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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第三章
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93 . 委ねられた安寧



 ところどころ記憶が錆び付いてはいるが、本人からのヒントと溜め込んできた知識を照らし合わせれば、それとない結論は導き出せる。


「とまあ、しがない術師の意見としては? お前を悪魔とかいう危険極まりない存在だと考えたわけだけど? さて、どうだろうか」


 下手気味に問いかける千景だが、ニヤリと笑う双眸は確信めいていた。



 瞬間、ぶわりと傀儡から溢れてきた霊力。


 射干玉の両眼は愉しげに歪む。

 


《フフ、フフフフフッ!》 



 まさしく悪魔らしい高笑い。

 外見が漆黒のカラスなだけに、その不気味さは倍増だ。



《フフ、その博識さ。さすがはあの家の血筋といったところか》


「……嬉しくねえよ」


 余計な一言についついカラスの羽を毟ってやりたくなった。


 だがここは大人の対応で呪術の一つや二つお見舞いする程度にしてやろうかと思ったのだが、その前に不穏な気配を感じ取ったカラスが大きく羽ばたいたことで距離を取られてしまった。


「逃げんなよ」


《なにやら不穏な空気を感じたものでな。だが、主の推論は見事なものよ》


「ふーん。じゃあお前、悪魔で決まり?」


《左様》

 

 

 遠回しに言葉を濁していたかと思えば、認める時はなんともあっさりと正体を認めたカラス改め悪魔。


「いいのかよ。そんなにあっさり認めちゃって」


《よいよい。小生の正体を知ったところでどうこうできる問題ではないからな》


「全くもってその通りだよ」

 

 たった今、カラスの中身が悪霊ではないことがわかった。

 その正体はなんともびっくり、二十一世紀のこの世界ではもはや空想の産物でしかない、悪魔。


 ただ、その正体がわかったとして。

 では我々人間はそれをどうしろというのか。


 悪霊よりはずっと少ないが、悪魔が人間に取り憑くケースはある。

 それに対処するのも呪術の一環だ。


 だが悪霊を相手取るのと悪魔を相手取るのとでは、一見同じように見えて実はまったく違う。


 悪霊は死して邪悪な存在にこそなってはいるが、元をたどれば、核となっているのは普通の生命体だ。


 人間であれ動物であれ、生を受けた瞬間から憎悪に取り憑かれているなんてことはあり得ないだろう。

 悪霊は、生前に様々な経験を経ることで死して恨みや憎しみを持て余し、最終的に強い怨念に取り憑かれて悪霊になる。


 悪魔の場合では、その根本的な部分からしてすでに邪な存在だ。

 誕生の仕方も、生きる世界も、その存在そのものも、何もかもが現世の生物とは異なる生命体だ。

 

