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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第三章
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94 . 術師の領分外



 ◇ ◇ ◇



 相変わらずの上質そうなスーツに身を包んだ久瀬(くぜ)博臣(ひろおみ)は、ぐるりと金縷梅堂の面々を見回し、パチパチと小さく瞬いた。


「あれ? 増えてる」


 久瀬は千景から順に視線を滑らせ、煉弥と黎でピタリと止まった。


「ああ、増えたんですよ。愉快な仲間たち」


 そう表現するには些か無愛想で物騒な輩たちではあるが、位置付けとしては間違っていない。


「……ほんと、引き寄せるね君も」


「ん?」


「ううん、なんでもないよ。それでさっき話してたことなんだけど……」


 なにやら言葉を濁した久瀬は、自分よりもずっと小さな手を引いた。


 実を言うと金縷梅堂に来たのは久瀬ひとりではなかった。

 ずっと久瀬の後ろに隠れるように俯いていた女の子。


 ふんわりと膝丈のワンピースを着た姿は大変可愛らしい。


 歳は低学年くらいだろうか。

 なんともランドセルが似合いそうな背丈だ。


(久瀬さんの身内? 子ども? ……あ、もしかしてそういう趣………いやいやいや、それはさすがに失礼だろ…)


「……久瀬さん……あんたロリコンっすか?」


「ふふ、久しぶりだね志摩くん。君にはそう見えてるのかなぁ? ん?」


「………スンマセンッシタ」


 志摩の問いかけに、久瀬はただ、柔和な笑みをつくるだけ。

 ただ一瞬、志摩を捉えた視線は驚くほど鋭かったが。


 「アホか……」と呆れる千景だったが、実は同じようなことを考えていただけに内心ドキリとした。


「この子ね、会社の近くの公園にいたんだ。親御さんは一緒じゃないって言うし、ひとりだったみたいだから…」


「それで連れてきちゃったんですか?」


「君まで変な言い方しないでくれないかな。こういうので頼るっていったら、千景ちゃんしかいないと思って」


「まあ、うん。そうですね」


 千景は少女の目線までしゃがみ込み、にっこり微笑んだ。


「こんにちは。君の名前は?」


「……………」


「体のどこかで痛いところはない? 頭とか、お腹とか」


「………、……」


「立ってるのはつらいでしょ? とりあえず座ろっか」


「………あ、…」


 口を閉ざしていた少女は小さく体を震わせる。


 これは恐怖からの震えではない。

 いや、知らない人ばかりの状況で恐怖もあるのだろうけど、これはもっと別の理由からくる震えだ。


「…あ、あのね……」


「うん」


 少女は控えめに顔を上げた。

 パチリと合わさった瞳にはたぷたぷと水分が溜まっている。今にも大粒の涙が溢れてきそうだ。


「…あ、のね……さむくて……いきが、しづらいの…」


「うんうん。そっか」


 千景は少女の頬に触れた。

 目元に溜まった涙をぬぐって、小さな頭を優しく撫でる。


 志摩に目配せすれば、その意を正確に読み取ってくれたらしく頷き返された。


「ほら、こっち来いよ。お菓子あげっから」


「……う、うん…」


 誘拐犯の常套句みたいな誘い方だな、と思ったことは内緒にしておこう。

 少女はおとなしくカウンターの椅子に座り、嬉しそうにお菓子を選び始めた。



 その間に久瀬を手招く。


「で、どうしたんですかあの子」


「ひとりで泣いててね。あまりにもかわいそうで……どうしようかとも思ったんだけど、ああいう(・・・・)幼い被害者はさすがに放って置けないよ。でも僕は何もできないから千景ちゃんに診せるのが一番いいと思ってね」


「なるほど」


 小さな口でころころと飴玉を転がす少女。

 まだ警戒心を抱きながらも志摩と話している姿は年相応だ。愛想も愛嬌もある志摩相手なら話しやすいのかもしれない。


 そんな少女の顔付近には大きな痣がある。

 

