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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第三章
93/103

91 . 選ばれたのは



 ◇ ◇ ◇




 金縷梅堂(まんさくどう)として店を構える一階部には、カウンターの奥に和室がある。


 客との談話はカウンターが定位置で、取引相手との商談はその横の応接スペースで行なっている。

 和室は客に解放するものではない。専ら千景の趣味と仕事の部屋、つまりは呪術専用部屋だ。


 護符の作成は御津前神社のお世話になっているが、術師である千景は他にも、書物の呪術を試してみたり、呪具の性能を確かめてみたりと、日々試用と研究のために呪術を扱っている。

 店には様々な呪具が並んでいるし、同じ階にそうした部屋を作るのは効率がいいのだ。


 もちろん店に客がいない時にしか行わない。

 なにかを察知されでもしたら面倒なことになり兼ねないから。


 


 和室の中央に座る千景はいそいそと何かの準備を進めている。


 その周りに置かれているのは、ウサギの人形、カラスの剥製、面妖な置物、内臓が取り外しできるタイプの人体模型。


 ラインナップを見ただけでも異様な光景でしかない。


「……なあチカ、ほんとソレ、なにに使うの?」


 だからというか、和室の趣をぶち壊すシュールな様相に、志摩が疑問を投げかけたのは当然といえば当然だった。


「今日のメインイベントにね。あいつの趣向とかわかんないしさ」


「……あ、ソウ」


 訊いた上でなにも解決しなかった志摩はそれ以上何かを言うことはなかった。


 今日も今日とてふらっと遊びにきていた志摩は、開け放たれた部屋の入り口に座り、好奇心のままに室内を覗いている。

 さらに向こうのカウンターにいる煉弥も茶を啜りながら様子を見ていた。こっちは訳知り顔だ。


 ちなみに、和室の壁紙と障子は過去に何度か張り替えている。

 ごくたまに、呪術が暴発することがある。その結果、なんとも見るに無残な光景へと早変わりするのだ。


 その出費は強かに千景の財布事情を圧迫していた。



 千景に呪力が戻った場合に、やろうとしていたことが二つあった。


 ひとつは先日の護符作成だ。

 自分で使うわけでもないが、常に手元には十分な量のストックを用意しておきたい。その重要性が今回のことでよくわかった。


 そして今日、残るもうひとつを消化させる予定だなのだ。


「さて、やりますか」


 傍に置いていた小さな小瓶。


 気のせいかもしれないが、日々この小瓶から『早く開けよ』との催促をひしひしと感じていた。

 世界が滅びる前にこうして機会を設けたのだから大目に見てもらおう。


 万が一、暴れ出した場合を考えて、自分の周りと和室に二重の結界は張った。

 大きすぎる霊力が外に漏れないように、この建物も結界で覆った。


 暴れ出す心配は杞憂に終わるだろうが、ひとまず準備は整えた。



 キュポン。


 小瓶の封を開け、その中身を解放した。





《───随分と待たせてくれるではないか。世界の破滅の足音が近づいておったところよ》





 ぶわりと広がった濃密な瘴気。

 それを間近で当てられれば、耐性がなければ一瞬で精神をやられていただろう。


 ちらりと志摩の様子を窺う。

 結界を隔てた向こう側に影響はないようだ。


「悪かったね。待たせちゃって」


《よいよい。小生にとっては些細な時の流れにすぎん》


「破滅の足音がどうとか言ってませんでしたかね……まあいいけど。とりあえずお好きな傀儡にどーぞ」


 小瓶の中から現れた物体は黒霧のようにふよふよと宙を舞う。

 その魂が直接顕現しているのだから、制御されていない霊力が存分に放出された状態だ。


 これでは落ち着いて話もできないと、ひとまず入れ物に魂を収めるよう勧めた。



《…おい小娘……もっとまともなモノは用意できんのか…》



 目の前に並べられた四つの”入れ物”。

 言うまでもない。ウサギの人形、カラスの剥製、面妖な置物、人体模型だ。


 我ながらいいものを用意できたと達成感を感じていたのだが、選ばされる方はお気に召さなかったらしい。


 ブツブツ不満を垂れながら、それでもその中のひとつ、カラスの剥製が一番マシだったようだ。


「あれ、ウサギじゃなくていいの?」


《言っておくが、あれは小生の趣向ではないぞ。たまたまそこにあっただけのことよ》

 

