題を抱えた人々への一時的な避難場所のようなものだ。


 滞在するほとんどが霊が視える、もしくは感じる人たちであり、一般の宿泊客はいない。

 たまにこうして術師会の集会場として使用したり、術師の懇親会の会場になったりと用途は様々だった。



 社交界くらい余裕でできそうな大広間には多くの術師が集まっていた。

 そのほとんどが術師会の人間だ。


 術師といっても今回は和装と洋装半々くらいの割合だった。

 彼らだっていつ何時でも和服を着ているわけではない。時と場合と場所に合わせて私服やスーツと装いを変えている。

 それでも術師会上層部の人間あるいは名のある家の術師ともなれば、圧倒的に着物率が高いのが現状である。


 そんな場所に”七々扇の天才”と称される煉弥と、そこにいるだけで何かと目立つ志摩が入ってくれば自然と注目も集まるというもの。


「おい」


「あ?」


 ざわざわと人の声が溢れる中、最大限まで落とした煉弥の声がぎりぎり志摩に届いた。


 もちろん両者ともに視線は合わせない。

 返ってくることがないとわかっているし、そもそも返す気がないから。


「何を訊かれても個人情報は喋るな」


「ああ」


「それと、あいつの名は絶対に出すな」


 あいつ──すなわち千景の名は出すな、と。


 志摩とて伊達に術師である千景と関わってきたわけではない。

 ”名前”の重要性もある程度理解しているつもりだ。


 その上で、あえて言わせてもらうなら。


「んなもん初めから言うつもりねーよ」


 もとより見ず知らずの怪しげな連中に容易く知人の名を出すほど、志摩も呪術初心者ではないのだから。



 促されるまま大広間を抜け、さらに奥の部屋へと進む。


 大広間に比べればずっと静かな室内。

 そこにピリリと肌を刺すような緊張感が混ざる。


 バタンと背後で閉まる扉がより一層静寂を強調させた。



「やっと来たか。バカ息子」



 そんな中で落とされた声音は、確かな怒気と圧を帯びていた。

 


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