 愛らしい少女の顔に影を落とす”それ”は、きっと普通の人には見えないもの。

 悪意を受けたという証。



「…やっぱりあれって……呪われてる、のかな?」


「まあ、十中八九。さっきあの子の手握ってましたけど、久瀬さんは大丈夫ですか?」


「……触ったら呪いもうつるのかい? 今のところは大丈夫だけど…」


「そういう類のもあるってだけなんで大丈夫ならいいんです。お前はどう思う?」


 ついでに招き寄せた意見参考人にも意見を求める。


「霊障に触れたんだろ。そこまで強い効力のものではなさそうだが、ただ…」


「あれ、君も術師なのかい?」


「…………」


 すう、と細められた青玉が久瀬を捉える。


 術師であることを知られたくないのか、ただ単に言葉を返そうという気がないのか。


 これは間違いなく後者だ。

 ただ面倒なだけの顔だ。


「ええ、こいつも術師ですよ。腕もかなりイイです」


「へえ、千景ちゃんにそこまで言わせるなんてすごいね。よろしく」


「…………」


 煉弥は柔和でフレンドリーな久瀬とは対極にいるような男だ。

 初対面の相手に小さく会釈しただけでも大きな反応と言えるのではないだろうか。


「あの子は、気づいているのかな……」


「たぶん視えない子なんで。体の不調には気づいても、自分の身に何が起きたのかまではわかってないと思いますよ」


「そっか…」


 先ほど千景が話しかけたとき。

 全くと言っていいほど少女に可笑しな反応はなかった。


 ただ目の前にいる人を見ているだけ。

 千景の首元にいる朱殷には無反応で、焦点すら合わせはしなかった。

 

 たとえもし視えることを隠していたとして、それでも反射的に仕草に表われる機微を千景が見逃すはずはない。


 だから間違いなく少女は視えない部類の人間だ。


「それで、お前はどうするつもりだ。力は弱いがあれを解くのは厄介だぞ」


「そうだねぇ」


「…厄介というのは?」


「あれは呪いは呪いでも、基となっているのは毒なんです」


「毒?」


「ええ。基本的に人間は毒系統の呪術を扱うことはできません。全く不可能というわけじゃないので、適正と相応の力がある人は使える場合もあります。ただ、それはあくまでも呪いをかけるだけ。解くことはまずもって不可能ですね。困ったことに、あの子のアレは毒系統の障碍のようですけど」


「じゃあ、その数少ない毒使いがやったってことかい?」


「いえ、あれは人間の所業じゃないですね。人間は毒を扱えませんが、動物霊の中には毒を扱えるものがいます。自然界の中にも毒を持つ生物はいるでしょう? そういう元々が毒持ちの生物は、霊体となっても毒系統の呪いをかけることができるんです」


 そういった生物が未練や怨念を残して霊体となるケースは少ない。

 それでも一定数はいる。


 今回の場合は、そういう動物霊による仕業の可能性が高いということだ。


「それじゃあ、あの子の呪いを解いてあげることは難しいということかな?」


「世間一般的に見れば、そうですね」


「そっか…」


 そう小さく呟いた久瀬は、痛ましげに少女を見遣る。


 彼にとってあの少女はただの初対面の幼子。

 たまたま見かけた、呪いを受けた可哀想な子に過ぎない。

  

 それでも、自分たちが視ている世界の被害を受けてしまった憐れな被害者だ。

 しかもあんなに幼く、その身に受けたのは厄介な呪いときた。


 呪いの怖さや辛さを知っている久瀬としては情が移るのも仕方ないだろう。


「まあ、そんなに気を落とさないでください」


 無意識のうちに千景は朱殷をひと撫でする。


 年端もいかない幼い少女を憐れむ気持ちは千景も同じだ。


 基本的に、千景の根本にあるのは無情と無関心。

 それでも今回の場合は、紛れもなく、千景の庇護対象だ。


「大丈夫ですよ。こういうの、私の専門分野なんで」


 綺麗に笑う千景の表情に曇りはない。


 たとえ呪術界の常識とされていることであっても。

 それが千景にも当てはまるとは限らない。



 煉弥と目が合った。

 そこから読み取れる感情はないが、何やら探られているような気配はある。


「…お前……毒系統の呪術を使えるのか?」


「ふふ、私って結構万能だからねえ」


「…………」


「あ、疑ってる? これでも一応術師なんでね。使えるんだよ、呪術」


「……知ってる」


「まあ任せときなよ」


 さて、やりますか、と。


 ポキポキと指を鳴らした千景は妖しげに微笑んだ。



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