「はいはい」


 面白半分で一応用意していたウサギの人形。やはり選ばれはしなかった。

 それはそれで面白いとも思ったが、その姿で動かれてはどんなシリアス場面もコメディ化してしまう。


 面白味が減って残念と思う反面、心のどこかではほっとしていた。



 室内を彷徨っていた黒霧は、その魂を本物そっくりのカラスの剥製に入れる。

 ほどなくして、射干玉のような両の眼がくるりと動いた。


 漆黒の両翼をバサリと羽ばたかせ、宙を舞う。


 溢れ出ていた凶悪な瘴気はみるみるうちに収縮し、やがては小さな傀儡の中に収められた。


 魂が宿った剥製は生きたカラスそのものだ。

 しかしその中に入り込んだ生命体を考えれば、全身に纏う漆黒が殊更不気味に感じられた。


「魂の定着具合はどう?」


《ふむ。なかなかに良いものだな》


「それはよかった」


 店の陳列棚から取ってきた小さな止まり木を置けば、カラスはそこで羽を休めた。

 畳の上にそのまま上がられては畳が傷ついてしまう。

 なんとも物分りのいいカラスだ。



 ひとまず魂を傀儡に入れられたことで、前段階は終了だ。


 そう、ここまではまだ前段階。

 呑気に言葉を交わしてはいたが、その実千景の内心はドキドキだった。


 約三ヶ月ぶりに相対した”ソレ”。

 初めて見たときも、そして今も、やはり思う。


 なぜこの時代に、このような生命体が地上に解放されているのか、と。


 以前会った時は、ギャグとしか思えないショッキングピンクのウサギの着ぐるみにその魂を宿していた。

 見た目が巫山戯ていただけにそこまで重く捉えることはしなかったのだが。


 こうしてじっくりと、改めて向き合えば。

 その異質さはもはや異常と言っていい。完全に最悪の災害レベルだ。


 これでもし、暴れられでもしたら───。



《久方ぶりに現世に解放されたのだ。ちと、世界でも滅ぼしてくれようか》



 ゴクリと、息を飲む。

 

 冗談めかしにそう提案されるが正直笑えない。


 肩慣らし程度に世界を滅ぼされては人類としてもやってられない。

 しかも冗談めかして言うくせに、その言葉には紛れもない本気が混ざる。


(あーあ…久々に腕が鳴るわ)


 世界を混沌に陥れる危険性を孕む存在を前に、千景は内心ほくそ笑んだ。



 千景が自分の呪力が戻るまでこれを解放しなかったのには理由があった。


 魂が定着しやすいように傀儡に呪力を組み込んだり、周囲に勘付かれないように結界を張ったりなどなど、解放する段階で呪力を必要とする作業がいくつかあるため、呪力がなければ話にならないという理由もある。


 しかし、これらは人に任せれば済む話だ。

 ここには煉弥がいる。面倒な顔はされるだろうが、何を頼んだとしてもすべて滞りなく完璧に仕上げてくれることだろう。


 では、なぜそんなことをせず、世界が滅ぶやもしれんリスクを負ってまで呪力が戻る時を待っていたのか。


 その理由なんてひとつしかないだろうに。



(こういうのを調伏させるのって、ほんっと楽しいんだよねぇ)

 


 言う人に言わせれば所詮は千景もただのアホの子でしかなかった、というだけの話だ。


「世界征服だけは勘弁ね。お前は手に負えないからさ」


《フフ、よく言うわ。その羽を一本一本毟り取って小間使いにでもしてやろうかと顔に書いておるぞ》


「まっさかぁ」


 千景の心の内を限りなく正確に読み解くなり、ヒク、と顔を引きつらせたように見えた。カラスだから実際には動いてはいないけれども。



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