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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第三章
94/103

92 . 得体



 人間と霊的存在とでは時間の捉え方が異なる。


 三ヶ月という期間は、こいつにとってはとてつもなく短い時間であったのだろうが、ひとまず封印時の約束どおり、贄を切らして世界が滅ぼされる前に解封できた。


 あの時はどんな興が乗っていたのか、自ら魔封じの小瓶に入ってくれるという協力姿勢を見せてくれた。


 基本的に、大きな力を持った邪な存在は人間を嫌う。束縛を嫌う。

 

 いま目の前にいる存在も、その言動から察するに、特別人間を好いているわけではない。

 むしろ下等生物だと嘲笑っている節がある。


 だからこうして普通に会話が成り立っていることに結構驚いていた。

 以前も、今回も。



 そこで、はた、と思う。


 千景の認識としては、こいつをずっと悪霊だと思っていた。

 だがもしかしたらその前提からして間違っていたのではないだろうか、と。


 悪霊の中には例に漏れる存在がいる。

 朱殷がそのいい例だろう。


 それと同じようにこのカラスの中身もまた一般的な悪霊からは外れていた。

 並々ならぬ力と禍々しさを有しているというのに、意思疎通ができる。己の力を制御している。



 悪霊とは元来、身の内に巣食う怨念を行動原理として、ひたすらに瘴気を撒き散らす存在だ。

 たまに自我を持つものもいるが、だからと言って冷静にまともな会話が成り立つほど自立してはいない。


 朱殷やこのカラスの中身のように、まるで人間を相手にしているかのように言葉を交えるなど、本来ならば考えられないことだった。



 千景は、朱殷の出生から現在に至るまでの全てを知っている。

 だから朱殷がまぎれもない悪霊であることを断言できる。


 ならばこのカラスの中身はどうなのだろうか。

 普通に考えれば、朱殷と同じような道を辿ってきたのではないかと考えられる。


 しかし千景の直感がそれは違うと言っていた。


 目の前にいるコイツは千景が知る今までのものとは全くの別物だと。



「…あー……お前ってあれかな? 悪霊じゃないよね」


《ほう。ならば何者だと申すか》


「知るかんなもん。それがわかんないっつってんの」


 悪霊ではない。

 だからといってその正体がわかったわけでもない。


 千景は術師の中でも呪術に造詣が深い方だが、全知というわけではなかった。

 二十年やそこらで全ての知識を網羅できるほど、呪術というのは浅いものではないのだ。 



《まあよい。知らぬというなら教えてやろう》



 ふん、と鼻を鳴らしたおもしろカラスは、なんとも気分良さげに自身について語り始めた。



《お主の考えた通り、小生は悪霊ではない。というか霊でもないぞ。主らの言う霊とは、死した生物の魂が現世に顕現しているものを指すのであろう? ならば小生はその限りではない。元来人間ではない上、今とて死しているわけではないからな》


「えっ、お前生きてんの?」


《生きているというのにも語弊があるな。そもそも小生に寿命といった概念なぞありはせん》


「………えー…いよいよ二次元の産物じゃん…」


 寿命といった概念はない。


 つまり、その言葉のまま捉えて、不死身という意味なのか。

 それとも寿命を考える必要がないほどに長生きな存在ということか。


 悪霊もすでに死んでいるという意味では寿命がないとも言えるが、その説はすでに本人により否定されている。


 ならば、もっと別の何か。

 別の世界の住人。



(本人曰く、悪霊じゃないし寿命もない、と。けど現世に存在してはいる……ああ、でも顕現には媒介となる傀儡が必要な訳で……、……………………ちょっとまって、これってもしかして一種の受肉じゃ…──)



 ハッ、と顔を上げる。

 

 なんとなくわかってしまった。

 なまじ知識があるだけに、直感なのに確かな裏付けのある結論を導いてしまった。



《ふむ。その様子だと、ある程度は悟ったようだな。それで? 主から見た小生は何者であるか》 

 

「……どっちみちファンタジー御用達だけどさ。お前あれだろ……悪魔、」



 ───…ぶふっ…!



 誰よりも早いレスポンスはまさかの第三者からだった。


「ゲホゲホッ…、ちょ、おまっ、ゴフッ…悪魔って…!」


 何の気なしに口に含まれていた煎茶は綺麗な弧を描いて吹き出していった。

 それが漫画のように見事だったもので、千景の目にはやけにスローモーションに映った。


 変なところに水分が入ったらしく、口元を押さえて咳き込む志摩。

 視界の端で激しく揺れる金髪がその苦しさを物語っていた。


 一人で騒いでいる愉快な金髪を見兼ねたのか、煉弥がペットボトルを渡した。

 志摩は時々咽ながらもぐびぐびと水分を流し込んで、なんとか落ち着きを取り戻していた。


 初顔合わせではただならぬ空気を醸していた二人だが。

 なんだかんだ言って相性は悪くないのかもしれない。


「ちょ、チカ、悪魔ってあの悪魔? え、マジで。マジで存在すんの?」


 興奮気味に身を乗り出してきた志摩は、まじまじとカラスを見る。

 それでもそれ以上絶対に近づこうとしないのは、先ほどの、肌を刺すような霊力を体感したからだろう。


「この世には霊も神もいる。だったら悪魔がいたっておかしくないでしょ」


「いや、まあ、そうだろうけど……でも悪魔って……いやいやありえんくね?」


「今更なに言ってんの。私たちが生きる世の中なんてありえないことだらけじゃんね」


 だから悪魔が実在していたとしてもおかしくはない。


 有りえないと言ってしまえばそれまでの事でも、とりあえずは可能性の検討からするべきだ。


 世の中には「有りえない」の一言で片付けてしまう事象がなんと多いことか。


 一歩を踏み出す前にまずは常識外の道をすべて切り捨てて。

 それから、最後に残った安寧の道を、いかにも正解であるかのように進む。


 一見堅実な歩み方にも見えるそれは、実はとてつもなく勿体無くて、面白味の欠片もない道でしかないというのに。


「まあ悪魔を召喚させる考え方は西洋にあるからね」


「へえ…」


「魔術とか黒魔術とか呼ばれてはいるけど、祈祷、占い、医療にもその知識が用いられている。広義で捉えれば呪術と同じ。日本では呪術の使用は専ら霊相手が多いけど、海外ではそういう悪魔召喚が盛んに行われていた時代もあったって聞くし。まあ、日本でもそういうのがなかったわけじゃないけど。呼び名は違えど、呪術という概念は世界中に存在するからね。きっと今でも世界各地で研究と実験を繰り返していることだろうよ」


 日本以外にも、各国各地域で呪術は根付いている。

 その地で発展と進化を繰り返し、多種多様な呪術が生み出されている。


 千景の専門は日本で扱われている呪術だが、世界中の呪術知識もさらっと一通り、頭に入っている。


 千景に呪術を教え込んだ二人の術師のスパルタ英才教育によって。



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