 呪術における悪魔とは『宗教文化に根ざした悪を象徴する超越的存在』とされている。

 それっぽい言葉で言い表してはいるが、つまりは何も解っていない。


 霊的存在も言ってしまえば似たようなものだ。

 けれども人間と共存してきた期間が長いぶん、解っていることも多い。


 だから大体の対処も可能になるというわけだ。



《お主ら術師は霊には強くとも、悪魔への対処法など大して知らぬであろう? いや、知っておったとして、それが有効か否かも確かめられんか》


「お前らの出現率が低いおかげでな」


 悪霊よりも厄介とされる悪魔に、そうわんさかこの世界に来られても困りものではあるが。


 しかしそれ故、この日本では対処法が確立されていないのも事実だった。


「てかさ、なんでお前みたいなのが平和なこの国にいるんだよ。世界征服でも狙って海外からはるばる渡ってきたわけ?」


《フフフ、それもよいかもな。だが、この世界を渡り歩くほど人間に興味などないわ》


「じゃあなんでいるんだよ。なんか封印もされてたみたいだし……」


《ふむ、あれは不覚だったな。まあ小生とて、来たくて来たわけではないわ》


「というと?」


 過去を思い出しているのか、表情の動かないカラスの両眼が細められた。


 纏う空気に少しの瘴気が混ざる。

 余裕そうに見えて実際のところ、身の内に抑え込む感情でも荒ぶっているのかもしれない。



《数十年前のことだったか。西洋の知識をかじった者に呼ばれてな。半端に力があっただけに、小生のような高貴な悪魔も呼び出せたのであろう》


「高貴なの?」


《フフフ、それはそれは高貴で優雅な存在よ。主らももっと小生を敬うがいい》


「へえ」


 この悪魔に関しては第一印象がショッキングピンクのウサギだったということもあってか、どうにもいまいち緊張感が持てずにいた。


 厄介な存在なんだろうことはわかる。

 それでもどうしても気安い感じになってしまう。


「で、その高貴な御悪魔様がなんで封印されてたの? お前を呼び出したのってたぶん術師だと思うけど誰? どこの国の人?」


《まてまて質問が多いわ。主に遠慮というものはないのか》


「どっかそこらへん探せばあるかもね」


《小生は悪魔だぞ? もっと恐れ慄いてみせんか》


「それを求める相手、たぶん間違ってるよ。そのリアクション取って欲しいならもっと別のヤツを選ばないと…」


 不意に、千景が言葉を途切れさせた。

 

 どちらも本気ではない不毛な応酬。

 それに終止符を打ったのは、緩んだ空気をさらに緩ます電子音だった。


 ナイスタイミングというかバッドタイミングというか。


 なんともなタイミングで着信を告げた携帯。

 画面に表示された名前を見て、千景は小さく笑った。


「はーい、もしもし」


『こんにちは。千景ちゃんの携帯であってるかな?』


「ええ、こんにちは」


『久しぶりだね。急で悪いんだけど、今、大丈夫かな?』


「お久しぶりです。大丈夫ですよ───久瀬さん」



 

 ◇ ◇




「と、いうわけで。今から人が来ます。ひとまずお前との話をまとめようか」


 通話中、おとなしく携帯の向こうの声に耳を傾けていた悪魔。

 もっと自由奔放で何様俺様悪魔様な野郎かと思っていたが。


 なるほどなかなかに空気が読めるらしい。



《ふむ…主もなかなかに小生を蔑ろにしてくれるな。取り憑いてやろうか》


「今度満足いくまで遊びに付き合うからとりあえず落ち着こう。今はお前のことを教えて?」


《……まあよい。主の力にはちと興味がある。今なら小生の相手にも申し分ないからな》


「そりゃどーも」


 曰く、数十年前に悪魔を呼び出したのは日本の術師らしい。


 当時、西洋で活発に行われていた悪魔召喚。

 それを日本で発展した呪術と組み合わせて、興味本位で実行した。


 通常であれば、人間の力では下級程度の悪魔しか呼び出せないのだが、その術師は当時でも相当な実力を持っていたようだ。


 自称高貴な悪魔を呼び出せる実力者といえば、その血筋も限られてきそうなものだが。

 今はそこを深く考えるのはやめておこう。


 一方的に呼び出された自称高貴な悪魔は、当然のごとく暴れた。

 けれども術師との攻防でなんやかんやあり、結局は封印されてしまったのだという。


 それもこれも全ては自称高貴な悪魔が油断していたかららしい。

 その真相が如何なるものかは知らないが。


「その術師は術師会の関係者だろうな。ソイツが封印されていた霊物は術師会の所有物だ。ソイツが解き放たれたのは、もともと封印が緩んでいた上に術師会の人間が解封を試みたからだ」


 静かに話を聞いていた煉弥からの情報補完もあり、あの日庭園での一件と悪魔の裏事情は把握できた。


「うん、お前の事情は大体わかった。それで、今後はどうすんの?」


 できれば大人しくしていてくれると嬉しいんだけど。


 そう言えば、悪魔はくつりと喉を震わせた。



《小生を止めておきたいのなら、お主がしかと手綱を握っておくことだな》


「つまりは私の元にいたいと?」


《人間の一生など小生にとってはほんの僅かなものよ。しばらくはお主とおった方が愉しめそうだからな》


 副音声として『退屈な真似でもしたら真っ先にお主から呪い殺す』と言われたような気もしたが。


「まぁ、いいけど……お前名前は? 悪魔とかカラスとか呼んで変に思われても嫌だし」


《小生に名などありはせん。好きに呼ぶがいい》


 

 好きに、と言われてしばし悩む。


「…んー……じゃあ、お前は今日から(くろ)ね。私の元にいる間はそれを名乗れ」


《ふむ、黎か。お主にしてはなかなかまともではないか》


「今すぐピンクウサギくんに改名してやろうかコラ」


《フフフフ、しばしの間よろしく頼むぞ。せいぜい小生を愉しませてみせよ》



 こうして世界の安寧は再び千景の手に委ねられたのだった。


 

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